もふり、と毛足の長い柔らかな感触に「おお!」 真田幸村は目を丸くし、すぐに細めて手を伸ばし、もふりもふりと感触を楽しむ。「どうでぇ。なかなか、良い手触りだろう」 自慢げに言うのは、幸村よりも一回り体格の良い男、長曾我部元親。彼の尻より伸びている、見事な尾を模した飾りの手触りを、幸村は楽しんでいた。元親は、尾だけではなく、白銀の髪に合わせた白い三角の耳までつけている。頬には、髭と思しき線が、描かれていた。「まこと、手触りの良い尾でござるな」「だろう? 野郎共が、ハロウィンの為に作ってくれたのよ」 胸を反らした元親の、みっしりとした胸筋を、尻尾や耳と同じ毛足の長い生地で出来たベストが覆い隠している。太い首には、拳ほどの大きさの鈴が首輪と共につけられていた。「幸村の虎も、なかなかのモンじゃねぇか」 虎柄の、元親よりは毛足の短い布で作られた袖無しのタンクトップに尻尾の付いたショートパンツ。頭には、丸い虎の耳をつけた幸村が、照れたように首をかしげた。「佐助が、用意したのでござる」「器用そうだもんなぁ、アイツ。で、奴は今、何処にいるんだ」「調理実習室で、菓子を作っておりまする」「ふうん……。ちょっくら、見に行ってみねぇか? ついでに、他の連中の仮装も見られるかもしんねぇしよ」 元親の提案に頷き、二人は連れ添ってハロウィンの飾りつけが施された体育館を後にした。 私立バサラ学園の校長、織田信長は西洋の文化や行事も積極的に取り入れ、催しを行うことを良しとしていた。西洋のお盆と収穫祭を混ぜたような祭、ハロウィンを校内で行いたいという生徒達の要望を受けた信長校長は、ただ一言「是非もなし」 許可を下した。ただし、学校の授業に影響が出てはいけない、ということで開催は日曜。学校という場所を貸すだけで、参加は強制ではないとした。それに、面白そうだと校内きってのイタズラ好きな元親と伊達政宗が乗り気になり、申請した女生徒たちは手を叩いて喜んだ。 申請したのは、彼らが必ず乗ってくれるだろうと見越しての、目立つ容姿の二人に憧れている私設ファンクラブのものたちだった。 そうなると、他の男子生徒を目当てにしている女子も黙ってはいない。自他共に認める政宗の好敵手、幸村に誘いをかけ、彼の世話役の猿飛佐助も巻き込もうとし、政宗の世話役で生真面目な、こういうことには参加しそうにない片倉小十郎も是非にと誘い、規模がどんどんと大きくなって、初めは教室を使っての小さな会の予定が、体育館を使わなければならないほどの規模になった。 意中の彼に仮装をした姿を見せ、あわよくば告白をと狙う女子や、彼らの仮装した姿を見たいと望むファン心理の女子らの思惑など気付く様子も無く、徳川家康や大谷形部吉継、石田三成なども話の流れで参加をすることになってしまった。「おっ。石田は死神の格好か」 幸村と連れ添い歩く元親が、三成が黒い裾をボロボロに裂いたローブを身に纏い、大きな鎌を手にしている姿に笑みを向け、その横にいる大谷に「アンタは、ミイラ男か……。まんますぎて、違和感が無ぇな」「ヒッヒ。鬼と呼ばれるぬしが、化け猫とはな」「鬼が鬼じゃあ、まんますぎて、面白くも無ぇだろう」「ずいぶんと、凝ったことをするものよ。まぁ良いわ。われらは先に体育館で準備が整うまで、のんびりと過ごさせてもらうとしよう。なぁ、三成」「しかし、アンタが参加をするとは思いもしなかったぜ」「形部が、参加をすると言わなければ、このような下らぬことに参加をする気は無かったが、秀吉様も参加なされるとうかがったからには、参加をせねばなるまい」「親友と敬愛する相手が参加するなら、ってぇワケか。で、秀吉は何の仮装をしているんだ?」「秀吉様はフランケンシュタイン。半兵衛様は吸血鬼をなされるそうだ」「そりゃまた、似合いそうな無難な選択だな」「貴様、秀吉様の判断を愚弄するか」 手にしていた鎌を向けて睨みつける三成の視線を、元親はさらりと交わして目の前にある鎌を、そっと手で押して自分から反らす。「愚弄なんか、しちゃいねぇよ。似合いそうだって言ったじゃねぇか」「豊臣殿のそびえるような体躯であれば、きっと素晴らしい仮装となっておられましょうな」 にこにことする幸村の言葉に、しぶしぶながら鎌を下ろした三成は、じろりと元親をねめつけてから背を向けて、体育館へ歩き始める。「行くぞ、形部」 二人の背中を見送った二人は、調理実習室へ向けて再び歩き出した。「きゃあ! 真田君、かわいい」「元親さんが化け猫なんて意外!」 魔女や化け猫、姫装束や女海賊など、さまざまな格好をした女生徒らに声をかけられ、幸村は照れたり露出の多い衣装に頬を染めて目を反らしたりしつつ、元親は自慢げに尻尾に触れさせてみたり露出の多い衣装にニヤリと口の端を上げてからかってみたりしつつ、進んでいく。そうして調理実習室の側まで来ると、ふわりと甘い香りを感じ、二人は鼻を動かした。「なんとも、甘く香ばしい匂いが……」 うっとりとする幸村に「食うのが、楽しみだな」 元親が笑いかけ、調理室の扉を開けた。「あ、旦那……と、鬼の旦那」 あちらこちらを破れさせ、色をわざと抜いて古さを演出したタキシードの上にエプロンをつけた佐助が、絞り袋を手にしたまま振り向き、声をかけた。きゃあ、と菓子を作っていた女生徒らが喜声を上げる。「佐助。長曾我部殿が、この仮装を褒めてくださったぞ」「そっか。良かったねぇ。旦那――鬼の旦那も、なかなか似合ってんじゃん」「だろう。野郎共が、用意をしてくれたんだ」「あの怖そうな連中が、そんな可愛いもんを用意できるんだねぇ」 話しながらも調理の手を止めない佐助の手元を、虎の幸村と猫の元親が覗き込む。それを見た女生徒たちが、可愛いとはしゃいだ。「猿飛くんが、飼い主みたい」「そお? どうせ飼うなら、そっちの黒猫ちゃんのほうが、いいんだけど」 軽く片目をつぶって冗談めかした軽口をたたく佐助の言葉に、ぽうっと女生徒の頬が赤くなる。それに、甘ったるい声で「ずるーい」「うらやましいー」「私も、私も飼われたい!」 という声が上がり、元親が感心したように佐助を見た。「なかなか、やるじゃねぇか」「俺様は、なんにもしちゃいねぇぜ?」 にやりとする佐助に、幸村がきょとんとした。「何をしたのだ、佐助」「なんにも、してないよ。もうすぐ、おいしいおいしいクッキーやカップケーキが出来上がるから、待っててね旦那」 さらりと誤魔化した佐助に、元親が再び感心したような顔で頷く。「で、アンタは何の仮装なんだ」「これにシルクハットをかぶって、長年の眠りから醒めたドラキュラとでも言おうかなって、思ってんだけど」「若い女の生血を啜るってぇワケか」 吸われたぁい、と歓声が上がった。「モテるな、アンタ」「それほどでも、あるけどね」「何を、持てるのだ佐助」「さあ、何だろうねぇ」 誤魔化しついでに、出来上がったばかりのクッキーを幸村の口に突っ込む。もう一枚抓んで「はい」 差し出せば、何の抵抗も無く口を開けた元親の口に放り込んだ。 きゃあ、と甲高い悲鳴が上がる。「なんだぁ?」「いかがなされた」 租借しながら不思議そうな顔をして、きゃあきゃあ飛び跳ねている女子らを眺める二人に「女の子は、こういうのが好きなんだよ」 佐助が、訳知り顔でつぶやいた。「こういうのとは、何だ佐助」「ん? こういうの」 指先で元親と幸村を招く佐助に、引き寄せられるように二人が顔を近づける。にっこりと見本のようにきれいに笑った佐助が、ちょんと二人の鼻先をつついた。きゃああぁあ、と悲鳴のような声が上がる。「ますます、わからねぇ。幸村は、わかったのか」「某も、さっぱりでござる」「アンタらは、わかんないままで良いんだよ」 大量に出来上がった菓子を手際よく小分けにして袋に詰めていく佐助が「手が空いているんなら、手伝ってくれよ」 頼むともなしに声に出し、幸村と元親が手伝い始める。その姿を携帯電話で撮影しだした女生徒たちに首を傾げつつ、元親と幸村は作業の手を止めない。「おい、それは入れすぎじゃねぇのか」「ぬ。では、少し減らしまする」「あれ。鬼の旦那、リボンを結ぶの、巧いね。意外」「手先の器用さは、誰にも引けをとらねぇぜ」 大柄な元親が、ちまちまと小さく愛らしいリボンを結ぶ姿に、女生徒たちがはしゃぎまくる。そこに「お、いい香りがするねぇ」「キキィ」 ボロボロに引き裂かれ、血糊のついた豪奢なドレスを身に纏った前田慶次と小猿の夢吉が現れた。「うわ、なんだ慶次。女装か」「演劇部の奴らがさ、髪が長いんだし、どうせなら女装したほうが面白いだろうって。……どう? 似合うかしら」「キィイ」 くるりとまわってシナと声を作った慶次に、女子らの携帯カメラが向けられる。それに応えるように、一人と一匹はポーズを決めた。「慶ちゃん、かわいい〜」「だろう? 俺も、けっこうイケてるなと思ったんだよねぇ」 そんなやりとりをする慶次の姿を、ぽかんと眺めていた幸村に、声がかかった。「何を、アホ面さらしてんだ。真田幸村」 はっとして振り向けば、そこに居たのは海賊の衣装を纏った政宗で、背後にはスーツにワニの被り物をして、時計を模したものを持たされている小十郎が控えていた。女子らの間から、ひときわ大きな悲鳴に似た歓声があがる。「うわ。片倉の旦那……なんでワニを被ってんのさ。せっかくの男前が、台無し」「……言うな、猿飛。政宗様が、フック船長をなさると仰られ、俺は時計ワニをするように言われたんだ」「へぇ? よくわかってんじゃん竜の旦那」 羞恥をこらえる小十郎の言葉に、いたずらっぽい光をたたえた目で、佐助は政宗を見た。「Ah――? 何がだ」「フック船長は、時計ワニが怖くて怖くて仕方が無いんじゃ、無かったっけ」 はっとした政宗が、小十郎を見る。むうっと唇を尖らせ、小十郎の頭に乗っているワニを掴み、剥ぎ取った。「小十郎。今すぐにウサ耳を用意しろ!」「――は?」「時計を持ったウサ耳のスーツなら、アリスの時計ウサギだ」 目を瞬かせる小十郎と、宣言し終えた政宗の様子に佐助が噴出す。それをギロリと睨んだ政宗が、ふんと鼻で息を吐き出し腕を組み、元親と幸村を見た。「アンタらは、猫と猫か。幸村はともかく、元親は意外だったぜ」「某は、虎にござる」「俺も、野郎共が用意したのがコレだって知ったときは、驚いたぜ」 ゆっくりと近づいた政宗が、二人の姿を上から下まで順番に見て、口の端を持ち上げた。「なかなか、似合ってんじゃねぇか」 少々の皮肉を交えた言い方ではあったが、二人は素直に褒め言葉として受け取った。「佐助の、手作りにござる」「野郎共に、褒められたって言ってやんねぇとな」 はっ、と鼻で笑った政宗が、意味深な目を元親に向けた。「アンタが化け猫の仮装だって話を聞いて、参加しねぇ予定だった奴が、参加を決めたみてぇだぜ?」「あぁ? そりゃあ、誰のことでぇ」「我以外に誰が居る」 厳かに、けれど高らかに響く声に皆の目が、調理実習室の入り口に向けられる。カツン、カツンと硬質な音をさせて入ってきたのは、猛獣使いの仮装をした毛利元就だった。「なんでぇ。毛利も参加する気になったのか」 ぴしり、と手にしたムチを振るった元就が、元親を一瞥して鼻で笑う。「獣ごときが、我に気安く話しかけるでないわ」「お。すっかりなりきってるねぇ、毛利の兄さん」 楽しげに、慶次が声をかける。まさかの元就の登場に、その姿に、準備をしていた女生徒たちの手が、完全に止まってしまった。「ああもう……こんなんじゃ、準備が間に合わないっての」「手伝おう」 小十郎が、ぼやく佐助の横で手伝いはじめる。それを見た幸村も手伝いを開始し、不器用に過ぎてリボンをかけきれぬ彼の姿を見かねた政宗が、手を伸ばした。「そういやあ、アンタ。ちゃんとハロウィンの挨拶は出来んのか」「むろんにござる。とりっく・おあ・とりーと、と申すのでござろう」 多少胸を張り気味で言った幸村に、はん、と政宗が目を細めた。「発音が、なっちゃいねぇぜ。Trick or Treat?」「と、とぅりっく・おあ・とりー?」「No! Trick or Treat」「別に、発音はどうでもいいだろ。――旦那、気にしなくてもいいからね。トリック・オア・トリートで十分だから。で、その後にハッピー・ハロウィンって言ってもらって、お菓子をもらえば、おしまい」 はい、と佐助が菓子を差し出し、思わず手を出した幸村の手のひらに乗せる。「どうせなら、完璧な発音で挑むべきだろう。中途半端で済まそうとするんじゃねぇよ、猿」「今回はみんなで楽しむのが目的だろ。つまんないこだわりなんて、気にしなくていいからね、旦那」「つまんねぇとは、何だ。アンタも言えないから、そんなことを言ってんじゃねぇのか?」「Trick or Treat」 間髪入れず、完璧な発音で佐助が言う。わずかに目を開いた政宗が「Happy Halloween」 口の端を上げて言った。 わぁきゃあとはしゃぐ声に、他に仮装をした女子たちが集まり、騒ぎが大きくなっていく。菓子の準備も終わらぬままに、人が集まり収拾がつかなくなり始め、それらを戒めるどころか楽しみだした元親と政宗、慶次の声も加わって、調理実習室は大騒ぎとなった。「うわっ。なんだ、体育館で行うと聞いていたんだが、場所が変更になったのか? 開始時間も、まだだと思ったんだが」 騒ぎを聞きつけて、ライオンの仮装をしている徳川家康が現れる。「ああ、違う違う。女の子達が目当てにしていた相手が、ほとんどこっちに集まってきちゃってるからさ、それにつられて集まって、こんな騒ぎになっちゃってんだよ。なんとかしてくんない? このままじゃ、準備が間に合わないぜ」 うんざりとした佐助の様子に「あきらめるな、佐助! 成せば為る」 幸村が、不器用ながらもヨレヨレのリボン結びで菓子の袋を閉めていく。「なるほど。元親も政宗も、人気があるからなぁ。猿飛も幸村も、片倉殿や慶次もそうだし、毛利だって人気が高い。ここに皆がいると知れば、気の早いもの達は集まるだろうなぁ」「暢気なことを言ってないで、暇してんのなら、手伝ってよ」「よし、手伝おう。しかし、三成がこの場にいなくて、よかった」「ああ――いたら、耐えられなかったろうねぇ。この騒がしさ……っていうか、本番も騒がしくて、嫌がるんじゃないの?」「なぁに。秀吉殿と半兵衛殿、それに形部もいるからな。大丈夫だろう」 声を張らねば聞こえないほどの喧騒の中、一人無駄口を叩かず黙々と手を動かしていた小十郎の、きっちりと整えられた髪のひと房が、はらりと落ちた。びき、と音が聞こえそうなほどに、彼の額にくっきりと血管が浮いたのを、気配に気付いた佐助は目の端に映し「旦那、耳をふさいで」「何故だ、佐助」「いいから早く」 わけもわからぬまま、幸村が耳をふさぎ、佐助も手を耳に当てた瞬間「いい加減にしねぇか、テメェら!」 大音声の雷が落ちた。 ぴたり、と皆の声が止む。ゆらりと怒気を立ち上らせた小十郎が、低く、地を這うような声でうなる。「騒いでねぇで、さっさと準備を終えやがれ」 ごくり、と喉を鳴らした面々が顔を引きつらせ頷き、作業を始めた。「怖ぇな……やっぱ、時計ウサギじゃなく、時計ワニのままが、似合いだぜ」 こそっと、元親が政宗に耳打つ。「俺も、今そう思ったところだ」「元親! 政宗様……無駄口を叩かれる暇があるなら、手を動かしていただきたい」 おお怖、と肩をすくめた元親がリボンを手に取り、ふと周囲を見回して「あれ、毛利は何処に行ったんだ?」 元就の姿が無いことに首をめぐらせる。人よりも頭の位置の高い元親と、匹敵するほどの高さのある慶次が、夢吉とともに菓子を袋に詰めながら「ああ、毛利の兄さんなら、先に体育館に行って準備具合を確認するって出て行ったけど?」「あんの野郎……逃げやがったな」「おい」 話す二人に、低く凄みのある声を小十郎がかける。「話しながらでも、手は動かしてるよ」 ほら、と証拠を見せるように、菓子の袋を持ち上げた慶次に「なら、いいがな」 小十郎が息を吐く。「怖いなぁ、夢吉」「キッキィ」 のほほんとした慶次と夢吉の雰囲気は、小十郎の怒気に怯える女生徒たちの中で異質すぎる。「よく、平気だね」 こっそりと話しかけられ、目元を細めた慶次が相手の顔を覗きこむように、首を傾けた。「怖い右目の兄さんも、格好良いって思っているんだろ?」 質問の答えとしては、あさっての方角としか思えない言葉に、緊張していた彼女の空気が和らいだ。「……ちょっと、だけ」 照れくさそうに呟いた彼女に、恋だねぇと慶次が呟く。「幸村。そのリボンは酷すぎやしねぇか。アンタは、詰めるだけにして、結ぶのはコッチに任せろよ」「政宗殿も、元親殿も、器用にごさるなぁ」「本当だ。なら、ワシも真田と同じで、詰めるだけにしてソッチに渡そう」「出来た奴は、この箱に入れて。まとめて、体育館に運ぶからね」 小十郎の一喝から全員がまじめに準備を行ったことで、予定時間よりも早く準備が整う。「それじゃ、会場へお菓子を運びますか」 全員で、体育館へと菓子を手にして移動した。 体育館につけば、それぞれが菓子を手にしてハロウィンの挨拶をされるのを待ったり、目当ての相手から菓子をもらおうと、うろつき始めた。「体育館の飾りつけも、素晴らしいな三成」「貴様は、一体何をやっていた」「菓子の準備を整えていたんだ。トリック・オア・トリート」 手を差し出す家康に「ふん。貴様にやる菓子など、無い」「それでは、楽しめないじゃないか三成」「イタズラをしちゃえば、いいんじゃないか。よし、夢吉!」「キッキィ!」 けしかけられた夢吉が、三成に飛びかかり前髪にぶら下がる。「くっ、貴様……何のつもりだ!」「イタズラをやめて欲しければ、菓子をやらねばならぬぞ三成」「形部、この小猿に菓子を渡せ」「ワシにもくれよ、三成」 そんなやり取りが、あちらこちらで行われる。「長曾我部よ……今日こそ、目障りな貴様の素行を校正させ、わが捨て駒の一員としてやろう」 ぴしり、とムチを振るう元就に、ひょいと元親が菓子を差し出す。「何のつもりだ」「せっかくの祭だ。普段のことは忘れて、仲良くしようじゃねぇか」「おお、元親殿。その結び目、まるで花のように華やかでござるな」「毛利用に、ちょっと凝ってみたんだよ。日輪がどうのと言ってやがるからよ、太陽っぽくしてみたんだよ」「…………気持ちの悪いことをするでないわ。まぁ、我への供物に心を配ったことに免じ、この催しの間だけは赦してやってもよい」「素直じゃねぇなぁ」「旦那、はい。ハッピー・ハロウィン」「おお、佐助。俺はまだ、トリック・オア・トリートと言うておらぬぞ」「いいんだよ、細かいことは」「猿飛、菓子はまだ余っているか」「まだ、あるけど……って、片倉の旦那。さっき、ひと箱まるまる持っていかなかったっけ」「すぐに、無くなっちまってな」「ああ、そっか。普段は話しかけられない大人しい子たちが、ここぞとばかりに片倉の旦那んとこに、来てんだろ。モテる男はつらいねぇ」 にやつき、肘で小十郎をつつく佐助に渋い顔をして菓子を受け取る。小十郎の手に菓子が渡ったことに気付いた、控えめで、普段は話しかけることすら出来ない、彼にひそやかに思いを寄せている女生徒たちが列を作り、順番に小十郎に「トリック・オア・トリート」 声をかける。「ハッピー・ハロウィン」 やさしげな小十郎の眼差しと声に、菓子を受け取った女子は惚けたような顔で、ふらふらと歩いていった。「片倉の旦那のほうが、吸血鬼にむいていたかもねぇ」「佐助くぅん! お菓子をくれなきゃ、イタズラするぞっ」「そんな可愛い魔女になら、イタズラされたいところだけど……ハッピー・ハロウィン」 はい、と佐助に菓子を渡された女子が、意味深な目を佐助に向ける。それをさらりと受け流す佐助に「ずいぶんと、罪なことを言うじゃねぇか。本気にされたら、どうするつもりだ」「いいんだよ。俺様は、そういう役回りだって、みんなわかっているからね。ソッチこそ、どうなのさ」「俺は、無駄な期待をもたせるような事はしねぇよ」「おお、政宗殿。トリック・オア・トリートにござる」 にこにことして両手を差し出す幸村の手に「Happy Halloween」 政宗が、ひときわ大きな菓子の袋を乗せた。驚く幸村に「甘いものが好きなアンタが、普通の大きさの袋で足りるとは、思えねぇからな。……Trick or Treat?」 政宗の言葉に、もじもじとした幸村が申訳無さそうに菓子を差し出した。「某、何も考えておらず……申し訳ござらぬ」「かまわねぇよ。アンタがそんなことに気が付くとは、初めから思ってねぇからな」「ううっ」 情けなさに、しゅんとしてしまった幸村の胸を、手の甲で政宗が軽く叩く。「この後のコンテストに、出て来いよ。逃げんじゃねぇぞ」「こんてすと?」 首を傾げた幸村の横で、佐助が意外そうな声を出す。「出るんだ?」「折角の面白そうな勝負事に、出ないってぇのはcoolじゃねぇだろう。Trick or Treat?」「Happy Halloween。 だから、片倉の旦那と仮装を併せたんだ」「まあな。アンタは、出ねぇのか?」 渡された菓子の袋が、調理実習室で大量に作ったものとは違うことに、政宗が気付く。問いを含んだ目線に「あんま甘いもの、好きそうじゃないからさ。ジンジャークッキーを用意しておいたんだよ。アンタと、片倉の旦那用にね」「Fum……」 口の端を持ち上げた政宗に、コンテストとは何かを問おうと幸村が口を開きかけた瞬間「皆様、おまたせいたしました。ウフフ……とても楽しそうですねぇ。素敵な仮装ですよ」 体育館のステージに、血まみれの科学者に扮した明智光秀がマイクを手に現れた。全員の視線が、ステージの上に向けられる。「まんますぎて、笑えないね」 佐助の呟きに「同感だ」 政宗が腕を組んだ。「せっかくの素敵な仮装なのですから、舞台の上で披露し、人気投票を行いましょう。衣装の出来や、演技力、表現力などを競いあってください。信長校長から、優勝者には学食一年間食べ放題という商品を与えるように、言われています。さあ、私の元へ参加表明をし、ステージへ上がってきてください。ああ、楽しみすぎて、ゾクゾクしてきましたよ。ウフフフフ」 自分の体を抱きしめて、恍惚とした笑みを浮かべ震える光秀の言葉に、佐助の目が光った。「学食一年間食べ放題と聞いちゃったら、参加しないわけにはいかないよねぇ。旦那、ちょおっと耳貸して」 なにやら思いついたらしい佐助が、幸村に耳打ちをするのを見ながら政宗は小十郎を呼ぶ。「優勝は、この手に掴むぜ、小十郎」「全力で、政宗様が優勝なされるように、補佐をいたします」 ステージ側の壁際で、元親が元就に声をかけた。「ここは、協力し合って優勝を目指さねぇか」「我が策に従うというのなら、かまわぬ」 入り口付近では、家康が三成に参加を促す。「どうだ、三成。参加をしてみないか」「興味は無い。貴様が一人で参加をしろ」 そこに、慶次が手を振りながら現れる。「おおい、家康! 俺とおまえと忠勝とで出場しないか? オズの魔法使いとか言ってさ。カカシっぽい奴をあつめたら、それっぽく見えるだろ」「ああ、慶次。それは面白そうだな。よし、カカシっぽい仮装の奴は……」「学食一年分らしいよ、秀吉。沢山食べる君のために、是非手に入れたい賞品では、あるね。――三成君、どうだろう。僕が案を練るから、出場をしてくれはしないかい」「半兵衛様……。秀吉様のためならば」「ヒッヒ。やれ、面白くなりそうよな」「参加者の応募を、締め切ってしまいますよ? 参加をしない方々は、投票用紙を配っていますので、受け取って、よおく考えて投票してくださいね。それでは、はじめましょうか……ウフフ。合言葉は、ハッピー?」「ハロウィン!」 大きな歓声とともに、コンテストが開始された。 わずかな人数で行う予定だったバサラ学園のハロウィンパーティーは、ほとんどの生徒が参加をし、大いに盛り上がった。その話を聞いた信長校長は、これを学園の年中行事に組み込むことに決定。コンテスと優勝者への学食一年分を贈られたのは――――――…………2012/10/22