学校帰りの商店街。 その中にあるファミレスは、帰宅途中の学生であふれかえっていた。「しっかし。ほんっと鬼の旦那ってば手先、器用だよねぇ」 感心したように、揶揄するように猿飛佐助がレモネードをストローでかき回しながら言えば「人は見かけによらねぇってことよ」 やや自慢げに、長曾我部元親が胸を反らした。「真田は、見た目通りの不器用さだがな」 軽い笑いを交えて徳川家康が言えば、恥じ入るような苦笑を浮かべ、真田幸村が首をわずかに傾けた。「意外と言えば、政宗さんが料理上手だったっていうのも、意外だったなぁ」 ぽわわんと丸い声で、小早川秀秋が新作デザートを口に入れながら、味を思い出したらしく手を頬に添えて、うっとりとした。「美味しかったなぁ。片倉さんの野菜の味を生かした煮物」 学園農園で片倉小十郎が栽培した野菜を収穫し、調理実習室で伊達政宗と猿飛佐助、長曾我部元親が調理部の生徒らと共に料理をしたものを、秀秋や幸村、三成や家康が相伴に預かったのだった。「小十郎が菜園趣味を持つようになって、自然と料理をするようになっちまったからな。どうせやるなら、半端は好きじゃねぇんだよ」「流石は、政宗殿にござる」 うんうんと首を縦に動かしながら、好敵手と互いに認め合う仲の幸村が、しきりに感心を示した。「元親殿の指が、細やかに動き野菜を華やかな形にしてゆくのにも、感服いたしました」「元親は、昔から針仕事などの細かい作業は、得意だったからな。料理をするにも、向いているんだろう」「なんだかんだで、近所のガキどもの面倒を見ていりゃあ、細かいことも出来るよ――」 ふっと、元親が言葉を途切れさせ、一点を見ながらゆっくりと首を横に滑らせる。それに気づいた政宗が視線を追い、二人の首の動きが連動した。「元親殿? 政宗殿?」「二人とも、どうしたの?」 幸村と秀秋が、きょとんと問う。佐助が元親らの視線の先をちらりと見て、ああ、と納得したように二人を見た。「夏だねぇ」 ニヤリとした佐助の言葉に、家康が首をかしげながら元親らの視線の先を見て、なんともいえない顔になった。「何、なになに?」 秀秋がキョロキョロとしてみるが、何に皆が反応したのかがわからない。それは幸村も同じらしく、横にいた佐助に疑問を向けた。「何が、夏なのだ佐助」「ああ、うぅん」 眉を下げて鼻の頭を掻いた佐助が、答えるのを躊躇う。それに、悪童の顔になった元親と政宗が身を乗り出して、幸村に顔を寄せろと指で示した。 素直に従った幸村に、歯を見せて笑った二人が目線で奥のテーブルを指す。横を向いた幸村の耳が、政宗の唇の傍に寄った。そこに、政宗がそっと言葉を注ぎ込む。「水色だ」「何がでござろう」「下着だよ、下着」「えっ」 ニヤニヤとした政宗が、同じ笑みを浮かべる元親に目配せをする。「さっき、アンタの後ろを通り過ぎた時に、袖口からチラッと見えたんだよ」「なっ、なっ。破廉恥でござるぞっ」 真っ赤になって仰け反るように座りなおした幸村に、クックと人の悪い顔をして、元親と政宗が喉を鳴らす。頬を赤く染める幸村に、秀秋が首をかしげた。「何を言われたの?」「うっ、うう……それは、その、い、言えぬっ」 ぎゅっと膝の上で拳を握りしめ、うつむいてしまった幸村を不思議そうに眺めた秀秋は、家康に顔を向けた。苦りきった家康が、息を吐いてから音を出す。「薄着になると、見えてしまう事もあるだろう。その、服の中が」 ぎこちない笑みを浮かべた家康に、ふうんと興味無さそうに秀秋が鼻を鳴らした。「そんなことより、このシブーストの中身のほうが気になるよ。まぐまぐ」 幸せそうにデザートをほおばる秀秋に、あたたかみのある苦笑を元親が向ける。「色気より食い気ってぇ言葉を体現しすぎだな」「貴様のように、色事にばかり現を抜かすよりは、まだ品性の上ではマシであろう」 ひややかな声が割って入り、全員が一斉に背後の席に目を向けた。「毛利じゃねぇか。いつから居やがった」 元親の声に、ちらりと毛利元就が目を向ける。「我が背後に居ることも気付かぬとは」 ふっと呆れた息を漏らす元就に、元親が皮肉に口の端を持ち上げる。「悪かったなぁ。アンタが小せぇから、見えなかったぜ」 体躯の良い元親からすれば、華奢な元就はそう見える。ムッと眉根をわずかに潜めた元就が何かを言う前に「わああっ! 毛利様のそれ、新作のアムール・ザビパフェ? いいなぁ、いいなぁ!」 元就の前に、でんと置かれた金魚鉢ほどのサイズの器に盛られている、トロピカルを通りこし、毒々しさすら覚えるほどカラフルなパフェに秀秋がヨダレを垂らした。「それって、まだ正式商品化されてないんですよね! 先行チケット応募したのに、落ちたんだよなぁ」 シュンとうつむき、胸の前で人差し指をつつきあわせる秀秋に、元就が半眼となった。「我は、このザビーズに縁がある。それゆえ、これを食せておるのだ。応募したわけではない」「うう、うらやましいなぁ」 うらめしそうな秀秋の目の静かな迫力に、元就が思わず口を閉ざす。彼の体から発せられる、無垢であるがゆえに人に迫るものを感じさせる食欲に、皆がわずかにたじろいだ。「欲するのならば、素直に欲しがればいい」「松永先生」 いつの間に現れたのか、いつからやりとりを見ていたのか、彼らのテーブルの横に立っていた学園教頭の松永久秀が、底冷えのする笑みを浮かべて全員の顔を、ゆっくりと見回してから秀秋の上で視線を止めた。「あのパフェが、欲しいのだろう」「欲しいですっ! 食べたいですっ」「ならば、奪うがいい」「ええっ」「ちょっとちょっと。教頭がそんなことをいいわけ?」「佐助の言うとおりにござる。教頭ともあろう者が、そのようなことを教えるは道に反しまする」 佐助と幸村を物珍しげに見た松永が、ふむと頷いた。「欲しいものを手に入れるためには、奪うしかないとは思わないかね。欲する者に等しく行き渡るなど、夢のような話だ。したがって、世の中の理を正しく教えているだけだと思うのだが」「アンタの言う事に、一理あるとは思うがな。コイツに毛利から奪えっつうのは、酷すぎんだろ」「誰も、彼から奪えとは言ってはいないと思うのだがね」「Ah? なら、誰から奪えってぇんだ」 元親の言葉に穏やかに返した松永に、政宗がケンカ腰に声をかける。「それは、卿らが考えるべきことだ」 ふふと笑みを残し、松永は滑るように彼らの傍から離れて行く。それを見送った面々は「なんでぇ。わけがわかんねぇな」 元親のつぶやきに、頷いた。「ううっ。食べられるかもしれないって、ちょっとでも思っちゃったから辛いよぅ」 ぐすっと泣き声を出した秀明に、憐憫を浮かべた元親が「なぁ、毛利。アンタ、それ全部食ったら、腹を壊すんじゃねぇか。少しだけでも、わけてやれよ」「少しで済む相手ではあるまい」「まぁ、そうかもしんねぇけどよ」 元親の視線を無視し、元就が竹炭を練りこんだカステラで描かれたザビーズのマークであるオッサンの顔に先割れスプーンをぶっさして口に運んだ。「ううっ、いいなぁ。食べたいなぁ……うぅうう」「秀秋殿。目の前の、しぶぅすと、食してしんぜねば失礼にござるぞ」「もちろん、食べるよ。食べるけど……」 ぱくぱくと食べ進む元就の姿を、秀秋が心底うらやましげに見つめる。「僕も、食べたいぃいっ」 駄々っ子のように言いながらシブーストを口に入れた金吾の背後から、遠慮がちな声がかかった。「あの」 振り向けば、先ほど彼らが話題にしていた、ノースリーブの女性が、小さな子どもを見つめる顔で立っていた。「ザビパフェ、食べたいんでしょう?」 はい、と女性が差し出したのは、ザビパフェ先行優待券だった。「わぁあ!」 全身から喜びをあふれさせた秀秋が、それを受けとり深々と頭を下げる。「ありがとう、ありがとう、お姉さんっ」 女性は綺麗に微笑んで、私は食べきれないからねと付けたし、軽く手を振って去ろうとした。そこに、顔を上げた金吾がふと気が付いて「お姉さん。袖口から下着が見えちゃうから、気を付けたほうが良いよ。さっき、元親さんと政宗さんが見てたから」「なっ!」「おいっ」 にっこりと言った言葉に、元親と政宗が慌てた。 目を丸くした女性は、クスリと大人の笑みを浮かべ「そんなとこばかり、見てちゃダメだぞ」 軽く人差し指を立てて、ひきつる二人を軽く叱り、咳に戻った。「大人だな」「大人だねぇ」 感心する家康と佐助の横で、幸村がポカンとしている。元就は黙々とザビパフェを食べながら、彼らの様子を眺め、元親と政宗は大人の女を感じ、軽く圧倒されてため息をついた。 そんな、大人の女性に感じ入っている彼らとは別世界の喜色を纏い「すいませぇえん! アムール・ザビパフェ、くださぁあい」 ぶんぶんと手を振って、秀秋は大声で離れた場所にいる店員に注文をする。 女性はフフッとほほ笑んで、彼らからは死角になっている席に座る松永に、目配せを送った。2013/05/24