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登場:真田幸村・猿飛佐助・前田慶次
   長曾我部元親・伊達政宗・片倉小十郎
メンズバレンタインデー

 高く結い上げた長い髪を揺らしながら、前田慶次が食堂に入ってくる。
「ああ、腹減ったなぁ」
「前田殿!」
 見止めた真田幸村が手をまっすぐに伸ばし、慶次を呼んだ。
「おっ」
 ふらりと近づいた慶次が、幸村の座る横に鞄が置かれているのを目にし、彼の向かいに腰かける。
「相棒は、お買いもの?」
「うむ。購買にパンを求めに行っておりまする」
 ふうんと言いながら、慶次はどっかと大きな弁当包みを出した。はらりと包みを開いて蓋を開ければ、鮮やかな弁当の中身が目に入る。
「相変わらず、見事に御座るな」
 感歎を漏らす幸村に、自慢げな笑みを浮かべた慶次が小首をかしげた。
「そっちも、猿の兄さんの手作り弁当なんだろ」
 こくりと頷いた幸村が弁当を取り出し包みを開けて、愛らしい中身を見せた。
「あいかわらず、手が込んでるねぇ」
 いわゆるキャラ弁というものが、そこにあった。幸村の敬愛する教師、武田信玄をデフォルメした姿が、弁当箱の中で気合の入った笑みを浮かべている。
「佐助は、器用でござるゆえ」
 はにかむ幸村に、うんうんと慶次が頷く。
「ところで。前田殿」
「ん?」
「先ほど、何やらコソコソと物のやり取りをなされておりましたが」
 幸村の丸い目が、純粋な疑問だけを浮かべている。それに、慶次はニンマリとして顔を寄せるように、指で誘った。不思議そうにしながら前にのめった幸村の耳に、慶次は手を当て口を添えて、教える。
「女の子の、下着だよ」
「んなっ、なっ、はっ、はれっ」
「おっと!」
 柔和で優しげな甘さのある人相と、優男ふうな雰囲気を纏っているが、慶次の体躯は常人よりも一回り以上も良い。人並み以上の身体能力を持つ幸村の頭を、やすやすと抱えて口をふさいでしまえるほどに、逞しかった。
「叫ばない」
「むぐぅ」
 にっこりと小さな子どもを諭すように言っているが、その力は強固で、少し頭を動かしただけではびくともしない。じっと慶次の目を見つめて、叫びを抑えたと伝えれば手を離された。
「はぁ。前田殿は、強うございまするな」
「ははっ。弱けりゃあ、惚れた女を守れないからね」
 ばふ、と音がしそうな勢いで、幸村が顔を赤くした。
「ちょっとちょっと。旦那は初心なんだから、あんまりからかわないでよね」
 そこに、購買部での買い物を済ませた猿飛佐助が、戻ってきた。
「はい、旦那。おまたせぇ」
 幸村の弁当の横に、佐助が手にした菓子パンを全て置き、座った。
「別に、からかっていたわけじゃないよ」
「じゃあ、なんで旦那は真っ赤になってるのさ色男」
 佐助が弁当を取り出し、包みを開けた。こっちは、いたって普通の中身だった。
「色男に色男と言われるのは、なんだか照れくさいねェ」
「はいはい」
 歯を見せる慶次を軽く受け流して、佐助が箸を手にして「いただきます」と言えば、幸村もそれに習った。慶次も続き、食事が始まる。
「で、何の話をしていたのさ」
 佐助の目が、慶次と幸村を交互に見る。
「俺は、前田殿が何やら物のやり取りをなされておるのを見て、気になったので問うたのだ。――前田殿、その、さきほど某に教えてくださった内容は、真の事にござるのか」
 ためらいがちに確認をする幸村に頷き、慶次は佐助を手招いて耳を貸せと示した。ちらりと幸村に目を向けながら慶次に耳を向け、慶次が先ほど幸村に教えたように、佐助にも何をやり取りしていたのかを告げる。
「はぁ?」
 なんでそんなものを、と呆れる佐助が浮かせていた腰を落として座りなおす。
「メンズバレンタインデーだからさ」
「めんず?」
 首をかしげる幸村に、そうだと慶次が深く頷く。
「通常のバレンタインデーは、女の子から男の子にチョコレートを贈るだろ。メンズバレンタインデーは、男の子から好きな女の子に、下着を送るんだよ。けど、女性物の下着を買うのは、なかなかハードルが高いからさ。まつ姉ちゃんに頼んで、買ってきてもらったものを渡したんだよ」
「そうでござったのか」
 ふむふむと頷きながらウインナーを口に入れた幸村が、何かに気付いた。
「では、御返しの場合は、いつ、何を返すのでござる?」
「あ。旦那、それ聞いちゃう?」
 佐助が半笑いで慶次に流し目をくれて、慶次も同じような笑みを浮かべ、幸村を見た。
「それは、そういう相手が出来た時に、知ればいいから」
 むうっと、幸村の頬が膨れた。
「前田殿は、御存じなのであろう。佐助も、知っておるのだな」
「ああ、うん。まぁ、知ってるっていうか、予測って言うか」
「うん。予測、だなぁ」
 視線を交錯させて、その予測が同じものであると確認をする二人を、幸村が探るような目で睨む。
「察せぬ某は、まだまだ未熟と言う事にござるな」
 ふうっと息の塊を吐き出した幸村が、悔しそうに菓子パンの袋を開けてかじりついた。
「相変わらず、甘いモンをよく食うな」
「お。それ、新作の栗蒸パンじゃねぇか。一口、わけてくれよ」
「政宗殿、元親殿」
 学園の悪童として名高く、端麗な容姿でも人目を惹く伊達政宗と長曾我部元親の登場に、佐助が嫌そうに顔を歪めた。
「ずいぶんな挨拶の顔だなぁ、猿」
 ニヤリと口の端を片方だけ上げた政宗が、佐助を見下ろす。その視線を受け止めて、佐助は盛大に息を吐いた。
「このくらいで、よろしゅうござるか」
「おう。ありがとな」
 その横で、幸村が栗蒸パンをちぎり、元親にわける。にっこりと受け取った元親が、それを口に入れて「うめぇ」と笑みを深めた。
「で、何の話をしていたんだよ」
 政宗が慶次に目を向け、放せと促す様に顎を動かせば、困ったような笑みを浮かべて頬を掻いた慶次が、ちらりと元親にも目を向けてから答えた。
「幸村が、メンズバレンタインデーのお返しのことを聞いたからさ」
「Ah――Ha」
「めんず? なんだそりゃ」
 得心した政宗が、聞き慣れない言葉にまたたく元親に顔を向ける。
「男が、好きな女に下着を送るってぇ日なんだよ」
「ふうん」
 さして興味もなさそうに、元親は幸村の横に座り、もうひとかけら栗蒸パンを受け取った。
「チョコレートを贈る日のお返しは、マシュマロやキャンデーなどと決まっておりまするが、此度のお返しは、いつ何をするのかと問うても、教えていただけぬのでござる」
 半分ほどになってしまった栗蒸パンに、しゅんとしてかじりつく幸村の栗色の髪を眺め、元親も苦い顔になった。
「ああ、そりゃあ……教えてもらえねぇのも、当たり前だよな」
「元親殿も、御返しが何か察したのでござるか」
「ああ、うん。まぁなぁ」
 幸村の肩越しに、無言で威嚇の圧力をかけてくる佐助を見て、元親は安心させるように頷いて見せた。
「下着を送るぐれぇ、親密な相手だ。その相手によって、御返しは変わっちまうから教えられねぇんだよ」
 幸村が、きょとんと元親を見つめる。それに、ぐっと顔を近づけた元親が、八重歯を見せて力強く言った。
「お返しっつったって、相手によって欲しいモンは違うだろ。俺がもし、毛利と政宗に同じような何かをしてもらったとしても、毛利に返すモンと政宗に返すモンは違うからな。アンタも、そうじゃねぇのか?」
 ぐっと言葉を受け止めて、幸村がしっかりと首を縦に動かす。
「同じことがあったとしても、お館様にお返しする場合と、佐助にする場合とでは、違いまする」
「そういうこった。だから、教えてもらえねぇのさ」
「そうでござったか」
 納得をした幸村に、政宗遺骸がホッとする。意地の悪い笑みを浮かべた政宗が、せっかくの元親のうまい言い訳を打ち砕くような事を言った。
「ま。下着を送られて返すっつったら、男が望むのはひとつだろ」
「政宗っ」
「ちょ、独眼竜」
「何を言い出すのさっ」
 三人の狼狽を楽しげに受け止めた政宗が、身をかがめて幸村に顔を寄せる。
「知りてぇか」
「教えて欲しゅうござる」
 剣呑な笑みにゆがんだ政宗の唇が、幸村の耳に触れるほどに近づいて、ささやかれた言葉に全身を硬直させた幸村が、大音声で空気を震わせた。
「はっ、破廉恥でござるあぁあああああぁああああああ!」
 とっさに耳を塞げた佐助、元親、慶次ですら、鼓膜がビリビリと震えて痛んだというのに、間近でそれを受けてしまった政宗が無事でいられるはずもなく。
「Shit――まだ、耳が良く聞こえねェ」
 放課後になってもまだ、耳の調子を取り戻すことが出来なかった。
「自業自得です」
 眉間にしわを寄せた片倉小十郎が、やれやれと首を振る。
「小十郎の小言が聞こえねぇのは、歓迎なんだがな」
 ニヤリとした政宗に、小十郎が渋面となった。
「なれば、その耳が戻るまで、たっぷりと灸を据えさせていただきましょう」
「げっ。have the opposite effectboomerang」
 うんざりと肩をすくめた政宗の目に、平和そうな顔をして連れだって校門をくぐる幸村と佐助の姿が映った。
「小十郎」
「は」
「メンズバレンタインデーって、知っているか」
「政宗様がそのような状態になられた経緯とともに、耳にいたしました」
 含み笑いを瞳に乗せた政宗が、口を開く前に小十郎が声を挟む。
「そのようなことは、下らぬ悪戯を仕掛けてご自身を損なうようなことをなさらぬようになってから、お考えください」
 さっさと鞄を持ち帰ろうとする小十郎の後に続き、政宗も教室を後にした。
 いつか、そんな相手が俺たちにも現れるのだろうかと、秋の夕空に浮かぶ雲を、問いかけるともなしに眺めながら。

2013/09/14



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