雨の学校は、いつもより声が反響しているような気がするのは、誰も校庭に出ていないからだろうか。発散できない若さが雨に包まれこもる校舎は、生き生きとしたもので淀んでいる。「おい。視聴覚室、確保できたぞ」 教室に戻ってきたクラスメイトの声に、教室後方に集まっていた男子がさっと首を向けた。そこに、自慢げに鍵を見せながら合流する。「放課後、上映会としゃれ込もうぜぇ」「なになに、何を楽しむの」「女子はカンケー無ぇよ」「あ、わかった。やらしー」 きゃらきゃらと話しかけてきた女子のグループが、サイテーだのなんだのとはやし立てながら、意識はすぐに手元にある雑誌の占いコーナーに移った。「な。佐助も来るだろ」 当然のように、男子の一人が声をかける。「つまんなかったら、時間無駄使い料金いただくぜ」「だぁいじょうぶだって。今回のは、矢野の兄貴のお気に入りだってよ」 きしし、と笑った男子に意味深な笑みを浮かべ、ちらと目だけを動かした佐助に気付き、男子が顔を向ける。「ん、何。幸村と約束でもあった?」「や、サッカー部の練習が中止になんなきゃいいなーってね」「ああ、大丈夫だろ。政宗を誘ったら、筋トレやるからパスられたし。野球部がやるんだから、サッカー部もやるだろ」「じゃ、参加しちゃおっかなぁ」「え、うっそ。猿飛くん、そーゆーの観るんだ」「そーゆーのって、どーゆーの?」 佐助の言葉に反応した女子に切り返すと、にこりとした佐助の表情になのか頭に浮かんだものになのか、頬を染めてうつむかれた。うず、とからかいの虫が動く。「俺様も、オトシゴロだからねぇ」 自分より低い位置にある頭に顔を寄せてささやくと、耳の裏まで赤くなった。これくらいにしておこうか、と折った体を起こしかけると、真剣なまなざしだけが持ち上がった。おや、と佐助の目が瞬く。「さ、猿飛くんは、どーゆーのが、好きなの」 羞恥を圧してまでの質問に、彼女の本気が透けて見える。どうかわしたものか、と思った横でデリカシーのかけらもないクラスメイトがニシシと笑った。「決まってんだろ。かすがみてーなバインバインだよなー」「榎本には聞いてないッ」 心の中で、だからオマエはモテナイんだ、とつぶやきながら取り成す。「そりゃあ、かすがも良いけど人それぞれだろ。鶴姫ちゃんみたいなタイプが好みだったり、まつさんが良いとか、さ」「男のロマンはやっぱ、バインボインだって」「あ、それはいつきちゃんへの冒涜とみなーっす」 横から声がかかり、榎本と柏木が言い争い始めた。そこに、ひょこりと家康が顔を出す。「なんだなんだ。なにを騒いでいるんだ」「徳川ぁああ。お前ならわかるよな! 男ならバインボインだよな!」「わかってねぇなあ! デカイだけなんて、意味無ぇっつの」「な、何の話なんだ」「あー、首を突っ込まないほうが、良かったかもよ」 鼻の頭を掻く佐助を見、そのようだなと返してみたが、もう遅い。男子も女子も援軍が入り言い争いとなった。「男はみんなオッパイが好きなんだよ!」「それは認めるけどなぁ、誰もがデカイのが好きなわけじゃねぇっつーの」「俺、オッパイより足のが重要!」「もー、男子サイテー!」「何それ胸が大きかったらなんでもいいってこと?」「石田だって、ぜってぇデカイの好きだって」「三成君をアンタと一緒にしないでよねっ」「家康君、そんなことないよねぇ」「え、いやぁ――ワシは三成とそういう話をしたことが無いが、その……やはり大切なのは中身じゃないのか」 きゃあ、と家康を支持する黄色い声と、非難する太い声が響く。「ほらやっぱり。あんたたちみたいなサルばっかじゃないっての」「建前に決まってんだろ! 男はみんな、エロイんだよ!」「まぁまぁ。付き合うのと性欲処理は別っていうかさ」「そうそう。べつ、べつなんだって」「サイッテー!」「なになに、恋の話かい?」 ひょこ、と慶次が顔を出し、佐助がぺちりと額に手を当てた。「ああもう、アンタが入ると余計ややこしくなっちまう」「恋じゃなくて性の話だ」 ぎゃーっと女子から非難の悲鳴が上がった。「はは、すごいな」「雨だから、元気がありあまってんじゃない」 笑みを引きつらせる家康に、全身から呆れを発する佐助が答える。「佐助、何の騒ぎだ」 そこに、幸村が顔を出した。「旦那は入らないほうがいい話題だよ」「なんだそれは」「お子様にゃ、まだ早ぇってこった」「そう思うなら、旦那が来ないようにしてくれたって良かったんじゃないの。竜の旦那」「こいつの管理は、俺じゃ無ぇ」「管理って――」「おまえらぁ、チャイムはとっくに鳴り終ってるぞ! 早く席に着けぇ!!」「せんせー、伊藤君たちが、視聴覚室でエッチなものを観ようとしていまぁあっす」「あ、コラッ」「伊藤ッ! 授業の後に職員室に来い」「俺だけじゃ無ぇしっ!」「なら、男子まとめて放課後に生活指導室集合だ!」「えぇえええええええ!!」 意見の分かれていた男子の心が今、一つになった.「佐助、結局何の話だったのだ」「ああ、旦那はとばっちりだよねぇ」 放課後の教育指導室で、校舎を揺るがすほどの「破廉恥」という叫びが響くことは、クラスの面々にすれば想像に難くないことであった。2012/03/09