教室の窓から吹く風が心地よい。夕方から、雨でも降るのだろうか。「よし、負けた奴が、ジュースおごりな」 教室の片隅で、長曾我部元親が言い「あ、俺も! 俺も参加」 手を上げながら、前田慶次が寄ってきて「三成も、どうだ」「下らないことに、私を巻き込もうとするな」 徳川家康の誘いに石田三成は乗らず「猿、おまえはどうする」「ん〜……旦那の分も、一緒ってなら参加してもいいぜ」 伊達政宗の誘いに、猿飛佐助が乗った。「OK――なら、俺も小十郎の分も混ぜさせてもらおうか」「じゃあ、ワシは三成の分も」「私をかかずらわせるな」「いいじゃないか。負けたらワシが損をするだけで、勝ったら三成が得をする。それだけだ」「ならば、貴様の拳に形部の分も乗せろ」「はは――承知した」 そんなわけで、放課後のジュースおごりをかけたジャンケン勝負が幕を開け「――――あ」「キィイ」 前田慶次が、負けた。「はい、よろしく。俺、ファソタな」「俺様は珈琲無糖で、旦那はミックルね」「三成は、何がいい」「わ、ちょっと待って。メモるから」「つうかよぉ、毛利ぃ。なんでアンタがさりげなく混ざってんだよ」「我とて、のどくらい、乾くわ」「いや、ま、そうだろうけどさ」 わいわいと慶次に求める飲み物を告げて送り出し、まだまだ明るい空を見ながら、寄り道の算段をつける。「政宗、対戦しようぜ対戦」「あ、ゲーセン行くなら一回無料券、持ってんぜ」「商店街の中に、新しき店が出来たとの話があるな」「あ、知ってる。フローズンヨーグルトの店だろ? 毛利の旦那、好きなんだ」「ああ、女子たちが、騒いでいたな」「んじゃ、ゲーセン行って、そこ行こうか」「おまたせ〜」 話がまとまったころに、両手にジュースを抱えて慶次が戻ってきた。ジャンケンに負けて出費がかさんだはずなのに、その顔は妙にうれしそうで「なんだぁ。行く時とは、ずいぶんと顔が違うじゃねぇか」「え、そうかな」 皆にジュースを配る慶次の顔はにやけていて「なんだよ、言えよ」 肘でつつかれ「や、植木に水をやってたやつらがさ、ふざけあって遊んでて、女子が濡れちゃってただけだって」 ぴた、と皆の動きが止まった。 その中で一番早く動き出した元親が、がしりと慶次の肩に腕を回し顔を寄せて「で、可愛かったのか」「あぁ、うん、まぁ」 思い出したらしい慶次の顔が、だらしなくゆるんだ。「下らぬ」 ひや、と元就が言葉を差して「なんだよ。興味無ぇのかよ」 唇を尖らせた元親に一瞥をくれ、何も言わずにジュースを飲む。「まぁまぁ、いいじゃないか」「なんだよ家康。アンタも興味が無ぇなんざ、言わないよな」「ああ、いやぁ、ワシは」 なんとも言えない顔で、家康が言葉を濁す。「やれ、騒がしいことよ」 いつの間に現れたのか、大谷形部吉嗣が言った。「で、何処まで透けてた」 政宗が口の端を上げて問い「あ、けっこうしっかり」 照れたような慶次が「水色だった」 付け加えて「いでででででで」 頭をガッチリつかまれ、万力のように元親に締め付けられた。「何やら、盛り上がってござるな」 日直当番を終えた真田幸村が、ひょこりと顔を出して「はい、旦那」「おお、すまぬ」 佐助がミックルを幸村に渡し「じゃ、行こっか」 その言葉に元親は慶次を離し、家康に誘われた三成は形部と帰ると断りを入れ、元就はフローズンヨーグルトの店ならば付き合おうと言い、幸村がそれに賛同し、ゲームセンターに立ち寄るのは後にして、先にそちらへ立ち寄ることとなった。 店内は、女子がほとんどをしめており、男ばかりの彼らの集団は、目立っていた。が、普段より人目を引く容姿の彼らなので、別段気にするふうもなく店内に入り、注文をし終えた。「しっかし、見事に女ばっかだな」 周囲を見回す元親が言い「まぁ、俺たちのような集団が入るような店じゃあ、無ぇことは確かだ」 政宗が、白を基調にしたパステルカラーの店内に、あきれたような顔をしてみせる。「旦那、美味しい?」「うむ」 そんな店内のカラーリングにも、違和感なくなじめそうな二人と「幸村、一口、交換しないかい」「ようござる」 なじみすぎている感のある慶次の様子を、家康が微笑ましそうに眺める。その横で、もくもくと元就がスプーンを口に運んでいた。「旨いのかマズイのか、アンタ見てるとわかんねぇよなぁ」 頬杖をつき、無表情のままに食べ続ける元就を呆れ顔で元親が見つめ「我の味の好みを貴様に知らせる必要なぞ、無いわ」 言いながら、元親のカップへスプーンをつきさし、当然のように口へ運んだ。「あっ――なんだよ。欲しいなら、欲しいって言えよ」「貴様にいちいち了承など、取る必要があるのか」「ったく――毛利よぉ、もう少し愛想よくしたら、どうだ」「必要ない」「仲がいいな、二人とも」 家康の言に「誰がだよ」「たわけたことを申すな」 嫌そうに、二人が反論したのに、声を上げて笑う。「俺から見ても、二人は仲がいいと思うけどね」 スプーンを振りながら言う慶次に「ケンカするほど仲がいいっていうやつ?」 佐助がニヤリとして「だとよ」 人の悪い顔で政宗が言い、元就と元親は互いに目を合わせ、顔をそむけた。「政宗殿と、某のようなものでござろうか」「旦那、くちのまわり」「おお、すまぬ」 小首をかしげた幸村が、佐助に注意をされて紙ナプキンで口を拭う。「過保護だよなぁ」 注文をしてみたはいいものの、もてあましたフローズンヨーグルトを幸村の前へ押し出し、政宗が言った。 そこへ「お」 元親が何かに気付き、全員の意識が彼の目の先に向いた。「♪〜」 政宗が小さく口笛を吹き「はしたない」 元就は眉根を寄せ「景気がいいねぇ」 慶次が陽気な声をあげて「はっ、はれんっ」「はいはい。旦那、大丈夫だいじょーぶ」「むぐっ」 顔を赤くし、唇をわななかせる幸村をなだめるため、佐助が笑顔でフローズンヨーグルトを一口ぶん、彼の口に突っ込み「夏だなぁ」 全ての意見を統括したように、家康が言う。 彼らの目の先には、胸元を大きく開けた服装の、女子大生らの姿があった。「いいよなぁ、夏はよぉ」 にっ、と野性味あふれる顔で元親が言い「そろそろ、プールの授業がはじまるよね」 面倒くさそうに佐助がスプーンをくわえ「毛利は、泳ぐのは嫌いじゃ無かったよな」 家康に振られた元就は「何事もこなせぬことなど、無いわ」 自分の分を食べ終えて、さりげなく元親のフローズンヨーグルトを自分の前に移動させる。「そういやさ。授業んときとか、汗かいてブラウスが張り付いてたりするだろ」 身を乗り出し、少し小声になった慶次に、こころもち皆が前のめりになる。「あれでさ、ホックが段違いになってたり、とれかけてたりするの見えたら、気にならないか」「ああ……」 幸村と元就以外が、納得をしたようなしていないような声を上げて、背もたれに体を預けた。「あれってさ、気にならないのかな」「そう思うんなら、身近な相手に聞けばいいだろう」 政宗の言葉に、少し考えてから思い至り「まつ姉ちゃんに、そんなこと聞けるわけ無いだろ」 少し慌てて、答える。「ほっく?」「ああ、アンタはソレ食ってろ」 首をかしげた幸村に、ひらりと手を振って政宗が言う。不思議そうな顔のまま佐助を見て「旦那は、この話題に混ざらないほうがいいと思うよ」 苦笑交じりに返されて「そうか」 少し名残惜しく感じつつも、素直に納得した。「かすがには、聞けねぇのか」 あっちとも、よく話をしているだろうと元親に言われ「殺されるって」「だよねぇ」 慶次の言葉に、佐助が深く頷いた。「この中じゃ、家康か慶次が一番、警戒をされねぇで聞けそうなんだがなぁ」 顎をさする元親に「ワシが?」 家康が首をかしげた。「それを言うなら、猿飛が一番適任のように思えるがな」 水を向けられ「俺様、そんなこと恥ずかしくって聞けなぁい」 おどけて見せた彼の頭を、すかさず政宗が平手ではたいた。「ちょ、何すんのさ」「気持ちの悪ぃこと、するからだろ」「ひっどぉ。旦那ぁ、竜の旦那がいじめるんだけど」「佐助と政宗殿は、仲が良いな」「冗談」「no way!」 同時の抗議に、幸村はニコニコとしている。「あれってよぉ、なんかの勢いで、はずれちまったりしねぇのかな」「あ〜、時々、外れたのなんだのって言ってるなぁ」 慶次の言葉に、一瞬の思考にふける沈黙が訪れ「――――最近、三年女子の間でホック外しが、流行ってるらしいぜ」 小十郎が、はしたないとぼやいていたと政宗が呟く。「それ、広まるんじゃねぇか」 冬場に、寒さ対策で女子が毛糸のおしゃれパンツやスパッツを着用している際、女子同士の間でスカートめくりが流行り、男子の姿が見えない場所で行われていたものが、いつのまにか男子が居る場所でも行われるようになったことを、思い出す。 そこでまた沈黙が起こり――――「いいよな、夏はよぉ」 元親の声に慶次が頷き、政宗が意味深な笑みを唇に乗せ、家康が照れたように笑い、佐助が呆れたような顔に多少の興味をにじませた。「ぷぅるの授業、楽しみにござるなぁ」 幸村の言ったのとは違う意味で同意を示した面々に「下らぬ」 無関心そうにつぶやいた元就は、違う種類のフローズンヨーグルトを、追加注文した。 真夏は不祥事も君次第で――。2012/06/15