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子ぎつね佐助ー奥州へ行く

 今日は良い天気だから、と子ぎつね佐助は屋根の上で毛づくろいをし、自慢のしっぽにたっぷりと日の光をあてて、ふかふかになぁれとつぶやく。
 ほわ、と膨らんだしっぽに鼻先をうずめ、お日様のにおいがするのを確認し、満足そうに頷いた。
(旦那と、同じ匂いだ)
 ふふ、とうれしくなって、しっぽを抱きしめる。
 彼の主、真田幸村は佐助のしっぽが大好きで、ふかふかと撫でては頬を緩ませる。そんな幸村の姿を見ると、佐助の心は日向ぼっこをしたみたいに、ほわりと温かくなった。
 だから、こうして天気の良い日は屋根上で、しっぽをふかふかにするようにしている。
(旦那、今日も喜んでくれるかな)
 そう思って里の向こうに目を向ける。幸村は今、里の様子を見に出ていた。
「佐助」
 名を呼ばれ、大きな耳が声のほうへ動いた。次いで、顔を向ける。
「佐助」
 それは忍隊の男の声で
(やだなぁ)
 と佐助はため息をついてから、立ちあがった。せっかく素敵にしっぽがしあがったのに、忍の任務でしおれてしまうかもしれない。そうすれば、あの幸村の日向の笑顔に会えなくなる。
「ま、でも――お仕事は、きっちりしなくちゃね」
 どんな任務でも、佐助が見事にやりとげれば、幸村は褒めてくれるのだ。時折、油揚げを褒美として与えてもくれる。
 その時のことを思って、佐助は地面に降り立った。
 化け狐の子どもである佐助は、忍犬よりも鼻が利き、人の忍よりも夜目が利き、愛らしい容姿から耳としっぽを隠せば人を簡単に信用させられることもあり、重用されていた。
 今よりももっと小さかった時、うっかり罠にかかってしまったところを狩りに出ていた幸村に助けられ、手当てをされ、山に帰されたが彼の傍に居たくて忍隊に加えてもらった。
(旦那――)
 あの時、自分の着物の袖を裂いて、罠にかかって傷ついた佐助の足に巻いてくれた布を、綺麗に洗ってお守りとして、身に着けている。恩返しがしたくて、一度だけのつもりだったのに、与えられるぬくもりに離れがたくなっていた。
(人の事、言えねぇよなぁ)
 鎌鼬である幼馴染かすがを思う。彼女は、山に入って荒らした人間を懲らしめるため里に下り、人里の棟梁らしいと目星をつけた人物にうっかり心陶してしまい、自分と同じように過ごしている。
「佐助、すまないが奥州へ行って薬草をわけてもらってはくれないか」
「奥州――」
「遠いが、あそこの薬草はそこらのよりも、ずっと効き目が強い。怪我も早く治る」
 ぽん、と佐助の脳裏に戦場でけがをした幸村の姿が浮かんだ。小さな切り傷だったが、佐助が薬草をつぶして手当てをすると
「ああ、ありがとう」
 そう言って、笑ってくれた。
「俺様にかかれば、奥州までの道なんて、あっという間だから」
「それは、たのもしいな」
 胸を張って答えた子ぎつねに、忍は風呂敷を手渡した。
「これは、薬草の代金になる岩塩だ。それと、必要な薬草の名前と量を記した手紙も添えてある」
「まかせときなって」
 言うと草笛を取り出しピュルリと吹いて、山から大烏を呼んだ。
「それじゃ、行ってくるから」
「おう、頼んだぞ」
 烏の背に乗り、佐助は奥州へと旅立った。

 大烏はゆうゆうと大空を飛び、佐助は眼下の景色を楽しみながら、時折渡された地図を確認する。
 奥州、と一口に言っても広い。奥州のどこに行かなければいけないのか、きちんと把握しておかなければ用事がすむのに手間取ってしまう。
「この、片倉小十郎って旦那に言えばいいんだよな」
 地図と共に渡された人相書きを見て、うへぇと舌を出す。
「なんだか、怖そうな顔してんなぁ」
 左ほほに傷がある人相書きの片倉小十郎は、渋面をしていてニコリともしなさそうに見えた。その横に、竜の右目、と通称が書かれている。
「ふうん――?」
 奥州には、竜が居ついているのかしらん、と首をかしげ、もしそうであるなら、そこの薬草はうんと効き目がありそうだと、自分の任務に得心した。
「旦那が、もし大けがをしても、たちどころに治るかもしれないしな」
 幸村は武将だから、戦場に行く。そこで、鬼神のごとく槍を振るい駆け巡る姿を幾度も見てきた。そんな幸村は大勢から狙われる存在で、そう簡単に傷をつけられるような人ではないが
「まったくけがをしないわけじゃ、無いからねぇ」
 そんなとき、すぐに傷が治る薬草があるなら、重畳だ。
「そうだ!」
 そんなに素晴らしい薬草なら、自分もわけてもらいたい。忍隊用のものとは別に求めるため、佐助は大烏に眼下の森へ降りるよう促した。この先には大きな滝があり、そこにヤマメが住んでいる。それを手土産にしようと子ぎつねは決めた。

 ふとったヤマメを蔦でつなぎ、少し時間が遅くなったかな、と思いながら佐助は地図にあった目的地へ降り立った。大きな門の前には門番が居らず、少し迷ってから大きな声を出す。
「すみません! 片倉の旦那は、おられますかぁ」
 しん、と無言の返事が返ってきた。勝手に入って目的の相手を見つけてしまったほうがたやすいが、それは良くないと幸村から教わった。なので、佐助はもう一度声を上げようとして
「何の用だ」
 背後からの声に、振り向いた。そこには、腕を組んだ青年が居た。右目を眼帯で隠している彼は、興味深そうにニヤつきながら佐助を見下している。
 む、と佐助は彼の態度にいやな感じを受けた。
「あんた、ここの人?」
「まぁ、そうだ」
 小ばかにしたような口調に、佐助はますますむっとした。
「片倉の旦那に、用事があるんだけど」
「小十郎に、何の用だ」
 下の名前を呼び捨てにするのなら、彼は目的の相手と親しいのだろう。けれど
「あんたには、関係ない」
 佐助はそう、つっぱねた。
「可愛げの無ぇガキだな」
「べつに、あんたに可愛いとか思われたいとは思わないから」
 ふ、と男の顔が緩んだ。
「真田幸村には、思うのか?」
 え、と目を瞬かせた佐助がうっかり隙を見せてしまうと、眼帯の男がひょいと襟首を掴んで持ち上げた。
「ちょ、何するのさ」
「これが、幸村自慢の狐か」
「あんた、旦那と知り合いなのかよ」
 ぶざまにじたばたするのが癪で、佐助はおとなしく吊り下げられたまま、睨みつける。
「俺の話を、あいつから聞いたことは無いか?」
 逆に問われ、頭をめぐらす。右目に眼帯をした男の話を、旦那から聞いたことが――
「伊達、政宗?」
 あ、と気づいた佐助に
「Good」
 政宗がニヤリとした。
「ふうん。あんたが竜の旦那かぁ」
 その声は政宗の手の先からではなく、門の傍からかけられて
「That's incredible」
 政宗の手の先には、ヤマメを吊るした蔦があった。
「なるほど」
 何がなるほど、なのかはわからないが佐助は少し得意げな顔をする。幸村が心底嬉しそうに話をする伊達政宗が、こんなにいやなやつだとは思わなかった。
(旦那は優しいから、きっと騙されているんだ)
 その感情には、多少なりと彼に対する嫉妬も含まれているのだが、子ぎつねはそれに気づかず、ただ政宗の事を嫌いだと判じた。
「話以上に、面白そうな狐だな」
 その言葉に、幸村が彼に自分の話をしたのだと気付き、どう言っていたのかが知りたいと思ったが、聞くとなんだか負けてしまったような気がしそうで、我慢した。
「その風呂敷。家紋が入ってるってこたぁ、正式な使いなんだろう。来いよ。小十郎んとこに、連れて行ってやる」
 そう言って踵を返した政宗に、ほんの一瞬ついていくのをためらってから、佐助は二人分の距離を置いて付いて行った。

「政宗様」
 野良着で土を弄っていた男が顔を上げて、政宗に声をかける。左の頬に傷があるのは人相書きと同じだが、政宗に声をかける彼は柔和な顔をしていて、あの人相書きは怒っている時を書いたのかと佐助は小十郎を眺める。
 その視線に気づいたらしい小十郎が、少し首をかしげて佐助を見、彼の抱えている風呂敷の家紋を見止めてふわりと笑んだ。
「真田の狐か」
 彼にも、幸村は自分の話をしているらしい。なんだかそれが誇らしくて、佐助は胸を張って小十郎の前へ進み出た。
「真田忍隊、猿飛佐助。片倉の旦那に薬草を分けてもらうよう仰せつかって、参りました」
 かつて、用向きがあるときにと幸村から教わった口上を述べる。
「狐なのに猿とは、どんなJokeだ」
 揶揄する声音の政宗を黙殺し、持ってきた風呂敷を渡す。中身を確認した小十郎が、うなずいた。
「遠いところから、重い岩塩を持って、ご苦労だったな」
「あ、あのさ」
 あわてて身代わりの術を使ったときに政宗の腕にひっかけ、彼がそのまま持っていたヤマメをひったくる。
「これで、それとは別に俺様に、刀傷や矢傷によくきく薬草を、わけてもらいたいんだけど」
 両手を伸ばして差し出す佐助に目を丸くし
「真田は、ずいぶんな忠臣を手に入れたもんだな」
 すぐに目じりを和らげた小十郎がヤマメを受け取る。
「なら、薬草摘みを手伝っちゃあくれねぇか。ついでに、何がどんな効能なのかを教えてやろう。――人と狐じゃ、違った使い方をするものも、あるだろうからな」
「ほんと! いいの?」
「ああ――かまわねぇよ」
 全身から喜びを発した佐助の頭を、おもわず小十郎が手を伸ばし撫でる。ふわりと優しい土の香りがして、佐助は鼻をひくつかせた。
「小十郎」
「は」
「薬草を摘んでいたら、日が暮れちまうだろう。その狐、一晩泊めてやってもいいと思うんだが――どうだ」
「それが、良いかと」
「どうだ、狐。いくら獣でも、夜道にガキを放り出すなんざ気が引けて仕方が無ぇ。急ぎじゃ無ぇんなら、泊まって帰れ」
「え、でも――」
「おまえが乗ってきた鳥にでも文をつけて、日が落ちる前までに幸村に連絡を届けりゃ、問題無えだろう。明日、帰るときに特製ずんだ餅を持たせてやる」
 ぴこ、と佐助の耳が動いた。したり、と政宗の唇がゆがむ。
「あんたにも、興味があるしな」
「そこまで言うなら、泊まって帰ってやっても、いいけど?」
 二人のやり取りに、小十郎が困ったように微笑んだ。

 笹の葉にくるまれたずんだ餅を大切に抱え、佐助は甲斐へ大烏を急かして帰った。背には、しっかりと風呂敷につつまれた薬草がゆわえられている。
「ほら、もっと早く」
 これ以上は無理だと抗議をするように、烏が鳴いた。
 屋敷にたどり着いた佐助は、薬草を放り投げるように忍隊に渡し、ずんだ餅を持って幸村の元へ向かった。この時間、彼は庭先で一人稽古をしているはずだ。
「旦那ッ」
 声をかけると、手を止めた幸村が満面の笑みで迎えてくれる。嬉しさに胸をくすぐられ、佐助は小走りに彼へ寄った。
「おかえり、佐助」
「ただいま、旦那。あのさ、これ、土産にもらったんだ」
 差し出された包を受け取り
「おお、これは。佐助、共に食そうか」
「うん」
 すぐに茶の用意をしてくるね、と言い置いてしっぽをふりふり走る背中を、春日のようなまなざしで幸村が見送る。
 もどってきた佐助と茶をしながら、今回の任務の話を聞く幸村が
「しかし、まこと政宗殿の作られる奥州の甘味は、美味にござるなぁ」
 感歎すると佐助は唇をとがらせ
(やっぱり、あいつは気にくわない)
 そう自分の中で確認しながら、幸村のおいしそうな顔を見られるのなら、もう一度いってもいいかな、と思った。

2012/04/19



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