♪ちいさなちいさな弁丸様は ふかふかしっぽが大好きで 子ぎつね佐助は口ずさみながら、自慢のしっぽを縁側で毛づくろいしていた。 ♪ふんわりふわふわ抱きしめて うとうとすんやり夢の中 それを聞いた佐助の主、真田幸村が、くすりと笑い「なんだ、佐助――俺の幼少のころを、知っておるような口ぶりだな」「旦那はわかりやすいからね。きっとそうだろうなって、想像くらい、すぐつくさ」「そうか」「そうだよ」 ふわん、と佐助のしっぽがゆれて、幸村は思わず手を伸ばし、ふか、と心地よい手触りに目を細めた。「ほうら、こうやって俺様のしっぽに触れようとするだろう。きっと、子どもの頃の旦那だって、俺様のしっぽにメロメロになるにきまってるって」「なるほど、そうやもしれぬな」 ふか、ふか――と幸村は佐助のしっぽの手触りを楽しみながら、彼を抱き上げ膝に乗せた。 穏やかな昼下がり、おとなしく膝に抱かれていた佐助は「そうだ」 ふいに飛び上がり、くるんと回転して降り立ち手を叩いた。「試してみようか」「試す?」「子どもの頃の旦那が、俺様のしっぽに夢中になるかどうか」 ん、と幸村が小首をかしげた。「どのようにして、そのようなことが可能になるのだ」 ふふん、と佐助が胸を逸らし「俺様を、なめてもらっちゃあ、困るぜ」 そう言って、姿を消した。 緑の旋風になってしまった佐助のゆくえを知る手立ての無い幸村は「ふむ」 よくわからないままに、何か面白いことがおきるのだろう、と呑気にかまえていた。 姿を消した佐助は、人に化けて領地を治めている大妖、白虎の武田信玄の傍に居た。人の気配が無いことを確認し、大将、とこっそり声をかける。その様子に、これは普通の事を聞きに来たのではないなと判じた信玄は、気付いた証に虎のしっぽを出して見せた。「どうしたのじゃ、佐助」「ちょっと、弁丸様に会う方法を知らないかな、と思って」 子ぎつねが何を思ってそう聞いてきたのだろうか、とわずかばかり思案して「なれば佐助、幻術を用いれば良いのでは無いか。狐狸の得手であろう」「幻術――」 しばし考えた佐助は「ありがと大将」 言い終らぬうちに姿を消して「やれやれ」 柔和に困った息を吐き、信玄は先ほどの続きに戻った。 再び幸村のもとへ戻った佐助は、にこりとする幸村の前で自分を三人に増やした。「おお――佐助、今から何をするのだ」「すぐに、わかるさ」 言いながら、三人の佐助は幸村をとりかこみ、印を結び、なにやらごにょごにょと唱え始める。それを聞いているうちに、幸村の瞼はだんだんと重くなり、最後には「ん――」 こてん、と横になって寝息を立て始めた。それでも唱えるのを止めない佐助は、少しずつ幸村の傍により「ん――」 一人に戻ったかと思うと、幸村の上にかぶさるように倒れ、眠った。 よく見知っているはずなのに違和感のある庭に、佐助は立っていた。庭の杉の木が、自分の知っているよりも小さい。「やっぱ、俺様ってば天才」 ふふ、とほくそ笑む佐助の耳に、元気な子どもの声が響いた。「たぁあああッ」 声のした庭先に行くと、槍を振るっている少年と、今とあまり変わらない信玄の姿があった。(あれが、弁丸様だな) そう確認した佐助は、人の子どもにしては俊敏な彼に目を細め(さすが、旦那) 感心しながら手合せが終わるのを待った。 手合せが終わってから、弁丸が体をぬぐい部屋に戻るのを確認し「うん、完璧」 自分のしっぽの具合に満足してから「あそぼ」 忽然と弁丸の前に姿を現した。「な、なにやつっ」 狼狽える弁丸に少し首をかしげて「きつねだよ。見て、わかんない?」 いたずらっぽく片目をつぶってみせる。「きつね――」「そ、きつね。まぁ、普通のきつねじゃないけどね」 言って、大きく形の良い耳を動かし、しっぽをふわりと振って見せた。「おお」 弁丸の目がまんまるにひらかれ、好奇の光がきらきらと輝く。「さわってみる?」「よいのか」「どうぞ」 おそるおそる近づいた弁丸は、まずは佐助の耳に手を伸ばす。幸村は佐助を膝の上に乗せられるくらい大きいが、弁丸は手をうんと伸ばさなければ、佐助の耳に届かない。すこしかがんで触りやすくすれば、ちいさな指がそうっと触れて、形を確かめ、付け根をいじった。「おお――本当に生えておる」「そりゃそうだよ。きつねだもん」 次に弁丸はしっぽに触れようと手を伸ばし「あっ」 ひょいとかわされ、声を上げた。 一瞬のうちに三人分ほど遠く離れた佐助に、目を丸くする。「なんと――」 ふふ、と笑う佐助が誘うようにしっぽをゆらす。弁丸が追いかけ、触れる直前に「あっ」 また、離れた。「ぬぅう」 むきになった弁丸が、佐助を追いかけ捕まえようとする。けれど佐助はギリギリでひらりとかわし、弁丸に触れさせない。「ほらほら、どうしたの」「負けぬぅうっ」 部屋から飛び出し庭を抜け、塀を飛び越えようとして「うわっ」「危ないっ」 池のふちでつまずいた弁丸が、水に落ちてしまう前に抱きかかえて杉の木の上に乗った。「あぶないなぁ、もう。旦那はいっつも夢中になると、まわりが見えなくなるんだから」 小言の最中にぎゅう、としっぽを強くつかまれ「つかまえたぞっ」 得意げに見上げられて瞬き「まったくもう」 茶色く柔らかな弁丸の髪を撫でた。「ふかふかだな」「気に入った?」「うむっ」 力強い答えに、うれしくなって思わずしっぽが揺れてしまった。「わわっ」「あぶないっ」 しっぽにしがみつくようにしていた弁丸が、あやうく杉の枝から落ちそうになる。もっと広いところのほうがいいと、佐助は弁丸をつれて屋根に上がった。「身軽なのだな――えぇと」「佐助だよ」「佐助か。俺は、弁丸だ」 言いながら、さっそく佐助のしっぽに戯れる弁丸に(ほらやっぱり。ちいさな旦那も、俺様のしっぽが大好きだ) 満足そうな顔をした。 、弁丸はしっぽを抱きしめて、修練の後に走り回ったためか、うとうととしはじめている。「眠たいの? 弁丸様」「ん、ぅむ」 応える声は、半分寝言のようになっていて ♪ちいさなちいさな弁丸様は ふかふかしっぽが大好きで ふんわりふわふわ抱きしめて うとうとすんやり夢の中 くちずさむ佐助の言葉通り、眠りの中へと落ちていった。「それじゃ、そろそろ俺様も眠ろうかな――っというか、起きようかなっと」 ううん、と大きく伸びをして、ころんと屋根の上で横になった。 ぴく、と佐助の耳が動く。それが合図だったように、幸村と佐助は瞼を持ち上げ起き上がり、ぐーんと伸びをして顔を見合わせた。「幼いころに戻って、佐助と戯れる夢を見たぞ」 にこり、と幸村が言い「ちいさな旦那も、俺様のしっぽに夢中になったでしょ」 得意げに、佐助が言った。「そうだな」 言いながら、幸村の手は佐助のしっぽに触れており「まこと、ふかふかしていて心地よい」 満足げに笑んだ。 空で、ちち、と小鳥が鳴いて「佐助。小腹が減った」「はいはい。もう、旦那は俺様より大きいのに、子どもみたいだよね」 嬉しそうにぼやく佐助が茶と茶菓子を用意して、二人そろって縁側でのんびりと日暮れまでの時間を楽しんだ。2012/04/21