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陰陽師設定のお話です。
陰陽〜四国〜   ほろほろと、酒を呑んでいる。
 月に照らされた濡れ縁で一人、物思いに沈んでいるような顔で毛利元就は杯を進めていた。
 瓶子に入れている酒を、思い出したように杯に注いでは唇を湿らせている。
 肴は菜の花のおひたし。
 それをつまんでは、酒を呑む。
 そんな元就の前には、空の杯が一つ、置いてあった。
 刻は子の刻半(午前一時)。
 今時分に訪れようとは、なんとも変わった客人である。
 ふと元就が顔を上げた。客人が来たらしい。だが、来たという表現は、いささか不適切に思われた。
 闇が凝り、人の形を成していく。それが、元就の客人であった。
 白い髪。
 左目は紫の眼帯で隠されている。
 剥き出しの肌は、たくましく引き締まっていた。
 右の脇腹に傷痕がある。
 表情なく、元就の唇だけが動く。
「――――来たか」
 にやり、と凝ったものが笑った。
 ずかずかと近寄り、どかりと元就の前に座ると杯を持ち上げ酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「っはぁ。久しぶりの呼び出しだなぁ、毛利ぃ」
 僅かに眉をしかめてから、元就は目の前の男を真っ直ぐに見つめた。
「なるべくなら、貴様なぞ呼びたくは無いのだがな」
 クックッと楽しそうに笑って、男が言う。
「じゃあ、なんで俺と契約をした」
「役に立ちそうな駒は、持っているに越したことはない」
 カタリと元就が杯を置く。
「西海の鬼を式神にしようなんて大それた事を考える野郎なんざぁ、アンタぐれぇのモンだぜ」
 すぅっと、元就の目が細められた。
「貴様ごとき、扱えぬ我でないと思うたからよ」
「あぁ、そうかい。で、毛利よぅ――――俺を呼んだって事ァ、他の式じゃあ手に負えねぇシロモン相手なんだろう」
 不本意そうに息を吐き、元就が言う。
「長曾我部よ。契約に従い、我が駒として存分に働くがいい」
「まずは、話を聞こうじゃねぇか」
 瓶子を持ち上げ、西海の鬼――――長曾我部元親は全てを飲み干し、笑った。

 鼠であった式が新しい瓶子を用意し終えてから、元就は話はじめた。彼に届いた話は、漁村に不可思議な波がくるというものであった。今まで高波など起きたことがないというのに、夜になると、必ず一度唸りを上げて波が来るらしい。
「夜に、一度きりか」
「一度きりなのだそうだ」
 怪訝な顔をして、元親は菜の花をつまんで口に放り込んだ。
「しかも、その波は浜全てではなく、一部のみを撫でるように攫うのだそうだ」
「なんでぇ、そりゃあ」
「正体や対処法がわかれば、貴様なぞ呼ばぬ」
「違ぇねえ」
 心底嫌そうな顔をする元就にカラカラと笑って、真剣な顔に戻る。
「で、いつ行く」
 元親が瓶子を差し出す。
「すぐにでも」
 元就が杯で受けた。
「なら、明朝」
 ニヤリと笑った元親が、ふうわりと立ち上がり後ろ向きに庭に下がる。輪郭がぼやけ、ゆっくりと闇に溶ける。最後に残った笑みが消え去るのを見届けて、元就は酒を呑んだ。

 しらしらと明けきらない刻限に、元就はくだんの浜に立っていた。昨夜も波が来たらしい。一部だけ、まっすぐに砂が削られている。深さは海に近づくほどに沈んでいた。
「こいつか」
 潮風に乗って、元親の声が届く。姿は見えない。元就は唇を動かさずに返事をした。
「少しずつ、伸びておるのだそうだ」
「この先に、何があんのかねぇ」
「それを探る」
 二人は目を、溝の先に向けた。
 サクサクと軽い音をさせて砂が元就を運ぶ。漁村の集落で一番大きな建物に向かった元就は、伺いもたてずに戸を開けた。そのまま中に入り、見回す。特になにも目に留まらなかったらしく、入った時同様、無言で立ち去り周囲を見回した。
「おいおい、集落の長に声ぐれぇかけなくていいのかよ」
「我が入った事すら気付かぬ愚鈍な者に用はない」
「おま…………それ、むちゃくちゃだぞ」
 声のみの元親を黙殺し、再び歩き始めた元就が、ふと眉をひそめた。耳元で、からかうような気配がおこる。
「貴様、気付いていたのか」
「言わなくても、気付いただろう」
 忌々しそうな元就に、ひょいと肩をすくめた格好で元親は姿を見せた。見せたとは言っても、透けて向こうが見える。
「勿体ぶらず、さっさと凝って行くが良い」
「いいのかよ。誰かが見てたら、驚くだろう」
「怪異を鎮めようと来たものが怪異を操ったとして、なんら不思議は無い。むしろ、怪異には怪異と納得をするであろう」
 両手を腰にあて、首を傾けた格好で凝った元親は、眉間に皺を寄せた元就を楽しそうに眺めて言った。
「じゃあ、ちょっくら見てくるか」
「さっさと行け」
「はいはい」
 楽しそうな足取りで去っていく鬼の姿に、元就はさらに眉間に深い皺を作る。元就が、なるべく彼を使いたくない理由は、ここにあった。どうにも他の式と勝手が違う。式だとて自我はある。それは認めている。否、興味がないと言う方が正しい。元就にとって、式は使えればそれでいい。役に立てば、どうでも構わなかった。元就に従う式は、彼を畏怖こそすれ、元親のように対等の態度を貫くような気概も力も持ち合わせていない。それだからこそ西海の鬼と呼ばれている元親を自分の駒にと望んだのだが、どうにも具合が違っている。
 呼び出せば応じる。
 役にも立つ。
 歯向かってもこない。
 しかし、従っているという態度では無い。どちらかと言えば、手伝っているといった風情である。
 目当ての場所にまっすぐに向かう背中を眺めながら、元就は息を吐く。役に立たぬモノより、多少の難があっても存分な働きをする駒のほうがいい。そう思い、眉間の皺を解いた。
 しばらくして、ブラブラと片手に何かを持って、元親が歩いてくる。ある程度近づくと、手を上げて挨拶をするように、手にしたものを見せてきた。目を細めて、元就がそれを見る。
「ほら」
 目の前に来た元親は、その辺の石ころを見せるような気軽さで元就に差し出す。
「これが、波の目的みたいだな」
 差し出されたものは、深海の色をした茶壺だった。瑠璃色のそれを、受け取らずに眺める元就に、元親が笑う。
「小さな祠に供えてあったぜ。大方、網に引っ掛かったもんで、大漁祈願か安全航行のために供え物にしとこうかと思ったんだろ」
 かわいいねぇ、と呟く鬼は本気で人を可愛くいじらしいと思っている節がある。茶壺を見る瞳は、驚くほど柔和な色を湛えていた。
「厄介なものを拾ったということか」
 下らぬと吐き捨て、元親の手から茶壺を奪う。光を吸い、鈍く発光するそれは翡翠だろうか。丹念に擦り続け、この型にしたのだろう。しかし――――。
「これほどの大きさの石は、珍しいんじゃねぇか」
 まったく、その通りであった。茶壺には継ぎ目が見当たらない。これほどのものならば、相当の価値があるだろう。
「ずいぶんと、世俗的な妖のようだな」
「思い入れがあるってぇ解釈は、無ぇのかよ」
「たかが茶壺に、何を思い入れる必要がある。道具に情など、不要」
 言いながら太陽に透かしてみる元就に、鬼は笑って肩をすくめた。

 茶壺を手に、再び村長の家を訪ねて用向きを伝えると、すぐに座を作り、村からすれば精一杯であろう遇しを出された。それらに手を付けようとはせず、元就は早く本題を簡潔に述べよと言う。鋭い眼光にあわてた村長は、事の次第を身振り手振りを交えて語った。茶壺は、元親が言った通り網に引っ掛かったらしい。それを供えてしばらくしてから、波が襲ってきたのだと村の者から聞いた元就は、心底侮蔑していると表情に表す。
「馬鹿馬鹿しい。供えてすぐにでも兆候があったはず。それに気付かぬどころか、問われてから波と茶壺の関係に気付くなど」
「まあまあ、いいじゃねぇか。――――で、だ。波にコイツを渡すか、退するか」
 ちらりと横目で元就を見る鬼は、人に姿をさらしている。陰陽師や法師が村人と話すのを取り持つ式というのは聞いたことが無いが、彼はこうした役目を厭うどころか好いてさえいるような所があった。彼が元就の式となってから、依頼人と元就の間に生じる険悪なものが薄れ、依頼人が素直に協力をするようにさえなった。それを元就がどう思っているのかはわからないが、彼は鬼が相手と自分の間に進んで入ろうとするのを黙認している。
「実は――――わしらには十分に礼を尽くせる財が無ぇだで、それを差し上げるつもりでおりました」
「だろうな」
 フンと鼻から息を短く吐いて元就が言うのを取り成すように、元親が村長に笑いかける。
「安心しなって、ジィさん。こいつは、口は悪いが腕はたしかだ」
 泣き出しそうに顔を歪めた老人は、すがるように元親を見る。
「な、毛利」
「――――フン。我に解決出来ぬ怪異なぞ、無いわ」
「それじゃ、ジィさん。こいつは、貰ってくぜ」
 立ち上がった元親に続き、元就も腰を浮かせる。
「邪魔したな」
 無言で去る元就の背と、片手を上げて挨拶をする鬼に、老人は深く頭を下げた。
「まったく。あれじゃあ、どっちが鬼かわからねぇぜ。毛利よぅ」
 まっすぐ浜に向かう元就の背中に、頭の後ろで腕を組んだ元親が呑気な様子でついていく。
「で、どうすんだ」
「現れる刻限までに、布陣をしく。我が計略に隙など有り得ぬ」
 言いつつ、袖口から何やら書いた紙を取出し、それを捏ねて潰し、粉のようにしたものを抉られた砂浜に蒔いた。
「紙が、そんなふうに砂つぶみてぇになるのは、初めて見たな」
 口のなかで何やら呟きつつ蒔いていく元就は答えない。
「それも、呪ってやつか」
 蒔きながら、波打ち際以外の全てを囲う元就は、最後に何かの印を結んで胸に溜めた息を吐いた。
「なぁ毛利。この呪は、俺には影響が無ぇんだよな」
「この程度のもので、西海の鬼が不自由するわけが無いとは思わぬか」
 振り向き答えた唇は、刀の切っ先ほどの緩やかさを持って、笑みとしていた。


 丑の刻(午前二時)元就らは砂浜に居た。そろそろ波の来る頃だった。茶壺は元就の懐に納まっている。元親は、月見でも楽しむような風情で海を見ていた。凪いでいる。ざぁあ、ざぁあと静寂を孤独にさせまいと海が鳴く。海面には星明かりがちりばめられ、拾い集めたくなる。
 ぴくり、と元就の目が小さな反応を示す。ニタリと元親が笑った。
「おいでなすったぜぇ」
 二人の見つめる方角に、もこりと何かが浮き上がった。近づくにつれ白い裾を撒き散らすそれが、人の手をかたどったものになってゆく。まっすぐに、何度も抉った箇所へ進むそれが自分に届く直前に、元就は素早く指先で中空に文様を描き、印を切った。
――――オ、オォ、オ
 手の形をした波が唸りながら歪む。口内で呟く呪が今朝がた蒔いたものに光を与え、それが輪の形になり波を囲った。
「焼け焦げよ!」
じゅあっ――――
 瞬時に波が霧散する。光の輪も散り、霧となった波を吸った。
――――オ、オォオ、オォオォオ、オォ
 唸り、中空に舞うものが寄り固まろうと蠢くも、自由に動けないらしく震動をするに留まる。仕上げにと印を結び切ろうとした元就に、わずかに身を寄せ合ったモノが鋭く迫った。
「ッ――――」
 呪が間に合わない。
 そう思った瞬間に、視界が紫に染まる。一瞬遅れて、それが元親であると理解した。いつの間にか、手には碇のような槍のようなものを手にしている。
「さぁて、いい波を起こしてくれよ」
 ずぁっ
 砂を碇槍に乗り、浜に駆ける。海と霧散したものとの繋がりに到達したかと思うと、そのまま駆けて境界を切った。切り取られたトカゲのしっぽのように霧散したものが空中でのた打ち、震動が強くなる。
「おとなしくしてろよっ」
 元親が叫ぶと、どこからともなく現れた網が、全てを覆った。すかさず、呪を唱え終えた元就が手をかざし、瑠璃の茶壺を求めたものは音もなく弾け、闇に溶ける。
 静かになった浜に寄せる海は、素知らぬ顔を続けていた。

 ほろほろと、酒を呑んでいる。
 月に照らされた濡れ縁で一人、物思いに沈んでいるような顔で毛利元就は杯を進めていた。
 瓶子に入れている酒を、思い出したように杯に注いでは唇を湿らせている。
 肴は、焼いた魚と炙ったイカ、貝もあり、なんとも贅沢であった。
 それをつまんでは、酒を呑む。
 そんな元就の前には、空の杯が一つ、置いてあった。
 刻は子の刻半。
 今時分に訪れようとは、なんとも変わった客人である。
 ふと元就が顔を上げた。客人が来たらしい。だが、来たという表現は、いささか不適切に思われた。
 闇が凝り、人の形を成していく。それが、元就の客人であった。
 白い髪。
 左目は紫の眼帯で隠されている。
 剥き出しの肌は、たくましく引き締まっていた。
 右の脇腹に傷痕がある。
 表情なく、元就の唇だけが動く。
「――――来たか」
 にやり、と凝ったものが笑った。
 ずかずかと近寄り、どかりと元就の前に座ると杯を持ち上げ酒を注ぎ、一気に飲み干す。
「よお、毛利。今回はまた早いお呼びじゃねぇか」
 ちらりと豪勢な肴に目をやり、ひょいと焼き魚をつまんで齧りつく。
「ん、旨い」
 本当に旨そうに食う鬼を、元就は眉一つ動かさずに眺めた。
「怪異を払った、礼だそうだ」
 ぴたり、と元親の動きが止まる。
「これから度々、届けると言って帰ったが、我のみでは腐らせるばかり」
 ふう、と息を吐いて杯を持ち上げる。
「貴様に与えてやるのも、悪くはない」
 じわりと元親の顔に笑みが滲んだ。
「素直じゃねぇなぁ。ありがとうって言葉を、知らない訳じゃあ、ねぇだろう」
 すうっと目を細めて、元就は杯に口をつける。
「結局、茶壺も祠に戻したしよ。ご丁寧に呪まで施して」
「我には不要の物だと判断したまでよ。それに、いちいち下らぬ事で煩わされたくはない」
「そうかい」
 齧りかけの魚を頭からまるごと口に入れ、元親が笑う。
「しかし、ありゃあ一体何だったんだろうなぁ」
 手酌で呑みながら、元親が呟く。
「そのようなことは、どうでも良い。我に害意がなくば、な」
 元親が瓶子を差し出し、元就が杯に酒を受ける。
「たまには、こうして呼び出してくれんだろ」
「これらを捨てるよりは、幾分か良い。――――働く駒に、益を与えるも必要」
「そうかい、そりゃあ楽しみだ」
 今度は貝を口に入れ、元親はふいと空を見上げた。
「いい月だ」
 つられて、元就も顔を上げる。膨らみかけの月が、そこにあった。
「呑もう」
 月に向かって杯をあげ、くいと煽る元親の横で、元就がそっと杯に唇を寄せる。
 ほろほろと、酒を呑んでいる。
 月の明かりの下で、ふたり。
 肴は、焼いた魚と炙ったイカ、貝もある。
 思い出したように酒を杯に注いでは、唇を湿らせていた。

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2010/3/09


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