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鎮魂ールミナリエー奥州   空から舞い降りるものを、政宗は眺めている。月明かりを受けて舞うそれは、命の無い蛍。
「政宗様」
 すらりと障子を開けて、小十郎が入ってきても振り向かない。温石を手に、小十郎は政宗の寝床に近づき布団にそれを入れた。
「冷え込みが、強くなってまいりましたな」
 政宗は、応えない。腕を組み、格子に肩をあてて外を眺めている。そんな彼の姿を座して見つめる小十郎の耳に、戦場の音が蘇る。
 蹄の音。
 鉄のぶつかる音。
 肉を斬る音。
 法螺の叫びと呼応する生のある声。
 それらの跡にある、無音の叫び――――。
 吸い込まれてしまいそうな雪夜は、無音が煩くて耳が痛くなる。果てた者たちの叫びを聴いているようで、それらが降り積もるようで、塞ぐことのできない耳に胸に刺さる声が響く。
「小十郎」
「は」
「――――明日は、早くから忙しくなりそうだ」
 一人ごとのような声に、わざと笑みを含めた声で応える。
「明日は、皆総出で雪を除けねばなりませんな」
 奥州の雪は、深い。一夜にして何もかもを白く、隔てなく染めてしまう。全てを隠して日に月に輝く大地を作りあげる。――――生あるものを拒むような冷たさと、育むために眠りにつかせる温もりを持って。
 蛍火を魂と称するのなら、きらめき、舞い降りるものも似たようなものではないのだろうか。
 しんしんと降る冷たい命の塊。少しなら、はかなくなるものも寄り集まれば生あるものを道連れにする。――――降り積もる死の残骸は、生あるものの心を埋めていく。それをただ眺めながら、政宗は月明かりに姿を浮かべていた。それを、小十郎が座して見つめる。
 明日になれば、雪が大地を覆うだろう。馬も人も足を取られ、進軍もままならなくなる。天下に乗り出すには距離的にも不利な奥州に、さらなる足枷となるそれは、奥州を外敵から護ることにもなる。――――貧しいものたちの命と引き換えに。
 雪は、政宗らに命を奪わせる事を諌め、自ら生き物を死へ招くための腕を広げる。優しく穢れなく、平等であるかのような顔をして、脆弱なものたちを連れていく。
「――――政宗様。風邪をお召しになるまえに…………」
「――――Ah、そうだな」
 素足の指が床を蹴る。その動きが固く、小十郎が目を細めた。肌が、少し青い。どのくらいの時間、外を眺めていたのだろうか。
 早く温めなければと、小十郎が促すように布団を上げる。温石が温めたそこに足を入れ、思わずため息をこぼした政宗に、小十郎は笑みながら、かじかんでいる政宗の指を見た。
 悟られまいと無意識に自然を装いながら動き、布団を掴む手はぎこちなさを隠しきれていない。
 白い指に、滲む紅の幻をみながら、小十郎は政宗が横になると深く頭を下げた。
「おやすみなさいませ」
「――――Ah」
 膝を擦りながら少し下がり、立ち上がる。そのまま政宗に背中を向けないように退出した小十郎は、自らの左手を見た。多くの血を吸った左手に、政宗の右目の――――忘れようのない記憶が映る。
「――――」
 唇を薄く動かし、拳を握る。それを祈るように額に当ててから、その場を去った。
 重い雲の隙間から漏れる月光に照らされて、白い闇が世界を包む。


2009/11/05


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