袴姿の片倉小十郎の前に、十数人の男たちが居る。いずれも手に木刀を持ち、緊張をした面持だった。 広い道場の上座に、面白そうな顔で胡坐をかき、頬杖をついた伊達政宗が眺めていた。 道場の窓にも入り口にも、大勢の者たちが張り付くようにして中の様子を眺めている。その中に、うら若い女の姿もあった。 つ、と小十郎の左足が前に出て、腰が落ち、木刀の柄に手が添えられた。 つばを飲み込む音が自分の頭蓋で大きく響き渡るほどに、場は静まっている。 小十郎の目は、目の前にいる男たちの誰をも見据え、誰をも見ていなかった。ただ肌に、自分に向けられているものを感じている。「――ッ」 男たちは、ぞれぞれの構えを取り、じり、じり、と間合いを詰めてくる。深く踏み込めば打ち合えるほどまで寄ると「ぃえぁああああッ!」 腹の底から声を発し、気合をほとばしらせた一人が、上段より小十郎に打ち込んだ。「ふっ――」 軽く息を吐き出して体を横にずらしながら男の横に回り込む。その流れの一部のように木刀が動き、男の腰に吸い込まれた。「ガッ」「きぃえぇええッ!」 次いで、怪鳥のような声を上げた男が、突いてくる。打ち捨てた動きを止めずに回転し、自分に向かってくる木刀の横に、片手で自分の木刀を添えるようにし、突進してくる相手の速さを自分の攻撃の力として「ぐげっ」 喉を突いた。「おぉおおおおっ」「いやぁああああっ」 先の二人に触発されたのか、強く床を蹴って迫ってきた三人を、手首を返し木刀を鞭のように操りながら、指を打ち上げるように叩き木刀を弾くと、下す動きで二人目の肩を打ち、落ちた切っ先で三人目の脛を抉った。「えぁああああっ!」「わぁああああっ」 残った者たちが、いっせいに小十郎に迫る。最初に足を進めた流れを止めることなく、左足を軸に半回転した小十郎が手前の男の脇を打ち、引く力でそのまま木刀の柄を肩越しに迫った者に突き入れると、わずかに身をかがめて進み胴を払い、払った刃で切り上げ、深めた腰を浮き上がらせて上段から打ち下ろし、腕を振って顎を突き上げ、トン、と肩に木刀の背を乗せた小十郎が振り向く。打たれたところを抑えてうずくまる男たちを見下し、政宗に目を向けて頭を下げた。「すっ――」 誰かが、息を吸いながら声を上げ「げぇえええッ!」 驚嘆の声を上げると、わぁ、と見守っていた者たちが熱風を巻き起こすように、声を上げる。 野太い声が小十郎を称え、黄色い歓声が熱い視線と共に小十郎に向けられる。それらに圧倒されながら、うずくまる男たちに近づいた者たちが介抱をするために、彼らを脇に運んだ。 ゆら、と政宗が立ち上がり、歓声がピタリと止まる。す、とすり足で進む政宗に合わせるように、小十郎も進み、互いの間合いを保ち、止まった。「ご覧になられたいとの仰せしか、お伺いしておりませんが」「小十郎の舞を見て、今の俺がおとなしく満足をして終えられる、なんざぁ、思っていなかっただろう――Is it wrong?」 ゆっくりと足を開き、深く腰を下ろした政宗に「まったく――仕方のないお方だ」 ぼやきつつ、構えた。 場が、先ほど以上の緊張に包まれる。二人の足の先が、踏み込む隙を窺っている。道場内の空気が重さを持ち、二人を中心に収縮していく。痛みに呻いていた者たちも、息を潜めて喘ぐように双竜を見た。「It’s Show Time」 唇を舐め、低く口内で唄い「ッハァ!」 右の親指で床を抉るように蹴り、頭を低くしたまま小十郎に迫る。そのまま一気に懐に入り「っ――!」 脇腹を突こうと腕を伸ばしかけ、刃を握り木刀を短くした小十郎が頭部に打ち下ろしてくるのに気づき「チィ――」 舌を打って床に木刀を突き、その力で体を横に回転させた。それを見越していたかのように、わずかに手の力を緩めて木刀の重力を使い掌で滑らせ、長く持ち直した小十郎が「はぁっ!」 払う。「Ha!」 受け身を取りざま足を跳ね上げ、小十郎の腕を蹴り、木刀の軌道を変えて「シュッ」 細く鋭く息を吐き出し、くるぶしを狙った。「っ!」 飛び上がり、それを躱し「ふっ」 起き上がり切っていない政宗に、真っ直ぐに木刀を突き下ろす。「Shit!」 起き上がりきれていない政宗は、床を転がりそれを避けた。 床に降り立つ反動を使い、逃げる政宗を追って木刀で突く。体制を立て直しきれなかった政宗がそのまま追い詰められると思いきや「Hey ya!」 背中を滑らせ体を回し、壁を蹴って小十郎の股下へ滑り寄りながら、ひざ裏を狙った。「ッ――」 とっさに小十郎が飛び退り、構えなおす一瞬のうちに身を起した政宗が、目を細めて口の端を片方だけ吊り上げる。 気楽な体制で、木刀を小十郎に向けた。 同じ笑みを浮かべた小十郎が、その切っ先に木刀を重ねる。 カツン―― 重く、けれど高い乾いた音が張りつめた空気に穴をあけ「筆頭!」「片倉様!」 声が上がる。「怪我をしねぇように、こんくれぇで止めておけ、と言うんだろう」 傍に寄った腹心に、嫌味たらしく言うと「賢明なご判断、痛み入ります」 皮肉っぽく返された。「ったく――」「ですが、士気を上げるためには、これくらいのことをいたしても、良いかと存じております」 おや、と左の眉を持ち上げて「珍しいな」「私も、武門の端くれにおりますれば」「アンタが端くれって言うのは、謙遜じゃなく嫌味になるだろう」「相手によっては、申しません」「Ha!」 鼻で笑った政宗が、満面の笑みを浮かべた自分を支え、自分が守るべきものたちの姿を見る。「小十郎」「は」「共に、天下を見ようじゃねぇか」「政宗様」「こいつら全員――いや、日ノ本中の人間を、竜の治める国へ連れて行くぜ」 歯を見せて笑う主の顔は、悪ガキの様相をしていて「承知」 小十郎は、目を細めて力強く頷いた。「何処までも、お供いたします」 彼らを慕う声が、竜の咆哮となり、天を穿つ。「テメェら! いつまでも騒いでねぇで、さっさと持ち場に戻りやがれ!」「ハイッ!」 小十郎の声に素直に応えた強面の男たちと、寄り添うように固まっている女たちの、紅潮した笑みを眺め、とん、と拳の甲で政宗が小十郎の胸を叩く。 ニヤリと笑って道場から出る彼の背を柔らかく見つめ、小十郎が続いた。2012/06/19