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※戦描写の中に、残酷と思われる記述があります※
イタミ  目の前に、膝をついた自分の姿を隠すように、見知らぬ男が立っている。男の手にある刀が反射する、光のまぶしさに気をとられながら
――ここで死ぬのか。
 と、他人事のように思った。初陣で、血気盛んな仲間連中と競い合った。誰よりも多く軍功をあげ、憧れの筆頭――伊達政宗に近づきたかった。
 後先を考えずに突っ走り、気がつけば思う以上に体力を消耗していた。始めての人斬りに抵抗は無かったが、実践と練習とでは刀の重さが格段に違っていた。足がもつれ、倒れ、起き上がろうとしたときに、見知らぬ男が自分に刃を向け、振り下ろそうとしているのが見えた。
――カッコ悪ぃな。
 他の仲間たちは無事なんだろうか。
 他人の心配をしている場合では無いはずなのに、そんなことを思う。刃がひらめき、自分に振り下ろされる。
――ああ。
 硬く目を伏せ、やってくるであろう痛みを待ち構えると、痛みの代わりにうめき声が耳に届いた。
 ゆっくりと目を開けてみると、目の前の男の首から切っ先が飛び出ているのが見えた。それがくるりと回転し、横に払われると鉄砲水のように血を噴出しながら男が倒れる。その向こうに、憧れの人の失った右目という二つ名を持つ男――片倉小十郎の姿が見えた。
「油断してんじゃねぇ。冷静に、見極めろ」
 静かで、ひどく威圧的な声に身をすくませる。小十郎はそのまま体を反転させ、迫る兵士をなぎ払った。返す刀で身を沈め、続く敵兵のわき腹に刀を沈める。
――すげぇ……。
 流れるような動作。刀身に重みがないような――体の一部であるかのような滑らかさで、小十郎は敵陣の中を舞っていく。その姿に呆然と魅入っている間に、戦は終焉を迎えた。

 朝の軍議を終えて畑へ出向こうとした折に、若い兵士が自分を見ていることに気付き、小十郎は顔を向けた。
「何か、用でもあるのか」
 兵士はぱっと顔を明るくし、小走りに小十郎の傍にやってくると、恋しい人を目の前にしているような様相で身を縮め、大きな声を出した。
「あのっ、俺……周五郎って、いいますっ」
 わずかに眉毛をあげてその顔を見、あぁとつぶやく。
「――――斬られそうになっていた奴か」
「お、覚えていてくださったんスねっ」
 頬を紅潮させ、周五郎が感激だぁとつぶやくのに淡く苦笑する。
「で、どうした。何か、あったのか」
「はっ、あ――いえっ、そのっ……助けていただき、ありがとうございましたっ」
 ぴっと背筋を伸ばし、直角に頭を下げる周五郎に手を伸ばして軽く肩を叩いた。
「あんまり無茶をして、命を粗末にすんじゃねぇぞ」
「はいっ!」
 胸の前で両方のこぶしを握り、力いっぱい返事をする姿に「若ぇな」と口内で微笑む。
「あのっ、あのときの片倉様、すっげぇカッコよかったっス! 俺も、あんなふうに華麗に敵を斬りまくりてぇなぁって思って――もっと訓練がんばろうって思いました」
 興奮した周五郎の言葉に、わずかに小十郎の顔がゆがむ。
「殺されるなって思ったとき、うめき声が聞こえて目を開けたら切っ先が首から飛び出てて、それがこう――横に払われた後に首が傾いて、そのまま倒れた血しぶきの向こうに片倉様の姿が見えたときはもう、震えたっス! そのままくるっと回って他のやつもブッタ斬って……あぁ、もう、ほんっと、カッコ良すぎて痺れました! 俺も、あんなふうに斬りまくって――――片倉様?」
 小十郎の表情が硬くなっていることに気付いた周五郎が、首をかしげる。それに痛みをこらえるような顔をして、小十郎が言った。
「戦は――人を斬るもんだが、それをしにいくためのモンじゃねぇ」
 きょとんとした周五郎が、すぐに笑顔に戻る。
「何を言ってんスか、片倉様。戦は人を殺しに行く場所でしょう」
 からっとした声の彼に、小十郎は背を向けながら呟く。
「人を斬る痛みだけは、忘れるんじゃねぇぞ」
 野菜かごを肩にかけ去っていく小十郎に、周五郎は首をかしげた。
「人を斬る痛みって……斬られたら痛いけど――?」
 小さくなっていく小十郎の背中は、周五郎のつぶやきに答えなかった。

 政宗の執務室に控える小十郎は、主がふいと顔を向けてきたのに物思いから抜け出て顔を上げた。
「いかがなさいました、政宗様」
「珍しく考え事をしてやがるから、声をかけても返事をしねぇかと思ったが――――呼ぶ前に返事をしてんじゃねぇよ」
「この小十郎、いかなる時にも政宗様を第一と思うておりますれば――政宗様の気配に、反応しないわけはございません」
「Ha――――いつもなら、うっとうしいぐれぇに様子を伺うくせに、今日は上の空じゃねぇか」
「は、これは失礼を」
「かまわねぇよ。それよりも、なんかあったんじゃねぇのか」
 政宗が体ごと小十郎に向くのに恐縮し、居住まいを正しながら軽く頭を垂れる。
「政宗様をわずらわせ、政務に集中できぬようにするなど――――この小十郎…………」
「Do not worry それより、何があったか言ってみろよ。俺の監視よりも気になっている事なんだろう」
「いえ、政宗様のお耳に入れるようなことではございませんので」
「息抜きついでに、聞かせろ。根をつめると、判断力も鈍っちまう」
 ほらと促す政宗の視線に、ではと小十郎は傍に置いていた冷えた茶と菓子の乗った盆を、ついと指で押し政宗へ差し出してから、口を開いた。
「先の戦で、初陣を遂げたものがございまして、その者が少々、危ういことを申したのです」
「危ういこと?」
「戦は、人を殺しに行く場所だと――――」
 茶菓子に伸びかけた政宗の手が、止まる。
「――――Indeed そりゃあ確かに危ういが……間違いでは、無ぇな」
 嘆息し、腕を組む政宗が渋面になる。
「たしかに、間違いではございませぬ。ございませぬが――――」
「I knows 小十郎。だがな、こればっかりは口で言っても理解できるようなモンじゃねぇ。そうだろう」
「は――――しかし、気付くでしょうか」
「気付かせてやりてぇところだが、本人次第というところか。初陣だったんだろう。これから、嫌でも知るだろうさ」
 政宗の声が落ち、痛々しい響きが覗く。潜められた眉と細められた目に、彼が思い出している光景を小十郎も視た。
「――――申し訳、ございません」
「Ah――気にしてねぇよ。昔の話だ」
 平伏した小十郎に軽く言い、政宗は茶に口をつける。空は、穏やかにそ知らぬ顔をしていた。

 法螺の音が響く。具足の、甲冑の音がする。馬の足音。砂埃。それらの間に、周五郎は居た。あれから数度の戦を経験し、実践での体の重さにも慣れ、仲間内では腕のたつほうだと言われるようになった。このまま武功を上げ、いつか小十郎にも認められ、政宗にも名前を覚えてもらおうと――もらえるようになるだろうと、思っていた。
「今回も、しっかり手柄をたててやる」
 当然のように、自分は出来るものだと思っていた。より多くの敵兵を屠ること。それだけを、考えていた。
「おい、周五郎! あんまり一人で突っ走んな」
 そんな声も無視し、どこからか湧き出す自信に任せて戦場を駆け巡る。
「っらぁあああ」
 雄たけびを上げ、刀を振りかざし、防具の隙間を狙い、屠る。自分の姿を、あのときに見た小十郎の姿と脳裏で重ね、酔っていた。慢心していた。
「しゅ、周五郎っ」
 必死の友の声が耳に届き、周五郎はそれを自分の活躍への羨みと驚愕だと捕らえ、返り血をあびた顔に笑みを浮かべて振り向いた。
「おう。どうしたァ、甚八――」
 どふり、と鈍い音が聞こえた気がした。友の体に、槍が生えている。その根元は、敵兵の手元に繫がっていた。
「甚っ――」
 駆け寄ろうとした瞬間、視界の端に何かが動くのが見えて後ろに下がった。自分が立っていた地面に、槍が突き刺さる。鋭い目を槍の先に向けると、血走った目の敵兵が居た。獣のようなまなざしで、周五郎をにらみつけてくる。
「ひっ」
 ぞわりと、何かが足元から這い上がってくる。それを振り払いたくて、周五郎は刀を振り回し、駆け回り、何かにつまずいた。
「っ!」
 倒れこみ、足がひっかかったものを見て息を呑む。それは、奇妙に体がねじくれている見知った顔の遺体だった。
「ぉああ――――ぐべっ」
 雄たけびを上げて周五郎に槍を突き出そうとした敵兵が、矢を受けておかしな音を出し、倒れる。
「大丈夫か」
 遠くから、仲間の兵が駆け寄ってくる。
「先走ると、危ねぇぞ」
 腕を取り、立ち上がらせようとする力にまかせて起き上がる。
「ほら、行くぞ」
 背中を叩かれ、仲間の兵が走っていく。急にからっぽになってしまったような心地で、周五郎は辺りを――――緑が血に染まり、人であったものが横たわる辺りを見回した。敵兵も、仲間の兵も、同じように横たわっている。その中にある甚八にふらふらと近づき、抱き起こす。まだ暖かいそれは、人では無くなっていた。体に出来た穴から、どんどん液体がこぼれていく。
――――人を斬る痛みだけは、忘れるんじゃねぇぞ
 ずっと意味がわからないままに頭の片隅に持っていた小十郎の言葉を唐突に理解した瞬間、周五郎は甚八だったものを抱きしめ、慟哭していた。


2010/07/20


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