多量のかぼちゃが目の前に山と積んである。あまりの光景に、一瞬思考が停止し、数歩下がって見知った場所であることを見まわし確認をしてから、再び足を踏み入れる。「なんだってんだ」 どこから集めてきたのか。いや、それよりもなぜ多量のかぼちゃがあるのか。誰が集めたのか。「意味が、わからねぇ」 わからないが、これでは兵糧の研究をできそうにない。 ふうと息を吐き出して、伊達政宗は庭に向かった。 庭に行く途中、ふと爽やかな香りに気づき、彼は足を向ける場所を変えた。香りに誘われるように進むと、今度は大量の柚子が薪の横にごろごろと置かれているのが目に入った。「あ、筆頭」 ひょいと薪の影から文七郎が顔をだす。「文七。この大量の柚子は、何だ」「何って、筆頭――今日は冬至じゃないっすか」 とうじ……湯治――冬至、と政宗の脳内で言葉が変換され、ついで大量のかぼちゃが脳裏によみがえり、納得が口の端に笑みとして広がった。「I see」 薄く開いた唇から洩れた言葉に少し首をかしげた文七郎へ背を向け、政宗は再び――今度は違う道順で――かぼちゃの山積みになった土間へ戻り始める。 井戸端を通ると、大きな桶で小豆が水に浸されているのが見えた。それを目の端で確認すると、威勢のいい声が聞こえてきた。草履をつっかけ、声のした方に向かうと大きな木枠の竃が組み立てられている。その横で、うきうきとした様子の男が支持を出していた。「あぁ、そうそう。そうだよ。立派にできたねぇ」 自分の右目――片倉小十郎の作る野菜に魅せられた男――小早川秀秋が竃の外周を回りながら出来栄えを確認している。そこに、数人の男たちが竃の大きさに見合った鍋を担いで来た。「そうっと、そうっと大切に扱ってよね。ああ、それじゃあ少し斜めになってるよ。きちんとまっすぐに置きなおして。右、右だよ――――そうそう、うん、いい具合だよ」 両手を腰に当てて、満足そうに頷く小早川の様子に柔らかく目を細める。戦国美食会の一員で鍋奉行と称するだけあって、具材や出汁以外にも細かなところに目が行くらしい。「それじゃあ、そろそろ小豆もいい具合になっているころだから、持ってきて」 はりきって指示を出す姿に、ほほえましさを感じながら背を向け、政宗は再び土間へと足を向けた。「あ、竜の旦那。お邪魔してるよ」 ひょいと気安い感じで片手をあげる、忍らしくない態の男に声をかけられ、眉間にしわがよる。「やだなぁ、そんな怖い顔しないでよね。俺様怖くて震えちゃう」 おどけた様子で自分を抱きしめてみせる甲斐の忍――猿飛佐助にあきれた息を吹きかけた。「何しにきやがった、猿」「ん? かぼちゃと柚子を貰いにね。せっかくなら、おいしいものがいいじゃない」 言いながら、背中の籠を見せてくる。「今から帰って、間に合うのかよ」「俺様の足を、見くびらないで欲しいね」 言い終わると同時に、佐助の姿が視界から消える。「俺様の優秀っぷり、感じてくれた?」 背後から声がして、ひやりとしたものが首に触れていた。「Ah――優秀な忍を食材調達に使うなんざ、酔狂としか言いようが無ぇな」「兵糧の研究しちゃう武将に言われたくないね」 背後の気配が遠ざかる。「その様子だと、あいつは元気なようだな」「元気すぎて俺様大変なんだから、あんまりちょっかいかけないでよ」 それに反論をしかけた唇を、途中で止める。忍はもう、声の届かないところに移動しているだろう。 土間にたどり着くと、かぼちゃが動いていた。ごろりと足元に転がっていたものを抱えると、見知りすぎた顔が、かぼちゃの隙間から現れた。「政宗様、いかがなさいました」「ああ、手伝おうかと思ってな」 言いながら、拾ったかぼちゃを相手の――自分の右目である片倉小十郎に突き出す。「こんだけの数、さばくのに時間がかかるだろう。うかうかしていたら、日が変わっちまう」「しかし――」「しかしも案山子も無ぇ。でっかい鍋、見てきたぜ。大量の柚子もな。折角だ。派手にみんなで楽しめるような冬至partyにしようじゃねぇか」「政宗様」 返答に困る小十郎に、さっさと了承の言葉を紡げと目で訴える。折れたように息を吐き出した小十郎が笑んだ。「では、共に準備を行いましょうか」「OK さっさと伊達軍全員が感動するような最高の料理を、作ってやろうぜ」 かぼちゃに囲まれた空間で、双竜が腕を振るう。すべてのかぼちゃがホコホコと湯気を立て、早く食せと訴えだしたころに、どたどたと大きな足音がやってきた。「片倉さぁああん! 小豆粥ができたよぉおおお」 満面の、やり遂げた後のような笑みを浮かべた小早川に、双竜は目を合わせ、微笑みあう。「わぁ、いい香り」 胸いっぱいにかぼちゃ料理の香りを吸い込んだ彼に、政宗がニヤリとした。「冷めちまわねぇうちに、食べるぜ。アンタ、悪いが運ぶのを手伝てくれ」「うんっ」 はしゃぐ小早川の姿に、目を細める。「政宗様はもちろんのこと、兵士らも健やかに新年を迎えたいものですな」「何言ってやがる。伊達軍が皆、健やかでいるのは当然だろ。誰一人欠けることなく、この俺が天下を掌握する日を迎えなきゃならねぇんだからな」 気負うことなく言い放った政宗に、小十郎が薄く瞼を閉じた。「片倉さぁああん、政宗くぅうん、早くしないと、冷めちゃうよー」「All right, I'll be right there」「筆頭、運ぶの手伝いに来ましたっ」「孫、途中で食うんじゃねぇぞ」 軽口をたたきながら、皆の元へ、彼らを導く竜が行く。 日が一番短い――太陽の力が一番弱まるとされる、死に一番近いとされる日。 彼らは、みずみずしい命を輝かせ、次代へ向かって進んでいく。 足元の、石ころのような日常を大切に扱いながら。 2011/12/21