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 濡れ縁で、片膝を立て柱に背を預けて手紙を読んでいる。さしておもしろくもなさそうな顔で脇の盆に手を伸ばし、湯呑を持ち上げ口をつけた。
「そのような恰好では、風邪をお召しになられます」
「Ah」
 足音と共に耳に届いた小言に、上の空で返事を返すと湯呑を置き、手紙をたたんで立ち上がった。
「手紙、ですか」
 伊達政宗の手にあるものを見止め、片倉小十郎がわざわざ問うたのは使われている紙が上品な唐物であったからだ。
「悪くない紙だろう」
 差し出され、受け取る。ふわりと漂う香りに、小十郎は驚きと共に子どもの成長を喜んでいるかのような顔をした。
「どこの姫君よりの文を受け取られたのですか」
「そうだな。強いて言えば、冴え凍る君、だ」
「それはまた、ずいぶんな名の姫君ですな」
「女じゃねぇよ」
 あごをしゃくり、読んでみろと促す。
「では、失礼して」
 開き、目を通した小十郎の眉間にしわがよるのを、袖の中に手を入れて腕を組んだ政宗は、面白そうに眺めた。
「毛利元就、ですか」
「冴え凍る君、だろう」
 にやにやとする主に、渋面のまま文を返す。
「筆まめってな噂は、本当だったみてぇだな。ずいぶんと手馴れてやがる。紙や、焚き染める香にまでこだわってんのは、嫌味なのか、もとからなのか」
 楽しそうに受け取った政宗は、それを文箱の中にしまい、火鉢の前に座った。
「ま、なんにせよ――悪い話じゃあ、無ぇ」
「たしかに。かの地との交易は、有益かと。ですが、いささか遠うございますな」
「だからこそ、価値があるんじゃねぇか。冬の入りから春先は、雪が邪魔をして閉ざされる。が、どうあがいても冬が閉ざせねぇ場所がある」
 わかるだろう、と目で促され火鉢より少し離れたところで坐しながら答えた。
「海、ですな」
「陸路はどうしようもねぇが、海路なら冬でも通れる。向こうもこっちも、船も港もあるからな」
「互いの港に行き来する間に、ほかの土地の物も取引をしながら運べば、物流が盛んになります」
「そして、交易のための税を商人に課して、農作物の税収が落ち込む時期も安定、とまではいかねぇが財政への収入は増える。商船が入れば、民も潤う」
 ちら、と縁側においてきた湯呑に目を向けた政宗の視線を追うように小十郎が腰を上げ、盆を手にし、政宗の前に出した。
「もう少し、火鉢の傍に寄れよ」
「政宗様におかれましては、もう一枚何か暖かなものを羽織っていただきたく」
 同じ笑みを浮かべあい、政宗は綿入れを羽織り、小十郎は膝を進めた。
「しかし、長曾我部が黙って見送りますか」
「それは、心配無ぇだろう。アイツは商人らが無理な締め付けをされねぇ限りは、文句は言わないだろうぜ。それよりも、交易船が増えれば四国もコッチに出荷するものがありゃあ、潤う。そういう所を上手く、毛利なら使うだろうぜ」
「うまく、ですか」
「そのための、この紙と香だろう」
「政宗様と、秘密裏に提携を結び、実際はどうあれ商人が勝手に行き来をしているように見せかける、とのことにございますな」
「それ以外に、あんな紙を使う理由があるかよ」
 商人同士が勝手に交易を始めた、という態を作れば、自由貿易を許しているような形になる。実際はお互いが荷を定めたりしていることを知られなければ、下手な勘繰りを受けずに済む。
「誰もかれもが天下を求めて、やれどいつがどいつと手を組んだのなんだのと、神経をとがらせていやがる。そんな中、俺と毛利が手を組んだとなりゃあ、火のないところの煙を見つけた馬鹿が、つまんねぇ戦をしかけてくるだろうからな」
「あくまでも、これは自領の交易の為。天下を求めるための布石ではない、と言っても信用されはしますまいな」
「なかなかのやり手だぜ、毛利は。兵士の扱いは好みじゃねぇが、統治の方策なんかは嫌いじゃねぇ」
 静かに、小十郎が頷く。
「なれば政宗様、いかが返書をしたためられますか」
「そう、だな――こういう趣向でこられたんなら、普通の返しじゃつまんねぇだろう。何か、面白い手があればいいんだが」
 胡坐の上に肘を立て、掌で顎を受け考える形を作る。すっかり冷めてしまった湯呑に目を向けて、無言で小十郎が辞した。それに気を留める様子もなく、政宗は面白い返事について思考をめぐらせる。
 盆を手に小十郎が戻ると、いたずらを思いついた顔の政宗に出迎えられた。
「何か、思いつかれましたか」
「女手でつづられた、恋文を模した手紙で来たんなら、そういう手で返す。が、普通じゃ面白く無ぇ」
「とすれば、いかがいたされます」
 す、と床を滑った盆に手を伸ばし、湯呑を手にした。中身は、甘酒である。少し含んで口内でそれを楽しんでから、政宗が口を開いた。
「せっかくなら、娶るぐれぇの扱いで返してやろうぜ。申し出、快く受けてやるってな」
「娶るぐらい、とは。何かを送られるのですか」
「手始めに、こっちの品がどれほどの物かを見せてやるのも悪く無ぇ。あの素敵紳士が寄越した反物があっただろう。あれは、どうしてる」
「狐が小細工で送ってきた、と申されて見向きもされなかったので、倉に保管してございます」
「なら、それを送ってやれ。使う予定も無いモンだし、こっちの反物の質も見せられる。まぁ、あの手紙からじゃ何を欲しがってるのか具体的に示してねぇから、腹の内では別の物が目当てだろうとは思うがな。――ああ、馬も少しつけてやるか。源平のころから、馬の質はこっちのほうが良いって定評は変わって無ぇし、喜ぶだろうぜ」
「しかし、馬とはいささか送りすぎではございませんか」
「毛利のことだ。こっちの足元も探るつもりでいるんだろう。だったら、豪気に反してやったほうが面白いとは思わねぇか。小十郎」
 主は、もうすっかりことを決めてしまっているらしい。
「仕方のないお方だ」
 苦笑と共に呟かれた言葉に、咎める棘のないことを聞き政宗は立ち上がった。
「なら早速、返答にふさわしい艶めいた紙を用意して、香を焚き染める。こういうものの返事は、早いほうがいい。焚いてる間に、気の利いた歌でも考えておく」
「では、紙と香を用意してまいります」
「冴え凍る君を相手に、どんなCoolな歌を送ってやろうか」
 ふふ、と口元に浮かべた笑みを甘酒で流し込んだ政宗が妻を迎えたという噂はひと月もたたずに広まるのだが、それはまた、別のお話――――

2012/02/28



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