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十里の焼き芋

 キリリと眉を引き締めて、何やら楽し気に口の端を持ち上げている真田幸村は、ずんずんと勇ましく道を進んでいた。彼の気持ちを表すように、ひと房だけ長い後ろ髪が、ウキウキと揺れている。
 その後に、彼の忍である猿飛佐助が後頭部で腕を組み、のんびりとした足取りでついてきていた。
 幸村の背に結わえられた風呂敷の中には、敬愛する武田信玄がしたためた文と金子が入っている。信玄の好敵手、上杉謙信が来訪するので、極上の酒をあがなうために、彼らはとある酒屋を目指していた。
 本来なら、一軍を率いる立場の幸村が使いに行くなど妙な話だが、最上の客のための極上の酒を買い求めに行くと聞いた幸村は、己が使いに行きたいと志願して、その任を請け負ったのだった。
(まったく、使いに行きたいって言った旦那も旦那だけどさぁ……仮にも甲斐の若虎とか、紅蓮の鬼なんて呼ばれて、日ノ本中に名の知れている武将を使いに出すなんて、大将も変わってるよなぁ。ま、今に始まった事じゃないけどさ)
 胸中でぼやく佐助は、己もまた人のことは言えないと苦笑を浮かべた。
「えぇ〜、八里半〜、はぁちりはんのぉお〜。やぁきぃもぉおお」
 道の向こうから売り声が聞こえて、幸村は足を止めた。
「む?」
「どうしたのさ、旦那」
 すいっと幸村の前に移動した佐助が、ひょいと主の顔を見る。幸村は真剣なまなざしで道の先をながめた。
「八里半の焼き芋と聞こえた」
「間違いなく、そう言ってるねぇ」
「いかな意味であろうか」
「さぁねぇ。まぁ、言葉遊びか何かだろうけど」
 会話をしている間にも、八里半の焼き芋の売り声は続いている。幸村の鼻がヒクヒク動き、目がキラキラと少年のごとく輝くのを見て、佐助は顔に手を当てて吐息をこぼした。
「はぁ……まぁ、ちょっと小腹が減ってきたころだし。買いましょうかね……っと」
 くるりと反転して幸村に背を向けた佐助は、軽やかな足取りで焼き芋屋に近づいて声をかけた。
「一本、もらえる?」
 中年で恰幅のいい焼き芋屋は「どうも」と愛想よく笑って、菰で包まれた桶の中から温かな焼き芋を取り出した。
「先ほど、八里半の焼き芋と言うておったが、どのような意味があるのでござろう」
 銭を渡す佐助の横にならんで、幸村が問うた。
「へぇ。たいそううまい焼き芋ですが、栗には少し及びませんで。栗と九里をかけまして、少し足りない八里半の焼き芋と称しております」
「ふむ……九里におよばぬ八里半か」
「謎が解けてよかったね、旦那」
 にっこりする佐助から焼き芋を受け取り、幸村は満足げにうなずいた。
「では、いただこう……ふむ……むっ、なるほど……たしかにうまい」
 言いながら、半分を佐助に差し出す。手振りで食えと促された佐助も、焼き芋を口にして納得顔になった。
「うん。栗には少しおよばないけど、うまい焼き芋だねぇ」
 名前通りの焼き芋を平らげて満足した幸村が、意気揚々と進んでいくと人が多く並んでいる店があった。
「九里半〜、くりはぁんのぉおお〜やぁきぃもぉおお」
「ぬっ!」
 ピタリと足を止めた幸村に、佐助は「はいはい」と言いながら売り声を上げている愛想のいい青年に声をかけた。
「一本、もらえる?」
「ありがとうございやす」
「すまぬが、九里半の焼き芋という名の意味を、教えてもらえぬか」
 焼き芋を取り出す青年に幸村が問うと、青年は少し得意げに返事をよこした。
「ウチの焼き芋は、たいそう甘くてねっとりとうまいんですよ。栗にも負けない……いや、栗よりうまいってぇことで、九里半と言っております」
「おお」
 感心しながら焼き芋を受け取った幸村は、半分を佐助に差し出しながらかぶりついた。
「ぬ……ぅ、たしかに……ねっとりと甘く……非常に美味な焼き芋だ」
「うんうん。こんなにおいしいと、九里半くらい歩いても疲れが吹っ飛びそうだねぇ」
 冗談めかして言った佐助に、幸村はぱぁっと顔を輝かせた。
「おお! なるほど。そのような意味もあったのか」
 満面に笑みを浮かべた幸村に、佐助はあわてて「物の例えだからね!」と言った。
「ふむ、九里半の道のりの疲れも癒す焼き芋か……これは、よいな」
「だから、物の例えだってば」
 聞いているのかいないのか、幸村は元気いっぱいの足取りで目指す場所へとズンズン進む。意気揚々とした幸村の様子に、佐助は「まぁ、いいか」とつぶやいた。
 目指す酒屋はあと少しというところで、粗末なつくりの小屋を見つけた。なんとも気だるげな声で、人相の悪い男が売り声をあげている。
「えぇ……焼き芋ぉ……十里のぉ、焼き芋ぉ」
 ボソボソとした声で、道を行く人々の足元に視線を流す男は、商売をしようという気がないように思える。さすがにここでは足を止めないだろうと予測した佐助だが、幸村は人相の悪い男の前に仁王立ちになって言った。
「十里の焼き芋とは、おもしろいな。ひとつ、もらおう」
「ちょ、ちょっと、旦那!」
 ジロリと幸村をにらむように見た男は、めんどうくさそうに焼き芋をひとつ幸村に差し出した。
「あぁもう。さっき食べたので、充分だろぉ」
 文句を言いつつ、幸村が焼き芋を受け取ってしまったので、佐助はしかたなく支払いを済ませた。
「八里半、九里半と、だんだんうまくなっていったのだ。十里はさぞ、うまいに違いない」
 ニッとさわやかに歯を見せる幸村に、佐助はげんなりとした表情で答えた。
「言葉遊びの通りだとすると、その焼き芋……期待しないほうがいいんじゃない?」
 笑顔のまま首をかしげた幸村が、焼き芋を半分にしようと力を入れると、ボキリという音がした。
「ぬっ?」
「ほぅら、やっぱり」
 渋い顔の佐助に折った半分を差し出しながら、幸村は焼き芋にかじりついた。
「ぐっ……ぬぅ」
 ゴリッと硬い音がして、焼き芋は幸村の歯に抵抗する。顎に力を入れた幸村は、生のままではないかと思うほどに硬い焼き芋を咀嚼し、飲み込んだ。
「なんとも、歯ごたえの強い焼き芋だな」
 ふぅむと考える顔になった幸村に、焼き芋屋は愛想笑いをするでもなく面倒くさそうに言った。
「ウチは十里の焼き芋だからな。ゴリゴリするから、五里と五里と足して十里なんだよ」
「やっぱりねぇ」
 受け取ったものの食べる気がしない佐助の呆れ顔とは裏腹に、幸村は頬を紅潮させて興奮気味にこう言った。
「なるほど! ゴリゴリするから十里の焼き芋!! これは、食すことで歯や顎を鍛え、十里を歩む力を養えるということだな。ううむ、奥が深い……なぁ、佐助!」
「はぁ……もう。お腹こわさないでよぉ、旦那ぁ」
 いつも客から文句ばかり向けられていた人相の悪い男は、幸村にまばゆい笑顔を向けられて、ほんのちょっぴり商いに力をいれてみようかなという気になったとか、ならなかったとか。

 おしまい。

オマケ:一里→約4km

2021/11/10



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