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家康と三成   柔らかい日差し。
 まだ冬の透明感を保ちながら、こちらに微笑みかけて くる空との距離が縮まったような気がする昼下がり。
 徳川家康は団子を片 手に川沿いを歩いている。
 まだ冷たいであろう川で、子どもたちがはしゃ いでいる声が聞こえ、足を止めて春のように笑んで見つめた。
「家康様」
 声がかかり振り向くと、見知った顔が立っている。
「おお、どうした」
「どうした、ではございません。お一人で外出など、危のうございます」
「 ははは。心配性だな。なに、自分の身ぐらいは守れる。それに、団子を買いにい くぐらいで供を連れるというのもな」
「団子なら、命じて下されば我らが買 いに参ります」
 苦笑する家康が、視線を遊ぶ子どもたちに戻す。声をかけ てきた男も、つられてそちらに目を向けた。
「ああいう光景を見たいのだ、 わしは」
 眩しそうに目を細める家康の横顔に、男の視線が触れる。それに 振り返り、陽だまりのように笑っ た。
「皆がああして笑える世の中を、作ろう」
「家康様――――」
 男は深く、頭を下げた。

 戻った家康は、部屋に戻る男と別れて団 子を手に炊事場へ向かう。その途中、向かいから歩いてくる男に気付き、少し足 を早めた。
「三成!」
 呼び掛けると、一瞥される。
「少し、話を しないか」
 言いながら団子を見せると、馬鹿馬鹿しいと全身で発せられた 。
「俺は話など、無い」
「三成には無くとも、わしにはあるんだ。団子 があるから、茶の湯でもしないか」
「貴様にたてる茶など無い」
「それ じゃあ、誰かに茶を頼もう。庭に桜があっただろう。それを見ながら、共に食お う」
 にこにことした家康が、手近な者に茶を頼む。三成はそれを視線でな ぞって家康に背を向けた。そのまま歩きだす彼の横に並び、家康も歩く。三成の 足の向く先は、桜の見える縁側であった。
「――――何が、楽しい」
  横目で家康を見て 、すぐに前に目を戻す三成に、笑う。
「こうして平和な時を過ごしている事 が、だ」
「呑気な事を――――」
 薄紅の花が見えて、三成が立ち止ま る。家康は胡坐をかき、団子の包みを開けた。
「見事だな、三成」
「フ ン」
 立ったままの彼に、座るよう促しても無視をされる。それを気にする 様子もなく居る家康が、桜に目を向けたまま何も言わずにいるのを気にしてか、 侍女が茶を運んで去ってから、三成は団子の包みを挟んで家康の横に座した。
 柔らかく口の端を持ち上げた家康が団子をすすめる。少し迷ってから、三成が 口に入れた。
「――――自分で、買ってきたのか」
「うん? 散歩がて らにな。今日は、天気がいい」
「貴様がそうだから、下らん者が侮る」
 ははっと軽く家康が笑った。
「わしは、上ばかりを見ていると民の事が、 おろそかになると思う。秀吉公も、民を知り天下を目指していると、わしは思っ ている。だからこそ、こうして、こ こにいる。民の生活に触れ、目指すものを再確認も出来るし何より――――わし は、それが楽しいんだ」
 桜の花が空の青に滲む。遥か先を見つめている家 康を眺め、三成は桜に目を向けた。
「秀吉様の天下を一刻も早く成就させる ために、油を売る暇なぞ、無い」
「三成――――」
「なんだ」
「こ の世には、必要な無駄も、あるんじゃないか」
「無駄は無駄だ。必要なこと では無いから、無駄と言うのだろう」
「――――無駄をなくせば窮屈だ。こ うして、ゆっくりと花を見て過ごすことも出来ん。何より、周りが見えなくなる 」
 さわさわと、桜が揺れる。
「無駄があるから、豊かになれるんじゃ ないか」
 はらはらと、桜が舞う。
「余裕があるから、人を想える」
 つむじ風が、落ちた桜を拾い上げた。
「こうして、三成と桜を楽しめる」
「――――俺は仕方なく、貴様に付き合っているだけだ」
「そうか」
  二人 の間を、風が通り抜ける。
 三成の唇には、あるかなしかの笑みが、滲んでいた。


2010/04/07


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