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 月を見上げる家康を見止め、三成は寝室に向かう足を止めた。声をかけようかかけまいか悩む前に、視線が吸い込まれて動けなくなる。何かが、三成をその場に押し留めていた。
 どのくらいの時間が経過したのか。気が付くと、家康に見つめられていた。
「どうしたんだ、三成」
 貴様こそ――と声を発しようとして、止める。声をかけてきた家康は、いつもどおりの――三成からすれば能天気にすら思える笑顔で、先ほどまでの表情とは、かけはなれていた。
 迷子の子どものような、泣き出しそうな――先ほどの顔とは。
「部屋に戻る途中だ」
「そうか。もう遅いもんな。おやすみ三成。良い夢を」
 ふと、その表情に陰りを見つけた気がして、目を細める。家康が、首をかしげた。
「なんでもない」
「そうか。何か、悩みがあるのなら……ワシでよければ話を聞くぞ」
「貴様のような弱い人間になぞ、頼る必要など無い」
 吐き棄てると、ハハハと軽い声で笑われた。
「弱い、か――――三成からすれば、そう見えるか」
「弱くないとすれば、甘い――な」
 家康の目が、痛そうに細められる。
「何だ」
 軽く頭を振ってから、常より落ちた声で――顔も落として、言われる。
「もし、今日――オマエを止めたことを甘いといわれているのなら、ワシは――甘いままでかまわない」
「秀吉様にたてつくものなど、生かしておく価値も無い」
「考え方が、変わるかもしれないじゃないか! 話せば、わかるかもしれない」
「だから、貴様は甘くて弱いと言うんだ」
 家康の顔が、先ほどの――三成を留めた表情に変わる。
「なぁ、三成――ワシは……」
 言いかけ、首を振り言葉を止める彼の姿が酷く小さく思えて、戸惑う。
「――三成の言うように、弱いのかもしれない」
「何を……」
 家康が、自分の腕を押さえるように掴む。それが震えているのを見て取り、三成の目が泳いだ。何を――家康は何を震えているのか。
「なぁ、三成――生きるという事は、何だと思う」
 ぽつりと呟かれたものの意味が、わからない。
「平和な――皆が笑って暮らせるような世を作りたい。そう、思う。そう思うのに――それに向かうために多くの犠牲を払うのは、どうしてなんだろう。――――知り合って、深くかかわりあえばそれが絆となり、そんな相手には刃を向けたくは無くなるだろう。そんな――そういう繋がりを、絆の力を…………もっと広めて、そうすれば無駄な血を流さずにすむんじゃないか。そんなものを、大切にすれば――――」
 くだらない、と常ならば吐き捨てることが出来るはずなのに、何故かその言葉が浮かばなかった。現状を把握できずに混乱する。心音が、高くなってくる。呼吸が、苦しくなる。――――目の前のこの男は、本当に自分の知っている徳川家康なのだろうか。こんな、弱々しく苦しそうで、何かに迷っているような顔をする男だったろうか。
「絆――それこそが、この世に平和を、平定をもたらすものだと、ワシは思う。だから……もう戦う意思を放棄してしまったものを、斬らないでくれ、三成」
「――――何を言う。秀吉様に刃向かうことは慙死に値する。生きる価値も無い」
「そうやって斬れば、残されたものは――失ったものは、悲しむ。 怒り、恨むかもしれない。それが連鎖をすれば、また争いが生まれる。そうは思わないか、三成」
「思わんな――――秀吉様に賛同するものだけが、生きる世を作ればいい。貴様も、同じ思いでこの場にいるんじゃないのか」
 じわり、と泣き笑いのようなものが家康に滲む。すぐにそれは息苦しそうになり、落胆と苦笑の混じったものに変わった。
「――――そうか。わかった」
 何が、とは問わなかった。家康の顔は、どう見ても、納得できていないと書いてある。理解だけはした、ということだろうか。
「家康……」
 三成の腕が動く。それが家康に触れる前に、彼は横を通り過ぎた。
「おやすみ、三成――明日の出立は、早いんだろう。もう、眠ったほうがいい」
 何かを堪えるような、押し殺した声に振り向く。月光に浮かぶ男の背が、手を伸ばせば届く範囲であるのに、ひどく遠く感じて…………姿が見えなくなってもしばらく、足が動かなかった。

 道が、別れる――――


2010/10/23


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