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それまでは、せめて  襖を閉めて、薄暗い部屋に入る。滲むように差し込む月光を避け、徳川家康は部屋の端に凝った。
――長曾我部が石田と手を組みました。
 何故、という衝撃を押さえ、元親らしいと笑みを浮かべて報告を受けた。その顔が、引きつってはいなかったかと心配する。
――何故。
 その答えを、言い訳のように口にした。三成を、元親は放っては置かないだろう。放ってはおけないだろう。けれど、けれど――――。
「――ッ」
 奥歯を噛み締め、さらに小さく凝る。暗闇など吹き飛ばすような、豪快な笑みを浮かべる元親を思い出す。共に笑いあった日々が、脳裏をよぎる。それが今、三成のそばにある。それはとても良いことだと思う。秀吉のことでしか――そのために動くことでしか笑みを浮かべない三成に、何がしかの変化を与えてくれるかもしれない。盲目的に秀吉のことだけを想い、慕い、生きてきた彼に自分自身のことを考えるようなきっかけになるのかもしれない。
――元親は、心の広い男だ。
 度量もある。包容力もある。公平で、弱いものを放っておけない。真っ直ぐに相手を見据え、理解しようとする。押し付けではなく、道を示そうと――日のあたる場所へ案内しようとするだろう。不器用で融通の利かない、けれど純粋な三成の――彼の道を、違う道を、新たな絆を、自分のために生きるということを――後ろを見つめて進む未来ではない道を、彼ならば示せるかもしれない。あの三成が、自分のために生きることを知る――それは素晴らしいことだと感じるし、元親が三成のそばにいることは喜ばしい。けれど――
――――宣戦布告を。
 唇を噛み、硬く目を伏せる。――元親が三成のそばにいるという事は、そう言うことだ。三成は、自分を目指している。自分の命を絶つことを望んでいる。それを、元親は止めないということを、意味していた報告に脳が揺さぶられた。
 動揺が、伝わってはいけない。
 自分は天下を統べようとしている。自分の不安は皆に伝染し、そうなれば道は迷う。自分を信じてくれているもの達を、裏切ることになる。だから、強がって見せた。弱さを見せてはいけない。迷いを見せてはいけない。――――成すと、決めたのだから。
 まっすぐに、自分を見てくる三成の姿を思い出す。まだ、共に秀吉の下にいた頃の瞳を。
 共に、と三成は言った。貴様なら理解できるだろうとも――けれど、自分は首を横に振った。三成にとって、最悪の形で返答をした。自分が人を統べる立場で無かったのなら――平穏な時代に生きていたのなら、三成の横に共にいられたのだろうか。不器用さゆえの愛想の無さと棘のある言葉を笑いながら、呆れながら注意をしたり、興味がないと言いながらも気にかけてくる、ぎこちない優しさを感じ続けていけたのだろうか。
――三成。
 三成の慟哭が、耳から離れない。家康の名を、形容できない感情を含めて叫ぶ声を、忠勝の背で聞いた。ねじまがる絆の音を、聞いた。
 三成を狂わせたのは、自分だ。けれど、そうなることを知っていてなお、秀吉の天下を望めなかった。彼の治める天下は、自分の――民の願うそれとは違う。そう認識してしまったからには、従うわけにはいかなかった。未来を作ることのできる立場である自分が、甘んじて彼の天下を受け入れることは出来なかった。
 自分のした行為は、自分の――個人として持っていた絆を、多く破壊した。秀吉と共に、自分の持っていた絆をゆがめ、ねじり、断ち切った。
 秀吉を崇拝と言っても過言ではないほど敬愛していた三成。かつて秀吉の友であった前田慶次も、自分を快くは思っていないだろう。――そして、元親が三成のそばに立った。
「はっ――」
 自嘲のような、ため息のようなものが漏れる。後悔はしていない。自分の望む道に、未来に進むためには必要なことだった――秀吉を討つことは、必要なことだった。
――絆を謳う貴様が、絆を奪った。
 本当にそうだ、と思う。自らの絆を、自らの拳で奪った自分が居る。――自分個人の絆ではなく、民らの絆をつなぐことを…………などと言っても、薄ら寒い綺麗事にしか聞こえない。
「解っている――解っているんだ」
 矛盾していることなど、重々承知している。それを覚悟して進んだはずなのに、こうして部屋の隅に膝を抱えている自分が滑稽で、目の奥が熱くなる。
 日が昇る直前は、世界がもっとも暗くなる。
 今はきっと、そういう時間なのだと思いたい。滲むような日の光が、新たな絆を結び、笑顔をつなぎ、春の日差しのような日々が包み込む国になると信じたい。
 それまでは、こうして弱さを凝らせていよう――皆が絆を信じ、一つになり、手を取り合い、笑みを浮かべあい、一つの国となるまでは…………。

 それまでは、せめて、夢の中だけでも、三成と、元親と、自分が笑い、茶を酌み交わす平穏な日々を――――。


2010/12/07


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