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収穫祭ー奥州&真田主従  ほろ。ほろ。ほろ。ほろ。
 口の中で甘やかせていると、自然と喉に流れて落ちる。
 ほろ。ほろ。ほろ。ほろ。
 いつの間にか消えたものの名残を味わいながら、次を口に含む。
 ほろ。ほろ。ほろ。ほろ。
 荒れ家に吹く風が草木を鳴らすのを、笛の音として愉しみながら、酒を呑んでいた。
 政宗が国境近くの荒れ家に気付いたのは、偶然だった。数日前、少し他国の小競り合いを見てこようと出かけた帰り、消えかけた道を見つけて進むと、この荒れ家があった。
 退屈していた政宗は、この荒れ家を思い出し、記憶を便りに酒を持ち秋を肴に呑んでいた。
「政宗様」
「Ah」
 見ると、小十郎が銀杏を手にしている。芳ばしく香るそれに、政宗は目を細めた。
「近くに、小川がありましたので」
 洗い、焼いた銀杏をそっと差し出す。横に置かれた葉の皿に、銀杏の黄色が美しい。代わりに、政宗は手にしている盃を差し出した。
「有り難く」
 恭しく受け取る小十郎に、目を細めて酒を注ぐ。少し口に含んで、舌で転がす彼を見ながら銀杏に手を伸ばした。
「――――よく、ここがわかったな」
「右目は、収まる場所を見失うことはありませんので」
「Ha!」
 小十郎が返す盃を受け取り、注いで呷る。今度はすぐに、喉を通した。
「静かなもんだ」
「――――本当に」
 安堵の吐息のように漏らした小十郎をチラと見て、口の端を上げる。空の青に、紅葉の赤が美しい。荒れ家の庭は、元々は端整な造りであったらしい。野のように荒れてしまっていても、端々に名残が見える。それを愉しみながら、政宗は酒と共に秋を味わった。
 刻の流れを忘れてしまうかのような時間に、ふいに自然とは異なる音が交じった。双竜の目が鋭く細められ、手が刀に伸びる。近づく音に目を向けると、ひょこりと平和な顔が現れた。
「アンタ――――真田幸村…………」
「政宗殿」
 互いに目を丸くして名を呼び合う。懐こい笑みを浮かべた幸村が、小走りに二人の前に寄り頭を下げた。
「これは、片倉殿」
「おう」
「このような所で何を」
「見りゃ解んだろ。アンタこそ、何やってんだ」
 ちら、と幸村の背にある籠を見ると、嬉しそうな顔で肩からそれを下ろし二人に見せる。
「秋をお館様に楽しんでいただきたく、山に入ったのでござる」
 中には、栗や菌類、アケビなどが入っていた。
「こりゃまたずいぶん――――」
 秋の香りが双竜の鼻をくすぐる。二人の様子に気を良くしたのか、幸村は腰に下げている鮎も見せた。
「いつも、お館様は民を思うてお忙しく、秋を楽しむこともままならぬ故、少しでも楽しんでいただきたくてな」
 本人には自覚が無くとも誉めてくれと言っているような態度に、政宗は笑い、小十郎が微笑んだ。
「お館様お館様って、アンタ武田のオッサンに惚れてんのかよ」
「お館様のように素晴らしい方をお慕いするは、某のみではござらん」
「Ha――――」
 呆れたように笑って首を振る政宗に、怪訝な顔をする。
「オッサンが大好きなのは、わかったけどよ――――時間あんなら、アンタも一緒にどうだい」
 ぽん、と酒筒を叩いてみせた政宗の目が鮎に止まる。それに気付いていないらしく、生真面目な顔で幸村が言った。
「いや、お館様には鮎の新鮮なうちに召し上がっていただきたい故、せっかくのお誘いではござりまするが辞退させて頂き申す」
「その鮎も、ここで炙って行きゃあいいじゃねぇか。どのみち、今からじゃ炙るより味が落ちる」
「――――確かに、鮎は鮮度の落ちるのが早うございますな」
 言葉尻に小十郎を見ると、深く頷いて右目が答える。それに満足そうな顔をして、政宗が提案した。
「よう、そういう事だからよ、ここで炙って帰って炙り直してやったほうがオッサンも旨い鮎を食えるんじゃねぇのか」
「――――しかし」
「炙るんなら火ィぐれぇ用意してやるぜ」
 しばらく逡巡したあと、それではと幸村が言い、政宗がニヤリと笑った。
 小十郎がすぐに立ち、手頃な小枝と木の葉を集めて火をつける。くゆる煙が炎に変わり、それを囲むように小枝に刺した鮎を並べた。
 炙るというよりは燻すというほうが合いそうな具合で、鮎は腹の虫をくすぐる香を放ちはじめる。それを嬉しそうに、待ち遠しそうに見つめる幸村に、いつの間に用意したのか、竹を切って器としたものを政宗が差し出す。
「風情を楽しみながら一献、どうだ」
「かたじけのうござる。しかし、某――――」
「まさか、呑めねぇ――――なんて事ァ無ぇよなぁ? ガキじゃあるまいし」
 挑発的な表情に不快感を顕にして、竹の盃を受け取ると
「有り難く、頂戴いたす」
くいっと呷る幸村に、面白そうな顔をして銀杏を差し出しながら口笛を吹いた。
「良いじゃねぇか」
 呑み終わり、ふうと息を吐いた幸村の盃に、酒を注ぐ。
「――――どうだ、奥州の酒は」
「うむ――――甘いが鋭く、なんとも形容しがたい味でござるな」
「のんびりと、秋を楽しみながら呑むにゃあ、うってつけだ」
 ちら、と政宗の視線が鮎に向いた。
「おい、真田幸村。鮎の焼き具合がいいかどうか、ちょっくら味見といこうじゃねぇか」
「む――――しかし、これはお館様の――――」
「もし、生焼けだったら大変だろう。オッサンが腹痛でも起こしたら、どうすんだ。Ah?」
「ぬぅ――――」
「まぁ呑めよ」
「う、うむ」
「小十郎、鮎を一匹、持って来い」
「――――政宗様」
「いいから、持って来い」
「承知いたしました」
 やれやれとため息をつきながら、具合の良さそうな鮎を手にして小十郎が政宗に差し出す。
「見た目はよく焼けてやがるが、中はどうだ」
 言いながら噛ると、彼の口内に芳ばしく鮎が香る。
「政宗殿、鮎の具合は如何でござろう」
「Ah――――まぁ、悪くは無ぇが――――どうだろうな。小十郎、お前も食ってみろ。コイツの分と合わせて二本、持って来い」
 笑みを浮かべた政宗が、何を思っているのか察した小十郎は少し気の毒そうな目を幸村にかけてから、鮎を二本手にして片方を幸村に渡した。政宗に勧められるまま、口当たりの良いこともあり盃を重ねる幸村の顔は、紅葉のように赤い。鮎を手にした彼は一口噛り、微笑んだ。
「なんとも芳ばしく美味でござるな」
「この酒に、良く合うだろう」
「――――まこと、良き相性にござる」
「そうだ、鮎以外のモンも焼いて試してみねぇか」
「しかし――――」
「しっかりとオッサンの口に合うか合わねぇか味を見極めてからのほうが、いいんじゃねぇか」
「いや、それは――――」
「見た目はいいくせに、味はイマイチってことアンタは体験した事が無いってんなら別だけどよ」
「無くは無いが――――」
「武田のオッサンなら、イマイチだって思っても文句言わねぇかもしれねぇが、そんな風に思われたいか?」
「そんな事――――」
「思われたか無いよなぁ。――――だったら、味見は大事なんじゃねぇか? 茸だって、毒味をしとかねぇと何かあってからじゃあ怖ぇだろ」
 言いながら、政宗は幸村の盃を空にしない。いつも彼を諫める役の小十郎は、心配そうに二人を見はするが戯れ事として止める気配は無い。
「ほら、どうした」
「確かに、政宗殿の言うことも一理ござるが――――」
「だろう! 小十郎、茸も火に当てろ。鮎は頃合いだ。焼きすぎになる前に火から離さねぇと」
 無言で立つ小十郎に、幸村も膝を浮かせる。
「いい、小十郎に任せておけ」
「なれど――――」
「アンタは、俺の相手をしてりゃあ、いいんだよ。――――たまには悪くねぇだろう」
「確かに、悪い気はせぬが片倉殿を動かすのは気が引けまする」
「いいんだよ。小十郎は世話を焼くのが嫌いじゃねぇんだ。なぁ」
ずいぶんと機嫌の良さそうな政宗の言葉に、淡い笑みを浮かべて返事をする小十郎を見ながら、幸村は酒を口にする。
「小十郎、まんべんなく全種類しろよ。毒味のしなかったやつで、武田のオッサンに何かあったらコトだからな」
「政宗殿――――そのようにお館様の身を案じてくださり、かたじけのうござる」
「気にすんな。オッサンには、世話んなったからな。つまんねぇことで体調を悪くされたかねぇんだよ」
「政宗殿ッ――――」
「――――ほら、茸がいい具合になってきたぜ。オッサンの為に、しっかりと毒味しねぇとなぁ」
 そう言いながら、幸村に酒を注ぐ。酔いも手伝い、思考力の低下した幸村は、政宗の言葉に胸をつまらせながら謝辞を述べた。
「政宗殿ぉ、某、某は――――感激致しておりまする」
「あぁ、そうかい。まぁ、そんなことより呑めよ。茸も来たぜ」
「片倉殿、かたじけのうござる」
 勧められるままに呑み進む幸村の目は潤み、焦点がぶれはじめる。それをも肴にしながら、政宗は幸村の集めた味覚を焼き、酒を転がしながら楽しんだ。
「――――政宗様」
 そろそろ、と咎める声で名を呼ばれ、上機嫌の政宗が不機嫌に小十郎を見ると幸村を目で示された。――――ゆらゆらと、茸を口にくわえたまま俯き揺れている。
「夕暮れも近付いて参りました。我らも帰らねばなりませんが、放っておくことも出来ません」
「Ah――Ha、確かに。少し、呑ませすぎたか」
 政宗の用意してきた酒は、すでに無い。幸村の集めた味覚は、半分がなくなっていた。
「私が用意したものも、なくなっております」
 政宗のしようとしている事を察し、酒を持ち現れた小十郎のものも、空になっている。
「酒も無くなった。空も染まる。悪くねぇ気分のまんま、余韻を楽しみながら帰るとするか」
「その前に、送り届けねばなりません」
「ああ、それなら俺様が連れて帰るから安心してよ」
 ふいに割って入った声に、双竜の目が光る。
「そんな、おっかない顔しないでよねぇ。取って喰われるんじゃないかって、思っちまう」
「Ha! アンタを食ったら、確実に当たるだろうな」
「案外、美味しいかもよ」
 冗談めかして言いながら、佐助が姿を現して幸村の顔を覗き込む。
「あぁ、こりゃ完全にイッちゃってるわ。全く、中々帰ってこないと思ったら――――」
 ちら、と佐助が二人を見る。
「――――偶然、居合わせたんだよ」
「そうじゃなくて、俺様だけ宴の後に来たってのが残念だなってこと。ほら、旦那――――大将の夕餉に鮎をって言ってたのに間に合わないよ」
「ふむっ――――ぅ、おやかたしゃぶぁ…………」
 寝言のように呟く幸村の口から、くわえていた茸が落ちる。呆れたように肩を竦めて、幸村の負っていた籠を持つ。
「旦那方もさ、そろそろ帰んなきゃヤバイでしょ。後は俺様が引き受けたから、紅葉の赤が見えるうちに帰りなよ」
「すまねぇな」
 口のつけていない食べ残しを懐紙に包み、小十郎が渡そうとすると佐助はその手をそっと止めるように手のひらを向ける。
「せっかくだから、土産にしなよ」
「有り難く、もらっとくぜ」
答えたのは政宗で、手早く身支度を整え立ち上がると、楽しそうに剣呑な色を瞳に湛えて笑む。
「次は、ど派手なPartyで楽しもうと、伝えておいてくれ」
 言い終えぬうちに去る政宗の背を、一礼をしてから小十郎が追った。二人の去った荒れ家には、かつての余韻が残ったような侘しさが漂う。瞳を閉じ、深く体内に秋を吸い込んでから、佐助は幸村を抱えて去る。残された気配を惜しむように、さわさわと草が鳴った。

 後日、信玄の元に奥州より酒が届けられた
 それに添えられていた書状には『真田幸村の舌で確認された美酒也。彼の者溺れ、竜に化かされ候う』と書いてあったという――――。


2009/10/18


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