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登場=双竜・金吾
美食の旅?

  野良着姿の野菜籠を背負った男が、騒ぐ声に気付き足先の方向を変えた。
「おい、何やってる」
「アァアン? はっ! か、片倉様っ。チィーッス」
 数人の粗野な男たちがビシッと姿勢を正して直角に頭を下げる。その足元で怯えている者の姿に、片倉小十郎は眉根を寄せた。
「亀…………いや、カブトムシ、か」
 丸まり、縮こまっている背には甲羅のように鍋が背負われており、兜にはカブトムシの角のような飾りが付いている。一体これは何なのか、と思っていると、カブトムシ亀がカサカサと小十郎の背後に驚く早さのほふく前進で身を隠した。
「ひぃいぃいいいいいっ」
「あ、おいっ」
 この場では小十郎が強いと判断したらしい。ひょこっと顔を出して――実際は、隠れている意味が無いほどに姿は丸見えだったのだが――泣き言を言い出した。
「ひどいよっ。ぼくは何もしていないのに、いきなり怖い顔してさっ。なんだよなんだよっ」
「んだとゴルァ」
「ひぃっ」
「あ、こら。止めねぇか――いってぇ、何があったんだ」
 ぎゅうっと小十郎の野良着を握り締めたカブトムシ亀が、哀れっぽい顔をして小十郎を見上げる。
「酷いんだよ。片倉小十郎って人に会いたいって言ったら、いきなり怖い顔をするからっ」
「てめぇがその後、あやまりだすから、何か企んでんじゃねぇかと思ったんだろうがぁ」
「ひぇええええっ! ひどいよっ、そんな怖い顔しなくても、いいじゃないかぁ」
 ひと睨みして吼えた男たちを黙らせ、やれやれという顔でしゃがみ、カブトムシ亀の肩に触れる。
「そんなに、怯えなくていい。テメェは何者だ。何の用があって来た」
「ぼっ、ぼくは小早川秀秋。片倉小十郎って人の野菜が、すごくおいしいって聞いて分けてもらいに来たんだ」
「小早川…………?」
「ひっ」
 頭の端に引っかかるものがあったらしく、考える顔をした目が険しく見えて、小早川は震えて逃げ腰になる。それに気付き、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
「怯えなくていい。小早川ってぇのは、俺の記憶が正しけりゃ西の武将だろう。それが、なんで奥州くんだりまで」
 疑問に自慢げな顔をした小早川は胸を張って答えた。
「それは、ぼくが戦国美食会の一員であり、鍋奉行だからさっ」
 得意げな小早川の様子に、その場に居た者の思考が停止した。

 野良着から袴姿に着替えた小十郎は、道場に居た。木刀を手にする彼の向かいには、主――伊達政宗が立っている。
「Ha」
「ふんっ」
 親指で床を蹴り、飛び込んでくる主の木刀をいなして振り下ろした木刀が、軌道を変えた政宗の木刀に止められる。唇を横に大きく伸ばした政宗にハッとして後ろに飛ぶと、足払いがギリギリのところで通過した。下がった小十郎を追いかけて低い位置から懐に入った政宗の一閃を木刀の柄で受け止め、拳を振り下ろす。床を転がりよけた政宗の顔を掠めた拳は、垂直に床に突き立った。
「っふぅ。あぶねぇ」
 楽しそうな顔で鋭い目を向けてくる政宗に、似た表情の小十郎が床に木刀の切っ先を擦りながら迫る。肩の位置で構え、低く腰を落とした政宗の体に力が収束していく。それが凝り、破裂する瞬間
「政宗くぅううんっ! 片倉さぁあああんっ! できたよぉおおおっ! 早く来ないと、冷めちゃうよぉおおっ」
 のほほんとした声に、気がそがれる。
「チッ」
「ふっ」
「政宗くぅうん! 片倉さぁああん!」
 ため息と、軽い笑いを残し、双竜は道場を後にした。

 小早川の鍋は、伊達軍内で評判が良かった。小早川を怪しいと糾弾した者たちも鍋の味に謝罪に来た。
「もう、いいよぉ。許してあげる。で、ねぇ、ねぇ。そんなに美味しい?」
「ぱねぇぐれぇ、旨ぇぜっ! あんた、鍋の天才だなっ」
「えへへぇ、そうかなぁ」
 まんざらでもない様子で返す小早川が、どんどん食べてと言いながら自分も箸を動かし続ける。
「あぁ、でも本当に美味しいなぁ。やっぱり、片倉さんの野菜のおかげもあるよねぇ。ぼく、こんなに甘くて美味しい野菜を食べたのは、初めてだよ」
「ん、そうか。そいつは、良かったな」
 この世の幸せを全てほおばっているかのような小早川の様子に、子どもに対するような顔で小十郎が言う。
「いや、しかしマジで旨いな。最初に来たときは、一体何を言ってやがると思ったんだが」
「戦国美食会の一員としては、美味しいものを探求しなくちゃいけないからねっ」
 ぐんっと胸を反らす小早川に、そう言やぁと政宗が箸を揺らす。
「前田の嫁は、ずいぶんと旨い飯を作るって話を聞くが、その美食会ってのに入ってるのかもしれねぇな」
「以前、こちらに野菜が欲しいと来たことがございましたな」
 ぴくりと小早川の耳が動く。
「ねぇねぇ。その人ってさ、ほかに何処かに食材を探しに行ったりとか、していなかった」
「ん? ――――そういやあ、四国の鬼のところに行ったみてぇだな」
「鬼っ?! そんな怖い所に、女の人が行ったの? 一人で?」
 政宗の言葉に怯えた小早川に、小十郎が苦笑する。
「鬼と言っても、れっきとした人間だ。安心しろ」
「安心しろって言われても、鬼って言われているくらいなんだから、すごく怖い人なんじゃないの」
「Hey小早川、俺の通り名を、知っているか」
 えっという顔をして、小首をかしげながら答える。
「独眼竜――だよね」
「It is said that. 俺が、怖いか」
 ふるふると小早川が首を振る。
「なら、小十郎はどうだ」
「ぜんっぜん、怖くないよ。優しいし、助けてくれたし」
「そういうこった」
 ニイッと笑った政宗に、ほわんと平和そうな顔になる。
「そっかぁ。じゃあ、きっと怖くないねぇ。で、その人のところには、何があるのかなぁ」
「そりゃあ、あっちは海に四方を囲まれているからな。魚介類が豊富だろうぜ」
「クジラなども、採ることがあると聞いたことがあります」
 杯を差し出した政宗に酒を注ぎながら小十郎が言うと、興味深そうな目線を返した政宗に、なりませんと釘が刺さる。 「何だよ。まだ、何も言ってねぇじゃねぇか」
「行く、とおっしゃられそうでしたので」
 ちぇっと呟いた政宗に、きらきらとした視線が注がれる。見れば小早川が期待を前面に押し出し、無言で何かを訴えてきていた。それに、ニヤリとして政宗が言う。
「せっかく旨い鍋を馳走になったんだから、礼をしなくちゃなんねぇよな」
「政宗様」
「明日、小早川を連れて四国に行く」
「なりませんっ。小早川、四国に行くってぇんなら、途中までなら誰かつけてやる」
「いいじゃねぇか、小十郎」
「何が、良いのですか」
「あぁ、ぼくの所為で喧嘩とか、やめてよ二人とも。片倉さんには美味しい野菜ももらったし、本当は政宗君が一緒に来てくれると心強いけど、ぼく、ガマンするよ」
「Ah――遠慮なんか、すんじゃねぇよ」
「なりませんと何度言えばわかるのですか、政宗様! 小早川、悪いが政宗様も俺も、一緒には行ってやれねぇ。悪いな」
「あぁ、うん――でもぉ」
 ちらり、と政宗を見ると悪戯な笑顔で小早川を見ている。続いて小十郎を見ると、咎める顔で政宗と小早川の双方を見ていた。
「あ、やっぱり、ぼく――大丈夫だから」
「なんだよ。ハッキリ言えよ。どっちだ。俺についてきて欲しいのか、いらねぇのか」
「政宗様、小早川が望んだとて、行かせませんぞ」
 二人の空気がパリパリと帯電したように鋭くなっていく。それにたじろぎ、一歩下がった小早川の足が、鍋をするために組んだ簡易の石組み竈にぶつかった。
「わっ、わわっ、わぁあああああああぁあああああ」
 両手を振り回しても均衡が保てるはずも無く、背中から地面に倒れ転んだ勢いで背中の鍋で滑り出す。湾曲している鍋底がグラグラと小早川の体を揺らし、回転させ、斜面に差し掛かると勢いを増して遠ざかっていく。
「おっ、おいっ」
「たぁああすけてぇえええぇえええええええええええええ」
 膝を浮かせた政宗と小十郎、あっけにとられている伊達軍が追いかけるまもなく、小早川は遠く響く叫びを残して、姿を消してしまった。追いかける頃合をすっかり逃してしまった面々は、いまさら救出しに行くという雰囲気にもならず、微妙な空気が流れ出す。ごほんと咳払いをして、小十郎が少々気まずい顔をしながら場を締めた。
「小早川も武将のはしくれ。自らの美食を求めるという信念の元、政宗様まで巻き込むのはやはり良くないと感じて、早々に去ったのでしょう。いずれまた、会えるやもしれません。今は残された鍋を、美味しくいただくことが返礼になるかと」
「Ah――小十郎、それはちょっと、ムリがあるんじゃ……」
「おい、おめぇら! せっかくの鍋だ。残すんじゃねぇぞ」
「小十郎……なぁ」
「ああ、杯が空いておりますな、政宗様。これは、失礼を」
「いや、あのな……」
「――――何か、ございますか」
 小十郎の声音が二段ほど低くなり、有無を言わせぬ眼光が政宗に向けられる。油断の中での剣呑にゴクリと喉を鳴らし、すううと目を反らした政宗が、笑みを張り付かせた。
「そ、うだな……あいつも、自分の信念があるだろうしな」
「そうですとも。ささ、政宗様」
「ん、あ……あぁ」
 小十郎が注いだ酒を、一気にあおる。それは何の味もせず、政宗は改めて小十郎は恐ろしいと認識しながら突き抜ける青空に小早川の安否を思った。
「亀を助けても、カブトムシと混ざったようなものでしたので、竜宮には連れて行かれませなんだな」
 小十郎の呟きに、つまらなさそうに政宗が答える。
「竜の住処になら、来ただろうが」
「違いありません」
 小十郎の目が、小早川の消えていった方角に向けられる。同じように誰かに助けられるであろうと予測しながら、それが半ば罪悪感からくる望みのようなものであると自覚し、苦い顔でそっと心に呟く。
――――まぁ、無事でいろ。次に来た時には、また野菜を分けてやる。
 嘆息にそれらの想いを全て乗せて吐き出し、小十郎は常の業務に戻ることにした。
 次に小早川が現れるのは――――?!

2011/12/21



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