メニュー日記拍手

登場=毛利元就・小早川秀秋

毛利の暇つぶし

 文机に積み上げられた紙に目を通している毛利元就の前で、平和そうに小早川秀秋が餅を食していた。もちゃあ、とつきたての餅が伸びるのを嬉しがるように、わざと引き伸ばしている子どものような仕草を目の端に捕えながら、元就は全てを読み終え息を吐いた。
「ふう」
 手を伸ばし、茶で口を湿らせる横顔に、問われるのを待っている視線が向けられた。
 どうやら小早川秀秋は、自分が元就の相談相手だと思っているらしい。元就としては、人畜無害そうな何も考えて無さそうな、弱そうに見えて人よりも頑丈なこの男に相談するようなことは何もないのだが、彼が居ることで意識の予備が出来ることに気付いてからは、時折こうして呼びつけ餅を食わせている。
 猫を飼うようなものだろうか。
 とにかく、そのような加減としか認識をしていなかった。だがそれを、いちいち違うと否定をしてやる必要もない。ひどいよ、と甘ったれな顔と声で抗議をされることを思えば、好きに思わせているほうがよかった。何より、そう思わせておくことで使える場面がくるかもしれない。どれほど愚鈍だと思っていようと彼は一城の主でありまた、人によっては警戒をゆるめてしまわざるを得ないものを、持っている。それは、ひそやかに情報を得るには使えるかもしれないと、元就は考えていた。
 ――何ものも、使いようよ。
 そのためならば、多少の情報の開示も必要だろう。相手の期待に添えるような、下らぬ話に興じることもまた必要な無駄と考えていた。
「倭寇(海賊)が、また現れたらしい」
「えぇええ、怖いなぁ」
 おもいきり眉根を寄せて、嫌悪を示す口はすぐに餅の旨味に緩む。
「ジャンク船を使うらしい。船足は商船よりはずっと早い――荷が重い分こちらが不利となろうが、そのために毎度兵を送るわけにもゆかぬ」
「あー、そうだよねぇ。その分、船が沢山いるし、ご飯だって人数分集めるの、大変だよねぇ」
「かといって、銃器をすべてに積むにも無理があろう。あの――日輪を破った甲斐の虎の若子ような捨て駒の中の捨て駒を要すれば、一人乗せれば問題は無いのだがな」
 元就にしては珍しく、戯言を口にする。彼の傍近くに控えていた男が、ぎょっとしたのを黙殺し、茶の代わりを要求した。
「あ、ぼくも」
 言いつつ、今度は団子に手を伸ばす小早川の手が止まる様子は無い。元就も手を伸ばし、餅を口に運んだ。
「そっかぁ。一人でも強い人がいたら、商人のみんなだって助かるよねぇ。――荷物、奪われちゃったら困るもんねぇ」
「他人事のように言うておるが、金吾よ。貴様も困ることになるとは想像もつかぬのか」
「え、ぼく? ぼくが困るようになることなんて、あったかなぁ」
 はて、と首をかしげる姿に呆れで目を細める。
「交易がなされなくば、朝鮮や琉球からだけでなく、九州よりの荷も届かぬことになろう。届く量が減れば値は上がる。堺の商人どもとの交易も滞ろう。なれば、貴様の食道楽の種も値上がるであろうな」
「えぇええ、それは困るよぉお! ねえねえ、どうしよう、どうすればいいかなぁ」
「なればこそ、倭寇を取り締まらねばならぬ。倭寇とはいえ、朝鮮人なども交じっておる。海上は陸の法が及ばぬ。なれば力づくとするしか、あるまい」
「みんなで、なかよくできればいいのにねぇ」
「そのようなことが可能であれば、誰も苦労などはせぬわ」
「大変だよねぇ」
 危機感というものがまるでない小早川の様子に、脱力する。しかし、この他人事であれる意識は使えないわけではない。ほんの少しの戯言と、元就は水を向けた。
「ならば金吾。略奪の限りを尽くす倭寇を制圧せしめ、かつ貴様の言う”仲良く”を可能にするような者に頼んでみてはどうだ」
「わ、それいい考えだねぇ。さすがだなぁ――――うぅん、強くて、人を説得できそうなのは……」
 どのような浅知恵が出てくるかと、元就は新しい茶に口をつけながら懸命に考えている小早川を眺める。
「鶴姫さんは、どうかなぁ。船も持ってるし、巫女だから乱暴はされないと思うんだけど」
「海上はこちらの道理など、通用せぬ。朝鮮よりもまだ先の国と同じことぞ。何より、巫女を見止める前に矢を射かけられればなんとする」
「あ、そっか。女の子をそんな危ない目にあわせるわけには、いかないよね。じゃあ、じゃあ――長曾我部元親さんなら、どうかなぁ」
 ぴり、と元就の眼もとに鋭いものが走った。それに気づかぬ風で、小早川は続ける。
「船もあるし強いし、何よりも優しいしねぇ」
 ふふふ、と何やら思い出したらしい小早川の横面にぴしゃりと言い放つ。
「あやつ自身が、海賊と変わらぬでは無いか」
「ひっ」
 声の冷たさに亀のように首をすくめて伺い見るが、それ以上元就が何かを言ったりしたりする様子は無い。ほっとして首を伸ばした小早川は、再びふさわしそうな人を記憶の中に探し始めた。
「ううん……片倉さんたちは、すごくいい人そうだったけど、遠いもんねぇ―――――あ、そうだ」
 ぽんっ、と手を合わせた小早川は晴れやかに名を口にした。
「家康さんっ!」
「ほう?」
「家康さんなら、朝鮮の人だって説得できそうだし、忠勝さんに乗れば早いジャンク船でも簡単に追いついて乗り込めるよ!」
 ものすごく完璧で最高の思いつきだと、本人は自覚していないだろうが褒めてほしそうな気配を全身にみなぎらせる小早川に、元就は同意をして見せた。
「なるほど――徳川ならば適任やもしれぬ」
「でしょでしょ! ぼくって天才」
 うふふ、と心底嬉しそうな小早川にうなずいてから、元就は控えている男に顔を向けた。
「小早川が倭寇対策のために、徳川を説得しに参る。心ばかしではあるが、馬のはなむけを用意せよ」
「――――え?」
 小早川の笑顔が、止まった。
「徳川に目をつけるとは、なかなかのものよ。金吾、徳川の説得、必ず成して来よ」
「えっ、えっ」
「すぐに出立をするそうだ。手助けを」
「ちょっ、えっ、えぇええええええ」
 話は終わったとばかりに言い放った元就に促されるよう、控えていた男たちが左右から小早川を抱え立ち上がらせ、半ば引きずるようにして連れ出した。
「そんなぁあああ、むちゃくちゃだよぉおお」
 無理やり駕篭に詰め込まれ、出立させられる小早川の声が響いてくる。それを耳にしながら、元就は庭先を眺めた。
「しくじることは明白――万が一にも上首尾となれば、それはそれで良い。徳川が甘さゆえに手を差し伸べようとするならばまぁ、受け入れてもかまわぬ。期待はしておらぬが、暇つぶしにはなったわ」
 つぶやき、具体的な対策を練る前に、残っていた餅に手を伸ばした。ほどよい餡の甘さが、思考に疲れた脳に心地よい。
「悪く無い」
 茶を含んで甘さの残りを楽しんでから、元就は地図を広げ報告のあった倭寇出没地区に印をつけ始めた。

2012/03/17



メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送