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登場=黒田官兵衛・小早川秀秋・長曾我部元親

花冷え

 花冷え――まるで桜の命を一日でも伸ばそうかとしているような、春日にぽっと現れる肌寒い日に、小早川秀秋――通称金吾は鍋の様子を伺っていた。
 満開を迎えた桜の下で、暖かな湯気が立ち上っているのに、満足そうな顔をして頷く。
「うん、いい具合だよぉ」
 椀に盛って、坐している男に温かなものを渡す。受け取る男は手枷のついたまま受け取り、息を吹きかけ冷まして口をつけた。
「うまいな」
 その言葉に、金吾は胸を逸らした。
「それなら、食べやすいでしょう?」
 椀の中の具材は全て、すすりながら口に転がせるような大きさに、切られている。それに頷き、もう一口すすって手枷の男――黒田官兵衛は息を吐いた。
「いや、いい春だ」
 言って、桜を見上げる。桜に目を細めた官兵衛の傍に、徳利を持った男が寄ってきた。
「いやぁ、官兵衛さん、良い花見になって良かったなぁ」
 男は、官兵衛が枷を嵌められ流された先で出会い、彼を慕う工夫であった。
「まったくだ。鍋に最適の花冷えが、予定と丁度当たるとは――小生の運も、まだまだ残っているということだな」
 椀を置き、杯を手にして飲み干して、周りを見回す。金吾の配下と、官兵衛を慕う工夫らが賑やかしく桜と鍋を楽しんでいた。
「まったく、こうやってのんびりと鍋を囲むのは、久しぶりだ」
 手枷があるにも関わらず、慣れてしまっているからか不都合な様子なく食を進める官兵衛に、彼を慕う工夫たちがかわるがわる酌をし、鍋を椀によそう。
「官兵衛さんが、あの西海の鬼に快く角土竜を披露したお礼の相伴に預からせてもらって、ありがてぇ」
「なに、一人で鍋も酒も食べ切れやしない量だっただけのことさ。感謝をされるほどでも無い」
「おまけに、やっこさん、俺らの掘った穴を見て、その技術を買いたいって仕事の依頼もして行った」
「そりゃあ、おまえさんらの腕が良かったからだろう。小生は、何もしとらんよ」
「いやしかし、本当に旨い鍋だ」
「あんた、すげぇなぁ」
 褒める男たちが、金吾にも酒を勧める。
「戦国美食会の会員としても鍋奉行としても、素敵な食材があるのに活かせない調理なんて、許せないからねぇ」
 西海の鬼、長曾我部元親は豊富な海の幸などを礼として官兵衛に寄越すのにあわせ、金吾に旨い鍋にしてやってくれないかと頼んでいた。海鮮鍋を自分も楽しめるとあり、二つ返事をした金吾は早速用意をして、九州へ訪った。
「でも、ほんと――鍋をするには絶好の気温だよねぇ」
 うららかな陽気の中での鍋も悪くは無いが、と付け加える。
「気温まで、俺らの花見に合わせてくれたみてぇじゃねぇか」
「これも、官兵衛さんの徳なのかもなぁ」
 陽気に笑う男たちへ
「ついでに、この枷のカギも外れてれるんなら、ありがたいがね」
 枷付のままでも不自由そうには見えないが、やはり外したいらしい。
「三成君にお願いするのは、怖そうだしねぇ」
 ぶるるっと身を震わせた金吾が、椀の中のものを掻きこみ、おかわりをした。
「この枷さえなきゃ、小生も天下分け目の大戦に参加できたんだがなぁ」
 智将としての策略も、枷や重しがあるのと無いのとでは大きな違いがあると、ため息をこぼす。
「ま、後ろを見ても始まらん。これからの行く先を見定めて、天下に名をとどろかせるとするか」
「おっ、さすが官兵衛さん」
「どんなに運に見放されても、その前向きさがあれば何だってなれるってもんよ」
「おいおい、一言よけいなものが、ついているんじゃないか」
 朗らかな笑い声が上がり、杯がめぐり、にぎやかさが増してくる。
「おう、やってんなぁ」
 そこに、元親と船男たちが現れた。
「あっ!」
 思わず立ち上がった金吾の目は、男たちに担がれている追加食材に向けられていた。
「金吾の鍋を、今頃つついているんだろうと思ったらよ、この気候だ――つい、食いたくなって来ちまった。たんまり材料は持ってきたから、ちょっくら俺らの分も作っちゃくんねぇか、金吾」
「うんっ、うんっ、もちろんだよぉ」
 よだれをたらさんばかりの金吾に、ありがとよと言って元親は官兵衛の横に、どっかと腰をおろし徳利を差し出す。杯を空にして、官兵衛が受けた。
「いやぁ、面白いモンを見させてもらったぜ。俺ァ海は得意だが、陸は専門外だからよ――あのカラクリには、ずいぶんと楽しませてもらっているぜ」
「小生も、こうして旨い酒と鍋にありつけた。お互い様さ」
「兄貴」
「おう、すまねぇな」
 船男が元親に椀を差し出し、彼らもまた食べ始める。勝手に鍋を探ろうとする男たちを注意しながら、金吾が立ち働いていた。
「ああもう、そこ! そんなふうにしたら煮崩れしちゃうよ。魚は、もっと優しく――ってあぁ、それは早いって! 火力をもう少しあげてから……そうそう」
「アイツぁ、戦の指揮はからっきしだが、鍋の指揮は日ノ本一かもしんねぇな」
「同感だな」
 笑いあい、椀に口をつけ、杯を重ねるふたりの上に、さわりと吹いた風が花びらを舞わせた。
「良い、心地だ」
 しみじみと零れた声が、滲み広がり立ち上る。それが湯気と混ざり、皆の胸の裡に深く深く、染み渡った。

2012/04/14



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