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収穫祭ー瀬戸内&慶次  書面を読みながら、毛利元就は眉間にシワをよせていた。長曾我部元親に対する庶民の認識を調べさせ、その報告書が上がってきたのだ。それらを読み始める時には、全くの無表情であったのに、進んでいくにつれて徐々に眉間にシワが寄りだし、読み終えるころにはくっきりと不快感がそこに表れていた。
「これは、直接確かめねばなるまいな」
 読み終え、呟きながら報告書を畳む元就の目は、鋭く細められていた。

 それから数日後に、元親の所に居座っている前田家の風来坊、慶次が漁師や町人を集めて収穫祭をすると言い、元親も乗り気で次の大安には祭を開くつもりだという話を聞き、元就はそれに紛れて偵察をすることに決めた。

 当日、顔を隠すように布を被り、庶民の装いに身を包んだ元就は、多くの人が集まる広場に紛れて元親と慶次の現われるのを待った。
「秋刀魚も旨いし、鯖もいい、かますに鰯もよく取れる。平目に銀鮭どんと食え!」
「よっ、待ってました!」
「慶ちゃぁあん!」
 調子をつけて言いながら、肩に魚の入った籠を担いだ前田慶次が現われると、まるで芝居小屋にいるかのような声が上がる。
「さぁ、みんな! 存分に飲めや謡えの祭といこうや」
 おぉっ、と声が上がり湧き立つ中、元就は冷静な目で辺りを見回す。元親の姿が見えないことに、慶次が主体となっているものなのだろうと推測する。
 ――――鬼と呼ばれる者が、我よりも群衆に慕われておるなどと…………と、報告書の内容を思い出す。そこには、どうせ仕官をするならば長曾我部軍を希望すると言うものが多いと書いてあった。無論、彼は部下を捨て駒と呼んで憚らない扱いをし、恐れられているという自覚はある。それが、揺るぎないものを作るために必要だとも思っている。
 しかし、それが民草に浸透した結果がこれだとは計算外であった。揺るぎない存在こそ、尊き者と認識されてこそ君主の在るべき姿だと認識している。それなのに、人々は元就よりも鬼と呼ばれている元親を慕っているらしい。
 ――――所詮は、浅はかで愚鈍なもの達の意見よ。
 そうは思っても、僅かに胸に引っ掛かる魚の小骨のような存在がある。気に掛かるものがあるならば、この目で確かめればいい。そう思い、この場に来た元就の胸に、主体が慶次ならば集まったもの達の支持するものが元親ではなく祭を単に楽しみに来ただけなのだという声が落ちる。――――それならば、もう用は無い。
 去りかけた元就の耳を、先ほど慶次に向けられたよりも大きな声が打った。
「ぅおお、アニキ!」
「アニキだ、アニキが来たぞ」
「長曾我部の旦那ァ」
「元親様ッ」
 男も女も声を上げ、看板役者が出てきたよりも熱く激しく呼ぶ先に、ニヤリと笑う元親を見つけた元就は、場に圧倒されながらも素早く周囲に目を配り、変化を探る。
「アーニキー!」
「アニキ! アニキ!」
 しかしそれは、拳を振り上げ叫ぶもの達に邪魔をされてままならなくなった。人々の肩ごしになんとか元親の姿を見る。元親が片手を上げると、嘘のように皆が静まった。
「今日は朝から皆で食い切れないほど旨ぇもんを用意した! ぞんっぶんに楽しもうぜぇ」
 再び地鳴りのような声が上がり、アニキ大合唱が始まる。刺身や焼き魚、煮魚に汁物が次々と運ばれ、酒も出てきて老若男女問わず、ドンチャン騒ぎに加わっていく。
「ほら、ぼうっとしてるとなぁんも食べらんないよ」
 いかにも世話好きといった風情の女が元就に声をかけてきた。
「我は、いらぬ」
「はぁ? 何を言ってんだい。長曾我部の鬼さんが子分さんらと用意してくれたんだ。いただかないと、罰があたるよ」
 そう言いながら、半ば無理やりに焼き魚を渡される。突き放すのも怪しまれると思い受け取ると、女はにっこり笑って他の者の世話をやきに行った。
 焼き魚を手にうろつきながら耳に声を集めていくと、なるほど元親は慕われているらしいという認識が生まれ、同時にそれは元就の思い描く君主のそれとはかけはなれているという思いも浮かんだ。
 ――――民は、上に立つものに必要なものを理解し得ない。
 元親に向けられているものは、君主よりも民に近い位置のそれで、話にならんと一笑に付しながらも納得しきれていない何かを、元就は抱いた。
 馬鹿馬鹿しい、と心中呟き立ち去ろうとするが多くの人に邪魔をされて、なかなか進むことが出来ない。それに不快を覚えた元就に、鳥がふわりと舞い降りた。肩に乗ったそれを払おうとすると、鳥は元就の頭上を旋回し、声を上げた。
「モトチカ、モトチカ」
 呼ばれた元親が目を向ける。人に紛れて見つかる前に去ろうとした瞬間、鳥が被っている布を奪った。
「――――おま、毛利!」
 元親の言葉に、一斉に元就へ視線が集まる。一瞬の静寂のあとに、騒めきがさざ波のように広がった。
「毛利――――?」
「毛利だって」
「なんで毛利の殿様が」
 失態に、気付かれない程度に奥歯を噛み締める元就の目に、鳥が元親の肩に止まるのが映る。この場をどう切り抜けるか。そう思った彼の耳に、騒めきをかき消す声が聞こえた。
「ちょいとゴメンよ、通してもらうよォ」
 器用に人混みを掻き分けて、慶次が近づいてくる。人懐こい笑みを浮かべた慶次が、近寄りながら話し掛けてきた。
「なんだよ、参加したいなら堂々とこればいいのに。――――ま、アンタんとこは、堅っ苦しそうだから言いだせなかったのかもしんないけどさぁ」
「――――なっ。貴様、我を愚弄する気か」
「してないしてない。アンタんとこ、息苦しそうだから息抜きにお忍びで来たってとこじゃあ、無いのかい。それとも、祭の話を聞いて、寂しくなったとか」
「――――誰が。世迷い言を申すな」
「なんだよ、毛利。それならそうと言やぁいいじゃねぇか。別にアンタを弾きモンにしようなんざ、思わねぇよ」
 皆に道を作られながら傍に来た元親が、親しげに笑う。
「――――馴々しくするでないわ」
「素直じゃないねぇ。しっかり魚を握りしめてるってぇのに」
 慶次に指摘され、はっとする。自ら求めたわけではないが、元就の手には焼き魚があり、どう言い繕っても慶次が妙な誤解をしてしまいそうな気配を感じて黙った元就の背を、元親が親しい友にするように叩いた。
「ようし、毛利ィ。今日はとことん飲み合おうじゃねぇか! まさか下戸なんて言わねぇよなぁ。それか、酒に相当弱いとか」
「――――貴様、我を馬鹿にしているのか」
「うっし! じゃあ俺と毛利、どっちが強ぇか勝負しようじゃねぇか」
「――――貴様ごときに後れを取る我では無いわ」
「お、いいねいいねぇ! 俺も混ぜてくれよ」
 巧く乗せられた気がしないでもないが、これもまた内情を知るには良い機会だと、元就は二人に連れられて祭を最後まで味わうこととなった。


 後日、元就の元に届けられた報告書に、毛利の殿様は寂しがり屋という認識が広まっていると 書かれていたとかいないとか――――


2009/10/18


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