わぁわぁと子どもたちが騒いでいる。いったい何を集まって、そんなに騒いでいるのかと顔を向けると「あ、アニキだー!」「アニキーアニキー! みてみてーすっげぇデッケェ、カブトムシっ!」 長曾我部元親の姿を見た子どもたちが、笑みを浮かべて彼を招いた。「ほおう? どんなデッケェ、カブトムシが…………」 ひょい、と覗いた元親に「元親さぁあん」 頭を抱えて涙目の小早川秀秋――通称金吾が情けない顔を上げ、見上げてきて「ああ、こいつぁカブトムシじゃあ無ぇ。鍋奉行だ」 頷きながら言うと、子どもたちはきょとんとして「なべぶぎょう?」 元親を見上げた。 傍に居た子どもの頭の上に手を置いて「そうだ。鍋奉行だ。鍋を作らせちゃあ、右に出るものがいねぇぐれぇ、旨い鍋料理を作るんだぜ」 ニコリとすると、へぇえ、と子どもたちが金吾を見る。ぎこちなく、眉をハの字にしたまま笑う金吾に「なんでこんなところに居るのかは知らねぇが、まぁ、寄っていけよ」 手を差し伸べると、飛びつく勢いで手を掴まれて「元親さぁあん」 顔と同じ声を発した金吾が、目を潤ませた。「はっは。そんな情けねぇツラぁしてんじゃねぇよ」「だって、僕、僕……」 唇を震わせる金吾を、安堵させるように肩を叩いて「ガキが相手でも、大勢でこられちゃあ、怖ぇよな」「うん、うん」「よしよし。――しかし、なんでまた一人でこんなところに居るんでぇ。あの、いつも一緒に居た坊主はどうした」「ああ、天海様なら」 首をめぐらせ、金吾が指差す方を見れば、松の木に何かがぶら下がっている。「――ありゃあ、何やってんだ」「吹っ飛ばされて、天海様がひっかかっちゃったんだ」「ふっとばされて――?」 聞けば、大友宗麟のもとに珍しい野菜があると聞き、天海と共に出かけたのだが、すったもんだがあり『ああザビー様、あなたの面影と思い出号』というカラクリに吹っ飛ばされ、天海は木に引っ掛かり、金吾は砂浜にめり込んだところを、子どもたちが発見し、カブトムシだと騒いだらしい。「そうかそうか。そりゃあ、えれぇ目にあったなぁ」「うん――ねぇ、元親さん。天海様を、助けてあげて」「おう、そうだな。あのまんまじゃあ、いい具合に干物になっちまう」「干物……」 海辺では、杭が立てられ縄がかけられ、そこにイカが干してあった。それを目にしてよだれを垂らしそうになった金吾に「坊主の干物は、マズそうだな」 ぽつりと漏らした元親の言葉に、子どもたちが「坊主の干物」とはやし立てながら、松の木に向かって歩き出した元親と金吾を先導するように、囲みながら踊るように小走りで事の成り行きを楽しみ始めた。「ああ、なにやら、お囃子のようなものが聞こえますねェ」 松の木にぶら下がっている天海は、目を細め、風に吹かれるままに力を抜いて、浮いていた。「はぁ……懐かしいですねぇ。こうして、足がつかずに降りることが出来ず、じりじりと熱い焔に焼かれたことが、ありました――――太陽が、まぶしいですねェ」 どこか楽しげにも感じる、夢幻をさまようような声で、一人、喋っている。「太陽の光が、まるであの時の焔のようですよ――ふふ…………」 思い出に浸る天海の耳に、子どもたちのはやし立てる声が、響く。「おやおや、坊主の干物とは、私の事でしょうか――干物…………このままだと、本当に、なってしまいそうですねぇ。金吾さんは、私が干物になれば、食べてしまわれるのでしょうか」 くすくすと笑う天海の髪を、海風が揺らす。それは波に身を任せるクラゲのようにも見えた。「おおい! 聞こえるかぁ! 天海さんよォ」「天海さまぁあ! 大丈夫ぅう?!」「――おや」 下を見れば、金吾の姿があった。体躯のいい男は元親らしいと遠目で判断し、そのまわりに蠢いているのが「坊主の干物」と唄う子どもたちだろう。「金吾さん、心配してくださっているのですね」 金吾の心配げな声の様子に声を震わせ「金吾さんっ!」 感極まったように発した声は、掠れていた。「ああ――喉が渇いて、声が出ません」 さほど困っていない様子で、困ったように首をかしげた。「元親さんが、すぐに降ろしてくれるからねぇええっ!」 大声で言う金吾は、天海からの返事が無いことに「どうしよう。天海様、もう干物になっちゃってるのかも」 目を潤ませた。「ひっかかって、どんぐれぇかは知らねぇが――早く降ろしてやんねぇとな」 さてどうするか、と腕を組み考える。子どもたちは元親のまねをしたり、木に登ろうとしてみたり、天海に向けて手を振ってみたりしながら、事の成り行きに参加をしていた。「ずいぶんと高ぇからなぁ」 何か、背の高いカラクリを動かしてみるという手もあるが、調整中で起動をさせるには時間がかかる。そんな悠長なことは、していられないだろう。「うう……天海様ぁあ」 泣き出した金吾に笑いかけ「ちょっくら乱暴だが、まかせておけ」「大船にのった気で、いろよー!」 子どもがはしゃぎながら、金吾をペシペシと叩く。「うん」 下唇を噛む金吾の姿に、子どもたちは保護をする対象だと判断したらしい。金吾を囲み、口々に「アニキに任せておけば、大丈夫」と慰める。「よし! ならいっちょ、やっちまうか!」「アーニキー!」 子どもたちが突きあげた拳に背を押され、自慢の碇槍を肩に担ぐと「てりゃあ!」 ぶん投げて太い幹にからませ、松の木を登って行く。 どんどんと進んでいく元親の姿に「すごい」 金吾は目を丸くし、子どもたちは応援の声を上げた。「ああ、何やら楽しそうですねぇ」 ゆらゆらと風に吹かれるままだった天海の傍で「まだ、干物になっちゃいねぇよな!」 元親が声をかけ、天海が首をめぐらせた瞬間「あっ!」 突風が吹き、煽られた天海が枝から離れた。「ああ――風に乗ってしまいます」 そのまま木の葉のように中空で翻弄される天海に向けて「ッ! っしゃあ」 碇槍の鎖を投げ、天海の胴に絡み付けた。「ああっ」 がくん、と風の流れから引き離された天海は、引かれる勢いのまま「ぅぶっ!」 松の幹に激突し「――あ」 たらりと冷や汗を流した元親が「お、おい……大丈夫か」 顔を引きつらせて声をかけた。 鎖が揺れて、くるりと元親に天海の顔を見せる。 彼は完全に気を失い、ぷらりと吊り下げられたまま、笑みのような顔をして鼻血をたらしていた。「わちゃあ」 ぺしりと額に手を当てた元親が「ま、死んじゃいねぇし」 気を取り直して天海を肩に担ぎ降りて「天海さまぁあ」 駆け寄ってきた金吾に「しばらく日干しにされていたんだ。なんか、精のつく鍋でも用意して、起きた時に食わせてやんな」 言って、天海を介抱すべく、連れ帰った。 なにやら、良い香りが漂っている。海産物の、食欲をそそる香りだ。「おや」 首をかしげた天海は、辺りを見回した。黒く高い縁取りの温泉に、どうやら自分は居るらしい。「ここは、何処なのでしょう」 ざぶざぶと温泉の中を歩いていると、ふと日が陰った。「雲でも、出てきたのでしょうか」 見上げると、大きな大きな金吾顔がのぞいており「天海様の干物で、いいお出汁が取れそうだよぉ」 とろけるような笑顔で言われ「ああ、金吾さんの鍋の中でしたか。――私で出汁をとるんですね。具材はどのようなものを使われるのでしょう。金吾さんなら、きっと残さず私も食べてくれるのでしょうねぇ」 なんだか楽しく感じられた。「食べることは、命をいただく、ということですからね。金吾さん――どうか、命を繋ぐということを、他の命をいただいているということを、忘れずに居てください。――ああ、そして私は……この大切な教えを、金吾さんへ伝えるべく、食べられてしまうのですねぇ」 ああ、と感情を高ぶらせて肌を泡立だせた瞬間「天海様! 天海様!」 大声で呼ばれ、ぱちりと目を開けると、目に涙をいっぱいに浮かべた金吾の姿があった。「――――おや」 首をかしげる。「おう、目が覚めたか」 野性味のある、人懐こい動物のような顔で笑うのは、元親だ。 しばし頭をめぐらせて、自分の身に起こったことを思いだし、どうやら干物になる前に助けられたようだと理解して、身を起す。「助けて下さったのですね。ありがとう、金吾さん」「助けたのは、元親さんだよ」「金吾さんが助けを呼んで下さらなければ、あのまま気付かれることなく、私は干物になっていたことでしょう」「天海様――」 くすぐったそうに笑う金吾に微笑み頷き「降ろしてくださり、ありがとうございます」 元親に顔を向けて、礼を言った。「なぁに、良いって事よ! それより、アンタが起きた時、しっかりと栄養をとれるよう、金吾が鍋を作っておいたから、食えるようなら、どうだ」「お魚のお出汁でぷるぷるになった、冷製だよ」 言いながら、自分自身が食べたくて仕方が無さそうな金吾に「ありがたく、いただきますよ」 言えば、ぱあっと顔を輝かせ、出汁がぷるりと寒天のようになっている、冷たい鍋を運んできた。「たくさん食べてね、天海様」「俺も、相伴に預からせてもらうぜ」 三人で楽しく鍋を囲みながら「少し、残念でしたね」 ぽそりとつぶやいた天海に「何か言った? 天海様」「いいえ――金吾さん、美味しいですね」「そうでしょう。出汁がきいているからね! もちろん出汁昆布も、美味しくいただくよ」「それを聞いて、安心しました」 笑みのまま首をかしげた金吾に、なんでもないと言うふうに首を少し傾けながら(もしも私が干物になっても、全部美味しく食べてくださいね、金吾さん) 心の中で、つぶやいた。2012/07/11