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・瀬戸内・奥州・甲斐・慶次
賀正ー寅ー  その日、漁師は朝霧に滲む巨大な影に腰を抜かし、彼の話は風の早さで政宗のところに届いた。

「巨大な影?」
 朝食中の政宗の前に、小十郎が座している。
「なんでも、こちらに向かってきているそうなのですが霧が濃く、それが何かはしかと判別がつかないそうで――――」
「Ha、面白ぇ」
 言うと政宗は一気にご飯を駆け込み汁物を煽って胃の腑に納める。飲み込むように食事をした彼に、小十郎は眉をひそめた。
「政宗様、そのような食べ方は――――」
「よし、その巨大な影の正体、見に行こうじゃねぇか」
 小十郎の小言と政宗が勢いよく立ち上がるのとがほぼ同時で、目を丸くして見上げた小十郎にニヤリと笑いかけると大股で政宗は歩きだしながら言った。
「ついて来い、小十郎」
「政宗様ッ! 得体の知れないものに――――――っ、まったく、困ったお人だ」
 返事を待たずに進む背中に、あまり困った風でなく小十郎はため息をついた。

 馬を飛ばし、港に着くと人だかりが出来ていた。政宗らの姿を見止め、不安そうな人々の顔に安堵が滲む。
「政宗様だ、政宗様!」
 馬が真っすぐに進むのを、人々は阻まぬように左右に別れて道をつくる。向けられる視線に片手をあげて応えながら、迫り来る影を見据える。
「あれは――――」
 ゆっくりと向かってくるそれは、見たことのない大きさの船だった。政宗の唇に笑みが浮かぶ。
「これは――――政宗様、あまり近づくと危のうございます」
 さりげなく政宗の盾になる位置に馬を動かした小十郎に、顎で舳先を示す。示された先には、左目に紫の眼帯を当てた体躯のいい男がいた。
「あれは――――」
 つぶやく小十郎と、不敵な笑みを浮かべる政宗が自分に気付いたと知った男が、背丈ほどもある鯨すら仕留められそうなほどの碇槍を引き寄せ、勢いよくそれに乗り飛び出した。ザァッと波をかき分け陸にあがった男が笑う。政宗は馬を降り、小十郎も従った。
「長曾我部元親…………何をしに――――――」
「わからねぇもんは、当人に聞けばいい」
 歩きだす政宗と降り立った元親に群衆の視線が集まる。
「大丈夫だ。あれは、政宗様の知人だ」
 小十郎が言い、それが彼のまわりにいた人々から集まる群衆すべてに行き渡ると、全員が親しげな視線へと変わる。それに笑みを深くして近づく政宗に、元親が言う。
「よーぅ、久しぶりだなぁ独眼竜」
「何しにきやがった、西海の鬼。ばかでっかい船か、中に積んでるカラクリでも自慢しにきたか」
 元親の船は少し沖で静止し、島のように見える。振り向いた元親が、自慢気に言った。
「どうでぇ、いい船だろう」
「乗ってみねぇと、見てくれだけじゃあ分からねぇなぁ」
「政宗様」
 小十郎に諫める口調で呼ばれ、軽く舌打ちをしながら肩を竦める。
「ああ、正月早々連れていくってのも多少は気が引けるが、どうだいアンタも。ちょっくら船旅と洒落込まねぇか」
「政宗様を、何処にお連れするつもりだ」
 政宗よりわずかに前に出て言う小十郎に、元親は近所の市場に行くような気軽さで言った。
「ああ、ちょいと毛利んとこに遊びに行こうかって思ってな」
「毛利――――?」
「おう」
 政宗と小十郎が目を見合わせる。
「なんでぇ、変な顔して」
「アンタら、仲が良かったのか」
「良くはねぇが――――アイツ、友達いねぇだろうからよ、肩の懲りそうな正月ばっかでもつまんねぇだろうし。正月の間に戦をしようなんざ、よっぽどでなきゃ思わねぇだろうし。せっかくだから、アンタも誘って楽しくやろうと思ってな」
「Ha、面白そうだ。その話、乗ったぜ」
「政宗様――――」
「いいじゃねぇか、小十郎。向こうの冬ってのは、どんなもんか見るいい機会だ。ずっと空ける訳じゃねぇ。帰りは勿論、送ってくれんだろ」
 言葉の最後を元親に向けると、当然だと彼がうなずく。
「どうせなら、もっと派手に面子を揃えてぇ所だが、アンタ一人でも十分に派手だからな」
「おい、そりゃどういう意味だよ。――――あぁ、派手と言やぁ、お祭り男も誘ってみたら、どうだ」
「そう思ったんだけどよ、どこにいるのか分からねぇ」
 ちら、と政宗が小十郎を見る。完全に行く気でいる彼に、いまさら何を言っても意味のない事だろう。それならば、と小十郎は元親の話に自分も乗る事にした。
「前田の風来坊なら、上杉に身を寄せているはずだ。なんなら、誰かを行かせて呼ぶが」
「そうかい、悪ぃな。なら手紙でも書いてみるか」
「どうせなら、真田幸村も誘ってみるか。暑苦しい野郎だが、人数揃えてぇなら丁度いいだろう」
 同意を求めるというよりは決定事項のように言い、了承の言葉を口にした小十郎が早速使者を立てるように指示するのを見ながら、元親はつぶやいた。
「面白ぇことに、なりそうだ」

 それからしばらく、手紙が届き返事を待つ間、元親らは奥州の民に船を見せたり海の話をしたりと交流を深め、すっかり馴染んでしまっていた。
「鬼ヶ島の鬼さんは、いつから竜の住みかに移住したんだい」
 元親が子どもたちにせがまれて腕に数人ぶらさげて遊んでいるところに、のんびりとした声がかかった。
「おう、桃太郎気取りのお祭り男。お供の猿も、元気そうだな」
「キキッ」
 現れた前田慶次の肩で、彼の相棒――――小猿の夢吉がぴょんと跳ねる。
「手紙もらって、本気なのかと気になってね。雪をかき分けやってきたんだけど」
 懐から手紙を取り出してヒラヒラと振る慶次に、子どもを下ろしながら元親が言う。
「本気じゃねぇのに、わざわざ奥州くんだりまで来るわきゃねぇだろ」
「酔狂と言うか、なんというか――――面白そうだし、この話、乗らせてもらうよ。で、いつ出発するんだい」
「もう一人、呼んでる奴から返事が来たらすぐにだ」
 そういう元親の服の裾を、子どもが引っ張る。
「お、なんでぇ」
「あにき、どっかにいっちゃうの」
 不安そうな子どもと視線を合わせるように腰をかがめ、元親が笑う。
「そんな、情けねぇ顔してんじゃねぇよ」
「だって…………」
「えー、あにき、お出かけするんだ」
「この人とどっかいくの」
「こいつと、伊達政宗と、多分片倉小十郎も来るだろうな。――――あとは、もう一人、増えるか増えないか…………」
 元親のまわりにいた子どもたちが口々に連れていってとせがみだす。困った顔で笑う元親に、慶次が助け船を出した。
「俺たちが行くところは、すんごいおっかない人のところなんだ。腕に自信のある人じゃなきゃ行けないから、連れて行けないんだよ。ごめんな」
「そうそう、すんごい怖い人んとこだからよ、悪ぃな」
 唇を尖らせたり、頬を膨らませたりする子どもたちの頭を順繰りに撫でてから、そろそろ帰れと促すと名残惜しそうな顔をしながらも子どもたちが手を振りながら去っていく。それに手を振り返す二人の背後に、緑の風が吹いた。
「そんなに怖い人んとこに正月遊びに行こうなんて、よく思いついたよね」
 見ると、武田の忍――――猿飛佐助が親しげな笑みを浮かべて立っていた。
「アンタ、誰だ」
「あぁ、そっか。俺様は知ってるけど、そっちは知らなかったね。武田軍真田忍隊、猿飛佐助。よろしく」
 訝しがる元親に挨拶をする佐助に、慶次が言う。
「真田幸村にも誘いがいったけど、振られちまったってとこかい」
 それに肩を軽くすくめてから、佐助が肩ごしに後ろを指差した。
「参加、させてもらうよ。俺様は、お目付け役」
 見ると、旅装束の幸村がこちらに向かって来ている。慶次が手を振ると幸村は小走りになった。
「前田慶次殿、久しゅうござる。――――貴殿が長曾我部元親殿でござるな。お誘いいただき、ありがたく存じまする」
 ぺこりと頭を下げた幸村に、軽く片手を上げて元親が言う。
「おう。そんな堅苦しいのはよしてくれ。わざわざ呼びつけちまって、悪かったな」
「なんの。某、こたびの事で見聞を深める所存でござる故、そのような機会を与えていただき、かたじけのうござる」
 人懐こい笑みの幸村の姿に、ちらと元親が慶次に目を向ける。
「あ、旦那は堅苦しいんじゃなくて、これが普通だから。あと、お館様からの勧めもあったんだよね」
「うむ。様々なものを知ることもまた、大切な事とお勧めいただいた」
 慶次が答える前に佐助が答える。それに答えた幸村に、元親は物珍しそうな目を向けた。
「政宗が呼ぶっていうから、どんな奴かと思ったら…………まぁ、いい。これで面子は揃ったし、早速出航の準備と行こうじゃねぇか」
「某、船に乗るのは初めてでござる」
「そうかい、そうかい。俺達の船ァ、そんじょそこらのモンとは訳が違うからよ、腰抜かすんじゃねぇぞ」
「なんと、腰を抜かすほどの船とは――――流石は西海の鬼と言われる長曾我部殿でござる」
「誉めるのは、船を見てからにしてくれよ」
楽しそうに話をしながら歩きだした元親と幸村を見ながら、慶次が佐助につぶやく。
「はてさて、どうなることやら」
 それに、佐助は笑顔で軽く肩を竦めて応えた。

 全員が揃ったその日中に土産として酒や野菜を船に乗せ、翌朝早く四人と元親をはじめとする長曾我部一行は奥州を後にした。初めての船での遠出、しかも尋常ならざる船に幸村は興奮し褒めあげ、船員達の機嫌がすこぶる良い航行となった。
「あ〜あ、あんなにはしゃいじゃって」
 苦笑まじりに言う佐助が茶をすすり、微笑ましそうな目で小十郎が幸村と、一緒にあちらこちらへ行く慶次を見る。
「おいおい、あんまり動き回って迷子になるなよ」
「安心してくだせぇ、アニキ。俺らがついてますんで」
 元親の言葉に、幸村に船のことを自慢気に話す者が答える。幸村は一々に感心し、感歎するので自慢話をする者が絶えない。
「全く。アイツら船が可愛いときて自慢話ばっかしちまって、すまねぇな」
「いいっていいって。旦那も楽しそうだし、俺達のんびり出来るし、天気はいいし、参加して良かったよ」
「It is hasty。目的地についてから、そのセリフは言うんだな」
「あぁ、そだねぇ…………行くってことは伝えてあるんだよね」
「あ? 伝えてるわけ、ねぇだろ。毛利に伝えたって、喜んで迎え入れてくれそうにねぇからよ、突然行って驚かせてやんのよ」
「はぁあっ? ちょ、相手ってば毛利元就なのに、そんなんで大丈夫なわけ」
「それは、やってみなきゃ分からねぇな」
 元親の言葉に、空いた口がふさがらなくなる佐助。それに政宗が大声で笑う。
「上等じゃねぇか。すんなり受け入れられて祝いあうなんざつまらねぇ。すました顔を崩してやるのも、悪かねぇ」
「ちょ、えぇー…………。片倉の旦那、なんか言ってよ」
「まぁ、そんなこったろうとは思っていたからな」
「はあぁ? そんなんで俺様達を誘ったわけ? あぁもう、正月早々そんなのって無いよ。まったく…………」
 盛大にため息をつく佐助の肩を、慰めるように諦めを勧めるように、小十郎が叩いた。

 正月の祝賀も粛々と行い、毛利元就は一人自室で静寂を楽しんでいる。城内は静かなもので、祝賀を終えた者達は早々と引き上げ自分達の屋敷で宴会なりなんなりと、行っているのだろう。元就を訪ねて来るものもなく、最低限の身の回りの事をする者以外は全て里に帰ったりさせている。空は薄く、割れそうに淡い。透明な空気を深く吸い込み、庭でも歩こうかと立ち上がりかけた彼の元へ、騒がしい足音が近づいてきた。
「も、もももももも元就様っ!」
「――――何だ。騒々しい」
「みっ、みみっ、港に、巨大な船がっ」
 完全に冷静さを失っている者が腰を抜かさんばかりの態で進言するのを、僅かに目を細めて聞いた。
「船――――」
「小山のような船が、まっすぐ向かって来ています」
「ふむ、そうか。ならば、見に行ってみるか」
――――退屈しのぎに、丁度いい。
 そんな言葉が聞こえてきそうな態度で出かける元就を、呆けた顔で見送りかけてからあわてて他の者数名と共に、報告をした者は彼を追った。

 元就が港に付く頃には、元親らの船は沖に停泊し、小舟を下ろしているところだった。海風に髪を揺らしながら目を細める元就は、背後で狼狽える者など見えていないように、一人静かにそれを観察する。やがて小舟が近くに迫り、乗っている者が元親だとわかると元就に従ってきた者が声を上げた。
「ち、長曾我部っ…………も、元就様っ、長曾我部ですぞ」
「――――それくらい、見えている」
「む、迎え撃つ用意を致しませぬと」
「必要無い」
「しかし――――」
 すうっと鋭い目を向けて黙らせてから、元就は元親へ視線を戻す。不敵に笑う元親が上陸し、政宗や幸村らもそれに続いた。
「いよーう、毛利ぃ」
 親しげに声をかける元親に一瞥をくれてから、他の者にも目を向ける。
「おお、貴殿が毛利元就殿でござるか。某、真田源二郎幸村。以後、お見知りおきくだされ」
 ぺこりと幸村が頭を下げると、興味なさそうに眺めてから政宗に視線を向ける。
「奥州の双竜に、前田の、か――――――――ずいぶんな顔触れだが我に何用だ、長曾我部」
 元就の言葉に、口を大きく笑みの形に歪めて元親が答える。
「正月祝いに、決まってんだろ。安心しろよ、宴会の用意はしてきた。新鮮な魚に奥州の酒と野菜、あとは豪華な顔触れだ。アンタは場所さえ提供してくれりゃあいい」
 肩ごしに、食材などを運んでいる船を指差す。ちらりと視線を向けてから、元就は鼻で笑った。
「我が拒まぬとでも、思っているのか」
「そりゃまぁ、拒むかもしんねぇなとは思ったけどよ。アンタんとこァ堅苦しいばかりで、つまんなさそうだからせっかくの正月に派手に祝い合うってのも悪かねぇだろうとコイツら誘って来たわけよ」
「某は、噂に聞く元就殿と会ってみとうごさった故、同道致し申した」
「俺様は、まあ、お目付け役かなぁ」
「Seat of celebrationは、派手なほうがいいだろう」
「面白そうだったし、祭りや宴会には参加しなきゃ、もったいないからな」
「キキッ」
 政宗の背後に控える小十郎は、目で会釈をした。それぞれの顔を眺め、最後に元親を見てから元就は口の端にあるかなしかの笑みを乗せて後ろに控えている者に声をかけた。
「あれらの荷を運び、祝いの座を用意せよ」
「は――――しかし」
 言い掛けるのを、目を細めて止める。慌てて言われた事を為すため動く者を見送る元就に、元親が一歩近づいた。
「悪いな、毛利」
「悪いと言うなら、はじめからするな」
「もっともだ」
 腕を組み、うんうんとうなずく慶次と夢吉の横で佐助と小十郎も同意の顔をする。
「だが、悪いからって何にもしねぇのも問題だと思うがな」
「何事も為してみなくばわからぬものでござる」
 政宗の言葉に幸村が同意し、諦めを含んだため息を佐助と小十郎かこぼした。
「――――貴様ら主従が、どういう立場であるのかが、一目瞭然だな」
「俺には、今のアンタらを見ていると仲良しに見えるけどな」
 慶次の言葉に目を丸くした元就は、思わず元親と顔を見合わせると、すぐに口内で吐き捨てるように「下らぬ」と呟き背を向けて歩きだした。ニヤニヤとした笑みを浮かべた元親が後に続く。
「なんだよ、照れんなよ毛利」
「元就殿は、照れ屋でござったのか」
「おうよ。その上あまのじゃくと来てやがる」
「我は照れ屋でもあまのじゃくでも無い」
「ほら、そうムキになるなって」
「我の何処がムキになっていると申す」
「そういうとこだろ」
「ああ、そう言われればそんな風にも見えるなぁ。なぁ、夢吉」
「キキッ」
「冷酷な策略家って言われてるヤツが、照れ屋だったとは意外だぜ。なぁ、小十郎」
「まこと、意外でございますな」
「俺様、おっかない人って聞いてたけど、本当は素直じゃないだけだったんだ」
「貴様ら…………」
「怒るなよ、毛利」
「照れているだけなのでござろう」
「違うと言っておる」
「そうやって否定すると、ますます本当に思えてくるだけだって」
 わいわいと話をしながら進む一行を見守る空は、どこまでも高く澄んでいる。願わくは、静穏な刻が彼らの上に訪れんことを思って――――――――――

          二千十年 虎

2010/01/02


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