どぷ、と鈍く重い感触がした後に、鉄さびた生臭い匂いが鼻をついた。「――ッ」 鋭く高い、息をのむ音がしたほうへ石田三成は顔を向ける。体躯の良い男が浅黒い顔を青白くして、腰を後ろに逃がしていた。 ゆっくりと、三成はそちらに体を向ける。あれは、斬滅すべき命ある肉塊だ。 ゆら、と三成の体が右に揺れた。ひぃ、と息と音の間の甲高く細い悲鳴を、男が上げた。三成の倍ほどもある横幅の、けれど脂肪で膨れているわけでは無い体も、うっそりと濃く生やしている髭も細い瞳も、常人を怯えさせ狼藉をさせる手助けをするものだった。それが、今は子ヤギのようにぶるぶると震えて萎んでいるようにも見える。「ま、まて……まてまてまてまて。――はっ、そ、そうだ。俺の溜めこんだお宝を少し分けてやろう。な? な……」 ゆっくりと、三成が足を踏み出す。その表情は何も変わらず、男は脂汗を吹き出しながら後退した。「わかった――半分……半分ならどうだ。なぁ――な? どうだ」 木の葉が舞うほどの軽やかさで、三成は刀を構えた。「ひっ、ひぃい……」 男の目が三成を見ながら、彼が見せたさきほどの惨劇――あっという間に切り伏せられる部下たちの姿を思い起して失禁をしかけ――「ひ――ッ」 ビシャ、という血しぶきを上げて失禁よりも先に血液を振りまきながら首を飛ばした。 ゆっくりと後方に倒れた男の体が地面に落ちる音を聞きながら、三成は奥へと進む。頑丈な木の扉に手をかけ、そこにある錠前を見て造作も無く切り捨てると、扉を開けた。 扉の奥には、怯えて身を寄せ合う幼子たちの姿があった。「帰りたくば、立て。そして私の後に着いてこい」 短く言い放った三成の言葉に、子どもたちは顔を見合わせる。「ここで飢えたいのなら、そのまま座り込んでいればいい」 三成は、優しい言葉もまなざしも子どもたちに向けることなく、くるりと背を向け歩きだした。よくわからないままに、外に出られるということだけは認識をした子どもらは、手を取り合いながら三成の背中を走り追う。 三成は、真っ直ぐに前を見たまま背後に聞こえる足音で、子どもたちが自分に着いてきていることを確認した。 人さらいの討伐をと言われた三成に、浚われた子どもの数――届け出のあった人数は伝えられていたが、数えようとは思わなかった。数える必要も無いと、思っていた。数えたからといって、何になると思っていた。 浚われた子どもの中には、戻っても口減らしのために売られたり、捨てられたりするだけだと、届け出を出されていないものが少なくないことを、三成は知っていた。 彼の耳に届く軽い足音は、どう考えても届け出のあった人数――十七名よりも、ずっと多かった。おそらく、三十は下らないだろう。人さらいは見目のよい子どもや、健康そうな子どもを見つけては、手当たり次第に浚い、まとめて海外へ売りに出しているという話だった。 秀吉様が守ろうとしてきたものを、この日ノ本の民が犯そうとしている。 そのことが、三成をこの任に向かわせる動機となった。 国内を平定し、強い国とし、海を渡ってくる諸外国と渡り合えるほどの力を――。 そう望んで天下統一を目指していた、豊臣秀吉。そして、彼を支える希代の軍師、竹中半兵衛。死した二人を今でも敬愛してやまない三成は、諸外国へこびへつらうように自国の子どもを浚い売り、金銭を手にするために送り出す輩が、許せなかった。「ひっ」 小さく幼い喉から短い悲鳴が漏れたことを拾った耳が、子どもたちの足音が止んだことにも気づいた。 ゆっくりと振り向けば、子どもたちが一塊になって身を寄せ合い、怯えている。その視線が映しているものに、三成は無関心な目を向けた。 薄い灯明に照らされた、洞窟を改造したアジトのそこかしこに、人さらい一味の遺体が転がっている。すべからく一刀のもとに斬滅された遺体に、壁や床に散るおびただしい血液に、子どもたちが怯えている。 脆弱な子どもたちの精神に、三成は心中で舌を打った。「そんなところで、ぐずぐずするな!」 鋭く真っ直ぐに放たれた刃のような声が、子どもたちの意識を遺体から切り離し、三成に向けさせた。 子どもたちが震えながら、三成を見ている。白髪に、薄紫の鎧に、青白く細い顔に、月光のような瞳。おぼろげな灯明に浮かび上がる彼の姿は、子どもたちには幽鬼と見えた。「このまま、ここに留まっていたいのならば、勝手にしろ。外に出たいのならば、黙ってついてこい」 再び背を向けて歩き出した三成の耳に、足音が届く。その音が減っていないことを感じながら、三成は自分の速度で進み、子どもたちは小走りになって逃れるように着いて行った。 洞窟の入り口を出れば、手近な岩の上に座り、相棒の小猿と遊んでいる前田慶次が、「おっ」と顔で示して立ち上がった。小猿の夢吉が、ひょいと彼の肩に乗って三成の背後を窺うように、首を伸ばす。三成は表情も変えずに真っ直ぐに慶次の傍に寄った。「首尾は、上々かい?」 少し首を傾けて、健康優良児そのものな体躯の良い慶次の姿は、痩身の三成とは対照的で二人が並ぶと双方が実際よりも大きく――または、小さく見えた。 慶次の問いに、三成は背後に目を向ける。慶次もその視線を追うように見れば、一塊になっている子どもたちが、三成に置いて行かれまいと――洞窟より逃れるように、小走りで姿を現した。それに、人好きのする笑みを浮かべて両手を広げた慶次が、明るい声をかける。「みんな、怪我はないかい?」「キッキィ?」 慶次の肩で夢吉が同じ格好をして、子どもたちは目を丸くし、わずかに顔をほころばせた。それに更に笑みを深めた慶次が、子どもたちと目線を合わせるためにしゃがみ込む。「みんなを浚った悪い奴らは、このお兄ちゃんが全員やっつけたからな。みんな、お家に帰ろうな」 その言葉に、明らかに喜ぶものと目を逸らすものがいた。その差に、慶次の目の奥が鈍い痛みを光らせた。「帰る場所が無い者は、この男についていけ。悪いようにはせん」 突き放すように、三成が声をかける。目を逸らした子どもは、不安げな目の中にわずかな安堵を示した。「よっし! そんじゃあ、とりあえず――みんな、俺たちに着いてきてくれよ」 立ち上がり、ぱんと両手を慶次が叩けば、子どもたちが頷いて慶次の周りに集まった。それらの子どもたち一人一人の頭を撫でて、肩を叩き「それじゃあ、行こうか」と、まるで祭りに出かけるような雰囲気で、慶次が子どもたちを促した。 慶次を中心とした子どもたちの集団から少し離れた後方で、三成は歩きはじめる。つかず離れずの距離を保つ三成を、子どもたちが時折気にしては振り向き、慶次の着物や手を握り、問いたそうな目で見上げては、慶次に促すような笑みを向けられ、首を振ってうつむいた。そうして子どもたちは、また三成を振り向き、けれど彼の事を問う事もせず、彼に声をかけることもせず、ただ気にかけている。「なぁ、三成」 その様子に、慶次は振り向き声をかけた。「なんで、そんな離れているんだよ」「貴様らと慣れ合うつもりは無い」「そう言わずにさぁ。今回の功労者は、三成なんだから。一人で、全員をやっつけたんだろ」 体ごと振り向き、後ろ向きに歩き出した慶次に、面倒くさそうに三成が眉根を寄せる。「あの程度の相手、私一人で十分だ」「うん、まぁ……そうなんだけどさ」「貴様は、そのガキどもを連れて戻る役目だろう。私は、あれらを斬滅しろと言われただけだ」「でもさ、ほら――帰る場所は一緒なんだからさ。そんな離れて歩かなくっても……って、うわぁ」 後ろ向きに歩いていた慶次が、石につまずき派手に転ぶ。それに、子どもたちが「わぁっ」と驚きの声を上げて、笑いだすもの、心配をするものが慶次を取り囲んだ。「何をやっている」 追いついた三成が、あきれたように抑揚の無い声で慶次を見下す。「はは――」 困ったように笑い、立ち上がって砂を払った慶次が「大丈夫?」と声をかける子どもに笑みを向ける。「大丈夫だよ」 そう答える慶次に、ふんと鼻で息を吐き出した三成が「前を向いて歩け」 言い置いて、すたすたと歩き出した。「心配してくれたのかい?」 慶次が三成に追いつけば、慶次の周りに集まっていた子どもたちが自然と三成も取り囲むことになる。「グズグズするなと、言っているだけだ」「素直じゃ無いねぇ」 なあ、と慶次に同意を求められた子どもが、きょとんとして三成を見上げた。ちらりと目だけを子どもに向けて、なんだと短く三成が言えば、子どもはあわてて目を逸らす。それに、あははと笑った慶次が子どもの頭を撫でるように叩き、素直じゃ無いねぇと繰り返しながら、出立前にこの任を与えた相手――天下人となった徳川家康に、呼び止められて言われた言葉を思い出す。 ――あいつは、不器用な奴だからな。誤解をされることが多いんだ。だから、子どもたちのことは、頼む。 その時の家康の様子に、三成を心底信頼し案じている苦そうな笑みに、慶次の唇が持ち上がる。「この白いお兄ちゃんは、真っ直ぐすぎて、こんなふうなだけだから、怒っているわけじゃあないんだ」 気づけば、そんなことを子どもたちに言いだしていた。子どもたちが不思議そうに慶次を見上げ、三成はちらりと横目で慶次を見やる。「雪の日の朝を、見たことがある人!」 何人かが、手を上げた。「雪の日の朝の色と、この白いお兄ちゃんの色は、似てるだろ」 歯を見せて慶次が言えば、子どもたちが三成を見上げた。 雪の日の朝――白銀の世界に降り注ぐ光は、薄紫に輝いて雪を染める。それを思い出したらしい子どもらが、ぱっと顔に光を灯して慶次を見上げた。それに、大きく慶次が頷いて見せる。「雪は冷たいけど、かまくらにして中に入れば温かいだろ? この白いお兄ちゃんも、雪みたいに冷たく感じるけど、本当は心の中で、みんなの事を心配して――心配しすぎて怒っているような顔になっているんだ」 へぇ、と顔に関心を乗せた子ども達が三成を見る。三成は、それらを無視して前を向いたまま何の反応も示さない。その横顔に、少しの寂しさを交えた目を向けて、慶次は続けた。「ちょっと、悪い奴らが赦せないから、こんなふうになっちまってるだけなんだよ」「だから、みんな殺しちゃったの?」 子どもが、三成に問うた。三成は、ちらと目を向けただけで何も答えない。すると、問いを発した子どもは慶次を見た。慶次は、困ったように鼻を掻いて否定とも肯定ともつかぬ、中途半端な笑みを浮かべた。「ああ、ほら。あそこに村が見えるだろう? あそこで休憩をして、これからどうするかを決めるんだ。みんな、団子は好きかい?」 あからさますぎる話のそらし方に、子ども達は疑念を浮かべるより先に団子という言葉に反応する。「おだんご?」「ああ。みんなが怖い思いをしているだろうからって、捕まってもがんばって我慢して、こうして帰ってきたご褒美に、団子が用意されているんだ」 わあっと子ども達から歓声が上がる。それに少し目を向けた三成の口の端が、わずかに持ち上がったかのように、慶次には見えた。 子どもたちを詰所に届けた慶次が、団子をほおばる姿に目を細めながら、自分も床几に坐して団子を口に入れる。三成は立ったまま、用意をされた茶にすら手を着けず、子どもたちの姿を眺めていた。 詰所に駆け付けた親が、子どもを見つけて手を広げ、抱きしめて再会を喜ぶ姿に、ほっと胸を温かくさせた慶次は、横目で三成の様子を伺う。その目が、やわらかく細められていることに「良かったな」 声をかけた。 先ほどの表情のわずかな変化は、目の錯覚だったのではと思うほど、慶次の目を向けた三成の顔は何の感情も映してはいない。けれど慶次は気にすることなく、三成に笑いかけ、子どもたちに目を戻した。「無事に、親の所に帰ることが出来て、よかったよかった」 頷きながらの慶次に、三成が目の光を細く鋭く尖らせる。「帰れない子どもたちは、良くないということか」「そういう意味じゃないよ。帰れない子どもたちは……どこか、行く場所を見つけてやんなきゃなぁ」 声を落とし、滲みそうになる悲哀を少し遠くに投げるように言う慶次に、ふんと鼻を鳴らした三成が背を向けて詰所から出て行く。それに、あわてて慶次が腰を上げて追いかけ、皿の横に座って団子を食べていた夢吉は、置いて行かれてしまった。「キッキィ」 ぴょん、と床几から飛び降りて追いかけた夢吉は、すぐに二人に追いついた。詰所入り口わきで、慶次が三成を捕まえていた。「何の用だ」「……あぁ、うん、用ってほどじゃ、無いんだけどさ。なんか、ちょっと、そのまま行かせたくなかったって言うか、なんていうか」 困ったように笑い、頬を掻く慶次を忌々しそうに睨み付け、掴まれた腕を振りほどく。「用が無いのなら、私にかまうな」「なぁ、なんでそんなに、いらついてるんだい? 子どもを助けに行くって話になった時、一番に腰を上げたのはアンタだろ。もっと、子どもたちが助かったことを喜んでも、いいんじゃないか?」「何故、私がそんなことを、いちいち喜ばなくてはならない」「だって、助けたかったんだろ?」 くる、と会話を拒絶するように三成が背を向けて、歩き出す。慶次は黙ってその背を追いかけ、夢吉は心配そうな顔をして慶次の肩に上った。「なぜ、ついてくる」「同じ任務に携わったんだからさ、もう少し仲良くしようよ」「慣れ合う気は無い」「秀吉んとこにいたときも、そんなふうだったのかい?」 ぴたり、と三成の足が止まった。「私が、子どもらの救出に名乗りを上げたのは、秀吉様の目指した世を、私一人でも実現させんがためだ。――秀吉様を奪った家康が、血迷ったことをすれば斬滅をするために、監視をするために手を貸している。それ以上でも、それ以下でも無い」「…………秀吉は、子どもが好きだったからなぁ」 頭の後ろで手を組んで、懐かしげに空に声をかけた慶次を、眉間にしわを寄せた三成が振り向く。「私は、そのようなことを言ってはいない。秀吉様が守ろうとしたものを、売ろうとする者を斬滅するために、貴様を連れて来ただけだ」 ほっと息を吐いた慶次が、首を傾げて歩み寄った。「弱いものを――自分の弱さを捨てて強くなろうとした秀吉を、俺は変わってしまったと思っていたけどさ……なんか、三成を見ていたら何も変わっていなかったんじゃないかって、最近…………思えてきたよ」 目を落とし、過去を懐かしむような、悲しみを紛らわせるような笑みを浮かべた慶次に、三成は怪訝に眉を寄せた。「アイツは……アイツが変わったのは――そのきっかけを作っちまったのは、俺だ。いつものようにイタズラをして、はしゃいでさわいで、それでおしまいのはずだった。けど、相手が悪かった。…………圧倒的に叩きのめされて、ボロボロにされて、力に自信はあったんだけど、ぜんっぜん叶わなくって…………そうして秀吉は、あんな思いを日ノ本中にさせたくないって思って、守るべきものを自分で壊して、後に引けなくなっちまうようなことをして、戦い始めたんじゃないかって」 慶次の独白に、三成は彼に体を向け、幼子が話を求めるように静かに慶次を見つめた。慶次の頬に、心配げに夢吉が手を添える。「大丈夫だよ、夢吉」「キイィ……」 気遣う夢吉に笑みかけ、慶次は三成に目を向けた。「独眼竜や、家康や……元親を見ていてさ、思ったんだ。もちろん、利や謙信だってそうなんだけど――――個人だけじゃなく、日ノ本っていうものを中心に考えてるんだなぁって。……俺は、もちろん日ノ本中のみんなが笑って暮らせて、いい人と寄り添って生きていける世の中になればいいって、思ってる。けどさ、なんていうのか……。みんな――天下を目指していたアイツらはさ、日ノ本ってもんを見て、そっから個人に目を向けているっていうか、なんていうか」 うまい言葉が見つからず、誤魔化すように慶次が笑う。「俺は、個人っていうところから、抜け出せていないんだろうなぁ」 だから、利家と望まぬ対立をし、秀吉のことを変わってしまったと感じたのだろうと、慶次が続ける。その間、三成は一言も発さず、ただその言葉の中にある慶次の思いを見つめるように、彼に目を向けていた。「秀吉は、強大な力を見てしまったせいで――容赦なく叩き伏せられると言う事を知っちまったせいで、日ノ本っていう国を中心に考えすぎたせいで、ああなっちまったんじゃないかって……今は、思うようになってきた」 遠い目に鈍い痛みを光らせる慶次は、友の真実を見ることが出来なかった自分を、責めているようだった。 二人と一匹の間に、沈黙が訪れる。「――それで、貴様は何をしたい」 え、と目を上げた慶次を射抜くように、三成が見つめる。「貴様の懺悔など、聞きたくも無い。貴様と秀吉様が旧友であったことは、半兵衛様や家康から聞いている。どのような間柄であったかも、だ。貴様の口からも、幾度となく聞いた」 言葉を切った三成に、慶次が頷く。「貴様が、秀吉様の考えを今更ながらに理解し始めたということは、わかった。女々しく思い悩むのならば、勝手にしろ。だが、理解し始めたのであれば、貴様は秀吉様の望んだ世を具現化するために、秀吉様の為に働こうと思うのか、思わないのか――それを、私に教えろ」 ぽかん、と口を開いた慶次が時を止め、しばらくして噴き出した。「ぷっ……はっはっははは――ああ、そっか、そうだよな……ははは」「貴様――何がおかしい」 忌々しそうに三成が言うが、慶次は大笑を収めることが出来ないらしく、腹を抱えて体を折り、笑い続ける。舌打ちをしながらも、三成はその場を去ることなく慶次の笑いが落ち着くのを待った。――彼が、答えを口にするのを待った。「ああ……はは――」 ようやく笑いを落ち着かせた慶次が、すがすがしい顔をして三成を見つめた。「ありがとな」「貴様に礼を言われるようなことは、していない」「俺が、礼を言いたくなるようなことをされたって思ったんだから、いいんだよ」 けげんに、三成の片目が眇められた。「……俺はきっと、秀吉とは違う形で、秀吉が目指した世の中にしていくよ。家康だって、そう思っているはずだ。方法が違うだけで、目指す方向はみんな同じなんだ」 穏やかな慶次の声に、三成は無言を返す。子どものような顔で笑った慶次が、ぽんと三成の肩を叩いた。「家康が天下人になって、これから荒れた部分を整えて行くのに、今回みたいなやつらが沢山出てくるだろうけどさ――俺は俺、アンタはアンタのやり方で、秀吉が目指そうとしていた強い国づくりを、していこう」 じっと慶次の目の奥を見つめた三成が、ふんと鼻を鳴らして肩に乗せられたままの慶次の手を払いのける。「言われなくとも、私の望みは秀吉様の為に働くことだ。それ以上でも、それ以下でも無い」「あ、石田様。前田様。そろそろ、残った子どもたちを連れて、出立しますよ」 詰所の中から顔を出した男が、二人に声をかけた。「ああ、うん。わかった」 振り向いた慶次が返事をする横を、無言で三成が通りすぎ詰所の中へ戻った。真っ直ぐすぎる彼の背を見つめながら、慶次は家康の言葉を思い出す。 ――三成は、真っ直ぐすぎて融通が利かないというか、なんというか。素直な奴なんだけど、素直すぎるんだ。……なぁ、慶次。ワシは三成にも、自分の描く未来というものを、持ってもらいたいんだ。誰かの望んだ未来に沿うんじゃなく、三成自身の未来を。「案外、しっかりと持っているのかもしれないよ。家康」 そっとつぶやいた慶次の言葉に、夢吉が首をかしげる。なんでもないよと笑いかけ、慶次も詰所に足を入れた。 子どもたちの笑顔が――未来を作る命のきらめきが、そこにはあった。2012/12/17