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登場=金吾・関ヶ原・瀬戸内・双竜・真田主従・前田夫婦・最上・島津

美味しいは、幸せ

 まんまるい頬を、ぷっくりぷぅと膨らませ、小早川秀秋――通称金吾はご不満だった。
「僕は、太っているんじゃなくって、ぷっくりなだけなのにっ」
 りんごのように真っ赤なほっぺは、つつけばとっても気持ちがよさそうに、艶々としていた。
「まぐまぐ……だいたい……むしゃむしゃ……毛利様も三成君も、細すぎるんだよ…………はふはふ」
 ぷくぷくした頬が膨らんでいるのは、どうやら機嫌が悪いだけでは無いようだ。ほこほこと美味しそうな香りを湯気の中にくゆらせている鍋に箸を入れ、口に運びながら、金吾はぶつぶつと文句を言っている。
「はぁ……おいしかったぁ。――三成君なんかは、ぜんっぜん食べないもんなぁ………………あんなんで、風邪をひいちゃったり、しないのかな」
 吊り上げていた眉を、心配そうに下げた金吾が石田三成の白く細い姿を思い出す。そうして、食事の席で金吾から見れば子猫ほどの量しか食べない姿が、思い浮かんだ。
「たった、あれだけしか食べないなんて……」
 金吾の、十分の一ほどでは無いか。しかも、三成は全く楽しそうでは無いのだ。
「毛利様だって……」
 まるで作業のような顔をして、箸を口に運んでいる。それが、金吾にはとってもとっても不思議なことであった。
「ご飯が、嫌いなのかな」
 何を食べても、美味しそうな顔も楽しそうな顔もしないなんて、どうしてなんだろう。
 腕を組み、考え込んだ金吾はポンッと肉厚でやわらかな手を打った。
「きっと、本当に美味しいものと出会えていないからだ!」
 そう、きっと三成君や毛利様が食べているものは、美味しく無いか飽き飽きしてしまうようなものなのだ。
「それに、あんなふうに冷たい雰囲気で食べたら、美味しいも半分になっちゃうよねぇ」
 三成も毛利元就も、なんだかよそよそしい雰囲気の中で食事をしていた。楽しくみんなで食べると、同じものでもより美味しく感じられる。その反面、雰囲気が悪いと、どんな美味でも味気ないものに感じてしまう。
「そうか!」
 だからあの二人は、あんなふうに全く楽しくなさそうな顔をして、食べないのか!
 だから、あんなふうに食が進まず細く青白い顔をしているのだ。
「こんなに寒いのに、ちゃんと栄養を摂らなかったら、病気になっちゃうよね」
 すっくと立ち上がった金吾は、ぎゅっと拳を握りしめる。
 美味しいを幸せだと感じることが出来ないなんて、なんて悲しいことなんだろう。戦国美食会の会員であり、鍋奉行でもある自分ならば、きっと二人に美味しいは幸せであり、食事は楽しいことなのだと教えられるはずだ。
「冬は、鍋の季節でもあるしね!」
 そうと決まれば早速、と金吾は声を上げて人を呼び、墨と紙を用意させ、今から訪れようと思う先へ向けての文をしたためた。

 文を持った馬を送り出した金吾が、最初に向かった先は九州の島津邸であった。
 そこで金吾は、素敵な焼酎を手に入れたいのだと、島津義弘に声をかけた。
「ここの焼酎に目を付けるとは、金吾どんは良き舌利きたい! よかよか。最高の焼酎を用意するばい」
「ありがとう!」
 金吾が訪ねてきた理由を聞いた義弘は、呵呵大笑しながらそう請け負ってくれた。
「その時は、ぜひ一緒に鍋を楽しんでね!」
「天下無双の鍋奉行が作る鍋と、旨い焼酎――こげん楽しそうなことは、なか!」
 義弘の元に居た宮本武蔵にも、ぜひにと声をかけて背負った鍋を海に浮かべ、櫂を使って海を行く金吾の次なる行先は、気風のいい西海の鬼、長曾我部元親の所だった。
「元親さぁあん!」
「おっ。金吾じゃねぇか。どうした?」
 実は、かくかくしかじかうんぬんかんぬん――と自分の思いつきを説明した金吾に、顎に手を当てさすりながら、元親はふぅむと唸った。
「確かに、毛利の野郎も三成も、細いつうか、薄いっつうか……言われてみりゃあ、ちゃんと栄養が摂れてんのか、心配だな」
「でしょう? だから、たっぷり美味しい鍋を用意して、みんなでわいわい楽しめたら、いいんじゃないかなって思ったんだぁ」
「そうかそうか。最高に、良い思いつきだぜ、金吾」
 まるで幼子をほめるような様子の元親に、へへへと金吾は嬉しそうに笑う。
「だからね、元親さんには冬の味覚をたっぷりと用意してもらいたいんだぁ」
「そういう事なら、まかせとけ。腹がはち切れてもまだまだ余るぐれぇ、たぁっぷりと新鮮なモンを用意してやるからよ!」
「わぁ!ありがとう! いろんな種類の鍋が、出来そうだなぁ」
 冬の魚介を思い描き、あの鍋も出来るこの鍋も出来ると浮かべる金吾の口から、うっかりよだれがこぼれでる。
「おいおい。金吾、ちっとばかし、気が早ぇんじゃねぇか」
 包み込むような苦笑を浮かべた元親に、いけないっと口を拭った金吾が乗ってきた鍋を持ち上げる。
「それじゃあ、僕は他の所にも行かなきゃいけないから」
「他の所ってなぁ、何処なんだ?」
「生きる伝説、野菜名人の片倉小十郎さんのところだよ。この時期の大根や白菜は、きっと甘味が凝縮されてて、そのまま食べてもほっぺが落ちそうなくらい、美味しいと思うんだぁ」
 うきうきと腰を振る金吾に、奥州までなら船を出そうと元親が部下に指示をした。
「俺は、大漁目指して海に出るからよ。そっちは、しっかりと野菜を調達してきな」
「うんっ!」
 長曾我部軍の面々に大きく手を振りながら、快適な船旅で奥州に着いた金吾は、さっそく片倉小十郎の元へと向かった。
「小十郎さんっ」
「なんだ。久しぶりだな、金吾」
 へらりと笑った金吾が、奥州へやってきた理由を告げて、小十郎の主であり奥州を統べる竜、伊達政宗に顔を向ける。
「政宗さんにも、手伝ってほしいんだ。だって、たくさんの鍋を作るのには、料理が上手な人の手助けが必要だからね」
「Ah――? ま、面白そうなPartyに参加してやるのも、悪くねぇな」
 そうして二人と約束を交わし、次の目的地へと向かう金吾の目の前に、さらりとカイゼル髭を撫でながら、素敵紳士が姿を現した。
「なんだか、素敵な催しをする予定だそうだねぇ? 内藤君」
 ふふんと鼻を鳴らす男は、自称・強くて賢い羽州の狐、最上義光だった。さっと取り出した玄米茶入りの湯飲みを、金吾に差し出してくる。
「素敵な催しって、鍋祭りのこと? まぁ、そうだけど――僕は内藤君じゃないし、おじさん誰?」
 がくり、と肩を落とした義光は気を取り直すように咳払いをし、言った。
「我輩の素晴らしい玄米茶は、その催しに必要だと思うんだけどねぇ?」
 ちろ、と金吾の様子を横目で見ながら姿勢を決める。義光が差し出す湯呑を受けとり、口を付けた金吾は「うん」と頷いた。
「お酒を飲めない人も、居るからね。この玄米茶、たっくさん用意してもらえるかなぁ」
「もちろんだとも、斉藤君! 我輩の玄米茶は最高だからねぇ。皆があまりの美味しさに、我輩を崇め奉る姿が目に浮かぶようだよ」
 うっとりと自分の妄想に浸り始めた義光を残し、金吾は次の目的地へと急ぐ。そこは、甲斐の虎の屋敷であった。
「あ、いたいた。佐助さんっ!」
 鍛錬をする真田幸村に付き合っていた優秀な忍、猿飛佐助の姿を見つけ、金吾は軽く駆けだした。
「おお、小早川殿」
「あらま。何でこんなところに居るのさ」
 金吾は二人に説明をし、料理の旨い佐助に手伝ってほしいのだと告げた。
「そういうことなら佐助、ぜひに手伝ってやれ。友の健康を思う小早川殿のすばらしい気持ち。この幸村いたく感激いたした。料理の手伝いはできませぬが、某も準備に尽力させていただきとうござる」
「力持ちが手伝ってくれると、ありがたいなぁ」
 ふふふと笑う金吾に、めんどくさいけど仕方ないねと佐助がつぶやき、二人によろしくと言い置いて、金吾はふたたび旅立った。
 次に訪れたのは加賀で、領主の奥方であり加賀の母のような存在でもある’まつ’へ、鍋と共に食べる美味しいごはんを炊きに来てほしいと申し出た。
 金吾の説明を聞いた’まつ’の夫、前田利家は自分の子どもが何か大きなことを成そうとしているような面持ちで、腕組みをしながら金吾の話に「うんうん」といちいち相槌を打った。
「まつ。ぜひ、その腕を振るいに行ってやれ。某も、微力ながら手伝おう」
「箸休めの御漬物なども、用意しておきましょうか」
「おお。それはいいな。小早川殿、たしかにご依頼、承った」
 出立前に、茶でもどうぞと勧められ、じまんの甘味をいただいた金吾は、足取りも軽く徳川家康の元を訪れた。
「なるほど。それは面白そうだな。一つの釜の飯を食えば、結束が固まると言う。皆で楽しく鍋を囲めば、絆が深まるだろう。で、ワシは何をすればいいんだ」
「家康さんは、居てくれるだけでいいんだよ。あぁでも、物を運んだりするのは手伝ってほしいかな」
「居るだけでいいと言うのは、どういうことだ?」
「だって、家康さんは三成君のお友達なんでしょう? 仲のいい人とご飯を食べると、美味しいが倍増するからね」
 ふふふと幸せそうに笑う金吾に、そうかと家康が頷く。
「必ず、赴こう」
「うん!」
 こうして、文を出した先の全てに行き終えた金吾は、自身の城の特製特大の鍋やぐらを前に、よしっと気合を入れて最高の鍋料理を作る下準備に取り掛かり、約束をした面々がぞくぞくと金吾の元へ参じ手伝い始めた。

 そうして良い香りがあたりに漂い始めた頃に、金吾に呼び出された三成と元就が、機嫌が悪いような何の表情も無いような顔をして現れた。
「なんだ、これは――」
 妙に浮かれた気配の、超特大な鍋を中心とした会場の様子に、三成は足を止めて眉をひそめる。元就はつまらなさそうな一瞥をくれて、さっと全体に目を向けると金吾の考えを推測した。
「あ、三成」
「おう、来たか毛利ぃ」
 薪を運んでいた家康と元親が二人に気付き、声をかける。それに気づいた面々が、二人を迎えるように笑みを浮かべた。
「今回の主賓は、三成と毛利殿だ」
 家康の言葉に、三成は怪訝な顔をする。
「せっかくなんだから、そんな顔しねぇで楽しめよ」
 腰に手を当て輪の中に引きこむような声で、元親が言った。そうして元親が元就に目を向けると、元就は呆れたように息を吐く。
「小早川が、つまらぬことを思いついたようだな。おそらく、我らに大食をさせ太らせようとでも思うておるのであろう――? そうなれば、我に詰られる要素が一つ減るとでも思うてのことではないか」
 それに、きょとんと目を瞬かせた元親が「ひねくれモンだなぁ」と歯を見せて笑った。
「アンタらがなまっちょろくて食が細い上に、飯を食う顔が楽しそうじゃ無いってんで、金吾がこれを企画したんだよ」
「美味しくて楽しい食事を、知らないんじゃないかと言っていたぞ」
 元親の言葉を家康が継ぎ、元就はわずかに目を開く。驚きを示したままの目を、鍋やぐらの上で指示を出している金吾へ向けた。
「下らん」
 ふん、と鼻を鳴らした三成が踵を返そうとしたときに、うれしげな顔をして長い後ろ髪を揺らしながら、幸村が駆け寄ってきた。
「石田殿、毛利殿! お待ち申しておりましたぞ。ささ、こちらへ」
 その背後に、割烹着が妙に似合う忍が、湯気が立ち上るように姿を現した。
「みんな、あんたら二人を迎えるために、準備をしてんだからさ。帰るなんてこと、しないでよね?」
 佐助の言葉に、三成が忌々しそうな目を向ける。けれどそれを意に介するふうも無く――照れ隠しの一種だろうと判じた佐助は、ほらほらと二人を促す。渋々ながら四人に囲まれる形で、三成と元就は会場内へと歩を進めた。
「お。石田、毛利」
 奥州の独眼竜と呼ばれる政宗が割烹着を着て包丁を手にしていることに、三成と元就が心中でひっそりと驚いて同時に足を止める。
「この俺も腕を振るったんだ。最高に旨いぜ」
「栄養をたっぷりと含んだ野菜も、冬の病にかからねぇようにしっかりと食えよ」
 目じりを柔らかくした小十郎の言葉に、驚きから戻った二人は息を吐いた。そこに、ずいと湯呑が差し出される。
「よく来たねぇ。山田君、川田君。まずは、この我輩自慢の玄米茶を飲んでみてはどうかね」
 最上義光を、ずいと岩のような立派な体で押しのけて、島津義弘が徳利を差し出す。
「温かな焼酎のほうが、五臓六腑もよう動くばい」
「まぁまぁ、御二方。気が早うございますよ」
「みなに行き渡ってから、乾杯としようじゃないか」
 前田夫婦が二人をやんわりと引き離し、鍋やぐらの上に顔を向けた。
「おぉい! お待ちかねの二人が、到着したぞぉ!」
 利家の言葉に、ひょいと下を覗き込んだ金吾が、両手に丼鉢を持って下りてきた。ほこほこと湯気の立つ丼鉢の中には、たっぷりの野菜と魚介が入っている。
「はい! 毛利様、三成君!」
 ずいと差し出されたものを受け取った二人に、心底楽しそうな金吾が得意げな照れ笑いを浮かべた。
「美味しいは、楽しくて幸せなんだよ」
 ふっと、三成と元就の空気が緩む。それを合図に、元親が手を振りあげて号令をした。
「よおっし! 最高に楽しい鍋祭りにしようじゃねぇか!」
「みんな、同じものを食べて、絆を深め合おう!」
「野菜も、しっかりと食えよ」
「派手な鍋Partyになりそうだぜ」
「こげな旨い酒は、めったと呑めんぞ」
「食べ過ぎたり、飲みすぎたりしないでよね。介抱するのは、こっちなんだからさぁ」
「佐助、細かいことを気にするな」
「そうそう。いいじゃあないか。めったとない事なんだからな! まつの飯は、最高だぞぉ」
「おかわりは、沢山用意してありますからね」
「我輩の玄米茶の味も、たっぷり味わってくれたまえよ」
 まとまりが無いようで一つとなっている空間が、三成と元就をほっこりと包み込む。箸が全員にめぐったことを確認した金吾が、うれしげに叫んだ。
「それじゃあ……いただきます!」
 いただきます、と続く声が、金吾の城に響き渡った。

2013/01/08



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