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登場=金吾・天海・最上義光・少しだけ瀬戸内と鶴姫

美味しいは、幸せ2

 中腰になり、太ももを交互に持ち上げ、お尻を振りながら妙な旋律を鼻から紡ぎ、腕を胸の前で小さく振り回す。
「ふんふっふふ〜♪ ふんっふっふ〜ん」
 とろけそうに満面に幸せを浮かべた男、小早川秀秋――通称、金吾はまさにご機嫌の絶頂にあった。彼の敬愛する伝説の野菜を作り出す男、奥州の独眼竜の右目と称されるほどの勇猛を誇る軍師であり武将でもある片倉小十郎。その人が端整を込めた野菜が、もうじき手元に届くのだ。
「元親さんから、立派なブリも届いたし。やっぱり基本はブリ大根だよねぇ。あとは、あとは……そうそう。サワラも送ってくれたから、ネギと牛蒡を使って味噌鍋にしても、美味しいだろうなぁ」
 両手を頬に添えて、想像するだけで美味に落ちそうになってしまう頬を支える。くねくねと身を動かして喜び浮かれる金吾を、にこにこと目を細めて妖しげな僧侶、天海が見つめていた。
「金吾さんは、本当に奥州の野菜が、お好きですねぇ」
「奥州の、じゃないよ天海様。片倉さんの野菜が、だよっ」
 ぷりんっと肉付きの良い体を振り向かせ、子どものようにやわらかく丸い指を突き立て訂正をする金吾に、体ごと首を傾けて天海が眉尻を下げる。
「ああ、そうでしたね。申し訳ありません」
「んふふ。片倉さんの野菜と、下ごしらえを終えた元親さんから届いた立派な魚! ああ……これで作る鍋が美味しくないわけは無いよねぇ。うふふ」
「ああ、そうですねぇ。西海の鬼が届けてくれた魚は、とても大きく立派でしたねぇ」
「お刺身で少し食べたけど、美味しかったよぉ」
「しかし、金吾さん。あれほどの量なのですし、美味しいものは誰かと食べるほうが、楽しいといっていたでしょう」
「うん、言ったよ。一人鍋も楽しいけど、誰かと食べるのも、また格別だよねぇ。ふふふ。楽しみだねぇ、天海様」
「ええ。とても楽しみです。ですが金吾さん。私と金吾さんの二人では、いささか多すぎるような気がいたしませんか」
「ううん。そうかなぁ」
「そうですよ、金吾さん。折角ですから、他の誰かも誘ってはいかがでしょうか。……そうですねぇ。家康さんをお誘いできれば良いのでしょうが、お忙しそうですし、近場でしたらやはり毛利さんを誘うのが、一番良いのでしょうねぇ」
「えぇええっ。毛利様? やだよ、僕怖くて御飯が喉を通らなくなっちゃうよ」
 眉根をぎゅっと寄せて唇を尖らせる金吾に、おやおやと天海が傾けていた首を逆に傾けた。
「そうやって、金吾さんが怖がるから、毛利さんも怖い顔をせざるを得なくなるのではありませんか? 家康さんが天下泰平を整えた今、争いあう必要などどこにもありませんしねぇ。金吾さんがいつまでも、怖い怖いと怯えているから、仲良くしたくとも出来ないのかもしれませんよ」
「そ、そうかなぁ」
 顎を引き、疑いのまなざしで見上げてくる金吾に、天海は最高に晴れやかな、うさんくさい笑みを浮かべて両腕を広げた。
「そうですとも! ああ、金吾さんと仲良くなりたいのに、いつまでも怯えられているから素直になることが出来ないなんて、なんてかわいそうな毛利さん! いまでも戦国の世で領土を守るためにかぶっていた、冷徹な仮面を外すことができずに孤独に胸を震わせているに違いありません! そんな毛利さんの心を解かせることが出来るのは、やはり温かで美味しい鍋と気安い金吾さんのもてなししかありませんよ」
「ええ。そうかなぁ……毛利様のあれは、もとからだと思うんだけど。それに、どうして僕が毛利様にとって気安いと思うのさ」
 ずいっと金吾の鼻先に顔を寄せてきた天海が、ちょんと金吾の鼻をつつく。
「わかりませんか? はたから見れば毛利さんが金吾さんに気を許していることは、まるわかりなんですがねぇ」
 金吾の鼻をつついた指を自分の頬に当て、不思議そうにする天海に、金吾は少しそれが本当であるかのように感じ始めていた。
「ほんとに、毛利様は僕に気を許していると思う?」
「思いますとも! でなければ、あんなに遠慮なく金吾さんの背中の鍋を蹴りあげたり、足蹴にしたりなんて出来ませんよ。どんな人でも、気安く無ければ躊躇をするものです。それを、金吾さん相手には遠慮なく行うということは、金吾さんに気を許しているということですよ。もっといえば、金吾さんに甘えているのかもしれませんねぇ」
「そ、そうかなぁ」
 あの冷静沈着で動揺をするそぶりさえ見せることの無い毛利元就が、自分に甘えている。それはとても、金吾には信じがたく魅力的に感じられた。
「そうですとも。金吾さん、貴方から歩み寄ってあげなければ、毛利さんから今更どうのということは難しいでしょうからねぇ。このままでは、毛利さんは天下泰平の世であるのに、いつまでも戦の世のままの心根で寂しく過ごさなければいけなくなります。……ほら、元親さんも毛利さんのことを、心配していたでしょう?」
 そう言われて、金吾は西海の鬼と呼ばれ、毛利元就と幾度も戦闘を行っていた長曾我部元親が、会うたびに必ず元就は元気かどうかと聞いてくるのを思い出した。
「うん」
 こっくりとうなずいた金吾に、大げさに両手を広げて誘うように謳うように、天海が言った。
「毛利さんの戦を、金吾さんの美味しいお鍋で溶かしてあげようじゃありませんか!」
「うん……そうだね。うん、うん! 僕、がんばってみるよ!」
 ぐっと拳を握りしめ、眉をそびやかして力強く言った金吾に、天海はさらりと長い髪をゆらしてうれしげに頷いた。

 ごとごとと揺れていた荷車が止まり、上部に積み上げられていた大根が転がり落ちて、その下に眠っていた男の腹に落ちた。
「ぐふっ」
 しっかりと実の詰まったみずみずしい大根は、結構な質量と重量を持っていた。腹に打撃を受けた男は、ぱっちりと目をさまし飛び起きて、甲高い声で狼狽えながら周囲を見回す。
「なっ、なななななな、何が起こったのかね! 敵襲っ? 平穏な世の中になったからと、油断をした素敵紳士を狙っての、敵襲かいっ?!」
 彼の声に誰も応える者の無いことに、素敵紳士こと最上義光は自分が野菜が満載に積まれた荷車で眠ってしまったことを、思い出した。
「ううむ。我輩としたことが、歩き疲れたところに現れた荷車に御邪魔して休んでいる間に、ついうとうとと眠ってしまったようだねぇ。途中から、心地よい揺れがあったもので、すっかりと深く寝入ってしまったよ」
 ぶつぶつと言いながら、何処から取り出したのか湯気の立つ湯呑を取り出し、ずずっと一口すすり気持ちを落ち着ける。
「ぐっすりと眠りこんだので、良い心地だねぇ。さて、そろそろ帰るとしようか」
 そう言いながら、幌に覆われた荷台から顔を覗かせた義光は、外から中を覗き込もうとした金吾と思い切り額をぶつけあった。
「痛っ!」
「あ、痛たた……何だね君は」
「そっちこそ。どうして野菜を取りに来たら、知らないオジサンが出てくるのさ」
 額を手の平で押さえて、ぷっと頬を膨らませた金吾に、義光が人差し指を立て目の前で左右に振りながら片目を閉じて見せる。そうして立派なカイゼル髭を震わせながら、自分の胸に手を当てて名乗った。
「我輩は、羽州の狐! 素晴らしき素敵紳士! 最上義光というのだよ。覚えておきたまえ」
「ふうん? 僕は、戦国美食会の鍋奉行。小早川秀秋。みんな、金吾って呼んでるよ」
 ふむふむと顎をさすりながら頷いた義光が、さっと湯呑を二つ取り出し、片方を金吾に差し出した。
「お近づきの印に、あつぅうい玄米茶でもどうかね。山田君」
「僕、山田じゃないです」
 そう言いながらも受け取った金吾が、ふうふう冷まして玄米茶に口を付ける。
「ふわぁ、美味しい」
「そうだろうそうだろう。この素敵紳士の玄米茶は、格別だからねぇ」
「金吾さん、どうかしましたか――おや?」
 野菜を取りに行った金吾より少し遅れて、様子を見に来た天海が義光の姿に小首をかしげる。
「野菜と共に、妙な虫が届けられてしまったようですねェ」
「むっ、むむむむむ。我輩を虫とは、失礼じゃあ無いかね斉藤君!」
 びしりと指さして天海に文句を言う義光を無視し、天海は金吾の傍に寄った。
「おや。良い香りがしていますねェ」
「天海様。あの素敵紳士って人が、淹れてくれた玄米茶だよ」
「そうですか。ああ、なるほど」
 何かを思いついたらしい天海が、ぽんと胸の前で手のひらを打った。
「何が、なるほどなの? 天海様」
「片倉さんは、きっと金吾さんが素敵な鍋料理を作ってくれることだろうと考え、野菜を送ってくれたはずです」
 小さな子どもに説明をするような天海に、金吾がこっくりとうなずく。
「うん。片倉さんは、美味しい鍋料理を作ってくれって手紙に書いてくれていたよ」
「鍋料理をおいしくいただいた後に、欲しくなるのは何ですか?」
 ううん、と少し考えてから金吾が答える。
「おなかがいっぱいになったら、あったかいお茶を飲んで、ほっとしたいかなぁ?」
「それです!」
「えっ」
「鍋を食べた後に、ほっとする。そのためのお茶を美味しく淹れてくれる人も、片倉さんは送って下さったんですよ」
 はっとした金吾が義光に顔を向け、そっかぁと深く頷く。
「さすがは、片倉さんだなぁ」
「伊達に、竜の右目と呼ばれてはいないようですね」
 自分ではシャレのつもりで言ったらしい天海が、くすくすと笑う。そのシャレに気付かぬ金吾が、にっこりと義光に握手を求めるように手を伸ばした。
「これから、とびっきり美味しい鍋を作るから、一緒に食べよう。素敵紳士さん。その後で、美味しい玄米茶を淹れてくれるよね」
 きょとんと瞬いた義光が、すぐに得意げにカイゼル髭を抓んで撫でながら金吾の握手に応えた。
「もちろんだとも、佐藤君! 我輩の素晴らしい玄米茶を、振る舞って差し上げるよ」
「……僕、佐藤じゃないんだけど。ま、いっか! よおっし! 腕に寄りをかけて、美味しい料理を作るよ。天海様、お誘いの手紙は書いてくれたんだよね」
「もちろんですよ、金吾さん。折角なので、毛利さん以外にも元親さんや鶴姫さんにも送りましたからね。鍋が出来上がるころには、こちらへ到着をされる事でしょう」
「わあ。巫女様まで来るのなら、うんと腕によりをかけなくっちゃね!」
「我輩は、素晴らしい食後のもてなしが出来るように、この素敵な髭の手入れをしておこうかな」
 冬の名残が残る春は名のみの寒い季節に、楽しげな三人の笑い声と共に、良い香りを含んだ鍋の湯気が空へと上っていく。
「まったく――我をこのような手紙ひとつで呼び出そうとは。金吾も偉くなったものよ。まあよいわ。出向き、しっかりと身の程をわきまえるように、しつけをしてくれよう」
 天海からの手紙を受け取った毛利元就が腰を上げ
「わぁ。とっても美味しいお鍋を、ふるまってくださるそうですよ。せっかくのお誘いなので、お出かけいたしましょう」
「姫御前。お伺いをするのですから、手土産を用意していきましょう」
「ああ、そうですね。手土産には何がいいのかしら。そうだ! 孫市姉さまとお市ちゃんもお誘いして、一緒にお土産を選んでもらいましょう」
 誘いを受けた鶴姫がうきうきと出航をし
「おっ。送った魚で作った鍋を、ふるまってくれんのか。旨い酒でも持って、相伴にあずかりにいくとするか。行くぜ、野郎ども!」
 具材が足りなくなってはいけないと、魚介類と酒を船に乗せた元親が向かう。
「うふふ。もうすぐ、美味しいお鍋が出来上がるよ」
「うぅん。なんとも良い香りだねぇ、伊藤君」
「ああ、船が近づいてくるのが見えますよ金吾さん。みなさん、とっても驚かれるでしょうねぇ」
 くすくすと天海が喉を鳴らし、金吾が目の前の鍋にうっとりとよだれを垂らしながら仕上がりを待ち、義正が鼻歌交じりに襟を直す。
 新しい季節を迎える前の、食事会。
 平穏に、穏やかに、けれど騒がしく――ふんわりとほほ笑むような青空が、彼らの宴を見守っていた。

2013/02/26



メニュー日記拍手
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