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・瀬戸内・甲斐・奥州・加賀・越後
大食漢もーり  織田包囲網が成り、一端は手を組んだ武将たちが再びそれぞれの戦に身を投じる前
「このように各国の著名なものたちが一度意に介しているのは珍しい。この機会に、一度それぞれと対話をしてみたい」
 と誰かが言い出し、それに賛同する声もあがり、日を決めて簡単な酒宴を行おうという話になった。
 場所は一番中立であり、万が一の奇襲など画策できないような場所がいい、ということで白羽の矢がたったのは、長曾我部元親の要塞「富嶽」であった。
「はいはぁい、おまちどおさまぁ」
  明るい声が聞こえて、大きな皿に盛られた料理を青々とした森林のような色彩の忍装束を身につけた猿飛佐助が運んでくる。
「まつ姉ちゃんの飯は、日の本イチだからな、たっくさん味わえよぉ」
  それに、芝居小屋の役者のように派手な格好の前田慶次が続き、大きな鍋を運んでくる。
「そうそう、まつの飯は、驚くほど旨いからなぁ」
「まぁ、犬千代さまったら」
 前田夫妻が続いて料理を運び込み、すべてがそろってから場所を提供した長曾我部元親が杯を手に、全員に声をかけた。
「よぉし、全員に行き渡ったなぁ」
 ぐるり見回して、全員の手に杯があるのを確認する。
「それじゃあ。無礼講の宴会といこうじゃねぇか!」
 それを合図に、群雄たちのひとときの語らいの場が開始した。
 
「んむっ――たしかに、奥方殿の料理は、美味でござるな。佐助の料理も旨うござるが、それとはまた違った味わいにござる」
「ほんっと。ちょっとこの味付けは教えてもらいたいかも」
「そうだろそうだろ。まつ姉ちゃんの料理は、最高だからなぁ」
 わいわいと若年組が料理を口に運ぶ。
「こうして、ひとときのきゅうそくを、みなとすごすのもまた、いっきょうですね」
「こういう世に、したいものよ」
「こうして、お二方と杯を交わしあうことができる日がこようとは、思いませんでした。今は敵味方という概念は捨て、さまざまなことをご教授いただきたく――」
「ふふ――ぶすいなことをいいますね、りゅうのみぎめ」
「若いのう」
 普段は一群を率い、竜の右目と恐れられ、自国他国問わずに一目置かれる存在である片倉小十郎も上杉謙信と武田信玄の前では子ども扱いである。慣れない扱いに照れ混じりの苦笑を浮かべる彼に、彼の主である伊達政宗がニヤニヤとした視線を向けた。
「しかし、アンタが料理を作れるたぁ、思わなかったぜぇ」
 にやりとしながら箸をのばし、元親が政宗に言う。
「Ah――兵糧の研究のついでにな。悪くは、無ぇだろう」
「なんと、この料理は政宗殿が作られたのでござるか! 佐助の料理にも勝るとも劣らぬ腕前。感服いたしまする」
「Oh、真田幸村――アンタの食べっぷりも、十分見事だぜ?」
「ぬ――食べっぷりと申すのであれば、毛利殿のほうが、よほどすごいかと存じまする」
 にこりとする幸村の言葉に、全員が一斉に涼しげな顔をした毛利元就を見る。彼は、視線など全く意に介した様子もなく静々と箸を進めていた。
「おいおい、真田よぉ――毛利のどこがすげぇってんだ?」
「毛利殿は、同じ速度でずっと食べ続けておりまする。某はもう、無理でござる」
 さわやかな笑みを浮かべながら、食後の団子に手を伸ばす幸村をチラリと見て、興味を失ったように元就は杯に手を伸ばす。
「同じ速度っつってもよぉ、ちびちび食ってちゃあ、食べっぷりとは言わねぇが――――」
 なぁ、と元親が政宗に同意を求める。政宗は少し目を泳がせてから、そっと大皿を元就のほうへおしやった。それに、元就が箸を伸ばす。
「元親、毛利があけた皿がどれか、わかるか?」
 政宗の言葉に、元親が怪訝な顔をする。そこに、謙信の横に行っていた慶次がひょいと顔をのぞかせた。
「ほんと、痩せの大食いってやつだよね、毛利の兄さんはさ」
 言いながら、幸村の横に座って団子に手を伸ばす。夢吉にも分けてやりながら、言う。
「さっきから、ちょっとずつ謙信たちのところから持ってきているんだけどさ、どんどんなくなっていくんだもんなぁ」
「キキッ」
 夢吉が同意の声を上げる。改めて元親が元就の周りを見ると、空いた大皿が重ねられていた。
「ま、まさか、それ全部一人で食ったんじゃねぇだろうなぁ」
「その、まさかよ――――貴様の食に後れをとるような我ではないわ」
「いや、そういう問題じゃあ無いと思うよ、毛利の兄さん」
 頬をひきつらせた元親の問いに、得意げに答える元就に慶次がつっこむ。それに、幸村が交ざった。
「しかし、毛利殿。華奢に見えまするが、どこに入っていくのでござるか」
「全身胃袋だったりしてな」
 政宗が杯に口を付けながら言う。つまみは何も手にしていないところを見ると、普段見られない小十郎の姿を肴にしているらしい。
「貴様等のように、無駄に動き回ることで消費しているのではない。長曾我部よ――貴様の富嶽、相当に漕ぎ手が必要であろうが」
「あ、ああ――そりゃまぁ、あんだけでかい代物を動かすんだからよ」
「我はそれに匹敵する兵力を動かす為の知略を要しておる。それを行うには、十分に栄養をとらねばならぬ。すべては、我が知略の糧となるのよ」
「するってぇと、毛利の兄さんはスンゴイ知略をつくるために、いっつも頭を使い続けているから、運動しまくっている後みたいに腹が減るってぇことかい」
「ほう――貴様、ただのバカでは無かったか。――――そういうことだ、長曾我部よ」
 言い終わらぬうちに、元就の手は大福に延びる。それを呆然と眺めてから、はっとした元親が意地の悪い笑みを浮かべた。
「するってぇと、何か。知略のために、相当食わなきゃいけねぇってんなら、ずいぶんと燃費が悪ぃんじゃねぇか」
「――――何……」
 一瞬で、空気が張りつめたものに変わる。仲裁のために何かを口にしようとした慶次よりも先に、元就が口を開いた。
「貴様らごときが束になってもかなわぬほどの知略を用いるのに、この程度の食事の量で済んでいるのだ」
「この程度って、いってぇ何人前を食ってるつもりだ」
「この人数分の捨て駒ごときがより集まったとて、我が策の足元にも及ばぬものしか、浮かばぬであろうな。――貴様のような野蛮な海賊ごときには。わからぬであろうが」
「ンだとぉ」
「ま、まぁまぁ――元親、せっかくの楽しい宴会なんだから、ここはこらえてこらえて。毛利の兄さんも、機嫌なおした」
「我ははじめから、気分を害してなどおらぬ」
 フンと鼻を鳴らした元就は、慶次の差し出した大福を手に取り、ぱくりと口に入れる。
「某も、一つ、よろしいか」
「ん、あぁ――たぁんとあるんだ。どんどん、食ってくれ」
「かたじけのうござる」
「しっかし、よく食うなぁ。真田幸村」
「政宗殿は、よくお飲みになりまするな」
「Ah――あそこのオッサンどもに比べりゃあ、まだまだかわいいモンだぜ」
 ぎこちない雰囲気になりつつも、とがった空気が緩和され、慶次が胸をなで下ろす。肩の上でまねをした夢吉に笑いかけ、もっとなごやかな雰囲気にしようと慶次はせっせと食事や酒を各人に勧めながら、自分も存分に楽しんだ。
 
  宴もたけなわ、そろそろお開きに、というところで、早々に前田夫婦は元親が用意をした船室に向かう。信玄と謙信は、海より見える星空を肴に、もう少し飲みながら語ると言い、小十郎は存分に二人との会話を楽しんだ礼を述べ、膝を政宗の前にそろえた。
「政宗様、そろそろ、お休みくださりませ。ここから奥州に戻るのは、遠うございます。あまり羽目をはずされませぬよう――――」
「Ah――――いいじゃねぇか小十郎。オッサンたちがまだ起きて呑むっつうんだ。こっちが先に引っ込むなんざぁ、つまんねぇだろう」
「つまる、つまらぬの話ではございません。出立は明朝。しっかりと体をお休めいただきますよう」
「おう、政宗。いいじゃねぇか。今回はそいつの言うとおりにしてやったらよォ。また、こいつでそっちに遊びに行ってやるよ」
「旦那もほら、そろそろ休んじゃえば。もう、三日分は食べたんじゃない」
「――佐助、腹が……重い」
「まったく。戦場でそんなことだと、十分に働けないんだからね。腹八分目って言うでしょう」
「うむ、すまぬ――――立つのに、手をかしてはくれぬか」
「あぁもう、世話の焼ける旦那だよ」
「おっと、それじゃあ、俺と夢吉も、休ませてもらおうかねぇ」
「キキッ」
 賛成とばかりに両手を上げる夢吉の頭をなで、腰を上げる慶次が、微動だにしない元就に目を向けた。
「毛利の兄さん、あんたはどうする。甲斐の虎や謙信と、もう少し呑むのかい」
「我は、一人で少し思うところがある。じゃまをされずに、な」
「なんでぇ、まだ食いたりねぇとか、言うんじゃねぇだろうな、毛利よぉ」
「――――うるさい」
「いや、そうは言っても、もう、ほとんど食べ尽くしちゃったしなぁ」
「もしや毛利殿も、食べすぎて動けぬのではないのでござろうか」
 にやにやとからかう顔の元親と、困ったように頭を掻いていた慶次の動きが、幸村の一言で凍り付く。まさか、という思いを込めた視線が、憮然とした元就の顔を捕らえた。素早く、慶次と元親が視線を交わしてひそひそと話はじめる。
「ちょ、どうするよ。真田のあれ、当たっているみたいだけど」
「どうするもこうするもよォ――まさか、それでからかうのも爆笑するのも、せっかく何事もなく終わりそうな祝いの席を台無しにしそうじゃねぇか」
「あ、そこんとこは、ちゃんと自重するんだ」
 ひょいと佐助が会話に加わる。ぎょっとした二人が幸村の姿を見て政宗と何やら話をしている様子にホッとした顔をした。
「忍よぉ、主人ほっといて、いいのかよ。もし、毛利にからんで、いらねぇこと言ったら、どうすんでぇ」
「あぁ、大丈夫大丈夫。竜の旦那といっしょにいたら。それより、どうすんのさ。毛利の旦那をさ」
「下手に何か言ったら、危険そうだよね」
「あいつ、キレたら何しでかすか、わかんねぇからなぁ」
「何を、こそこそと話しておる」
 細く響く声が、三人の中に入る。憮然としているのか無表情なのか判別しかねる顔の元就に、慶次がひっきつった笑みを浮かべた。
「あ、あぁ、ちょっと、これからどっか、楽しそうなところに繰り出そうかなって相談を――――なぁ、元親」
「お、おう。たまにはよ、こう、な」
「楽しそうなところとは、いかな場所にござるか」
「あぁ、旦那は交ざらなくていいから、いいからほら、部屋に戻って寝ないと、朝の鍛錬できないよ」
「ぬぅ――――」
「それじゃ、俺様と旦那は休ませてもらうから」
「おう、ゆっくり休めよ」
「おやすみぃ。――――それじゃ、元親、俺たちもいこうか」
「おう、そうだな。じゃあな。まぁ、あんたがたは、ゆっくりしてってくれ」
「そうさせていただきましょう。かすが――――あなたももう、やすみなさい」
「しかし、謙信様」
「こんかいは、あなたに、むりをさせてしまいました。どうか、わたくしをあんしんさせるためにも、いまはやすんでください」
「ぁあ――謙信様、もったいないお言葉ですが、謙信様こそ、お体が……」
「しんぱいいりませんよ、つるぎ。わたくしのみをあんじてくれるのはうれしいのですが――――きにせずやすみなさい」
「は、はい――」
 名残惜しそうなかすがに笑顔を浮かべた謙信が、信玄に目を向ける。信玄は目を細め、互いにゆっくりと杯をかかげあった。
 信玄と謙信がゆっくりと立ち上がり、甲板にでていったのを見送る元就は、そっと表情をくずさぬまま自分の腹に手を添える。
――――我としたことが、はめをはずしすぎたか。まぁよい。誰にも気づかれてはおらぬ様子。真田の発言には少々おどろいたが、あれは気がついて言ったわけではない。……我もまだまだ、甘いということよ。
 元就が自分の青さに、ほんのりと笑んでいるそのころ、慶次と元親が彼の大食漢ぶりと満腹で動けなくなってしまったことを酒の肴にしながら夜を過ごしていることなど、元就は知るよしもなかった。
 
 
  2010/07/07


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