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・夢吉・慶次・3忍
迷子の夢吉  森のどこからか、甘い香りが漂ってくる。鼻を鳴らし、夢吉は草の陰で昼寝をしている人間の友人、前田慶次の傍を離れた。
 香りをたどって進むと、数匹の猿が木の洞を覗き込み、なにやら楽しげにしている。甘い香りは、その洞から漂ってきていた。
――いったい、何の香りだろう。
 夢吉が近づくと、気付いた猿が他の猿に言い、夢吉に向かって手招きをする。誘われるままに傍によると、洞の中に甘露があるぞと教えてくれた。本来はまずボスに教えるべきところなのだが、若い猿たちは飲んでみたい欲求を抑えられなかったらしい。どうせ怒られるのならば、一匹でも仲間を増やしたいというところだろうか。夢吉にも飲むように勧め、それではと洞に首を突っ込み、甘露を口にした。
――美味しいっ!
 夢吉の反応に、猿たちは気をよくしたらしい。俺たちが見つけたんだと自慢をしてくる。それに素直に感嘆の声をあげる夢吉に、猿たちはますます上機嫌になって、夢吉に甘露を勧めた。

 トッと軽い音をさせて、妖艶な肢体の上杉の忍――かすがが枝に飛び乗る。任務を終えた帰りに、猿が数匹転がっているのを目に留め、何か不穏なことでもあるのではと近づいた。猿たちの傍にある木の洞からは芳香があふれており、すぐに果物が発酵したものの香りだと気付いた彼女は、猿たちが転がっている理由を察した。
――酔いつぶれているだけか。
 何者かが洞に果物を隠したまま忘れてしまい、それがうまい具合に発酵をして酒になったらしい。猿たちは、それを見つけて楽しんだのだ。
 かすがは洞を確認し、甘い香りに顔をしかめる。別段何か問題がありそうには見えず、そのまま次の木へ飛び移ろうとして、動きを止めた。猿たちの中で、ひときわ小さな体つきのものがいる。それに見覚えがあるような気がして、近づいてみた。
「おまえは――――」
 しゃがみ、そっと抱き上げる。
「前田慶次が、このあたりに居るのか」
 呟き、見回すが派手な男の気配を感じない。拾ってしまったものを捨て置くわけにもいかず、かすがは酔いつぶれている夢吉を連れて戻ることにした。

 そよそよと吹いてくる風がわずかにヒヤリとしてくる。その気配に目を開けた前田家の風来坊、慶次は外見と同じくらい派手なくしゃみをして、伸びをした。
「あぁ、ちょっと眠りすぎたかなぁ。なぁ、夢吉――――夢吉?」
 常に傍に居る相棒の名前を呼んでも返事が無いことに首をかしげ、辺りを見回してみるが愛らしい姿が見当たらない。がばりと起き上がり、大声で呼んでみても響く音に返事のくる気配が無かった。
「そんな――夢吉っ」
 自分の眠っている間に何かあったのだろう。少しはなれた隙に猛禽類にでも襲われたか、猿さらいにでも連れて行かれたのか。しかしそれなら、声をあげたりするはずで、それに気付かぬほど己が眠り込んでいたとは思えない。
「けど――」
 思えないだけで、実際は深く眠り込んでしまっていたのかもしれない。
「夢吉……」
 半ば呆然と名前を呟くと、すぐに厳しい顔になった慶次は夢吉を探し始めた。

 風が心地いい。ふわふわと柔らかなものに包まれて、極楽浄土にいるような気がする。
――慶次も、ここにくればいいのに。
 浮遊感にうっとりとしながら、そう思った夢吉は閉じていたまぶたを持ち上げた。目の前に、肌の色が見える。風を受けていると思っていたのは、自分が風になっているからだと流れる景色に気付かされる。
――あれれ。
 夢吉は、首をかしげた。見えている景色は、木の上を行き交うときのそれと同じ。慶次は、木の上を移動しない。一緒に居た猿が自分を運んでいるのだろうかと思ったが、獣くささを感じない。
「きっ」
 首をかしげ、声を発した夢吉に気付いたかすがが、止まる。
「気がついたか」
 見上げた夢吉は、見知った顔に少し驚いた。
――あれ、どうしてかすがちゃんと一緒に居るんだろう。
 きょろきょろと辺りを見回す。木々の形が、自分がいた場所とは違っている。
「酔っ払って眠っていたことを、覚えているか?」
 かすがの言葉に首をかしげ、少し考えてから木の洞にあったものが酒だったのだと気付く。そして、慶次の姿が無いことにも。
「きっききっ」
「なんだ、どうした」
 身振り手振りで、慶次がいないと伝えようとする。必死な夢吉の様子に察したらしい彼女が、うなずいた。
「あの男が居ないというのだな。酒に酔っている間にはぐれたのだろう。謙信様の下へいき、あの男の実家にでも手紙を出してもらえばいい。すぐに連絡が取れるかどうかは知らないが、その小さな体で闇雲に探し回るよりはいいだろう」
 かすがの言葉に、夢吉はぶんぶんと首を振る。ぴょういと、かすがの背にある木に飛びうつった。
「あ、こら――どこへ行く…………戻りたいのか。あのあたりに前田慶次が居ると?」
 こくりとうなずいた夢吉は、別の枝に飛び移る。
「まて。眠っていて、きちんとどの方角から来たのか、覚えていないだろう。――――それに、あの付近を捜して必ず見つかるという確証も無い。危険だ」
 引きとめようと差し出された彼女の手をすりぬけ、夢吉は進む。
「あ、こら。危ない。待て――待てと言っている」
 ひょい、ちょろり、ひょい、と小回りを利かせて逃げる夢吉を捕まえ損ねるかすがは、だんだんと意地になりはじめる。
「こらっ、おとなしく――わっ、待てっ」
 あまりに夢中になりすぎて、近づく気配に気付かないほどになった彼女の目の前で、夢吉が緑の風にさらわれる。
「――っ! おまえ……」
「何やってんのさ」
 あきれた顔で夢吉を捕まえているのは、甲斐の忍――猿飛佐助であった。
「おまえには、関係ない」
「つれないなぁ。せっかく捕まえてやったってのに。で――こいつは、前田慶次の連れている猿だよねぇ? いったいなんで、追いかけっこなんてしてたのさ」
「そいつが、あの男とはぐれたらしいのだ。それで、上杉に来て加賀に手紙を出せばよいと言ったのだが、探しにいこうとして逃げ回っていたのをつかまえようと――」
「で、必死に追いかけっこしてたのかぁ」
「きっ」
 佐助に答えるように、夢吉が手を上げる。
「一緒に探してやりたいところだが、私はもどらねばならん」
「え、それって俺様に遠まわしに探せって言っているように聞こえるんだけど。俺だって、暇じゃないんだって。――あぁ、でも一緒に探せば、早く見つかるんじゃない? かすがの提案を受け入れてくれそうにないんなら、こいつの好きなように放っておくか、一緒に探してやるしか無いだろう」
「一緒に――?」
「俺様とかすがなら、すぐに見つけてやれるかもしんないじゃん。とりあえず、少しくらい小猿に付き合うくらいの心の余裕を持っておくのも、いいと思うんだけど」
 佐助の提案に、少し考えるふうにしてから、かすがは夢吉を見る。
「どうしても、上杉で待つ気にはならないのか」
「きっ」
 真剣な顔で肯いた夢吉に嘆息し、仕方が無いなと呟く彼女が、両手を腰に当てて佐助に顔を向けた。
「私は、あまり時間をとれないぞ」
「え。なんかそれ、俺様に付き合ってくれるみたいな言い方に聞こえるんだけど――――まぁ、いいか」
 やれやれと軽く肩をすくめた佐助に、夢吉が片手をあげてよろしくと言うように笑った。

 とりあえず夢吉を見つけた場所に戻ろうという話になり、かすがの案内で辺りを気にしながら天然酒造の洞を持つ木まで来たが、慶次らしき姿は見当たらなかった。少し離れた場所にある街道に目を配るため、離れて行動した佐助がお手上げというような格好をしてつぶやく。
「ぜんっぜんダメ。派手な男だから目立つだろうけど、それらしき姿は見当たらないよ」「――――そうか」
「きいぃ……」
 しゅんとする夢吉に痛々しそうな目を向けるかすがの横顔に、困った顔で頬をかいてから佐助が高く飛んだ。
「どこへ行く」
「少し足を伸ばしてみるから、しばらくここにいろ。向こうも探して森に入ったかもしれないからさっ」
 かすがの問いに、声だけが返ってくる。落ち込む夢吉のあごを指の腹で撫でて、心配するなとつぶやいた彼女は周囲に目を向け、何か手は無いものかと思案した。

 森の中をうろうろと探す佐助の目に、わずかに人が踏んだ跡のある草が映った。傍におりて草の折れ具合を確認し、真新しいそれに頷き周囲の気配を探る。他に人の踏んだあとは無いかと目を配る佐助の耳に、風を切る音が届いた。
「っ!」
 とっさに前に飛んだ佐助の後ろ髪を、鋭いものが掠める。振り向きざまクナイを投げると、金属音がしてはじかれたことを知った。
――――何者だ。
 草の踏み跡は罠だったのかもしれないと舌打ちし、すぐに体制を整えて針のように神経を研ぎ澄ませる。しんと静まり返った森に、空気が裂かれる悲鳴が聞こえた。短い笛の音のような息を出し、佐助が得意の獲物で身構える。受け止めたものは脇差で、それを握る相手には見覚えがあった。
「北条の伝説の忍がなんで、こんなところに居るんだよっ」
 ギィンと鉄が弾く音と佐助の声が重なる。伝説の忍――風魔小太郎は無言のままに佐助を攻める。
「ちょっと――こんなの想定外だってば…………ウチに迷惑がかからないんだったら、ソッチの仕事を邪魔するつもりなんて無いよっ」
 佐助の手裏剣を刀の先で受け止めた風魔から怪訝そうにしている気配を感じ、佐助が畳み込むように言う。
「本当だって。俺様、給料分以外は働くつもりなんて無いし。ウチに迷惑かかるってんなら、話は別だけどさ。そうじゃないなら、もう、ぜんっぜん邪魔しないから。それに俺様、人を探していて、アンタの相手をしている場合じゃないんだよね」
 風魔の手が緩み、拮抗していた刃物が下がる。
「小猿が迷子になっちゃってさ。前田の風来坊を探しているんだけど、この辺りで姿を見ていたら教えてくれると助かる――――なんて、知るわけないか」
 へらりと笑った佐助の顔をしばらく眺めてから、風魔の手が佐助の右方向を指す。それに目を丸くして、佐助が問うた。
「えっ――――もしかして、見たの? ほんとに」
 ひとつうなずき、風魔の姿が掻き消える。意外そうな顔で頬を軽く掻いてから、佐助の姿も立ち消えた。

 佐助と風魔が出会う少し前、慶次は森の中をうろうろと彷徨っていた。夢吉を探しに出たはいいが、手がかりもなにも無い。元居た場所には、念のため懐紙で紙縒りを作って傍にあった木に印をつけてきた。万が一、夢吉が戻ってきた場合に備えての伝言のようなものだ。
「ダメだぁ。やっぱ、闇雲に探してみても、見つからないなぁ…………おぉおおおい、夢吉ぃいいいいい! あ、そこの鳥ぃ、夢吉を見なかったかい? これくらいの小猿で――って、あぁ、行っちゃった。まぁ、わかるわけないか」
 全身で落胆を示し、すぐに胸を張りなおして大声で夢吉の名前を呼びながら歩き出す。その姿を、木陰にまぎれて風魔が見ていた。

 佐助が去って、不安そうな夢吉につられたように、かすがも浮かない顔をしていた。木の上で座り、あるかなしかの風を受けながら森の奥を見つめる。
「――――すまないな」
 ぽつりと落とされたつぶやきに、夢吉が顔をあげる。
「もし私が、謙信様と離れ離れになったらと思うと、引き裂かれそうに――痛い。おまえとあの男の関係は違っているのだろうが、似たような気持ちでいるのではないか」
 痛そうに歪められたかすがのほほに、夢吉がそっと心配そうな顔で手を伸ばす。
「すまないな。慰める立場の私が、慰められるなど――――」
 くすりと笑う彼女に夢吉も笑顔を見せて、共に空を見上げる。木の葉の合間から覗く空は、遠いようにも近いようにも思えた。
「おぉおい、夢吉ぃ、かぁすがちゃぁあん」
 遠くから、声が響いてくる。かすがも夢吉も同時に立ち上がり、声のしたほうをみると走ってくる派手な男と草木を模倣した衣の男が見えた。
「見つけたのか」
 すぐさま飛び降りると、かすがの肩から慶次へと夢吉が飛ぶ。それを両手で受け止め、安堵の笑みを浮かべる慶次が表情と同じ声を出した。
「あぁもう、心配したんだぞ、夢吉ぃ」
「ききっ」
 再会を喜び合う姿に、かすがも薄く笑みを浮かべる。その横に立ち、頭の後ろで腕を組んだ佐助が甘やかすような声音で言った。
「やれやれぇ。まったく――人騒がせな。ま、無事見つかって安心したろ」
「べ、別に私はどうでも良かったんだがな」
「ふうん?」
「なんだっ」
「べっつにぃ」
 にやつく佐助にツンと顔をそむけて、かすがが飛ぶ。
「用は済んだから、私はもう戻るぞ。任務の途中だからな」
「俺も、早いところ戻って報告しなきゃなんないことがあるから、帰るとするわ。もうはぐれたりするなよな」
「ききっ」
「すまなかったな、二人とも。恩に着るよ」
 ぺこりと頭を下げる夢吉と慶次に笑みを向け、忍たちは森に消える。
「――――俺たちも、行くとしようか」
「ききっ」
 街道に足を向けた慶次の肩で、夢吉は甘い芳香を放つ洞をちらりと見上げてから、きゅっと慶次の首にしがみつく。安心させるように夢吉の頭を撫でて、一人と一匹は森の先へ抜けた。


2010/07/27


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