団子でも食べに行こうかと誘われ、かすがは慶次と並んで街道を歩いていた。 乗り気でいるわけではない。 断りを入れるも引き下がらない慶次に、根負けをしたような感じだった。「謙信にお茶を入れるときにさ、旨い茶請けがあったほうが良いと思うだろ」 その一言で、かすがは腰を上げることになった。「あぁ、ほんっと、いい天気だよなぁ。絶好の散歩日和ってねぇ」「私は別に、おまえと散歩をしたくて来たわけではない」「わかってるって。謙信の茶請けが目的なんだろ」「でなくば、貴様とこうして茶屋になど……本当に、旨いんだろうな。その団子は」「ほんと、絶品なんだって。お染ちゃんとこの団子はさ。お染ちゃんも可愛いし――――」 じろりと向けられたかすがの視線を、苦笑で受け止めた慶次が前方を指差す。「ほら、見えてきた」 少し歩幅が大きくなった慶次の背中に、物言いたげなかすがの視線が突き刺さる。それを撥ね飛ばそうとするかのように、店内に向けて大きな声を上げた。「お染ちゃんっ、とびっきり旨い団子を包んでくれよ」 はあいと軽やかな声が返ってきて、お染とおぼしき娘が顔をだす。慶次と、その後ろに憮然とした顔をしているかすがを見て、おやという顔をした後すぐに意味深な笑みを浮かべた。「なっ、違う――違うぞ。私は別に、この男のことなど、なんとも思ってはいない」 視線の意味を察したかすがの言葉に、お染はさらに意味深な笑みを確信に変えた。「お前も、何か言え前田慶次」「えぇ――何かって……わざわざ違うって言うのも、おかしな気がするんだけど」「私は、おまえと恋仲だなどと勘違いされたくない」「うっわ、なんかちょっと、その言い方傷つくなぁ」「ずいぶんと、テレ屋さんな恋人なんですねぇ」「違う!」「ふふ、そんなにムキにならなくても」「あぁ、ホントに違うから。かすがは、俺様と筒井筒の仲だもんな、なんてね」 ひょこり、と顔をだした男の姿に目を丸くするかすがを他所に、慶次は人懐こい笑みを浮かべる。「やぁ、アンタも来てたのかい」「ちょっと、こっちに来る用事があったからね」「なんで、おまえが此処に居る」「だから、用事があったんだって言っただろ。軍神に手紙を届けに来たんだよ」「謙信様に? 甲斐の虎からか」「おっと、そんなんでいちいち嫉妬すんなよ。まったく……」「嫉妬って……お殿様の事が好きなの?」 かすがと佐助のやりとりに、お染がおずおずと、だが興味津々な顔をして入ってくる。大きな瞳を好奇に輝かせながら見つめてくる姿に、軽くのけぞるようにしながらうなずくと、花が咲いたようにお染は頬に朱を広げ、胸元で両手を握り締めた。「甲斐の虎って、武田信玄っていう御殿様よね。上杉のお殿様とは好敵手の間柄っていうんでしょう? その人からの手紙にも、嫉妬しているのね!」 声が高くなった彼女の様子に、助けを求めるような目を慶次に向けると、軽く笑った彼は肩に居る夢吉に話しかけた。「お染ちゃんは、恋の話が大好きなんだよな」「ききぃっ」 同意をする小猿の姿に、どうやら助け舟は出ないらしいと悟ったかすがは、気を取り直すように咳払いをして何かを期待しているような姿のお染に、ことさら固い口調を向けた。「私は、あの方の剣だ――――それ以上でも、それ以下でもない」「? どういう意味か、わからないんだけど、御傍に仕えているってことかしら…………そして貴女はお殿様が大好きで、好敵手に嫉妬をしているのね」 ざっくりとした解釈を間違っているとも、そうだとも言えずに居るかすがをお染はどう捉えたのか、肩をすくめてはしゃぎだした。「素敵っ、いいわぁ、すっごく可愛い! 好きな人の好敵手に嫉妬をするなんて、すっごく可愛い」 ぎゅっと手を握り締めて上気した頬と瞳で見つめてくるお染に、かすががたじろぐ。「な、何を言っている」「でも、いちいちそれで嫉妬していたら、身がもたないような気がするんだけどな」 ぽそりと呟いた佐助の言葉に、キッと鋭い瞳を向けたお染は人差し指を向ける。「ぜんっぜんわかってないのね! 好きな人の好敵手って、恋する女からしたら、最大の敵なんだから」 責められる等、想像もしていなかった佐助が目を丸くするのに、慶次と夢吉は腕を組み、訳知り顔でうなずいている。「恋する女は、好きな人のすべてを独占したくなるってね」「そうっ、それよっ!」 我が意を得たりと、お染は慶次に笑顔を向けると、自分を抱きしめるようにして天を仰いだ。「傍に居て、手の届くところに居る愛おしい方が目の前で誰かに心を奪われて現を抜かしている姿なんて――――あぁ、なんて苦しいんでしょう」 芝居がかった仕草に、かすがと佐助が理由を求めるように慶次を見ると、さらりと応えられる。「お染ちゃんは、芝居や物語が大好きだからさ」 納得したらしい二人に笑いかけ、馴れた様子でお染に声をかけた。「お染ちゃん、それでさ、嫉妬をしているかすがちゃんは、早く謙信のところに戻りたいと思っている、とは思わないかい?」 はっとした彼女が頷いて、かすがに頭を下げる。「ごめんなさいっ、気づかなくて! そうよね。まってて、すぐにお団子包んであげるから」 大急ぎで奥に引っ込んだかと思うと、大きな包みを抱えて戻ってきたお染が、かすがの胸に押し付けるように渡し、くるりと彼女の体をまわして背中を押した。「さ、早く帰って! 早く、愛しい方のところに行って」「いや、その……」「御代はツケでいいわっ! ほら早く」「あ、ああ……そうする。すまない」「いいのよ。がんばって」 ぐっと肩の辺りで両方のこぶしを握り締めるお染を見、慶次を見ると頷かれたので、かすがは軽く地を蹴り、団子が冷めないうちに戻れるほどの速度で離れた。それを見送った慶次が懐に手を入れて、御代は払っておくからと言う。なんだかよくわからないが、ちょっとした騒ぎのようなものは終わったのだと理解した佐助が、俺様も帰りますかと団子を要求すると、少し首をかしげたお染が言った。「早く帰してあげたかったから、先にぜんぶ、彼女に渡しちゃったわよ」「えぇっ、全部って……俺様、けっこうな数を頼んだと思うんだけど――――」「仕方が無いじゃない。恋する乙女は少しでも長く、愛おしい人の傍に居たいと思うんだから」「俺様も、早く帰りたいんだけど」「うん、すぐ作るから、待っていてね。その間、女心がわかっていないみたいだから、私がいろいろ教えてあげる」「えぇっ」「あはは。ま、たまにはこういうのも、いいんじゃないかい? 俺も付き合うからさ」 何かを言いかけた佐助の唇が、まあいいか、と動いて床机に腰を下ろす。その隣に腰掛けた慶次が、話を聞く前にお茶がほしいと注文し、自分の分も淹れて来ると離れたお染の背中を見送ってから、空に向かって話しかけた。「たまには、こういうのも、いいんじゃないかい」 大きく息を吐き出しながら空を見上げた佐助は、ぽかりと浮かぶ雲に声をかける。「平和だねぇ」 暢気そうに、雲はゆっくりと空の上を歩いていく。見るともなしに眺めている二人の前に、楽しそうな顔のお染が茶を運んできた。「それじゃ、私が知っている、とっておきの恋のお話、してあげるわね」 たまには、そんなひと時も………………2011/03/25