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双竜
 その夜は、遠く近く猫が叫んでいた――
 早朝から畑仕事をして戻った小十郎は、数人が屋敷の下を覗き込んでいるのに目を留めた。首をかしげながら近づくと、小十郎に気づいた一人が立ち上がり、頭を下げる。
「チュッス、片倉様」
 それに続き、その場に居た全員が頭を下げて挨拶する。それに片手を上げてこたえ、皆が覗いていた場所へ目を向ける。
「何か、あるのか」
「あ、たいした事じゃ無ぇんスけど、コイツが下に何か居るっつって――」
「で、何か居たのか」
「居るような、居ないような。よく、わかん無ぇんです」
「――何だそりゃ」 「何かはあるんスけど、暗くてよく見えネェんです」
 怪訝な顔で、小十郎も覗いてみる。黒い塊があるのが見えた。
「オレぁ、でっけぇクソだと思うんスけど」
「ばか野郎。あんなでっけぇクソする奴が、この下に居るわけねぇだろう。低くていけねぇ」
「どっかの誰かが忍び込んで、したくなったのかもしんねぇだろ」
「何だそりゃ。バカかテメェ」
「あぁ?! 誰がバカだコラ」
「うるせぇぞ、テメェら」
 頭上で始まりかけたケンカに、冷たく鋭い声を投げる。
「だって片倉様、コイツが――」
「下らねぇ事言ってんじゃ無ぇ。クソかどうか、確かめりゃあすむ事だろうが」  言うが早いか潜り込む小十郎に、皆があわてる。
「か、片倉様ッ」
「そんな、片倉様がしねぇでも」
「呪いの何かだったら、どうすんスかッ」
「片倉様ッ」
「片倉様ァ」
 わあわあと騒ぐ声を無視し、進んでいく。それの正体を知った彼は目を丸くし、そっと確かめるように触れてから両手で包むようにし、戻る。這い出て顔を上げると、縁側の上から政宗がしゃがみ、覗き込んでいた。
「政宗様。おはようございます」
「おう」
「何故、このようなところで?」
「騒がしいからに、決まってんだろ」
 政宗の視線が小十郎の手に移る。そっと掌を開いて見せながら、小十郎が言う。
「まだ、生きています」
 そこには、黒い子猫が居た。乾いたへその緒がついたままの子猫に、政宗が手を伸ばす。
「ちいせぇな」
 覗きこむようにしながらつつき、かすかなぬくもりを確かめる。
「とりあえず、へその緒を切りましょう。それから――」
 首を回し、小十郎の手を覗き込もうとしている面々に声をかけた。
「テメェら、ぼさっとしてねぇで動物のことに詳しい奴でも探して来い!」
「ヘ、ヘイッ!」
 散っていった背中に向かってため息をつき、政宗に向き直る。
「政宗様、今日の朝議は――」
「Ha! 中止に決まってンだろ。あぁ、このちっせぇのを議題にでもするか」
 ニヤリと笑む政宗に、小十郎が柔らかい笑みを浮かべた。

 草の茎を使い、馬の乳を子猫の口元へ持っていく。ピクと小さく動いた黒い塊が、草の茎を咥えた。
「おおっ」
「飲んだ飲んだ」
「すげぇ」
 小十郎が子猫に乳を与えるのを囲むように眺めるものたちの目は、きらきらと輝いている。
「次、オレ! オレにやらせてください」
「あ、オレもしてぇっス!」
 騒ぐものたちを目で黙らせる小十郎。その様子に苦笑した政宗が言う。
「オイオイ、あんま騒ぐなよ。色んな奴にいじくられるのは良くねぇんだろ。ちっせぇのの世話は小十郎にまかせて、テメェらは別のことしてろよ」
「でも、筆頭」
「オラ、ちっせぇのが納まるような、寝床によさそうなモン探してくるとかよ」
 政宗の言葉に、小十郎の視線でシュンとしていた面々が顔を輝かせる。
「よっしゃあ! サイッコーの寝床を探して来やすぜ」
我先にと飛び出してく背中を見送り、小十郎と政宗が同じタイミングでため息をつく。小十郎の手の中で子猫が訴え、彼は口に咥えた茎に乳を吸い上げ、子猫に与えた。頬杖をついてそれを眺める政宗が、口を開く。
「そうやってっと、母親らしく見えるじゃねぇか」
「ご冗談を」
「本気だぜ?」
 にやりと、本気とも冗談ともとれない顔をする政宗になんともいえない顔をして、子猫の体を拭く。小十郎の掌で転がるように動いていた子猫は、やがて規則正しい呼吸を繰り返し、動かなくなった。眠った子猫に、二人が目を細める。しばらくして、騒々しい足音が聞こえてきた。
「筆頭! 片倉様ァ!!」
 スパァンと勢いよく襖が開く。 「静かにしねぇか、テメェら」
 気持ち小声で怒鳴る小十郎の下に、嬉しそうな顔がなだれ込んでくる。眉間にしわを寄せた小十郎の前に、小ぶりな籠が差し出された。
「ちょうどよさそうなモン、見つけて来やしたぜっ」
 飼い犬が主人に褒めてもらいたそうな様相で籠を手にした者が言う。静かに、ともう一度言いかけた口を閉じ、小十郎が口を開く前に政宗が言う。
「Good! なかなか良さそうじゃねぇか」
「――ご苦労だったな、テメェら」
 小十郎が僅かに眉間にシワを残したまま笑顔で言うと、早く使ってくれと催促をしてくる。籠を受け取り布を引き、子猫を入れるとあつらえた様にぴったりと納まった。それに、自慢げな顔をする者たちに、今度は政宗がねぎらいの言葉をかけた。
「ちいさいっすねぇ」
「起きちまうから、静かにしとけよ」
 床に置かれた籠に、全員が顔を突っ込むようにして子猫を眺める。夢中になっているものたちの背中に、小十郎が柔らかい苦笑を浮かべ、その様子に政宗が笑んだ。
「で、どうすんだ」
 政宗に、小十郎が体を向ける。
「ずっと面倒見るには、無理がある」
 その言葉に。全員が顔を上げた。
「そんな、筆頭ォ」
「こんなちぃせぇの、ほっとけませんぜ」
「どういうことスか」
「冷てぇっス」
「Shut it Up!! 誰もほうっておくなんざぁ、言ってねぇだろ」
「んじゃ、どういうことなんスか」
「静かにしねぇか」
 小十郎の一言で、皆がビクリと体を硬直させ、止まる。鋭く皆を見回してから、改めて政宗に向き直り、小十郎が頭を下げた。
「夜になったら、元の場所へ返します」
「戻すって、片倉様……」
 抗議の声が上がったほうへ顔を向ける。小十郎が言う前に、政宗が静かに言う。
「難産の猫が走り回って落としちまったって話だったろう。置いときゃ、母猫が迎えに来るかもしれねぇ」
――そうだろう?
 瞳が発した言葉に小十郎は頷き、他の者たちは眠る子猫に顔を向ける。
「だが、昼間は来そうに無ぇからな。今日一日はHolidayってコトで、こいつに振り回されても、いいんじゃねぇか」
 わぁっと笑顔になる者たちにため息をつく小十郎。政宗がニヤリと笑う。
「仕方ありませんな」
 しぶしぶ、といった口調の小十郎は少し楽しそうに見えた。

 日没とともに、政宗と小十郎は子猫を拾った場所へ行き、軒下ではなく屋敷の壁近くへ籠ごと子猫を地面に下ろす。縁側に座して、無言で時を過ごしていると、二つの光が現れ、あたりを伺うそれが子猫へと注がれた。それは足音も無く子猫に近づき、確かめるように匂いを嗅ぐと、子猫を咥えて現れたよりも早く闇に姿を消した。
 気づかぬうちに緊張していた体に、どちらともなく笑みを浮かべて息を吐き、闇の向こうの命に目を向けた。
「――寂しいか」
「は?」
「丸一日、ずっと世話してたんだ。情くれぇ沸くだろう」
 まっすぐに闇を見据える政宗の横顔に目を伏せ、同じ場所に視線を向ける。
「政宗様こそ――」
「Ah?」
「ずいぶんと、気にかけておいでのようでしたので」
 横目で小十郎を見る。薄い笑みを唇に乗せ、立ち上がりながら片手をひらりと振った。
「オレは寝る。お前も、もう休め」
「は」
 去る政宗の背中を見送り、もう一度闇に視線を向けてから、ゆっくりと立ち上がる小十郎。二人の立ち去った場所に、やわらかな月光が蒼を描いていた。


−了−
2009/07/12



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