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奥州
  さらさらと木の葉が歌う中に、風を切る音がする。
「ふっ」
 鋭く短い息を吐き、政宗は剣を振るう。熱を発する体を冷やすように、静止すると瞬時に包み込んでくる冷気が心地いい。しかし、それは汗を抑えるほどではなく、政宗の髪はしっとりとした艶色に染まっていた。彼の放つ気配に、年頃の娘のように木々が葉をほんのりと染めている。薄く高い空に、ぽかりぽかりと浮かんだ雲は、綺麗に並んでいた。
「ひゅっ」
 政宗の吐く息と剣が、混濁する季節を切る。
「政宗様」
 声をかけられ、静かに目を閉じ気持ちを柔らかくしてから振り向くと、畑から収穫してきた野菜を籠に乗せた腹心であり兄のようでもある片倉小十郎が笑んでいた。
「おう」
 刀を収めると、小十郎が横に立つ。
「すっかり、秋めいて参りましたな」
「Ya」
 言いながら、小十郎の肩にある手拭いを取り汗を拭う。
「まっ、政宗様」
「あぁん?」
「新しいものをご用意致します」
「いいじゃねぇか別に。細かい事ァよ」
「しかし――――」
「あ、筆頭、片倉様ァ」
 言い掛けた小十郎の言葉を、のんきな声が遮る。見ると、孫兵衛が釣竿を振り回していた。他の三人は手を振りながら、小走りにやってくる。
「おう、何やってんだ」
 声をかけながら、彼らの手にある釣竿と魚籠を見る。そこにはまだ、何も入っていないようだった。
「これから、鮎を釣りに行くんスよ」
「筆頭も一緒に、どうっスか」
「――――鮎か」
「政宗様」
「小十郎、来い」
 笑う政宗に、四人は滲む笑顔を、小十郎は困惑顔をした。
「しかし――――」
「せっかくだ、たまにはいいだろう」
 なぁと四人に目線を向ければ、四人は小十郎にすがるような顔をする。さぁどうすると問いの笑みを浮かべる政宗に、ため息をついて小十郎が言った。
「承知」
 わぁっと四人が手を上げて、二人を取り囲む。
「孫兵衛が、いいトコ知ってるらしいんスよ」
「早く行きましょう」
「ちょっと待て、オマエら。政宗様に着替えをしていただかねぇと、風邪を召されるだろうが。俺も野菜を持ったままじゃ――」
「いいじゃねぇか」
「しかし政宗様」
「行くぜ」
 歩きだす政宗に、小十郎は野菜を抱えたまま同道することになった。

 孫兵衛らに案内されて到着した場所は、大小の石が転がっている清流のほとりで、四人は早速石を転がし虫を集めはじめた。石の間に刀を突き立て、政宗が袴の裾を腰に止める。同じように虫を捜し出す彼に、野菜を置いて小十郎は声をかける。
「政宗様、闇雲に石を転がしても見当たりません。虫のよく居そうな場所を狙うのです」
「居そうな場所?」
「そうですね、例えば――――」
 あたりを見回し、わずかに落ち葉のある土の傍に寄った小十郎が大きめの石を動かす。その下を見た政宗は、口笛を吹いた。
「大量だな」
「何事も、狙いを定めて行えば、早く済みます」
「OK、小十郎」
 頷いた政宗が、釣り餌の虫を次々に捕まえ、十分すぎるほどに集まったそれを使い、川に竿を向ける。文七郎が政宗に竿を貸し、孫兵衛が狙い場所を告げる。
「OK」
 ひゅっと竿を振って川に針を入れる。さわさわと川と風が鳴るのを聞きながらアタリがくるのを待つ政宗を、全員が真剣な顔で見守っている。
 しばらくして、政宗の手に小さな反応があった。見ると、竿の先がしなっている。
「筆頭、まだ我慢っスよ」
 小声で言われ、無言で頷く。こつん、こつんと探られている手応えに集中する。やがて、それがグンと強いものに変わった。
「筆頭オォ!」
「っしゃあァ!」
 一気に竿を引き上げると、その先に銀に光る鮎の姿があった。大将首でも取ったかのような騒ぎで四人が喜ぶのを、魚籠を政宗に差出しながら小十郎が言う。
「静かにしねぇか。魚が逃げちまうだろ」
 ピタリと止まった四人が、恥ずかしそうに笑うのを柔らかな苦笑を浮かべて見ながら、政宗の竿から鮎を外し、魚籠に入れる。
「なかなか良い鮎ですな」
「Ya、旨そうだ。――――小十郎」
 言って政宗が竿を小十郎に差し出す。
「いえ、私は――――」
「片倉様は、俺のを使って下さい」
 辞退しかけた小十郎に、孫兵衛が竿を渡す。
「オマエは、どうすんだ」
「俺は、茸を探してきます! うんとデカイの取って、ビックリさせますぜ」
「俺ァ栗を拾って来やすっ」
「あ、じゃあ俺アケビとか柿とか……」
 それぞれが鮎とは違う獲物の名前を口にして、竿を置き去りワァワァと騒ぎながら山に入る。
「あ、おいっ――――ったく、仕方の無ぇ」
 腰に手を当て呟く小十郎の横で、政宗が喉を震わせる。
「クックッ――――こうなったら、あいつらが目を剥くぐらい釣ってやろうぜ」
 ニヤリと笑む政宗に、似た笑みを浮かべて小十郎が答えた。
「承知致しました」
「さぁて、いっちょ釣ってやるかぁ」
 気合い十分な政宗を、豊穣な秋の風が包み込んだ。

 土まみれの枯葉まみれになった四人が、魚籠やら服の袖や裾をたくしあげて包みにした中に、とりどりの秋の味覚を詰めて戻って来る頃、政宗らもまた秋の味覚で魚籠をいっぱいにしていた。
「筆頭、すっげぇ」
「俺だって、負けて無ぇっス」
 川原に収穫してきたものを広げ、どんなふうに採ってきたのか口々に手柄を話す四人に、政宗が呆れた微笑を向ける。
「一気に喋ったって、わかんねぇだろうが」
 小十郎が注意をしても、一向に止む様子が無い。そのうち良直が、手頃な石を輪に並べだした。
「せっかくだから、釣りたてのうちに食べましょうぜ」
 彼の提案に、じゅるりとヨダレを飲み込んで両手をあげて賛成をする孫兵衛が、早速手頃な薪を探してくると走り、こういうこともあろうかと火打ち石なら持ってきたと左馬助が帯の隙間から取り出す。でかしたと手を打った文七郎が、小刀を取り出して孫兵衛の集めてきた小枝を串型に削る。
「おい、何――――」
「いいじゃねぇか」
「しかし」
「たまには、な」
 政宗の横顔に侘しさを見て取り、小十郎は口をつぐむ。
「片倉様、片倉様の茄子やらなんやらも焼いて良いっスよね」
「ん、ああ――――そりゃ構わねぇが」
 よっしゃと手を伸ばした孫兵衛が、次々に串になった枝に収穫したものを刺し、即席の囲炉裏の周りに並べていく。爆ぜる火に、ぽいと良直が栗を入れ、すかさず左馬助が頭を叩いた。
「ってぇ――――何しやがるっ」
「栗を適当に投げ入れる奴があるかよ、馬鹿野郎」
「政宗様、危のうございます」
 すいっと政宗と囲炉裏の間に入る小十郎に、政宗が怪訝な顔をする。
「じきに、わかります」
 しばらくして、鮎や茸、野菜が良い香りを漂わせ始めた。
「なんだよ、ワケわかんねぇな」
 ぶつぶつと文句を言う良直と、香りに誘われた孫兵衛が焼けた串に手を伸ばした瞬間、パァンと鳴って囲炉裏から何かが飛び出した。
「イテッ、熱っ――――」
「ぶがっ」
 飛び出したものが、良直の額に当たり、たてがみのような髪にめり込む。孫兵衛は鼻を下から弾かれて、大きく仰け反った。それを合図に次々と火の中から飛び出してくるものに打たれ、二人は逃げた。
「ほらみろ」
 左馬助が言い、文七郎がオロオロと飛び跳ねる二人を眺める。きょとんとしている政宗に、飛び出したものを拾い上げた小十郎が笑う。
「さるかに合戦ですな」
 差し出されたものを受け取ると、ほくほくと焼けた栗があった。
「Ha」
 短く笑い、栗を剥いて口に入れる。ほっこりとした温かさと甘味に目を細める政宗に、逃げていた良直が自慢気に胸を反らした。それを見た三人が、我も我もと自分の採ってきたものを政宗に差し出す。
「こら、そんないっぺんに政宗様の口に入るわけが無ぇだろうが」
 小十郎の肩を叩き、一歩前に出た政宗が全員の顔を見てから口を開く。
「最高のMealを、いただくとしようじゃねぇか」
「政宗様」
 囲炉裏に進み、こんがりと焼けた茄子を手にして政宗が笑う。
「炭になっちまうぜ」
「そんなの、勿体無いっスよ」
 孫兵衛があわてて焼けているものを片っ端から取って食べ始める。
「あ、何一人で食ってんだよテメェ」
「うっめぇえ」
「片倉様も、ホラ」
 全員に笑顔を向けられて、小十郎は軽く肩をすくめてから笑い、手を伸ばした。

 腹もくちくなり、食べ切れなかったものを抱えて意気揚々と帰路を進む四人の背中を見ながら、政宗と小十郎が歩く。
「まったく、子どもとかわりませんな」
 そういう小十郎の顔は、柔らかい。
「小十郎」
「は」
「あれも、俺の命――なんだろう」
 片方の口の端だけを上げて笑う政宗に、はっとした顔のあと、すぐに静かな笑みを浮かべる小十郎が言葉の裏にあるものに応える。
「承知」
 さわさわと木の葉が歌う。しゃらしゃらと小川が奏でる。しずしずと現れる季節が問答無用に全てを染める。変わるもの――守るもの――残すもの――残したいもの――――それらを包む風が、政宗の瞳に舞っていた。


−了−
2009/09/21



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