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優しい鬼が
  恋をしたら食が細くなるなら、これはきっと恋じゃない。
 好きな人の前に居たら、食べ物が喉を通らないと言うなら、私はこの方を好きじゃない。
 優しい鬼を、好きじゃない――

 久しぶりに帰ってきた元親様は、いつものようにお宝を見せながら皆――それこそ、老若男女問わずここにいる皆と大宴会を始めた。海に出た男たちが、どんな航海だったかを語り、元親様の武勇伝を語り、恒例のアニキ大合唱を行う。元親様は本当に楽しそうに――もちろん他の皆もだけど――笑って盛り上がる。子どものような顔で笑うのを見ながら、どこが鬼なんだろうと何度も浮かべてしまう疑問を、今日もまた思いながら酒の追加を取りに、宴会場を立った。
 洞窟を利用して作られた砦は、真夏の夜でもひんやり涼しくて気持ちがいい。
「よいしょ」
 酒の入った小さな樽を持ち上げて、女一人でも運べるようにと元親様が用意してくれた荷車に乗せる。小さな荷車は本当に便利で、愛用していた。
「ああ、アンタも取りに来たの。ぜんっぜん足んないから、早く持ってお行きよ」
 後から来た者も、小さな荷車を引いている。
「お酒だけでいい?」
「他の誰かが用意しに来るよ。それよりほら早く」
 楽しそうな顔で急かされて、私は急いで宴会場に戻った。
「おう、きたきた!」
 戻るとすぐに、あっちだあっちだと言われて荷車を引きながら私が止まった場所は元親様の横で――
「早くアニキに酒を」
「ほらほら」
 かかる声。元親様が笑顔で杯を私に差し出してくる。こんなに近くに居るなんて初めてで、どうしていいのか分からない。緊張しすぎて、早く元の場所に戻りたくて、私は急いで元親様の杯に酒を注いだ。
「アニキが手酌なんて、いけねぇや」
 そんな声がかかり、私は元親様の横に座らされてしまった。間近に見る元親様は大きくて力強い。けれど、威圧感は無くて優しい。
「お前も呑め」
 杯を渡される。楽しそうな元親様。まともに顔が見られなくて、私は一気に飲み干した。
「おっ、なかなかいい呑みっぷりじゃねぇか!」
 上機嫌の元親様が、気に入ったと膝を叩く。元親様の杯が空で、私はすぐに酒を注ぐ。談笑している元親様を横目で見ながら、高まる心音を誤魔化したくて、緊張していることを悟られたくなくて、私は目の前にある料理にどんどん手をつけた。
「食いっぷりも、いいじゃねぇか」
 ニッコリとする元親様を半ば無視するように、杯の状態は気にしながら、私は限界が来るまで色々なものを口に運んだ。
「あ…………」
 酒を注ごうとし、樽が空なのに気付く。女の手で運べるくらいの大きさだから、無くなるのは早くて当然で、いつもなら面倒だからもっと力が欲しいと思うけれど、今日は減りが早いことに感謝する。荷車を引いて宴会場を出て、すぐに酒を取りに行かず、外が見える場所に行った。
 夜風が気持ちいい。限界以上にお腹に入れて、気持ちが悪くて、少し休んでいこうと座った。
 今ごろ、元親様の傍には別の誰かが座って可愛らしく酌をしているのだろうか。そう思うと、心臓が締め付けられた。
――月が、とても綺麗。
「大丈夫か?」
 仰向けに転がった私に、声をかけながらヒョイと覗きこんできた人が居る。それが元親様だと認識した瞬間、私は金縛りにあった。
「長いこと戻って来ないからよ。あんまり無茶して呑むんじゃねぇぞ」
 心配で、来てくれたんだ。体の真ん中から広がる喜びを感じながら頭で否定する。元親様は皆の事を気に掛けていて、私だけが特別なんじゃない。視界いっぱいの元親様の表情は、いろんな人に向けられているもの。勘違いをしちゃいけない。
「どうした」
 頭上でしゃがみこむ元親様に大丈夫ですと答えると、そうかと笑顔で言って私の横に座る。
「風が気持ちいいな」
 真っ直ぐ前を見つめる横顔に――眼帯で半分覆われている横顔に、私は笑みを浮かべる。そして、気付いてしまった。目を逸らしていた自分に、気付いてしまった。
「じゃあ、オレは戻るからよ。あんま無理すんじゃねぇぞ」
 どれくらい無言で傍に居てくれたんだろう。ずっと続くんじゃないかと、いつの間にかそう思っていた自分に気付く。元親様は立ち上がり、私に笑いかけて去って行ってしまう。
――行かないで
 そんなこと、言えるはずもなく背中を見送る。
「元親様」
 姿が見えなくなる直前に、口の中で小さく――心の中で強く、伝えた。
「貴方が、好きです」
 もう、誤魔化せない。
――私は、優しい鬼が、好きです。

2009/07/15



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