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月に祈りを
  月が、とても眩しい時があるなんて、知らなかった――――

 祭の日、私は一人だった。正確に言うと、一人になってしまっていた。露店に目を奪われているすきに、一緒に居た友達は男の人に声をかけられてしまい、ごめんねと謝る彼女に私は気にしないでと答えたから。
 沢山の人のなかを一人で歩くのは、嫌いじゃない。色んな人を見るのは、結構楽しかったりする。けれど、それは最初から一人でいた場合。友達と一緒のつもりでいたから、人ごみに置いてきぼりにされた気分。でもまぁ、仕方ない。
 特に目的も無かったから帰ろうかとも思ったけれど、それもなんだかイマイチで、人と露店を交互に眺めながら、特に何も考えずに歩いていた。
 そんな中、とても綺麗な細工が置いてある露店を見つけて足を止める。繊細な細工は、どれもこれも派手ではないけれど、しっかりと自分を主張している。並べてある細工をざっと見て、一つ気になったものを手に取った。小さなそれは、月と百合をあしらった根付け。ここにある細工は、他では見ないような造作ものばかりで、他にも愛らしいものが沢山あったけれど、私はこれを、とても欲しいと思った。顔を上げて、店主を見る。
「あの、これ――――」
「悪いな、ねぇちゃん。それはオレが先に買うことにしてたんだ」
 声をかけられ振り向くと、怖そうな風体の男と、派手な格好の女が居た。
「でも、あの」
「お嬢ちゃんには、まだ早いんじゃないかい? ウサギやなんかに、しときなよ」
 女の手が伸びてきて、あっと思った時には根付けは奪われてしまっていた。
「オヤジ、いくらだ」
 店主が答えた値段は、私には少し高価で、まだ早いと言われた言葉が胸に刺さる。他にも素敵な細工はあったけれど、見る気分になれなくて、そこから離れた。
 どこか他に、欲しくなるものがあるんじゃないかと思いながら歩いてみても、未練がましく手に入らなかった細工が脳裏に浮かぶ。
「帰ろ」
 自分に言って、帰路を歩いていると目の前に人が立ち止まった。うつむいていた顔をあげると、右目を包帯で巻いた男が笑っている。
「やっと、見つけた」
「――――あの、どなたですか」
 思い出せない、というか会った記憶がない。すれ違ったという覚えもない。右目を包帯で巻いているという特徴がなくても、すれ違いさえすれば記憶に残りそうなくらい綺麗な人が、子どもみたいな顔をして笑っている。人違い、されてるんだろうか。
「これ、アンタんだろ」
 差し出され、反射的に受け取ったそれは、私がさっき見ていた細工で――――
「え、あの…………」
「っと、じゃあな」
 驚く私に、何かに気付いたその人が走り去る。その姿が、私の中に焼き付いた。

 友達は、祭で知り合った人と馬が合ったらしく、惚気話を聞かされた。私には何も無かったのかと言われて、あの人の事を話した。何それ素敵、と興奮した友達が捜そうと言ってくる。
「見つかる、かな」
「見つけるのよ」
 友達の言葉にうなずいて、私と友達、彼女のイイ人が右目に包帯を巻いたあの人捜しを始めた。
 あちこち、何かのついでではあるけれど、出歩いて聞いて回る。姿を見たことはあるけれど、という話はあるのに何処の誰かまでには至らない。祭の間だけ、この辺に立ち寄った人なんだろうか――――
 夜、細工を月明かりにかざして眺めていると、コツコツと木戸を叩く音がした。家族はみんな眠っている。気のせいかしらと思ったけれど、もう一度コツコツと音がして、私は外を伺った。
 外には、二つの人影が見える。一人は、知らない男。もう一人は――――
 姿を確認し、あわてて出ると、あの人が軽く手を上げて挨拶をしてきた。
「どうして――」
「捜してるって、聞いたからな」
 頭を下げて一緒に居た人が去る姿に、軽い挨拶をする彼を見つめる。捜してるって聞いたからって、どうして――――
「で、何か俺に用があるんだろ」
「あの、これ――――」
 握りしめていた根付けを見せると、ああと軽く彼が頷く。
「アンタが先に、見つけてたんだろ」
「でも、お金を払ったのは、あの人だし」
「俺がかわりに買い取ったから、心配すんな」
「買い取ったって、どうやって――――」
 私の質問に、彼は意味深にニヤリと笑む。あまりにも自然にそんな顔をするから、この人にとっては何ということもないんだろうなと感じた。
「あの、じゃあお金…………」
 払おうと思って、お金を取りに家に入ろうとすると腕を捕まれる。私、すごく驚いた顔をしていたみたい。だって彼はあわてて手を離して「Sorry」なんて意味のわからない事を言ったから。
「金は、いらねぇよ」
「でも」
「欲しかったんだろ」
 頷く。諦められなくて、悲しかった気持ちを思い出す。
「嬉しく、無いのか?」
 少しだけ、心配そうな、不安そうな顔をしてみせる彼に、あわてて首を振った。
「すごく、嬉しい」
 笑顔を見せると、彼も笑顔になる。幼く感じさせる笑顔なのに、包帯のせいか哀しく見えて、お月様みたいだと思う。柔らかくて優しいのに、寂しくて鋭いお月様。根付けの細工が人の形をしたら、こうなるのかもしれない。
 ばかなことだと思うけど、彼はこの根付けなのかもしれない。そう、思った。
「俺を捜していたのは、それが理由か。律儀な奴だな――Ah、気にならない方が、おかしいか」
 話かけているのか、独り言なのかわからない口調の彼を見つめる。
「それ見てるアンタが、すごく幸せそうに見えたからな。何となくアンタが持つのが一番いいと思ったんだよ。俺からのPresentだ。気にせず大切にしろよ」
「ぷ、ぷれ…………?」
「ん、あぁ――――アンタにやるために買い取ったんだ。大切にしろよ」
「どうして」
「理由はさっき、言っただろう。まあ、そういう事だ」
 じゃあなと背中を向けて、歩き去る彼を引き止めたいのに、私は言葉も術も思いつかない。月明かりに浮かぶ彼を見つめながら、私が捜していたのは、もう一度会いたかったからだと、今ごろ気が付いた。


 翌日から、私は彼を捜すのを止めた。会えた事を告げていない――言いたくない――から、友達は不思議がった。会いたかったけれど、会ってどうしたいのか、何をしたいのかがわからなくて、そんな自分に戸惑っていた。大切にしろよと言われた根付けは、初めて見たときよりもいとおしくて、甘くて切ないものに見える。あの人そのものに、見えた――――
 私の様子がおかしいからって、気分転換をしようと友達が誘いに来た。最近すごくぼんやりしていて、おかしいからって。ぼんやりしているんじゃなくて、あの人を思い出しているだけなんだけど――――そんな事、言えやしないから苦笑を返事にした。
 お殿様が戦に赴かれる姿を拝見しに行こうと言われ、断る理由も見つからなくて、手をひかれるまま出かける。お殿様ってばスッゴイ男前なんだから、なんて言いながら連れていかれた先に、馬の姿が見えた。先頭に、蒼い鎧の侍。すぐにそれが政宗様だとわかった。
 近づいてくる軍隊。雄々しい姿に見とれていたら、ふと政宗様の顔が動いた。兜から見えた顔に、息を飲む。包帯ではなく、鐔を眼帯にしていたけれど見間違うはずなんてない。「政宗様が、こっち見てるよ」とはしゃぐ友達の声が、遠く感じる。
 あの人、政宗様だったんだ――――
 根付けを握りしめる。苦しくて、悲しくて、胸が締め付けられる。住む世界が違いすぎて、手の届かない人だと思い知らされて。
 政宗様は私に気付き、再会した時と同じ笑みを私に向けた。瞬間、気付く。どうしようもなく、彼を好きになっていた自分に。
 政宗様の背中を見送り、溢れてくるものを自覚しながら、私は見えない月に祈りを捧げる――政宗様に、祈りを捧げた。
――――どうか、どうかずっと…………


 もう一度だけ、あの笑顔を私にください。


2009/08/11



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