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緑の風
 気になる人が居るのと言うと、友達がきゃあきゃあと言う。疎いアンタも、やっと恋に目覚めたのねって。違う、そうじゃなくて本当に気になるだけなんだって言ってもニヤニヤされて、私は彼女に背を向けた。照れないでよって言われたけれど、そうじゃない。
――そうじゃ、なかった。
 私の気になる人は、たまにチラチラと姿が見え隠れする人。初めて見たのは、偶然。真田幸村様が、お館様といらっしゃった時。すごく近くに、親しげに居たその人に見覚えが無くて、来客があれば大体知っているのに、と不思議に思った。変わった服を着ているから、草の者なんだろうなと予想はついたけど、世間で言われているような忍の風体というか、有り様というか、私の描いていた忍像からあまりにもかけ離れていて、驚いた。だって、お館様に対して畏まってるって感じに見えなかったし、幸村様に対してなんて、まるで友達みたいに見えたから。
 それから何度か姿を見るうちに、幸村様がいらっしゃった時に、お館様と三人で居る事が多い事に気付いた。
 あんな風にお二人に接する事が出来るなんて、どんな人なんだろう……。
 気付くと私は幸村様を目で追うようになっていた。あの人の姿が、どこかにあるんじゃないかと思って。それがまさか、私が幸村様に懸想をしていると思われるなんて、想像もしていなかった。
 友達に呼び出されて、屋敷の奥、居住区の庭で待っていたら、幸村様が現れた。
「何者にも言えぬ大切な用があるから此処に来てほしいと文を貰ったが、侍女殿が?」
 私は文を見せてもらった。友達の字で、幸村様にお一人で誰にも見つからないよう来てほしいと書いてある。脳裏にニヤニヤ笑って私を呼び出した友達の顔が浮かんだ。アンタの恋の応援してあげるって、数日前に言っていたっけ。
「侍女殿?」
 文を握りしめる私に、幸村様が首をかしげる。友達の勘違いで幸村様には余計なご足労をかけてしまったけれど、それならばいっそ気になる事を聞いてしまおう。
「幸村様」
 真剣な私の顔に、幸村様の表情も引き締まる。私のような者が突然こんな所に呼び出したのに、そんな顔で聞いて下さるなんて、優しい方なんだなぁ。
「どなたも連れず、誰にも言わずにいらして下さったんですよね」
「無論でござる」
「あの、忍の方もいらっしゃいませんか」
「佐助の事でござるか。佐助は、今はお館様の所に…………」
 そこで、幸村様は不思議そうな顔をされた。
「佐助と会うた事が、おありでござるか」
「姿を幾度か…………」
 ますます不思議そうな顔をされる幸村様に、不安になる。
「あの、あまり人前にいらっしゃらない方なんですか?」
 もしかして、私が草の者と思い込んでいるだけで、本当は違っているのかもしれない。不安が顔に出たらしく、幸村様があわてて顔の前で手を交差される。
「ああいや、そういう訳では無いが…………侍女殿が佐助を気にするという事が、珍しいというかなんというか……」
 真剣に私と会話をしてくださっているのがわかって、くすぐったさに自然と笑みが浮かぶ。
「それで、某にしか言えぬ大切な用とは?」
「…………他ならぬ、佐助様の事なんです」
「佐助の?」
 幸村様が目を丸くされる。
「佐助が何か侍女殿にしたのでござるか」
 首を振る。
「では?」
 唇を引き結んでから、聞いた。
「佐助様は草の者であらせられますのに、話に聞く草の者の姿とはかけ離れているように思えて、不思議でなりません。佐助様の事が気になり、他の方に聞くわけにもいかず、幸村様にどのような方かお伺い出来ればと思い、お呼び立ていたしました」
 拳を握りしめて言い切る。こんなことで侍女が武将である幸村様をこんな所に呼び出すなんて、あり得ない。下らないと一笑に伏されるならまだしも、無礼だと手打ちにされてもおかしくない。それなのに、幸村様は破顔されて私にお答え下さった。
「佐助は、特別故」  そう言って、あの人が忍頭である事や、とても気のつく方だという事等を、大切な友達を語るように幸村様は教えて下さった。
「一度、話をしてみとうございます」
 話を聞いて、益々興味がわいてくる。思わず口をついて出た言葉に、幸村様は軽く答えられた。
「してみれば、良いではないか」
「えっ……」
「佐助は何処にいるやら分からぬだろうから、某が伝えておこう」
 にこにこと言う幸村様に呆気に取られていると、緑の風が舞った。
「すまないねぇ旦那。邪魔するよ」
 風は幸村様の背後で止まり、佐助様の姿に固まる。
「おお、良いところに」
 腰に手を当てて首をかしげる佐助様に、幸村様は嬉しそうに仰られる。
「侍女殿が、佐助と話をしてみたいそうでござる」
「俺様と?」
 佐助様の目が私に向けられる。ほんの一瞬目が合ったような気がして、すぐに離れた。
「まあいいや。旦那、大将が呼んでるよ」
「お館様が?」
 くるりと幸村様が私に体を向けて、頭を下げる。
「では、某はこれで失礼いたす」
 言うが早いか走り去る背中に、佐助様が呟かれる。
「ああいうのを、馬鹿丁寧とか言うんだろうねぇ」
 言葉の最後は私に向けられて、思わず頷いてしまった。侍女相手にちゃんと挨拶をしてくださる所か、頭を下げるなんてあり得ない。なんて、実直というか分け隔てないというか、上手く言えないけれど、侍女仲間に人気があるのがよく分かった気がする。
「で、俺様に話があるんだって?」
 慌てる。だって、いきなりだし興味があるってだけで、なにか言いたい事があるって訳じゃ無いから。
「?」
 首をかしげたまま私の顔をじっと見つめる佐助様が、肩で息を吐く。
「旦那に何か言ってほしいとか、そういうのはダメだからね――って、さっき旦那と居たっけ」
 言いながら首をひねる佐助様。
「旦那と居るときを邪魔しないでほしい、とか――あぁでも俺様気付かれない自信あるんだけど、なんで知ってんの?」
 色々と話かけてくれる。私の事なんて無視して行ってしまわれても、問題ないのに。話しやすいように、色々と言ってくださっているんだろうか。幸村様といい、佐助様といい、変わっていらっしゃる。
「違います」
 口を開いた私に、佐助様の雰囲気が変わる。それは「話してごらん」と聞こえた。
「私が気になるのは、佐助様です!」
「えっ……」
 俺様が、と自身を指された佐助様に頷く。
「佐助様に、興味があります」
 きょとんとされる佐助様。侍女と草の者というような立場の隔たりは感じられない空気があって、顔見知りのご近所と会話をしているような気安さがあって、私は一気に言った。
「幸村様やお館様とご一緒されているお姿を幾度か拝見させていただいているうちに、佐助様に興味がわきました。佐助様の事を知りたくて、幸村様とお話をいたしました。そうしたら、佐助様が現れて…………」
「で、旦那が俺様に話があるようだって言ったのか」
 頷く。うぅんと考えるようにうなりながら、軽く頭を掻かれると、独り言のようにおっしゃった。
「ずっと旦那を見ているなぁとは思っていたけど、俺様を探していたわけね」
 頷く。困ったような顔をして、優しい笑顔を浮かべながら、佐助様が私の顔を覗きこんだ。
「俺様に惚れたら、火傷じゃ済まないよ?」
 いたずらっぽく、冗談めかしておっしゃりながら、緑の風になってしまわれる。
「早く帰らないと、お仕事遅れるよ」
 空から降る声。
 誤魔化されたのだろうか。でも、嫌な気はしない。それどころか、温かく、優しい気持ちが広がる。
 私の心に、緑の風が住み着いた。

――好きになっても、いいですか

2009/07/15



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