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気付いた想い
  前だけを見ている、まっすぐな貴方が好き――
 
 今日も、雄たけびのような声が聞こえる。掃除を終えた私は、見えるはずの無い人の姿を見る為に首をめぐらせた。ここから、あの人の――声の主の場所まで視線を届かせるには、邪魔なものが沢山ある。
「今日も元気ねぇ」
 洗い終えたものを、パンッと小気味いい音をさせてシワを伸ばしながら、友達が言った。
「行っておいでよ」
「えっ」
「もう、ここは終わるし。休憩きゅうけい!」
 ホラ早く、と私の手から洗濯物を奪った友達が笑う。大きく頷く自分の顔が、満面の笑みであふれていることを自覚しながら走った。目指すは、あの人の居る庭先。走りながら、あの人の声を聞き、姿を思い描く。今日は信玄様はいらっしゃらないみたい。だって、あの人の声しか聞こえないから。
 中庭に入る前に足をとめて、荒い呼吸を整えながら覗く。二槍を操り、舞うような姿の幸村様が見えた。
「ハァッ――ふっ! せいっ!!!」
 彼の動く後に、軌跡を描くように鉢巻と後ろ髪が揺れる。あのシッポになりたいって言ったら、友達にあきれと笑いを浮かべられた。けれど、やっぱりなりたいと思う。だって、ずっと傍に居られるから。彼の追いかけているものを、一緒に追いかけることが出来るから。
「甘いぞっ! 幸村ッ!!」
「ごふぁッ」
 軽装の信玄様が突然現れて、幸村様が宙に舞う。着地し、嬉しそうな顔で信玄様に顔を向ける幸村様の姿に、私も笑顔になる。彼の笑顔は、まわりも笑顔にする力があると思う。
「おやかたさまァああアアア!!!」
「ゆぅきぃむぅらぁあアァアアァアア!!!」
 槍を残して拳を握り、信玄様に向かう。二人で拳を交わしている時の顔は、本当に生き生きとしていて、幸せな気持ちになれる。でも、これが戦に向かうためのものだと思い出すと、苦しくなった。このまま、戦なんてなくなってしまえばいいのに。この風景を見続けられることが出来たらいいのに――――
「ハァ……」
 思わずため息をついて、頭を振る。目の前には、汗を輝かせながら拳を振るう幸村様と信玄様。その奥で二人を見つめている、というよりも眺めている忍と目が合って、私は息を呑んだ。心臓が跳ねて、逃げなきゃという衝動が全身に走る。気がつくと、私は全速力でそこから離れていた。
 戻った私に、どうしたのと友達が声をかけてくる。なんでもないろ答えて、私は水を飲みに行った。あがった息が治まらない。深呼吸をして、仕事に戻る。先に干していた洗濯物を取り込んで、キレイにたたんで運ぶ。友達が、さりげなく幸村様のものを私に渡してくれて、幸村様のところへ行く口実を作ってくれる。大感謝! 今度美味しいお団子をおごるねって話をしていたら、ひょっこり幸村様が現れた。平服に着替えている幸村様は見慣れていなくって、心臓が早鐘のように鳴り響く。友達が、私のわき腹をつついてニヤニヤしながら去っていった。嬉しいけど、でも心細い――――
「侍女殿は、美味しい団子屋を知っておるのか」
 甘味が好きだという幸村様。嬉しそうな笑顔を私に向けてくる。頷くと、その笑顔が更に大きなものになった。
「俺も、美味しい団子屋を知っているが、侍女殿が知っているのは、何処の店でござろう」
 あ、私たち相手になら「某」じゃなくて「俺」なんだ――新しい発見が、一つ。
「侍女殿?」
 不思議そうな声がする。頭の中まで心臓の音がするくらいなのに、私、ちゃんと幸村様のことを見ることができている。こんな風にそばにいられたら、死んでしまうんじゃないかって思ったけど、意外と平気――じゃなくて、心臓が飛び出しそうで、幸村様に気持ちがばれてしまいそうで、気が気じゃない。首をかしげる幸村様に、団子屋の名を告げると花が咲いたような顔をされた。
「俺も、あそこの団子は好きでござる」
 めまいがしそう。美味しい甘味処を教えてくださる幸村様。嬉しそうに甘味の話をしてくださる幸村様。話がだんだん、頭に入ってこなくなる。幸せすぎて、呼吸を忘れてしまいそうで――――
「あのっ、幸村様ッ!」
 突然、大きな声を上げた私に首をかしげる。
「私、仕事がっ――」
「や、これはしたり。失礼つかまつった」
 急にかしこまる幸村様に頭を下げて、私は走った。今日は走ってばっかり。本当は、もっと近くに、もっとずっと一緒に居たいのに。
 仕事を終えて落ち着いていたら、隠れて様子を見ていたらしい友達が、呆れた顔で言ってくる。
「上田城の侍女なら、もっと機会があるかもしれないけど、真田様はずっとここには居ないんだからね」
 しっかりしなさい、と言われて、わかっていると答えたらため息が返ってきた。
「今度一緒にって話になったかもしれないのに」
 そう言って貰えたのかな。あのまま、甘味の話をしていたら、そんなことがあったのかな。
「それか、一緒に行きましょうって言うとか」
 そう言える勇気があれば、逃げ出してなんていないよ――――幸村様。


 夜、部屋に戻って今日の出来事を思い出す。あんなに近くに幸村様が居て、笑いかけてくれて――――
「――幸村様」
 名前が自然と口を付いて出る。
「本当、上田城の侍女なら、もっとお姿を見ていられるかもしれないのに――」
 友達の言葉を思い出して、つぶやきながら膝を抱える。今まで考えたことがなかったけれど、本当に友達の言うとおりだ。幸村様は、ずっとここには居ない。あの人は、上田城に帰ってしまわれる。
「なりたいって、言ってみれば」
 誰も居ないはずなのに、男の人の声がした。
「あぁ、そんな固まらなくていいよって、ムリか。昼間、会ったよね」
 目の前に、幸村様と一緒に居た忍があ現れる。夜に、女の部屋に入ってくるなんて――
「あぁ、そんな警戒しないで。何もしないから――――旦那がコッチ来たら、いつも見に来てるよねぇ」
 声が出ない。幸村様と一緒に居る忍なのだから、知っていて当然だろうけど、でも……。
「俺様、佐助っての。旦那の忍」
 しゃがみ、私と目線を合わせた忍――佐助様は人懐こく微笑む。
「……あの、私に、何の用…………ですか」
「あぁ、うん。用っていうか、気になったっていうか、気付かない旦那にビックリっていうか――」
 何が、言いたいんだろう。
「旦那が、好きなんでしょ」
 直球な言葉に、息が止まる。
「そんな目がこぼれそうなくらい驚かなくても、周りから見たらバレバレだから」
 バレバレって――――
「旦那は、にぶにぶのおおにぶだから、気付いていないみたいだけど」
 ホッとする。幸村様に知られたら、顔を合わせられなくなる。まぁ、今でもあまり顔を合わせることなんてないんだけど。私がいつも、お姿を拝見しに行くばかりで。
「旦那に気付かれていなくて、ほっとした?」
 顔に全部出ているのか、佐助様が鋭いのか。柔らかい笑顔に警戒が溶けて行く。どうして昼間は、逃げ出したくなるくらい怖いと思ったんだろう。
「えっと――佐助様」
「うん?」
「話って」
「あぁうんホラ、今ってば何かと物騒な世の中でしょ。旦那が結構重要な武将だってことは、わかるよね」
 頷く。
「旦那はさ、鈍いけど気付いたら結構気にする性質なんだよね。だからさ、ちょっと心配になってね」
「心配って――何が、ですか」
「旦那の気が、万が一よそ事に向かってしまっていたら、戦場では結構な問題になるんだよね。うっかりしていたら、死んじゃうような場所だから」
 息を呑む。戦に行かれる方という意識はあったけれど、幸村様は命のやり取りをされている方という認識がなかったから。あの笑顔を見ていると、そんな気配は微塵も感じられないけれど、戦に行くということは、そういうことだと忘れていた。でも――
「それと私と、どういう関係が……」
「うん、ちょっとね。確かめておきたくて」
「確かめる」
「そ。旦那を、どうしたいのか。どうなりたいのか」
「どうって……」
 考えたこともなかった。佐助様の言う「どうなりたいか」は、幸村様の後ろ髪になりたいって友達に言ったそれとは違うもの。もっと、現実味のあるもの。
「人の恋路に口を挟んだりしたくないんだけどさ、浮ついた軽い気持ちでなら、止めておいてほしいなぁと思って。旦那、そういうの通じないくらいマジメだから」
 浮ついた気持ち。私の気持ちは、そうなんだろうか。幸村様を見つめているだけで幸せで、今日みたいに話しかけられるなんて夢のようで、どうしたいかなんて考えたこともなかった。
「あれ。もしかして、どんな気持ちか気付いていなかった、とか」
 頷く。笑顔でため息をついた佐助様が、軽く私の頭を叩いて立ち上がった。
「ま、そういう事だから。本気なら、止めようと思っても止まるようなもんじゃないし。旦那に負担がかかるようなものなら、どんな手段を使ってでも止めるけど、ね」
 片目だけを器用に閉じて、佐助様が笑う。
「俺、余計なことして気付かせちゃったかなぁ」
 ふう、と肩をすくませてつぶやいてから、姿を消す佐助様。残された私は、目を閉じて幸村様の姿を思い出す。
――どうしたいのか、どうなりたいのか。
 幸村様に関する記憶を全部、瞼の裏に描く。今日は幸村様が声をかけてくださって、笑いかけてくださって、恥ずかしくて嬉しくて。その中に、欲張りな私の姿を発見した。
 もっと一緒に居たい。もっと、笑いかけてほしい。笑顔を、独り占めしたい。
 それらの気持ちを抱きしめて、私はもう一度つぶやく。
「幸村様」
 今までとは、まったく違う名前に感じるのは、どうしてだろう。
――どうしたいのか、どうなりたいのか。
 暗い部屋の中、膝を抱えて自分に問いかける。幸村様を想いながら――

行こうか逃げようか、それとも、止まろうか。
全ては、心が望むままに――――あの人の道を見つめながら。



2009/07/20



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