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ゆきむらさま
   里を歩く幸村の背後から、小さな足音が近づいてくる。そのまま通り過ぎると思われた足音の主は、幸村の背中にぶつかった。振り向くと、少女がくっついている。
 手に持った小枝を幸村の顔に向けて、得意げに笑う彼女と視線をあわせるためにしゃがんだ幸村に、少女は胸を張って言った。
「あたいの勝ちね」
 ピタリと顔に突き付けられた小枝の先をつまみ、幸村が笑う。
「油断大敵でござった」
 笑みで顔をくしゃくしゃにして、少女が言う。
「あたいの勝ちだから、ゆきむらさまは、言うことを聞かなきゃいけないのよ」
「ぬ。油断していたとはいえ、小枝が刃物であれば危のうござった――――して、言うこととは一体何でござろう」
 少女は幸村の首にしがみつき、叫んだ。
「ゆきむらさまは、あたいのムコさまだ!」
 ぎょっとして、少女を引き剥がそうとするが驚くほどの力でしがみつかれている上に、足で体を挟まれてしまう。引き剥がせないとわかるや否や、幸村は立ち上がり見回して人を探した。
「そなたの親御殿は、どこに居られる」
「あたいの親に、さっそくあいさつしてくれるの?」
 キラキラとした瞳に見つめられ、たじろぐ。
「いや――」
 言葉を濁した幸村に、何かを察したらしい少女が頬を膨らませた。
「ゆきむらさまは、あたいに負けたんだから。言うことをきかなきゃならないんだからねっ」
「しかし、こういうことは――――」
「いけないったら、いけないの!」
 ぎゅう、と首に腕を回し、なにがなんでも離れないと態度で示す少女。困り果てた幸村は、少女をくっつけたまま里に出て、彼女の親を探した。
 少女の親はすぐに見つかり、親の叱咤を受けながら引き剥がされた少女は、固く唇を引き結び、潤む瞳を地面に落とす。
「本当に、なんとお詫びすればいいか…………」
「ああ、いや――――そんな」
 あまりに恐縮し、娘を叱る母親に自分の油断もあったのだからと伝え、別れの言葉を告げる。歩く幸村の背中に、涙を堪える声で少女が叫んだ。
「あたい、絶対に、ゆきむらさまのおよめさんになるんだから!」
 幸村は、何の反応も返さなかった――返せなかった。

 戻ると、にやついている佐助に出迎えられる。
「何をそんなに、笑って居るのだ」
「いんやぁ。旦那もとうとう、祝言を上げるのかぁと思ってさぁ」
「一体、何を…………」
「かわいい子だったじゃないの。大きくなったら、美人になるぜぇ」
「なっ…………佐助、見ていたのか!」
 真っ赤になる幸村に、クックッと佐助が笑う。
「ずいぶんと強引な告白だったよねぇ。奥手な旦那には、あれっくらいでないと難しいんじゃない?」
「まだ、子どもでござる」
 ふいっと赤い顔を背ける幸村。その顔を覗き込みながら佐助が言う。
「じゃあ、なんで赤くなってんのさぁ」
「か、からかうなっ」
 ふふん、と楽しそうに鼻を鳴らし、幸村の背中を叩く。
「女ってのは、ビックリするくらい成長したりするからねぇ。年頃になって迫られてもいいように、旦那も色々お勉強しといたほうが、いいんじゃない?」
「佐助っ!」
 へへっと軽い笑いを残し、佐助の姿が消える。
――――年頃になって迫られても……
 佐助の言葉が耳に残る。しがみついてきた少女。幸村を「ムコさまだ!」と言った瞬間に変わった彼女の空気に、幸村はたじろいだ。あれは、子どものものとは思えなかった。かといって、大人、とも言えない。あれは何なのか、と思いながら空を見上げる。
「わからぬ」
 ポツリと呟く。あれが、女というものなのだろうか――――
 頭を振って、考えを散らす。考えても仕方がない。たとえ少女が本当に幸村をムコにと、そう思っていたとしても受け入れる訳ではない。
 耳の奥に谺する、涙を堪えた少女の叫びに、幸村は拳を握った。
「――――すまぬ」
 応える術のないまま、幸村は謝罪する。
「すまぬ」
 何に対してかもわからず、幸村は謝罪した。

 憎らしいほどの快晴に、トンビが一羽、飛んでいる――――。



2009/08/20



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