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花のように
 手を掴んで――――手をつないで行けたら――――――

 外での情報収拾も、もちろん大切。けれど、内側のことも知らなければ内部崩壊なんて事に――まぁ、ここではそんなことは無いだろうが、万が一ということがあるので――なりかねない。だから、噂などはすぐ耳に入るようにしている。どんな内容でも。
「でも、今回はちょっと」
 知りたくなかった、と思った。いずれわかってしまう事だけれど、こんなに早く知りたくなかった。彼女が、嫁いでしまうなんて――――
 頭の後ろで腕を組み、屋根に寝転がる。空はどこまでも澄んだ色を続けている。
 彼女は、佐助を知らない。忍らしくないと言われる猿飛佐助ではあったが、姿を見せる人物は限られていて、彼女のように彼の主である真田幸村と接することのない人間は、存在を知らないか――知っていたとしても異界の話くらい遠いものだという認識だろう。彼がいくら、彼女をよく知っていたとしても。
「俺様、どうしちゃったのさ」
 口に出してみる。本当に、どうかしている。彼女に好意を持っている自覚はある。任務から帰ってきて、彼女の笑顔を見ると胸に安堵が広がる事に、気付いていた。自分の立場は理解している。だから声はかけない。見ているだけ。それで充分で、満足で――――そうだったはずなのに。
「わかりきってた事だろう」
 通りすがりの雲に同意を求めてみる。――――嘘だ。失念していた。彼女はずっと、ここで侍女として働くものだと――変わらない光景なのだと、思っていた。
 手のひらを太陽に透かしてみる。近いのに遠い彼女は、さらに遠くに行ってしまう。佐助の知らない場所で、あの笑顔を夫となる者に向ける。佐助は、奥歯を噛み締めて身を起こすと頭を振った。
「さぁて、お仕事お仕事っと」
 幸村の呼ぶ声が、聞こえた。


 彼女の祝言が近付いてくる。侍女たちは休みの合間にきゃあきゃあと恋の話に花を咲かせる。恥ずかしそうな笑顔を見せる彼女に、佐助は唇を噛んだ。初めて見る表情。仕草。かわいらしいと、思った。あんなふうに、夫となる相手に接するのだろうか。
 仕事をしているときは、彼女の事は忘れている。私情は自然と消えてしまう。しかし、一息つくとすぐ彼女の事が脳裏に浮かぶ。そういうときこそ、忙しく飛び回っていたいと思うのに、珍しく――全くの暇ではないが、ゆっくりとした時間がある。視線はつい、彼女を追い求める。祝言の前に、彼女は支度などのために行ってしまう。いっそのこと、攫ってしまおうか――――そんな考えが浮かんで、苦笑した。有り得ない、そんな事。
 日々、女の顔になる回数が増えていく彼女を、佐助は見つめ続ける。数える気はなくても、彼女がここに居る日数を考えてしまう。あと何回、姿を見られるのか――――。
 忍装束を脱ぎ、わずかな期間だけでも時折普通の男として過ごしてみようか。そんな事まで思い始めている自分に、佐助は笑う。幸村は、咎めないだろう。深く考えず、たまには羽を休めて、と言うかもしれない。けれど、忍として急な有事に対応出来ないというのは、大問題だ。
「俺様、真面目だなぁ」
 えらいえらい、と自分をおざなりに誉めてみる。彼の目に映る彼女は、今日も笑顔だ――――。


 赤い軌跡を描いて、幸村が槍と舞うのを縁側に座って眺める。恋だの愛だのを破廉恥だと言う、うぶな彼の主は真っすぐに信玄の上洛のみを見つめている。
「――――すけ、佐助」
 呼ばれているのに気が付いて、はっと顔をあげると心配そうな幸村の顔があった。
「具合でも、悪いのか?」
「ん、あぁいや――――ちょいと考え事をね」
 立ち上がりながら答える。
「何か、問題でもあったのか」
「違う違う。なぁんも。どっこも変わった動きは見せてないよ」
「――――そうか」
 納得をしていない顔で、納得の言葉を口にする主に笑顔を向ける。
「俺様だって、たまにはお仕事以外のことも考えたりするさぁ」
「――――うむ」
 何か言いたそうな顔で佐助の様子を伺う幸村に、首をかしげた。
「最近、様子がおかしいのでな…………」
 呟き、と言ったほうが合う口調で言われる。
「大丈夫だって。それよりほら、他に色々と気にしなきゃいけない事があるでしょ」
「――うむ」
 納得していない顔の幸村に笑顔を見せながら、佐助は背中で苦笑した。
――鈍い旦那にまで気付かれているようじゃ、俺様も、まだまだだな。
「ほら、旦那ぁ。動いて喉乾いたでしょ。お茶でも、しにいこうか」
「む、そうだな」
 頷く幸村に、汗をかいたのだからと着替えを促すと、妙に真剣な顔をして見つめられる。
「どうしちゃったのさ。そんな顔して」
「佐助も、着替えを済ませて来い」
「は? なんで」
「忍装束しか無いのであれば、俺の着物を着ればいい」
「だから、なんで」
「お館様も、お許しになると思う」
「何を」
「気になるのであれば、お館様の元に行こう」
「いや、だからぁ――――って、ちょ……旦那っ!」
 急に走りだした幸村を、佐助はあわてて追い掛けた。

 信玄の元についた幸村は、唇を引き結び真っすぐに主である信玄を見つめる。信玄も、同じ瞳で幸村を見つめた。それを、横で佐助が眺める。
「幸村よ、話してみよ」
「はっ! 某、佐助に僅かなりと忍ではなく友として、里に同道してもらいとうございます。ですが、佐助は自らを律し、某の申し出に渋い顔をするのでござります。佐助は仕事に真面目ゆえ、お館様より僅かなりと休暇をというお言葉を賜われば、里に茶をしにゆく位の間、我が友として過ごせるのではないかと存じます」
 幸村の言葉に、佐助が目を丸くする。次いで口元を手で隠した。幸村の真面目さには慣れている。軽く流せるものでも正面から受け止め、返そうとする事にも。
 だが、自分の事を気に掛けて、ここまでされるとくすぐったく、嬉しくもあった。それが、多少なりとずれていたとしても――――
 カッと目を開いた信玄が、立ち上がる。
「よう言うた、幸村! 佐助、たまには仕事を忘れ、短い時間ではあるが、存分に羽を休めよ」
「ありがたき幸せにございます、お館様ァ」
「幸村ぁ!」
「ぅお館様ァあ!」
 佐助が信玄に頭を下げるより早く、礼を述べた幸村と信玄が、いつもの魂の確認を始める。それを見ながら、佐助は呟いた。
「俺様ってば、幸せ者だねぇ」

 簡素な着物に着替え、幸村と佐助は里に向かう。ウキウキとした空気を纏った幸村の少し後ろを、こそばゆい心持ちで佐助が歩く。
「茶屋に行くなら行ってみたいとこが、あるんだけど」
 言うと、幸村は嬉しそうに承諾をした。共に歩いていても、別段いつもと違った関係になっている訳では無い。けれど、道を普通に歩き、里の者に姿を認識されているというのは、どうにも違和感を覚える。任務として町中に紛れたりはするが、今はそれとは違う。
 胸の辺りにある羽毛のような感情に、佐助は笑みを浮かべた。
「佐助の言っていた場所は、あそこか」
 幸村の示す店を見て、胸の羽毛が重くなる。彼女が、よく行くと言っていた茶屋。何をしたいのかは自分でもわからないが、ただ行ってみたいという思いのままに、幸村に伝えた場所――――。頷くと、幸村が笑う。
「そうか。なら、行こう」
 前を行く幸村の笑顔に背中を押され、店に入る。団子をと幸村が言うのを耳にしながら、店内を見回した。彼女の姿は無い。
――――そりゃ、そうだよね。
 落胆と安堵を同時に感じながら、佐助は出された茶を手にした。
 嬉しそうに団子をほおばる幸村を見ながら、のんびりと茶をすする。薄く淡い空から、日の光が地面に注がれている。たまには悪くないなと細めた目を、佐助は開いた。こちらに向かう三つの人影。そこに、彼女の姿を見つけた。
――――おいおい、マジかよ。
 跳ねた心臓を沈めようと、茶に手を伸ばす。
「佐助?」
 不思議そうな顔をされ、なんでもないと言いながら、茶のおかわりを申し出た。
「きゃあ、幸村様」
 三人のうちの一人が、幸村の姿を見つけて近寄ってくる。それについて、残り二人も傍に寄った。今までに無いくらい近くに彼女を見、佐助は視線を落とす。
――――どうしちゃったのさ、俺様!
 自分の反応に戸惑う。これでは、好いた男の前に出た娘のようじゃないか。
 佐助の動揺を余所に、幸村に声をかけた侍女は気やすく話かけてくる。幸村は、そういう雰囲気を持っていた。
「幸村様、こちらの方は?」
「大切な友でござる」
「お見かけしない方ですね」
 あわてて、幸村に強い視線を向ける。幸村なら、佐助が忍だと伝えかねない。――しかし、心の何処かでそう言うことを期待している。そうすれば、彼女に見ていたのだと――――言って、どうするつもりなのか。
「忙しい身ゆえ、なかなかこうして茶を楽しむことが出来ぬのだ」
 佐助が様々に思考を変化させている間に、ちょっと自慢気な顔で幸村が言う。
「まぁ、そうなのですか」
 笑いかけてくる侍女に、軽く会釈した。
――何を考えているんだよ、まったく。
 駆け巡った思考に、心の中でため息をつく。
「私たちは、ちょっとしたお祝いで来たのですよ」
 ずいと身を乗り出し、違う侍女が幸村に笑顔を向けた。
「祝い、とは…………」
 佐助は、顔を俯かせたまま彼女に視線を向けた。はにかむ姿に、彼女の祝いなのだと知る。――――彼女が立つのは、明日。
「それは、何よりでござる」
 ニコニコと、理由を聞いた幸村が彼女に言うと、彼女は遠慮がちに微笑みながら礼を述べた。佐助も、深く息を吸い顔を上げて彼女に言う。
「――――おめでとう」
 花のような笑顔が、佐助に向けられた。


――――どうか、その花が枯れることのないように…………

2009/08/07



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