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登場:真田主従・信玄・双竜・慶次
竜とムカデとイタズラと
  軒下で雨宿りをしている慶次は、あまり困っていないようすで「困ったな」と呟いた。のんびりと歩いているところに突然の雨。慌てて民家の軒下に入ったはいいが、止む気配を見せない。
「キッ」
 慶次と同じように空を見上げる小猿――夢吉が、心配そうに慶次を見上げた。安心させるように笑顔で撫で、もう一度空を見る。
「イタズラしようとしたの、ばれたかなぁ」
話し掛けると、夢吉が不思議そうな顔をした。
「おっ……」
 いい加減、立ち尽くすのにも飽きてきた慶次の目に、見たことのある人物が映る。赤い傘を手にする彼の身につけている、自らの性質を表しているかのような赤は、見間違うはずがない。
「おおうい、おおうい!」
 手を振って、呼び掛ける。夢吉も真似をして、手を振る。
「真田幸村ぁ!」
 キョロキョロと見回し、慶次に気付いた彼は目を丸くして小走りに駆け寄った。
「これは、前田殿ではござらぬか。また、どうしてこのような所で……」
「急に降られちゃってさ、どうにも動けないもんだから、ちょっと雨宿り頼めるかい」
「おお、そういう事ならば遠慮なさるな。この雨では大変お困りでござろう」
 言いながら差し出される傘に入る。
「あ、そんな気をつかわなくても」
 ほぼ慶次を覆う形になった傘は、幸村を雨から守らない。申し訳なさそうに傘の柄を幸村へ押す慶次に、彼は笑いかける。
「某は、雨に濡れる事はかまわぬ。それよりも、前田殿とその――」
 幸村の視線が、慶次の肩に居る夢吉へ移動する。
「ああ、夢吉を心配してくれてんだ」
「夢吉殿と申されるのか。某は真田源次郎幸村と申す。見知りおき下され」
「キッ」
 夢吉へ丁寧な挨拶をする幸村に、慶次は目を細める。
「じゃあ、遠慮なく好意をいただこうかな」
 男二人では手狭な傘の下、二人と一匹は雨の中を進んで行った。

 館に着く頃には、慶次は足元が、幸村は体の半分以上が濡れており、出てきた侍女が「まぁまぁ」と言いながら用意した着物に着替えてから、縁側に座して茶と菓子を傍らに、雨にけぶる景色を眺める。黙って景色を眺める二人の間で、夢吉が茶菓子を頬張っていた。
「止みそうに、無いでござるな」
「やぁ、本当――あそこを通りかかってくれて助かったよ」
「某も、あそこを通って良うござった」
 顔を見合せ笑顔を向け合い、慶次が両手を天に向かって伸ばす。
「あーあぁ。イタズラしようとしたの、本当にばれたのかなぁ」
 返事をするように雷鳴が轟く。ひゃっと肩をすくめる夢吉を抱き上げ、膝に乗せる慶次に首をかしげて問う。
「イタズラ、とは?」
「ん。京でちょっと面白い話を聞いてさ。それで、ちょっとね」
「イタズラのために、京からここまで来たと申されるか」
「人生、楽しくなくっちゃな」
「――変わった御人でござるな」
 にっこり笑ってから、ごろりと横になる。
「――――武田にはさ、ムカデ衆って、居るよね。旗印がムカデの」
「? それが、どうかしたので――」
 言い掛けて、はっとする。
「ムカデ衆に、イタズラをされるつもりでござるか」
「いや、違うんだけどね」
 首をかしげて見つめてくる幸村の気配を感じながら、慶次は空を見つめる。
「竜神様が、怒ってんのかなぁ」
 はあ、とため息混じりに呟けば、更に幸村が不思議そうな顔をした。顔を向けて、言う。
「竜神様は、ムカデが苦手らしい」
「――はぁ…………」
 呆けた顔の幸村から、また空へ視線を戻す。
「まだ、何するか決めてないのに怒るなんて、竜神様は結構短気なんだな――――あぁ、それだけ苦手って事かもしんないなぁ」
 夢吉に同意を求める慶次に、完全に置いていかれた格好の幸村が疑問符に包まれる。
「旦那いじめるの、そろそろ止めてくんないかなぁ」
 どこからともなく声がする。天井に向けて、幸村が佐助と言った。同じ方向を見て、慶次が言う。
「いじめてなんて、いないけどなぁ」
「旦那が思考停止しちゃってるでしょ」
 よっ、という声がして緑色が慶次の視界に映る。現れた人物は、幸村の肩を叩いた。
「ほらもう旦那、わからないことを無理やりわかろうとしなくていいから」
「しかし佐助……」
「旦那は真面目なんだから、一人で完結しないで説明してあげないと考え込んじゃうんだよ?」
 子どもを諭すような口調の忍に、体を起こした慶次があまり反省をしていないような態度で謝る。
  「で? 旦那や俺様にわかるように、さっきから言っていること、簡潔に説明してもらえる?」
 うなずいた慶次は、京で昔居た陰陽師が日照り続きの村を救った事、日照りの原因は誰かが竜神を洞窟に封じた事、封じる時に入り口に竜神が苦手とする大ムカデを用いた事を話した。
「で、封じるまじないを外して大ムカデを倒したら雨が降ったって話なんだけど」
 そこまで聞いて、佐助は大方の予想がついたらしい。ニヤニヤと笑いながら、慶次に問う。
「で、独眼竜の旦那に一体どんなイタズラしかけんの」
 ニヤリと笑う慶次と佐助を、幸村が交互に見る。
「まだ、はっきりとは決めてないんだけどさ。道すがら考えようかと思って」
「雨に遭って旦那に会って、ムカデ衆を思い出したってとこか」
「奥州の竜は、ムカデ衆が苦手だったりすんのかなぁって」
 そこで幸村が反応する。
「政宗殿とムカデ衆が会うた事はござらぬが、どのような戦ぶりになるのでござろうか」
 どこかウキウキとした雰囲気の幸村を見て、二人は互いの顔を見、笑む。
「ムカデ衆の旗印でもたくさん掲げて行って見ようか」
「それ、イタズラの域超えすぎちゃってるから。人ん家巻き込まないでよね」
「ムカデたくさん捕まえて、持っていく?」
「ああ、なんかそういう呪いあったなぁ。押し込められたムカデが共食いしちゃって、最後に残った奴を使うっていう――」
「うーん。ほかになんか、おもしろくなりそうな事は無いかなぁ」
「独眼竜の旦那は、ムカデよりも右目の旦那のが苦手そうだけどね」
「ふうん――でも、その人はイタズラに付き合ってくんないだろ」
「うちの旦那とは違う意味で、真面目って感じするからねぇ」
「ていうか、なんで話に乗ってくれてんの?」
「独眼竜の旦那にイタズラしようなんて、面白そうだから」
 二人のやり取りに、幸村が首をかしげる。
「政宗殿にイタズラとは? 戦場での政宗殿とムカデ衆の話では…………」
「あぁ、旦那はそれでいいよ」
「それではわからぬ」
「わかんなくていいって事」
「仮にも主人だろうに、すごい扱いだね」
「俺様特別だし、お仕事はきっちりしてるからね」
 二人の会話に置いていかれた格好の幸村と夢吉。夢吉は、早々に興味を茶菓子に移し、口を動かしている。幸村は腕組みをして、考え込んだ。
「つまりさ、竜神がムカデを苦手としているらしいから、独眼竜って言われて居る人もムカデが苦手なのかなぁって事」
 ふんふん、と話を聞いた幸村が一瞬の間を置いてから目を丸くする。
「なんと、竜神はムカデが苦手でござったか」
「旦那、そこじゃないから」
 すかさず突っ込んだ佐助に、すごいなと感心する慶次。
「逢坂の人みたいだ」
「あんま感心するような所じゃ無いと思うんだけど」
「一体、どういう事でござる」
「だから、竜神がムカデ苦手だから、独眼竜の旦那もムカデが苦手かどうか、試してみようって事」
 しばらくの間を置いて、慶次を伺うように幸村が言う。
「それは、よもや政宗殿にムカデを見せてみるとか、そういう事でござろうか…………」
「平たく言えば、独眼竜にイタズラ仕掛けに行こうって事」
「なんと! そのためにわざわざ? 前田殿は、変わった御人でごさるな」
「ん、そっちも大分変わっていると思うけど。っていうか、さっきイタズラするために来たって話、したよね」
「キッ」
 口のまわりを汚した夢吉が、慶次に同意をするように言う。夢吉の口を拭いながら、慶次が言った。
「でも、なかなか良い案が無くってさ。考えながら歩いていたら、急な雨に遭って…………竜神が起こったのかなぁってね。そうしたらムカデ衆を率いてる武田の武将に会うもんだから、なんか因縁みたいなのを感じるなぁ、なんて」
 へらり、と笑った慶次の顔が固まる。視線は幸村の背後に向いていて、不思議に思った幸村が振り向くと、そこには楽しそうな顔の信玄が立っていた。
「おっ、お館様。いつの間に」
「たるんどる!」
「ごぶぁっ」
 繰り出された信玄の拳が、幸村の顔にめり込み、彼の体が雨の庭に吹き飛ぶ。
「いついかなる時も、気は配らねばならぬぞ幸村ぁ」
 勢いよく戻ってきた幸村が拳を握る。
「幸村、しかと心に刻みつけ申しました!」
「うむ! 精進せいよ、幸村」
「お館様ぁ!」
「幸村ぁ!」
「おやかたさまァあ!」
「ゆきむるぁ!」
「おぉうやかたさむぁあ!」
「………………なんか、楽しそうだけど、参加しなくていいの?」
 指さし問う慶次に、佐助が首を振る。
「忍たるもの、冷静でいなくちゃいけないからね」
「ふうん?」
 信玄と幸村は、互いに拳を握りしめ、何かを確かめあうように熱く名前を叫び合う。それが納まるまでの間、参加したそうな慶次に「お茶でも飲んで、眺めていてよ」と佐助が冷めた茶を入れ替えた。

 熱い魂を確かめ合った二人が、すっかり茶飲み友達のようになっていた二人に向く。
「あ、終わった」
 慶次の呟きを無視し、信玄が口を開いた。
「伊達の若造にイタズラをしかけるのなら、この幸村も共に行かせよう」
「お館様、某はそのような――ぐぼぁあ」
 喋りかけた言葉が、信玄の拳により意味不明な音に変わる。
「イタズラも修行のうちぞ、幸村!! 臨機応変に遊び心も持つことも肝要!」
「なっ…………」
「真面目過ぎるのでは、戦場においても先が読まれやすい! 幸村、イタズラについていき、遊び心を学んで来い!」
「おおっ! さすがでごさる、お館様! 某、そのように深き考えがあるとは知らず――――前田殿ッ」
「おうっ」
「某に、遊び心をご教授願いとうござる!」
「まかせとけぇ!」
「キッキッ!」
 どんっと胸を叩く慶次と夢吉に、佐助が苦笑いを浮かべた。
「ノリ、いいねぇ…………」

 米沢城への道中、手頃な石に腰掛けて、慶次は握り飯を食べている。肩の上では夢吉が、傍の草の上には幸村が座り握り飯を食べていた。
「いい天気だねぇ」
 一晩泊まった慶次と夢吉は、旅支度を整え幸村を連れて出発し、ちょうど昼時だからと手ごろな石をみつけ、休憩をしていた。
「昨日の雨が、嘘みたいだよねぇ」
 傍の木がから声が降る。ザッと逆さまに顔をだした佐助が、まわりを見渡した。
「で、どんなイタズラにするか、思いついた?」
 問いに、肩をすくめる慶次。
「ムカデを投げつけて逃げる、とか」
「それ、誰でも嫌だから」
 握り飯を食べ終わり、すっくと立ち上がった幸村が、言う。
「前田殿。参りましょう」
「えぇ?! もう少し、ゆっくりしていこうよ」
「しかし……」
「なんかあった時のために、俺様がついてきてるんでしょ」
 むう、と唸り二人を見て再び座る。
「幸村は本当に信玄が好きなんだなぁ」
「なっ……お館様を呼び捨てとは」
「旦那、大将も言ってたっしょ。あんま堅苦しくするなって」
「し、しかし……」
「旦那」
「う、うむ」
 二人のやり取りにほほ笑み、立ち上がった慶次が服を叩いて砂を払う。
「イタズラ、何にするか思いつかないけど、出発しようか」
 幸村が勢いよく立ち上がり、佐助は木に姿を隠した。頭の後ろで腕を組み、歩く慶次が言う。
「結局、これっていうイタズラ、思いつかなかったなぁ」
「すまぬ」
「なんで謝るの」
「某が、もっと何か妙案が浮かぶような者であれば良かったのだが」
 道中、ああでもないこうでもない、とイタズラについて思案していたのは慶次と佐助で、幸村はと言えば夢吉と共に会話を聞くことしかしていなかった。なんとか良い案を、と口を開くのだがうまくいかない。しゅんとする彼の背中を叩き、言う。
「こうやって道連れのいる旅は久しぶりだから楽しいし、今までしたことないなら思いつかなくて当然だし、それを知るために一緒に行けって言われたんだろ」
「うむ」
「キッ」
 納得しきれていない幸村の返事と、夢吉の抗議の声が重なる。
「ああ、ごめんごめん。そうじゃなくて俺たち以外にって事だよ――さて、もうすぐ着いちゃうけど、どうしようか……」
「アンタ、真田幸村じゃねぇか」
 ふいに声がかかる。
「おお、政宗殿の……」
「やっぱそうだ。筆頭になんか用でもあんのか? そっちは」
 剣呑な雰囲気をかもしだしながら、伊達軍の一人が近づいてくる。
「俺は前田慶次。俺が政宗に用事があって、こっちは連れ添い」
「あぁン? いってぇ何の用でぇ」
「うん、まぁちょっとね。ていうか、そんな怖そうな顔をしないで欲しいんだけど」
「おい、何やって――――真田幸村」
「――――おお、片倉殿! その格好は…………」
「畑の世話をしててな。で、なんだ。まさか、政宗様に呼び出されて…………」
「ああ、今日は某ではなく前田殿が政宗殿に用があって――」
「何。呼び出されるとか、幸村と政宗って友達?」
「いや――政宗殿と某は時折邪魔の入らぬよう刄を交える時を作る事がごさる」
「っはぁあ…………楽しそうだね」
「政宗様を呼び捨てにするな。様をつけろ様を」
 完全に置いていかれて所在なげに立ち尽くす伊達軍の男に、慶次が笑いかける。気付いた小十郎が声をかけた。
「ああ、もういいぞ」
「チューッス」
 頭を下げて去っていく。
「変わった挨拶」
「で、アンタ。前田慶次だろう。政宗様に何の用だ」
「用っていうか、なんていうか…………」
 なぁ、と幸村に目配せをする慶次。
「前田殿は、政宗殿にイタズラをするため、京より参られたのでござる」
「――――あ?」
怪訝な雰囲気を出す小十郎に、へらりと慶次が笑いかける。
「ちょっとまて、意味がわからん」
 眉間に指をあてて渋い顔をした小十郎に、幸村がもう一度言う。
「だから、前田殿は政宗殿にイタズラをするため、参られたのでござる」
「ん、ああ………それはわかった。俺がわからねぇのは、何のためにって事だ」
「何って、おもしろそうだったから」
 慶次の答えに頭を振ると、ため息をつきながら被っていた手拭いを外す。
「まあ、何だ――――とりあえず、話を聞こうじゃねぇか」
 歩きだす小十郎に、二人はついて行った。

 自身の部屋に二人を通し、着替えてくると言い置いて、小十郎が去る。しばらくして侍女が茶を三つ運んで来た。もう一つ茶を求めた幸村に不思議そうな顔をした彼女は、夢吉を見て了解の意を込めた会釈をして去っていく。
「夢吉は、俺と一緒でいいのに」
「佐助の分でごさる」
「――ああ、忘れてた」
「ひどいなァ」
 佐助が笑顔で現れる。
「しかし、いいの? 右目の旦那に言っちゃって」
「いいも何も、言っちゃったものは仕方ないしなぁ」
「止めれば良かったのに」
「アンタも止めなかっただろ」
「俺はホラ、忍だから」
「片倉殿に言うのは、問題があったのでござろうか」
 幸村の言葉に、慶次は苦笑を浮かべ佐助はため息をつく。
「あのね、旦那――――」
 言いかけた佐助の姿が消える。ほどなく、侍女が茶を持って現れる。彼女は慶次の前に茶を置き、夢吉に微笑みかけて去っていった。変わりに再び佐助が現れ、茶を手にしてすすった。
「あのね、旦那――――」
「待たせたな」
 現れた小十郎が、僅かに目を大きく開き佐助を見てすぐに襖を閉める。
「アンタも、か」
 ため息をついた小十郎が座して、冷めた茶を飲む。
「で、わかりやすく説明してもらえんのか」
 ふうと長い息を吐いた小十郎に、京で慶次が竜神がムカデを苦手と知り、独眼竜と呼ばれる政宗もムカデが苦手なのだろうかとイタズラをしてみることを思いついたこと、道中であった幸村は、遊び心を知って来いという信玄の言葉で同道していることを、佐助が説明する。
「――――ムカデが好きだって言う奴とは、会ったことが無ぇがな」
 ぼつりと、小十郎が言った。
「俺様も、そう思う」
 佐助の言葉に物言いたげな視線を投げ、軽く頭を振る。
「しかし、よく俺に政宗様にイタズラをするために来ただなんて言えたな」
 慶次がへらりと笑い、言葉を紡ぐ前に幸村が口を開く。
「某、片倉殿が政宗殿の苦手とする御人と聞き、イタズラについて良い案が浮かばぬのならば、知恵を拝借させていただけないものかと思ったのでござる」
「――政宗様が、俺を苦手だと?」
「……違うのでござろうか」
 片目だけを細める小十郎に不安そうな幸村。軽く肩をすくめて、佐助が言う。
「独眼竜の旦那にはっきり物を言えて、諫めたりすることができるのは右目の旦那くらいだねって言う話を道中にしてたから」
「? 道を誤りそうになったら、命棄てる覚悟で意見すんなぁ、当然だろうが」
「ん、あぁ、うん…………まぁ、そうなんだけどね」
 困ったようにほほ笑みながら頬を掻く佐助に、僅かに首をかしげながら話を戻す。
「で、案をくれっつう事は、どんなイタズラ仕掛けるか決まって無ぇんだな」
「だからまぁ、遊びに来たってことにしてさ、穏便に、ね」
「軽く酒でも一緒に楽しんで、帰ろうかなぁって」
 佐助と慶次の言葉に、幸村が尻を浮かせる。
「志半ばで断念するなど! 前田殿は政宗殿にイタズラをするため、京より参られたのでござろう」
「うん、まぁ――そうなんだけどね」
「なれば、やり遂げなくば何とするのでござる!」
 拳を握りながらの幸村に、呆れた顔をしながら小十郎が言う。
「――こりゃ、遊び心を学んでこいと言われて、当然だな――――苦労すんな、アンタ」
 言われ、笑みで返事をした佐助が幸村を見る。
「旦那、臨機応変って言葉を知ってる?」
 きょとんとした幸村の前にしゃがみ、目線を合わせる。
「遊び心も大切だけど、臨機応変も出来なきゃ、戦場でいくら命があっても足りないよ? 引くことも大事でしょ」
「――――しかし、お館様の」
「大将だって、そう言うと思うよ」
 むう、と険しい顔で俯く幸村。
「――――しかし」
 納得出来ない、という態度に小十郎が大きなため息をついた。
「わかった」
 全員が小十郎を見る。
「協力しよう」
 幸村が顔を輝かせ、二人は目を丸くする。
「――協力って、右目の旦那が?」
 ふうっと不本意そうに長い息を吐きながら、言う。
「二人は諦めるっつってるが、そっちのが納得してねぇ。アンタらを野放しにして、面倒な事になるくれぇなら、協力してやる」
「ありがたい! 政宗殿をよく知る片倉殿が協力してくれるとは、心強いでござる」
「――――他の奴らなら、放ってるんだがな」
「俺様たち、結構評価されてんだ」
 当然だけど、と言う佐助に顔を向ける。
「それに、恩を売っておくのも悪く無ぇ。――――こんなことが、恩になるのかどうかも怪しいがな」
「かたじけのうござる、片倉殿!」
「ああ――そうと決れば、さっさと何するか決めるぞ。まずはアンタらの考えてみたイタズラを聞こう。全く何も思いつかなかったってぇ訳じゃ、無ぇんだろ」
 そこで、慶次が様々な没案を口にする。その度に呆れたり、怪我させる気かと怒ったりしながら聞き終えた小十郎は、全身から疲れをにじませていた。
「とんでもねぇ事、考えてんなアンタら…………」
「片倉殿、大丈夫でござるか」
「ああ、問題無ぇ――――で、だ。竜神がムカデを苦手としてるってぇのが根本にあるから、イタズラにはムカデを使いてぇんだな」
「出来ればねぇ。でも、さっきの反応じゃあ」
「前田殿、政宗殿がムカデが苦手かどうかが前提にあるのでござろう。なれば――――」
「ああもう分かった」
 右手をあげて幸村を制し、反対の手を顎に添えながらぶつぶつと口のなかで言う小十郎を見つめる。夢吉が問うように慶次を見、大丈夫だと言いたげな笑みを浮かべて撫でる。しばらくして――――
「アンタら、金はあるか」
「――――知恵の報酬ってこと?」
「違う。そんなケチくせぇ事言うかよ。政宗様にイタズラ仕掛けるってんなら、ハンパな事したって仕方無ぇだろう」
「そりゃ、まぁ派手な方が楽しいけど――――」
「だから、金はあるかと聞いた」
「右目の旦那。まずは説明してくんないと、どのくらいお金が必要で、何に使うかわからないと。あるかないか、じゃなく出せるか出せないかって問題があるでしょ」
「ん? あぁ、そうだな」
 少し間をあけてからイタズラの説明を始める。その内容に、幸村は顔を輝かせ、慶次はにんまりとし、佐助は妙に感心した顔になる。
「なるほど、それならムカデの件も、独眼竜の旦那が怪我しないようにってのにも合うね」 「しかも、地味そうに見えて派手な演出だし」
「皆の意見をまとめて、全てに合致する案を出すとは、流石でござる」
「で、金は出すのか出さねぇのか」
 小十郎の言葉に、三人と一匹は具体的な計画を求めた。

 後日、準備の整った朝。大きな風呂敷包みを持った慶次と幸村、佐助は政宗の部屋に向かっていた。
――朝議の時間、それが一番いいだろう。
 小十郎の合図で、三人は忍び込みイタズラを始める。
「しかし、右目の旦那のおかげですんなり忍び込めたねぇ」
 風呂敷を広げ中身を取り出す佐助に、幸村が頷く。
「片倉殿は、素晴らしい御人でござるな」
 幸村の手元を覗いた慶次が目を丸くする。
「あれ、それ…………」
「せっかくなのでな、遊び心というものをしてみたのでござる」
 嬉しそうに手にした物を見せる幸村に、佐助が笑う。
「旦那ぁ、それはキツいわ」
「良いでござろう? 一つくらい、違うものがあっても」
「俺も、すりゃあ良かったなぁ」
「キッ」
「旦那後で、それ持って帰って部屋に飾れば?」
「――――部屋に」
「あ、冗談だからね、冗談」
 ワイワイと部屋にイタズラをしていく三人と一匹。佐助が足音に気付き、皆で部屋を出て政宗が帰ってくるのを覗き見る。
「HA! ったく、身体が鈍っちまう」
「だからといって、無茶はいけません」
「わかってるよ、小十ろ…………」
 部屋を見た政宗は、目を見開き息を飲んで硬直する。その姿に、思わず吹き出してしまう慶次。あわてて口を押さえるも、込み上げてくるものは押さえようが無い。その気配を政宗が見逃すはずもなく、軋む音が聞こえそうな動きで、二人と一匹が隠れている方へ顔を向ける。
「て、め、え、らぁああああああ」
 最後は雄叫びになる政宗の声に、慶次がぴょんと飛び上がり、幸村の肩を掴む。
「逃げるぞっ」
「えっ……あっ…………」
 走る慶次につられたように、幸村も駆け出す。
「覚悟しやがれェええええええええ!」
 手のひらを大きく開き、指を鉤状に折り曲げて追い掛ける政宗を見送る小十郎の横に、佐助が現れた。
「あーあ。いいの? 放っておいて」
「身体が鈍るとおっしゃられていたからな。問題無いだろう。それに、政宗様にも息抜きが必要だ」
「なんか、協力されたって言うより利用されたって気がするなぁ」
「不満か」
「あんな独眼竜の旦那めったに見られないだろうから、不満か満足かって言われたら、満足だろうね」
「はっきりしねぇ奴だな」
 ニヤリと笑う佐助から、政宗の部屋へ視線を移す。そこは、掛け軸や襖、障子にいたるまでムカデの絵で飾られていた。
「うん?」
 一つ、違うものを見つけて首をかしげる小十郎。
「うちの旦那が、一つ違うものをって用意したんだってさ」
 そこには、信玄の似顔絵があった。なんとも言えない顔をする小十郎の肩を、慰めでもするかのように軽く叩く。
「クセになるなよ!」
「天覇ッ絶槍ぉお!」
「押しの一手ッ!」
 派手な音のする方へ顔を向け、佐助が呟く。
「楽しそうだねぇ」
 小十郎が、ふうと鼻で息をつき、佐助が横目で顔を見る。
「部屋の片付け、手伝ってくれんだろうな」
 同じように横目で佐助を見た彼に、にっこりと微笑みかけて佐助が姿を消す。遠くから聞こえてくる叫びと爆音に、顔をしかめてやれやれと呟き、腰の刀に片手を乗せて、派手なPartyが繰り広げられている場所へ足を向けた。


――――終?

2009/07/17



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