うっとうしいくらいに、まとわりついてきていた弁丸が、何やら自分を避けている。 あまりにあからさますぎて――子どもというのは、どうしてわかりやすい嘘を、絶対にばれないと思ってつくのだろうか――人を疑う事が仕事のような猿飛佐助は、子どもでありながら、自分より幼い主に呆れていた。 いつもは、用事も無いのに――弁丸からすれば「用事」なのだろうが――呼び出しては、つまらぬことを言い、つまらぬことに付きあわせようとしてくるくせに、ここのところは、とんとお呼びがかからない。(なんだってんだ) 佐助の都合など、かまいもせずに呼び出してくると、草屋敷でぼやいていたが、無いければ無いで、ぼやきたくなる。けれど(呼び出されなくなった、なんて) 仲間内で呟けるはずも無く(あ〜あ) なんとなく、落ち着かない気持ちをもてあまし、手裏剣を手の中で弄びながら、空いてしまった時間を過ごしている。 弁丸にいつ呼び出されてもいいように、と効率よく――あまり無駄をしない佐助であったが、それを更に突き詰めるようになり――仕事をする癖がつき、呼び出されなくなってしまえば、もてあます時間となる。(どうしよっかなぁ) 今はとくに、することも無い。むろん、なにかあればすぐに動けるようにはしてある。あるのだが(今日も、お呼びはかからないのかね) ひや、と心臓が凝った。 自分は忍で、相手は武家の御子で、飽きられれば佐助は用済みとなり、新しい守役が付けられる。 初めのころは、それが早くこればいいのにと思っていた。いや、最近までも(そう思っていたのに) と、思い込んでいた。 感情を表すことを、弁丸から知らぬうちに覚えてしまい、それと気づかぬうちに態度に滲ませてしまっていた佐助のことを ――弁丸様と佐助と、どちらが懐いているのか。 と、年嵩の者たちが微笑ましく語っていることを、佐助は知らずにいた。 そして、佐助が悶々としていることなど、草屋敷の者たちからすれば、わかりやすすぎるくらいの態度で示されている、と思えるほどで「佐助。峠の茶屋の団子を、お八つにしてはどうか」 と、水を向けた。 峠の茶屋の団子は、なかなかの評判があり(弁丸様も、お気に入りだよな) 思わず腰を浮かせて、にやつく仲間の気配に気づき「べ、別に買いに行くために立ったわけじゃないぜ」 しなくても良い言い訳をした。「若様は、最近、どうにも食が細いと聞く。好きなものでもあらば、少しは食が戻るのではないかと、思うのだが」 一人がいい、他の者が「さもあらん」「あまり人を寄せ付けず、部屋にこもりきりのご様子」「あの若様がなぁ」「何やら、心配事でもあるのだろうか」「なれど、誰も聞きだせぬと言うぞ」「あの方は、存外に強情なところがござるからの」 口々に言う。(そんなこと) 佐助は、とっくに知っていた。知っているが、どうにも動けずにいた。そこまで忍が口出しをするなど、あり得ぬことであったし、何よりも彼は仲間の前で、弁丸に呼び出されるのを嫌々という態にしておいてある。少年らしい意地のようなものが、自分の足かせとなっていることに、気付けないでいた。「佐助、我らは若様が心配だ」「年の近いおぬしなら、なんとか話を聞けるかもしれぬ」「もしご病気のきざしなどあらば、対処せねばならぬ」「取り返しがつかなくなってから気付くでは、困るしな」 うむうむ、と草屋敷の者たちは佐助をうながし「内々の任務として、若様の異変の正体を、探ってくれ」「雇い主の家が途絶えては、困るからの」 彼の足かせをゆるめる依頼をした。「仕方ないね。そんじゃま、ちょっくら団子でも買って、話を聞いてみますかね」 嬉しさのようなものを抑えきれずに居る佐助が、風となって草屋敷から気配をなくすのを、年嵩の者どもは顔を見合わせ楽しげに頷き合った。 黙然と、部屋の隅で唇を引き結び、弁丸は背筋をただし禅を組んでいた。 そこに「若様」 声がかかり、はっと目を開けて「さす――ッ」 腰を浮かせ、うれしげに名を呼び掛けて、とどまった。 ぎゅう、とこぶしをにぎり堪える。「な、何用だ」「ちょっと、任務のついでに峠の茶屋のそばを通ったから、団子を土産に携えてまいりました」 佐助の声は、いつもよりもよそよそしい。そのことに眉をハの字にして「なれば、そこへ置いておけ」 精一杯の威厳を込めて放つ幼い声は、どうにも痛々しい。(なんなんだよ) 障子の前に片膝をついている佐助は、苛立った。 乱暴に障子をあけて、突然の態度の変わりようを問い詰めたい衝動を抑え込み「早めに、お召し上がりくださいますよう」 思うよりも硬い声になったことに驚きつつ、団子を置いて姿を消した。 障子に写っていた佐助の影が消えたことに、寂しさを感じつつ近寄った弁丸は、そ、と自分の頭が通るくらいに障子をあけ、首を出して周囲を見回し、だれも居ないことを確認してから、置かれている団子に目を落とし、持ち上げた。 じ――とそれを見つめ「さすけ」 さみしげに、ぽつりとつぶやいてから頭を入れて障子をぴたりと閉めるさまを、屋根に張り付いた佐助は、見つめていた。 そんなこととは知らず、弁丸は団子の包を開け、ぱく、と一本口にした。弁丸の好きな弾力と甘さに目を細めて、咀嚼し飲み込む。「うまい」 つぶやいて、まだ団子の残る串を置き「さすけ」 届かぬように呼び、膝を抱えて項垂れた。(おれは、病なのだ) 弁丸は、最近、自分の身におこったことを、そう判じていた。 あるとき、目を覚ますと何やら下肢に違和感があった。下帯を解いてみると、粗相とは違うものがついている。(これは――) 弁丸はそれを、膿と思った。(体内に膿が出来て、それが出たのだ) 誰にも相談せずに、断定した。 もしこれが流行り病であるとしたら――。そんなことを思って(さすけに、移してはならぬ) それで早速、佐助を呼ばぬように、務めた。弁丸は、自分が呼ばなければ彼が来ないことを知っていた。呼んでも、任務の時は来ないと、わかっていた。(さすけは、優秀なのだ) 常々、優秀で忙しいからとぼやいていると、聞いたことがある。(なれば、移してはならぬ) それに、弁丸は佐助が好きだった。なんだかんだと弁丸に付き合ってくれることに、安堵感を持ち気後れすることもせず、全力で自分をさらけ出せると、無意識のうちに感じていた。「さすけぇ」 けれど、寂しい気持ちはどうしようもなく、名を呼んでしまう。「――――ぁ」 自分の体の変化に、声を上げた。そろそろと足を開き、股間を見る。布が少し、持ち上がっていた。 最初に膿がでた日より後、いつごろからか寂しさに追われて佐助を思うと、魔羅が腫れるようになった。 じくじくと疼くそれは、甘いような感覚を弁丸にもたらし、おそるおそる触れてみれば「っは、ぁあ」 管路のようなざわめきが、体中に走った。そして、夢中になり手を動かし「ぁ、あっ、あぁ」 突き動かされるまま、膿を発した。 その後のけだるさと恍惚、罪悪感に体を丸め、けれど湧き上がったものを、そうすることしか思いつけず、ますます人を自分より遠ざけるようにして、過ごすようになった。 そして今も、佐助の声を聞き募った想いから凝ったものを諌めるべく、弁丸は壁に背をつけ足を開き、袴を脱いで下帯を外した。 ふる、と肌の色とはちがうものが、早くせよと弁丸を促す。形を変えた魔羅に手を伸ばし、擦り始めた。「んっ――ん……ぁ、さす、ん」 無意識で、佐助の名前が口をつく。息を荒げ、行為に没頭し「はっ、ぁ、ぁあ――ッ」 いつものように放ち、呆けていると「何、やってんの?」 上から声が降ってきて、息をのんだ。「さ、すけ」 いつの間に現れたのか、佐助が自分を見下している。「ぁ、あぁ――」 体を震わせ、見開いた目に涙を浮かべた弁丸の横に、佐助が膝をついた。「答えて」「ふ、ふぇ」「若様」「ならぬっ!」 手を伸ばした佐助を、突き飛ばそうと両手を伸ばし「おっと」 その手を取られて抱き留められた。「な、ならぬっ、ならぬ――はなせっ」 身じろぎ、暴れてみても佐助の腕から逃れられるはずもなく「なんで、自慰なんてしてたのさ」(俺様の名前、呼びながら、なんて) 混乱している弁丸と同じくらい、佐助も困惑をしていた。「はなせっ、はなせぇ」 暴れる弁丸の身動きを封じるように、佐助が腕に力を込める。どうしても逃れられぬと悟った弁丸は「さすけに、病が、病が移るぅあぁあああ」 大声で泣き出した。「は? 病?」 何のことを言っているのか。首をかしげる佐助に、しゃくりあげながら夢精をしたこと、そのあと佐助を想うと下肢に熱が集まることを説明する。「おれはっ、おれは病なのだ」 涙と鼻水で顔中をグシャグシャにしながら言う弁丸に(どうしよう) この上も無いほどの愛おしさと喜びを感じた佐助の胸と腰が、熱くなった。「若様」 顔を拭ってやりながら、優しく声をかける。「それなら、もうとっくに俺様も病にかかってるよ」「――う、移したのか」 青ざめる弁丸に首を振り「これは、死に至るものじゃ、無いんだよ」 そっと、佐助の手が動き「ひぁ」 弁丸の袋を、やわやわと揉んだ。「ここに、子種を作る場所があって」「ふ、ぁあ」 するりと指が動き、魔羅に触れる。「生まれた子種は、ここを通って外に出るんだ」「は、ぁ、ああ、さす、けぇ」 戸惑いながらも、とろけた顔をする弁丸の額に唇を寄せる。「誰かをいとおしく思ったりすると、子種が生まれて凝るんだ」「はっ、ぁ、あふ、んっ、さす、ぁ、あ」 弁丸の両腕が、佐助の首に回った。「病と言えば病だけど、死に至る病じゃないよ」「ぁ、はく、う、ぁ、んっ、ん」 しがみつく弁丸の腕に力がこもる。「もっとも、しすぎたら体力を消耗して良くないんだけどね」「さす、ぁ、さすけぇえ」「きもちい?」「ひっ、はひゅ、ぁはっ、あ、ぁ」 応える余裕のない姿に、佐助の腰の疼きが強くなる。「ごめん」 弁丸を膝に抱えたまま、彼を弄りながら片手で自分の前をくつろげ、猛ったそれを慰め始めた。「さすけ――?」 気づいたらしい弁丸に「俺様も、だから――恥ずかしいことでも、悪いことでもないから……だから、弁丸様のぜんぶ、見せて」 若様、ではなく名で呼び、顔中に唇を降らせながら弁丸を高め、自分を昇らせる。「ぁあっ、さすけぇ、ぁ、くるっ、ぁ、くるっ、ぁ、ああっ、ひぅう」 首を振り、自分でするのと比べ物にならぬ快楽に追い詰められ涙をあふれさせる弁丸へ「んっ――俺様も……ぁ、もうっ、でる――ッくぅ」「ッ――あぁあああ」 佐助は子種をふりかけて、応えるように弁丸も果てた。 身支度を整え、面映ゆさをごまかすように乱暴に分け与えられた団子にかじりつく佐助の横で、弁丸が安堵したように団子をほおばり茶を飲んでいる。(はぁ――) 気恥ずかしすぎてどこかへ籠ってしまいたいのだが、佐助にぴたりと体を寄せて楽しそうにする弁丸を置いていけずに(何やってんだよ) 自己嫌悪に、陥っていた。 思う以上の衝撃を、欲液に汚れた弁丸の姿をみて受けた。同時に、絆されるどころではなかった自分に、気付いた。――いや、薄々は感じていたが、知らぬふりをしていた。それが、目の前に突き付けられたのだ。(言い逃れも何も) 出来るはずが無く(情けねぇ) 落ち込んでいた。「さすけっ」「はぁい」 そんな佐助の心中など、知ったことかと上機嫌で弁丸が笑顔をむけてくる。それにめまいを起すほどの愛おしさを感じながら、そっけなく返すと「さすけも、おれが好きなのだな」 うれしげに言われて「なっ、ぇ、あ」 不覚にも、顔に血が上るのを、抑えられなかった。「いとおしく思えば、ああなるのだろう。なれば、さすけも――」 照れくさそうに小首をかしげる姿に(ああもう!) 観念した。「好いておりますよ」 ぞんざいな声を心掛けつつも、白状する。「おれもだ」 満足げにうなずいた弁丸が、次の団子に手を伸ばし、ほおばる姿を見つめながら(一生、かなわねぇんだろうなぁ) そんな予感が、何故か、うれしかった。2012/6/13