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昔、小十郎×小十郎に寄稿したもの

 月明かりが障子に漉され、室内に広がっている。その中で片倉小十郎の文机に添えられている灯明皿が、時折焦げる音をさせながら青白い光に飲み込まれまいと、橙色を彼の手元に滲ませていた。それを頼りに書き物をしていた小十郎が、ふうと息を吐いて筆を置き、眉間をつまんで少しもんだ後、伸びをする。
「んっ、くぅ…………っふぅ」
  息を吐き、腕を下ろした彼の影が灯明皿に灯された光でくっきりと壁に映り込む。影は伸びをした格好のままズルズルと壁をよじ登り、小十郎とつながっていた部分を、ふっつりと切り離した。
  もぞりもぞりと壁の中を身じろぎしながら体を固め、すい、とそこから部屋へ入ってくる。それは、片倉小十郎そのものの姿をしていた。
  小十郎の影は、肩に手を置き首を傾けている彼にそっと近寄り、背中に沿ってしゃがむと、耳元で声をかけた。
「ずいぶんと、退屈そうだな」
  ぴくり、と小十郎の眉毛が動く。
「斥候の報告をまとめて、明日の軍議に備えているのか」
  小十郎の肩越しに体を伸ばし、文机に目を落とす。ちらりと灯明皿の中の油が十分にあることを確認して、影は薄く笑みながら小十郎を抱きしめた。
「いい加減、鈍(なま)ってきているんじゃないのか。最近は大きな戦も無く、様子見ばかりで安穏としているだろう」
「――天下泰平を求めているからな。戦など、無いにこしたことは無ぇ」
  影が、すいと眼を細めて唇の笑みを深くする。
「綺麗事を――だからこそ、この俺が居るんだがな」
  小十郎を放し、影がふらりと立ち上がる。明かり窓から空を見上げて、つぶやいた。
「良い、月夜だ――――」
  壁に肩をもたせかけ、懐に片手を入れている姿はまぎれもなく自分自身で、そっと目を向けた小十郎は奇妙な感覚に捉われる。――まるで、夢の中で自分自身を見つめているような――たよりなく浮遊感に見舞われている錯覚に、触れているはずの床も、文机も幻であるかのように思われて、小十郎は眼の奥に力を込めた。
「見惚れてんのか?」
  ニヤリとした声に、目を細める。
  自分自身で聞いている声と、他人の聞いている声は違うという。他人の聞く自分の声は、このようなものなのかと影と初めて対峙した時は違和感があったが、今では聞き慣れた。――影が現れたことで良かったことがあるとすれば、自分の声音はどのように聞こえ、相手にどう影響するのかを検分できるようになった、ということだろうか。もっとも、それに協力的になる相手ではなかったので、影の発する言葉――高圧的な態度が、どのように見えるのかということを知るに留まってはいるが。
「自分に見惚れるほど、自惚れちゃあいねぇんでな」
  顎を突き出し、見降ろしてくる顔を睨みつける。
「自惚れろ。むしゃぶりつきたくなるほどの、いい男だって、な」
  肩で壁を蹴って、影は小十郎に近づいた。
「――――何の、用だ」
  しゃがみ、顔を近づける影に問うとクックッと喉の奥で笑われた。
「何が、おかしい」
  深く眉間にしわを刻むと、そこに唇を寄せられる。触れるか触れないかの位置で、つぶやかれた。
「そろそろ、会いたかったんじゃねぇのか」
  むずり、と息のかかった場所が疼いた。
「用が無ぇんなら、影に戻れ」
  おや、と心外そうに目を開くと、影は特に意味もなく物を眺めているような顔をして首をかしげた。
「去ってほしいんなら、火を消せばいいんじゃねぇのか」
  俺はお前の影なんだからとつぶやいて、両手で自分の髪をなでつける。
「闇が濃くなれば、影も濃くなる。――――忘れたわけじゃあ、無ぇんだろう」
  ささやく声が、小十郎の心をくすぐる。甘美な響きに、自分ではこういう声を出したことはなかったな、と冷静さを保つために考えを浮かべた。
  小十郎自身、気が付いている。この影は、自分の闇が凝った姿なのだと。光が濃ければ濃いほど、闇は凝る。平穏が続けば続くほど、自分の中の獣じみたものが凝り固まってくるのを、自覚していた。戦場で言いしれぬ高揚を受けている自分を、識っている。若さゆえの血気だと自らの主を戒めておきながらも、己の中にそれがあることを認識しながら押さえつけておいた結果が、この影なのだと数度の逢瀬で強引に知らされた。だが、知ることと納得することは、違う。小十郎は、知ってはいるが、それを認めてはいない。認めてはいないくせに知っているので拒絶もできず、影を追い払える最短の方法――灯りを消すという行動を、取れずにいた。今追い払ったとして、その次により深く濃くなった影に対峙しなければならなくなることも、ためらいの理由になった。
  濃くなりすぎた影は、いつか主体を食い破り、自らが表になる。
  そのようなことを、何かの折に耳にしたか目にしたかで、知っていた。もし押さえきれなくなるほどに影が凝り、自分が食い破られてしまったら、政宗様はどうなるのか――――。
「この俺に、触れられたいんだろう」
  影の声音が、砂糖菓子のように小十郎に差し出される。
  ――――さぁ、甘美を存分に求めろ。
  影の目が、そう告げている。
「誰がッ――」
  否定をする小十郎の眼は、鋭い言葉を裏切って、弱々しく揺れながら影を映す。唇が触れ合うくらいの距離で、影が笑った。
「獣のように、吼えたいだろう」
  そのまま、触れてしまいたい衝動に駆られる。そんな小十郎を見透かしているように、影は眼を細めた。
「闇に堕ちるのは、心地が良いだろう――――存分に、癖になるほどに、教えたはずだがな」
  ひゅっ、と小十郎の喉が笛を鳴らすように息を吸い、影から目をそらす。愛(いつく)しむような、獲物を狩るような顔をして、影が袂に手を入れた。ビクリと小十郎が体をこわばらせる。
「あからさまに欲しがりたくねぇんなら、拒絶をしているふりを、していろ――――俺が勝手に蹂躙しているという格好で、居るんだな」
  するすると手を寝間着の中に入れる。わずかな身動ぎのみで、ろくに抵抗を見せない小十郎に、熱い息を吹きかけながら影が唇を寄せる。体をこわばらせたままの相手を甘やかすように、安心させるように、なんども唇をついばむと、固く閉じた唇が、薄く開いた。舌先でつつくように、少しずつ舐めながら両腕を上下に撫でる。そらされた瞳がトロリとしはじめ、唇がさらに開いた。
  ――――もっともっと、ゆっくりと堕ちて行けばいい。
  灯明皿の油を再度確認しながら、影は小十郎の頑なさを解きほぐしていく。強引に堕とすのは、もう充分にしている。あとは、ゆっくりと開かせ、気づかないままに頭の先まで闇に浸せばいい――――。
「っ――――」
  小十郎の唇から、熱い息が漏れた。それを絡めるように、影が舌を差し入れて歯列をなぞる。促されるままに開いた口から舌が覗き、影に向かって差し出された。
  ――――堕ちる。
  確信した影が、貪るように口づけると小十郎の鼻から甘い息が漏れる。撫でていた腕をつかみ、引き寄せながら角度を変えて深く深く口内を奪う。
「ん――っふ、むぁ……」
  唇から洩れる一切をすべて取り込もうとするかのように、容赦なく口腔を荒らす。影の肉欲を知っている体は、すぐに肌を泡立たせ始めた。
「ぁ、ふ――っ、く」
  ギリギリの一線でとどまろうとする小十郎に、影が狂喜する。素直に堕ちてしまっては、面白みがない。もっと――深く戻れないほどの闇に呑まれてしまわなければ意味がない。
「いい顔だ――そそるぜ、小十郎」
「はっ――あいにく、俺には自分に惚れるような趣味は無ぇ」
  口腔への愛撫で、体の隅々まで甘い痺れと疼きが広がっているはずであるのに――そういう顔をしているのに、瞳はまだ理性の光を保っている。
「そう言うな。誰にでもあるはずの自尊心が凝れば、自己愛の自惚れにもなる。――――抑え込めば込むほど、モノは凝るだろう」
  だから影の姿に心身を奮わせろとささやかれ、小十郎は鼻で笑った。
「たしかに、テメェは俺の濃い闇の部分かもしれねぇ。だがな――ぁ、っ」
  言葉が途中で途切れる。面白そうな顔をして、影が彼の牡を握りこんでいた。
「こんなに膨らませて、自惚れが無ぇなら、ここまでにはならねぇんじゃねぇか。まぁ――――どちらでもいい。たっぷりと、自分の中の汚い部分を味わうんだな」
「はっ、んん―――」
  影の手が握りこんだ手を強く弱く指を蠢かし牡を刺激する。牛の乳しぼりをしているような動きに、小十郎は顎をのけぞらせて太ももをわななかせた。
「もっと、イイ声で啼けるだろう」
「はっ、く、ぅう―――」
  影の言葉に滲み始めた意識を引き戻す。それがより羞恥と快楽を織り交ぜることを知りながら、素直に溺れる気にはなれなかった。
「素直に、声を出せば楽だってわかっているんだろう―――こっちは、こんなに素直だぜ」
「ふぅ、んんっ」
  強く握られ、小十郎の体がこわばる。すぐにそれをほぐすように、影は牡を揉む。先端を指の腹で擦ると、小十郎の腰が揺れた。
「自分の牡液で濡れながら擦られるのは、気持ちがいいだろう――滑りが良くなれば、少々酷くしたところで痛みなんか、感じねぇ――――なぁ。酷く、されてぇんだろ」
「誰が、っ――ぁあ」
  牡を擦る手に握りつぶそうとするくらいの力が籠る。喉の奥まで開き叫んだ小十郎を追いたてるように、乱暴に牡を手のひらで、指で捏ね回しながら鎖骨に歯を立てた。
「はっ――ぁ、つ、ぅう――」
  痛みと快楽に眉根を寄せる彼の表情に舌舐めずりをし、みっしりとした筋肉の頂にぷくりと存在を主張している乳首を噛む。
「ひっ――ぁ、ああ……っ、は、くぅ」
「痛くされんのが、いいんだろう――狂いたいだろう――ヌルさには、飽き飽きしているんだろう――なぁ、小十郎」
「ぁ、くぁああっ――はっ、それはっ――テメェ、だ、ろぅ…………がっ」
「――――わかってねぇはずは、無いだろう。俺は、小十郎――おまえ自身だってことを」
「ひぐっ――ぉ、ぁあああっ」
  つぷ、と影の指が小十郎の菊花に挿し入れられる。牡液に濡れそぼった指は、ぐいぐいと押し込まれ内壁をぐるりと撫でた。
  「もう――俺の味は覚えただろう…………自分の魔羅がどれほどのもんか、思い出せ――――欲しがれ」
「ぁ、誰っ――が、自分の――はっ、ぁ…………っ」
「じゃあ、誰のモンなら、欲しいんだ――――なぁ、小十郎……俺に慣らされたココは、誰を受け入れたくて、こんなヒクついてんだ」
「はふっ、ぁ――――っ、誰も……」
「俺に、嘘は通用しないってわかってんだろう――自分で否定すればするほど、俺に凝るってことも」
「ひっ、ぁ――――ぅ、く…………」
  整えられた小十郎の髪が乱れ、汗ばむ額に張り付く。それを優しくかき上げてやりながら、影は甘い口づけを、ささやきとともに与えた。
「小十郎――――綺麗でいてぇんなら、俺を欲しがれ…………俺を受け入れて、乱れ、狂気を放て――――認めろ…………ドロドロの欲にまみれた、どす黒い自分自身を」
「んっ――は……っ」
  欲の熱に浮かされた小十郎の瞳が、影をまっすぐに見つめる。自分と同じ姿かたちの存在が瞳に映している、あさましい自分の姿にクッと喉をふるわせ、唇に笑みを乗せて腕を伸ばし首に絡めた。
「上等だ――――相手んなってやる」
  剣呑な声音と瞳に、影は眩暈がしそうなほどの高ぶりを感じた。
「そうだ――逃げるな…………やりすごすな――向かい合え――――――受け止めろ」
  陰と陽が、まぐわい、からまり、雄叫びを上げる。
  享楽の宴を、月光だけが静穏な瞳で見つめていた。

2010/08/24(UP日2013/7/15



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