体の隅々が、余すところなくしっとりと濡れている。 草いきれに囲まれて、伊達政宗は大の字に寝転がっていた。耳に、清流の水音が途切れることなく届いている。 右目を覆う眼帯が熱を持ち、無意識に手を伸ばして掴み、外し、右手を伸ばせば水音がして、右手ごと眼帯が水に触れた。 上流のここは、木々に遮られ日差しが和らぐので、里よりもずっと水が冷たい。 ふう、と息を漏らして、政宗は汗ばんだ肌を静めていた。 ここには、誰に声も届かない。政宗の愛馬も、下流につないであるので息遣いは届かない。 人の通る道の無い、誰も知らない場所。竜の安息所で、連日の政務と暑さに疲れた体を、休めていた。 かさり、とわずかな音がせせらぎの隙間に入り込み、政宗は目を開ける。木々の隙間を縫って降り注ぐ日差しを浴びながら、近づいてくる足音に耳を傾けた。 竜の安息所に入れるのは、竜しかいない。「政宗様」 届いた声は、政宗の失われた右目―竜の右目と呼ばれる男、片倉小十郎の者だった。呼び声に返事をせぬまま、政宗はきらめく木の葉を眺めつづける。「政宗様」 かたわらに膝を着いた小十郎が、政宗の顔を覗き込んだ。視界が、小十郎の顔で埋め尽くされる。「やはり、こちらでしたか」 微笑むでもなく、咎めるでもなく、右目は静かに語りかける。川に浸けていた眼帯を持ち上げ、良く冷えたそれを小十郎の額に押し付ければ、ぽたりとしずくが政宗の上に落ちた。「ずいぶんと、冷えてしまわれておりますな」 政宗の手首を掴んだ小十郎が、冷えた指先に唇を寄せる。やわらかなそれを割り開くように、爪で軽く押せば小十郎の口が開いた。そのまま指を伸ばしてさぐれば、小十郎は素直に口を開く。 赤子が抱きしめてくる者の口内に興味を示し、指で探るように、政宗は小十郎の口内を探った。歯を指で挟み、舌を撫で、上あごをくすぐり、濡れた指を抜けば、小十郎の唇が政宗の唇を押しつぶした。「小十郎」「そのような悪戯を、どこで覚えてこられたのですか」 鼻先に笑みの気配が漂っている。それに微笑み、政宗は彼の首に腕を回した。「アンタが、俺にこんな悪戯を思いつかせるんだろう」 くすくすと唇を寄せれば、政宗の背に小十郎の腕が回った。唇を重ねられながら抱き起され、胸の奥深くに包まれれば、森と、土と、戦の匂いが鼻孔に触れる。 どうしようもないほどに強い、小十郎の匂いだ。 ずくん、と政宗の胸が疼いた。 この俺は、どんな匂いがするのだろう。 小十郎に身を摺り寄せる政宗を、動きを制限せぬ程度に抱きしめる小十郎が、彼の髪に唇を寄せて問う。「いかがなさいました」「markingだ」「まぁ? なんですか、それは」「俺の匂いを、アンタにすりつけてんだ」「ああ。獣の匂い付けですか」 くすりと鼻を鳴らした小十郎に、少しムッとした政宗が彼の顎に噛みつく。「なんです?」「うるせぇよ」 政宗の不機嫌の理由を、小十郎は察したらしい。「そのようなことをなされなくとも、この小十郎は貴方様の右目ですので、離れるなどありえません」「熱の病で、俺は右目を手放した」 小十郎も、熱の病で――胸を焦がすような熱の病で、自分から離れる時が無いとは、限らない。 不安が、政宗の目の奥で揺れた。「私が離れるとするならば、政宗様。それは、貴方が私を手放す時以外に、あり得ません」 それに、貴方の右目を切り離したのは私ですと、小十郎は虚となった政宗の右目に唇を寄せた。「なら、小十郎」「は」「俺に、markingをしろよ」「は?」 鼻先を重ねた政宗が、小十郎の瞳の奥を捕らえる。「俺の奥深くに、アンタの匂いを擦りつけろ」 きょとんと目を丸くした小十郎が、口元をほころばせた。「ずいぶんな、誘い文句ですね」「うるせぇよ。すんのか、しねぇのか決め、ぁ、んっ」「貴方を所有しても良いというのであれば、いくらでも」 小十郎の瞳が剣呑に光り、政宗の帯を解いて腰を撫でる。唇を重ねていねいに口腔をねぶられながら背を撫でられて「んふっ、ふぁ、う」 政宗が跳ねた。「ふっ、んふぅっ、んぁ、はっ、ん」 普段は別に何ともないはずの背は、小十郎に口を吸われれば強い性を感じる場所に変じてしまう。びくんびくんと震える政宗を片腕で抱き留め、小十郎は飲めぬ唾液が口の端からあふれ出るまで、政宗の唇を貪り、背を撫で続けた。「ふはっ、は、はぁ、はっ、はぁ」 解放をされる頃には、政宗の瞳は快楽に潤み、呼気は肩を揺するほどに荒れていた。「まだ、口吸いと背を撫でる事しか、いたしておりませんが」「うぅっ」 にやりと口の端を持ち上げた小十郎が、開いた政宗の足の間を示す。そこは、しっかりと盛り上がり存在を主張していた。「仕方ねぇだろうが」 政宗が吼えれば「すべては、この小十郎の責任と?」「No.俺が小十郎を欲しがり、アンタが俺を欲しがった、結果だ」 自ら帯を解いた政宗が、小十郎の逞しい胸に腕を這わせる。「もっと、俺を欲しがれよ」「これ以上、政宗様を欲すればこの場から戻れなくなってしまいます」「Ha! そんぐれぇ熱くなったアンタを、見てみてぇモンだな」 どん、どん、と里から太鼓の音が鳴り響く。田畑仕事の昼休憩を示す太鼓の音に、政宗が意識を向けた。「ああ。そろそろ、戻んねぇと」 落胆の息を漏らしながら小十郎の肩に手をかければ「おわっ」 草の上に、押し倒された。「小十郎?」「戻れなくなるほどに、貴方を欲する私を、見たいのでしょう」 ぞく、と恐怖に似た愉悦に、政宗の唇がゆがむ。「precisely! 存分に、アンタの熱を感じさせてくれ」 呼気が重なる。 涼やかな残暑の名残も鎮める場所で、二匹の竜が夏の日よりも熱く、雄々しく身を寄せ狂い踊る――ここは、竜のみが訪れることのできる、竜魂の安息所。2013/08/17