あっけなく、こんなにあっけなく事が進むなんて、俺様ちょっと拍子抜けだよ。 そんな言葉が聞こえたと同時に、伊達政宗の視界は闇に覆われた。次に光が見えたとき、木々の隙間――葉の合間から星の瞬きと月光を認識した。もやっている思考を邪魔している霧が晴れない。それでも現状を把握しようとしてしまうのは、癖のようなもの。体がだるい。背中と尻に、冷たいものが当たっている感覚がある。足の裏にも。――土の香り。ここは、……。 「やっと、お目覚め?」 呆れたような、無関心なような、何かを押さえ込んでいるような声に目を上げる。そこには、腕を組んで見下ろしてくる、見知った顔があった。 (真田の忍――ッ) 言いかけ、身を起こそうとして気付く。自分の声が、きちんと発せられていない。何かに邪魔をされている。そう認識した瞬間、鮮明になった思考が自分の状態をすばやく認識した。 猿轡を、かまされている。 腕を、木の幹に固定されている。 森の中で、木の根元に座った形で留め置かれている。 ひやりとしていたのは、何も身にまとっていないからだ。 どういうことだ、と怒気を孕んだ目を向けると、感情が深すぎて凪いでしまった瞳の忍――猿飛佐助がしゃがみ、顔を覗き込んできた。 「あ〜あ、可哀そうに。鳥肌たたせちまって……すぐ、汗かくくらい温かくしてやるよ」 する、と手甲と手袋を外した相手が内腿に触れる。意図を察した政宗が蹴り上げようと動かした足は、あっさりと捉えられた。 「そんな自分から足を広げちゃって、やらしいったら」 「んっ、んーっ!」 抗議の声が、くぐもる。くるぶしに寄せた唇を歪ませた忍が、片手を懐に入れた。 「そんじゃま、期待に応えて、早々にしてさしあげちゃおっかな。俺様すっげぇ親切」 言いながら取り出した貝の中にある軟膏をたっぷりと指につけ、捉えている足を高く持ち上げる。 「んーっ、んっ、んんんっ」 「え、なになに。早く早くって? そんなに急かさなくても――ほら、たっぷり、塗ってあげるからさ」 「んぅっ、んっ――――」 ひやり、と秘孔の入り口から内部へ滑りのあるものが入り込んでくる。食いしばる政宗に、佐助は肩をすくめて見せた。 「そんな力まれると、動きにくいんだけど」 「ッ――」 「もう、そんな怖い顔すんなって。竜の旦那が悪いんだぜぇ――こんなにアッサリ騙されてくんなけりゃ、俺だって、ここまでするつもりは無かったんだから」 「――――――――ッ」 クン、と挿入された指が折れて、腰が跳ねる。目を細めた佐助が、執拗にそこを捏ねた。 「んっ、ふっ、んっ、んんっん――――」 「竜の旦那のイイトコ、みっけ。俺様、天才だよなァ――こんな短期間で見つけちゃうなんてさ」 「んっ、ぅううっ」 自由になる目に力を込めて、相手を見やる。それを軽く鼻であしらい、佐助は指を増やした。 「ふんっ、んぅううっ」 「もう、可愛げ無いなぁアンタ。ま、可愛げがあっても、キモチワルイんだろうけどさ――あ、でも素直で可愛い場所が」 佐助の視線が下肢に向く。自分のソコが、どんな状態になりはじめているのかを自覚して、羞恥に熱くなる。 「そんな恥ずかしがらなくてもいいって。男なんだから、当然でしょ。むしろ、ならないほうがおかしいって。ココ、弄られてんだから、さ」 「んぅううっ!」 二本の指が交互に内壁の一点を刺激し、政宗は顎を仰け反らせた。塗りこめられている軟膏のせいか、痛みは全く感じない。そのかわりに、じわりと生まれた熱が体中に滲んでいく。 (くっ、い、いくっ、い、いくいくいく、いっちまう) 袋が震え、根元が痺れるような疼きを発し、牡に充填されていくものが放たれる感覚が体中に広がる。すでに先走りをはじめている場所は、今か今かと吐精の瞬間を待ち、反り返っていた。 「まだ、だーめぇ」 「ッ!」 思考の全てが放つことに向かいかけた瞬間、指が引き抜かれて目を見開く。そのままの顔を向けると、勝ち誇った顔があった。 「そんな物欲しそうな顔をしないでよね。うっかり、そそられちゃったら、どうしてくれんのさ」 笑みを含んだ声に、疼く下肢をもてあましながらも理性をかき集める。抗議の目を向けると、佐助の顔から笑みが消えた。 「俺様、アンタのことが嫌いなんだよ――わかるだろ」 (真田幸村か) 察した政宗の耳に、ギリ、と佐助の歯の鳴る音が聞こえた。 「そんな目で見んなよッ!」 吐き出す言葉と共に、拳が政宗の頬を打つ。 「完全に、八つ当たりだってわかってるさ――けど、アンタが、アンタがまんまと乗ってきちまったから……冗談で済ますつもりだったのに――――アンタがッ!」 吐き出された言葉が、感情のみになり、月光に吸われ、ゆるく被りを振る佐助の髪にまとわりつく。 真田幸村からの伝言があると、この男は言った。彼の人が手合わせを望んでいるからと。諌めはしたが任務で近くまで来てしまい、気持ちが収まらないからと強請られ、仕方なく忍び込んだと。政宗は、半ば疑いながらもその話に乗った。退屈をしていたのだ。軽い気持ちで乗せられてみてもいいかと思ってしまった。その瞬間に垣間見えた、この道化のような男の剣呑な気配をもっと深く感じていれば、こうは為らなかったはずだ。自分が案内をすれば小十郎の目を盗んで抜け出すことも出来ると言われ、山に入った。そこで、何かを嗅がされて意識を手放した。――――これは、自分の落ち度だ。迂闊さが自分と、この男を共に陥れた。 目の奥に、痛みを持って背を丸めている男を見る。自分が現れるまで、気持ちを持て余すことなど無かったであろう相手の――独占欲を強く自覚することが無かったであろう哀れな男の姿を。あの男の心に浮かぶ相手が、強く望む相手が――伊達政宗が現れることが無ければ、眼前に突きつけられることなく過ごせていたかもしれない感情を処理しきれないでいる姿に、哀れさが滲む。 ――真田幸村。 彼と自分が出会わなければ、このような愚考を犯すことなどありえなかったであろう忍は、感情に振り回されすぎて抑揚を欠いた声を、顔を、政宗に向ける。 「悪いんだけど、俺様の気が納まるまで、付き合ってもらうよ」 貝の中にあった軟膏を全て指に掬い取った忍の、表情の無い笑みに政宗は戦慄いた。 濡れた音が耳に届く。それが、自分の発しているものが奏でているのか、塗りこめられたものが発しているのか、政宗は判別できずにいた。 「何? まだ出るの? ホント変態だね、竜の旦那」 「んんんっ……んんっ、ふっ、うぅ」 あれから、どのくらい時間が経ったのだろう。指で尻穴をまさぐられ、広げられ、湧き上がる吐精感に飲み込まれるままに、政宗は欲を放つ。緩急をつけ、ぐるりとなぞり、時折一点を集中的に責めては離す忍の手淫に、なす統べなく煽られる体は淫猥な泥土に堕ち、わずかな刺激にも牡は震えて泉のように体液を垂らす。 「こんなに長いこと誰かを弄ったの、俺様、はじめてかも」 「ふっ、んっんふっ、んっ」 佐助の唇が政宗の胸に触れる。舌先で周りをなぞられ、吸引されて腰が跳ねる。一度も触れられていない場所が、疼き、震え、自分を濡らす。 「あぁ――旦那……旦那、なんで、こんな――――」 首筋に、髪の触れる感覚がおこり、小さな呟きが耳に届く。彼が呼ぶ「旦那」は自分ではない。自分に触れながら、遠く近い相手を想う姿に哀れみも憤りも怒りも同情も沸いてこない。形は違えど、同じ相手を求めるもの同士としての共感も無い。困惑と、理由の無い納得だけが政宗の中にある。はじめてしまったものの、終わりを見つけられない佐助の髪に顔を寄せ、呼ぶように頬をすり寄せると、目が合った。顎で、腕を外せと指示する。わずかな逡巡の後、どこか安堵したような気配で縄を解く佐助が、猿轡も外して離れようとするのを、痺れたように動きの鈍い腕を伸ばして制した。 「何処に行く」 安堵と怯え、ほの暗い後悔と哀しみをたたえた瞳で、道化の笑みを浮かべた忍が首をかしげる。 「何、もっとして欲しいって?」 「Ah――誰が」 鼻で笑った政宗が、佐助の股間に手を伸ばす。 「ッ――」 「なんだ、テメェもいい具合になってんじゃねぇか」 「ちょ、何なのさ」 「こうなりゃ、最後までしちまったほうが、スッキリすんだろ」 さっさと脱げよと促しながら、動きの鈍い手で脱がしにかかる。困惑しながらも脱衣を終えた佐助の指に歯を立てて、政宗がニヤリと笑う。 「下らねぇ時間は終わりにしようぜ――さっさと突っ込め」 「えっ――」 「俺が今すぐ突っ込まれても問題無ぇくれぇになってんのは、わかってんだろ。さっさと終わりにしようぜ。いい加減、腹も減ってきたし小十郎にバレねぇように帰りたいしな」 困惑から呆けた状態に変わった佐助に、人を食ったような顔の政宗が言う。 「折角だ。派手に楽しめよ」 「――――――はっ」 痞えていたものを吐き出すように、短く硬い笑みを吐き出した佐助の顔が、常のものに戻る。 「俺様を楽しませてくれるくらい、すごいっての?」 「That's a matter of course.――クセになるなよ」 「そっちこそ」 唇は重ねずに、肌を重ねる。繋がり吼えても絡まることの無い感情をすれすれの場所で突き合わせ、違う想いで同じ男の姿を浮かべる。 月明りの下よりも、太陽の下のほうが似合いすぎている男の姿を――――。 橘 乃猫様がpixivに載せていらっしゃるのイラストに、お話をつけさせていただきました。ありがとうございます! 2011/04/14