少し休憩をしようと、伊達政宗が馬を用意するようにと下男に言いながら小十郎を誘い連れ出す。出れば、馬の用意だけでなく竹筒に飲み物と、握り飯の包みまでもがあったことに、ずいぶんと用意周到な……と心の中で微笑んだ。 どうやら主は、自分をどこかに連れて行こうと、事前に根回しをしていたらしい。「何してんだ、小十郎」 政宗の言葉に、しぶしぶついていくという態を崩さずに鐙に足をかける。自分が馬に乗ったことを確認した政宗が先導を勤め、馬は軽い足取りで進みだした。――――まるで、主の心を表現しているかのように。 うららかな空には、冬の高さを残したまま近く浮かぶ雲が居る。やわらかな日差しには、ほんの少しの肌寒さが残っていた。 花冷え。 温かさが支配する季節に、短い桜の命を少しでも長引かせようと願うような寒さが訪れる。「政宗様」「Ah――」「一度、もどられませんか」「Why?」「そのお召し物では、風邪を召されるかと」「そんなヤワじゃねぇよ」「しかし……」「うるせぇ」 小十郎の小言から逃れるように、馬の足を速めた政宗の背を見つめる。ゆるく靡く髪から首筋が覗き、それを覆う何かが欲しいと思う小十郎の気持ちをよそに、馬はまっすぐに進んでいく。その道中、ふと何かを思い出しかけた。 ひどく懐かしく、温かい何かを――。 馬が、歩を止める。降りた政宗が小さな荷を手に、自慢げに小十郎を振り向いた。 嗚呼――と心の中で嘆息する。 政宗の向うに、空の薄い青に、さわさわと揺れるはかなくも力強い存在がある。 幹は古く、枝は雄雄しく、その先にあるものは繊細で柔らかな――桜の古木が見事な花を咲かせている。 道中、懐かしくも温かい何かが胸に起こった理由がわかった。「ほら、何ぼさっとしてんだ」 古木の下の、やわらかな草に座して政宗が呼ぶ。馬を手近な木につなげて側によると、杯を差し出された。受け取り、隣に腰を下ろす。「たまには、いいだろう」 竹筒を傾け、政宗が笑う。受けたものを一気に飲干し、政宗から竹筒を受け取り、こんどは小十郎が主に酒を注いだ。 ぶわっ――。 強い風が吹き、花びらが舞う。雪のように降る花弁に、小十郎は再び胸中で嘆息した。――嗚呼。 あれは、どのくらい前のことだっただろう。主がまだ、梵天丸と呼ばれていた頃の事。右目を失い、まだ間もなかった頃の事。まだ、そのことを受け入れがたく、惑い、傷つきながら過ごしていた頃――――自分が、側に侍ることになって間もない頃の事。 聡明な彼は、他人の心理を、気配を読み解くのが――察するのが、幸か不幸か得意であった。それ故、自分の周りを取り囲む者たちの変化を敏感に感じ取り、ふいと姿を晦ませることがあった。――知りたくない事を、知らされないために。もしくは、自分に聞かせることをはばかっている気配を感じたがために。 そんな時、彼の姿を求めて回るのは、小十郎の役割であった。否――役割でも使命でもなく、自然と、そうするのが当然のことであった。 その日も、何があったのか幼き主の姿は無く、小十郎は馬を引きながら――馬上からでは姿を見落とす可能性があるし、見つけた後に連れ帰るには馬があるほうがよかったので――あぜ道を進んでいた。 美麗な容色を持つ母の血を色濃く受け継ぎながら、片目を失った主の姿は、人目につく。なので、見かけた者は覚えていることが多い。小十郎が土を触ることを好むので、農夫は聞かれずとも梵天丸の姿を見ると、通りがかる小十郎に声をかける。ゆえに、主の姿は――子どもの浅知恵もあって、完全に行方知れずになるということは無かった。 その日も、小十郎に声をかけてくる者たちのおかげで、主の行き先が不明になることは無かった。しかし、それが屋敷からずいぶんと――子どもの足で考えれば――遠いことに、小十郎の心中は段々とざわめき始めた。 このまま、どこかへ逐電してしまうのではないかとの不安がよぎり、そうで無くとも守るものの無い目立つ身で、どこぞの敵対勢力の手に囚われてしまうやもしれぬという心配が絡む。 そもそも、一人で外出ができてしまうということが問題なのだが、彼は一体何をどうしているのか、屋敷から抜け出すことは猫のように簡単にやってのけてしまうのだ。――どうか、御無事で。 小十郎の心配が頂点に達しかけたとき、ふ、と目に薄桃色の何かが見えた。自然、足が止まる。顔を向けると、手招きをするように揺れている姿が見えて、そちらに足を向けた。――これは。 薄桃色の正体が、見事な桜の古木であると知った瞬間、胸のうちから感歎の息が漏れた。 雄雄しくもはかない姿に、なにもかもがさらわれてしまう。空との対比に、美しい――と素直に唇に言葉が乗った。 桜に心奪われた小十郎の視界に、ちらりと動くものがある。近くの木に馬をつなげて側によると、古木に手を当てて見上げている主が居た。「梵天丸様」 声をかけると、全身で驚きを示してから、こわごわと振り向かれる。小十郎を目視し、寂しげな安堵を浮かべた梵天丸は、ふたたび桜を見上げた。「見事な、桜ですな」 こくり、と小さな主が頷く横に立ち、目の高さを同じにして見上げる。 桜の合間に、空の青が見えた。「小十郎」「はい」 幼い主は、まっすぐに空を見つめている――桜の合間に見える、天を。「あそこに到達するのは、ずいぶんと様々なことがあるな」「――――空、ですか」「男なら、天下を望めと言うたことを、覚えて居るか」 それは、彼の師でもある禅師、虎哉宗乙と共に在ったときのことであった。「むろん、覚えております」 なれば天下を治めようと答えた――生きるという事を決めた主の声を、顔を、思い出す。「この桜は、長い刻を――様々なものを見てきたのだろうな」 幼き主の言葉が、何を指そうとしているのか判じかねる小十郎にニコリと顔を向けた。「小十郎は、梵の側で共に、様々なものを見ながら――あそこへ行くんだ」 嗚呼、と小十郎は目を細める。大陸には独眼竜と称された隻眼の勇猛な武将が居たと、書物で目にした事があった。天を目指す隻眼の、勇猛な竜――――それはまさしく、この主の姿にふさわしいのではないかと、思えた。「梵天丸様」「うん?」「この小十郎、貴方様の見ているものも、見えぬものも全て――この目に焼き付け、共に在り続けます」 幼き主が満足そうな顔をして、小十郎に向けていた目を、再び桜の枝花の向うにある空へ向ける。同じように、小十郎も空へ――天下へ目を向けた。 その日、小十郎は一振りの刀を、ある言葉を入れて仕上げるようにと発注した。 【梵天成天翔独眼竜】 そう彫られた刀は、後に「黒龍」と名付けられる。 遠い場所に向けて笑みを向けた小十郎に、政宗は怪訝な顔を向ける。何でもありません、と答えながら見事な桜を見上げる。みっしりと咲き誇る桜の隙間から、あの日のように空が見えた。「久しぶりだな――覚えて居るか、小十郎」 ため息のように、政宗が口にする。応えを求められていない問いに、そっと瞼を伏せる。――自分が忘れているなどと、欠片も思っていない主の言葉に。 はらりと舞った花弁が、政宗の杯に落ちる。口をつけたそれを、政宗は小十郎に差し出す。恭しく受け取った小十郎が、花びらごと呑み干すと、企みごとをしているような顔で政宗が笑んだ。「幕を下すぜ――竜の完全勝利でな」「無論、この小十郎、その為に側に居りますれば」「上等だ」 風が、空を霞める花を散らす――――それに奪われた視界が、主の顔に覆われた。 一呼吸の後に、唇が重なっているのだと気付く。「政宗様」「無粋なことは、言うなよ」 身を寄せてくる主に、苦笑を禁じえない小十郎は古木の陰になるよう政宗の腰を抱き、背を幹に預けさせた。「なんだ、乗り気じゃねぇか」「断れば、おとなしく従ってくださいますか」「No」 くすくすと笑いながら、小十郎の首に腕を回す主に唇を寄せる。「ン――ふっ」 薄く唇を開く主に誘われるままに、口腔へ舌を差し入れる。互いに、唇ごと食すような口付けを交わし、胸元に手を入れてまさぐり、肌を晒した。「政宗様」「アン?」「続きは、屋敷に戻られてからでも、かまいませんか」「何つまんねぇ事言ってんだ」「肌寒うございますれば、お風邪を召されては困ります」「なら、小十郎が俺を温めれば問題無ぇだろう」 鎖骨に吸い付いてくる主に、困ったお人だと呟きながら袴に手をかける。「なれば、早々に温めさせていただきます」「Ha――OK、小十郎」 艶のある声音で呼ばれ、小十郎の表情が淫靡に変化する。ぞくり、と肌を震わせながら、政宗は唇を舐めた。「は、ぁ――」 小十郎の掌が肌をまさぐり、唇が肌に花弁を散らしていく。「んっ、ぁ、あ――あぁ、ふっ、こ、じゅうろ」 胸の突起を摘まれ、わき腹を吸われ、戦慄く政宗を探るような目で見ながら行為を進めていく。袴を外し、下帯を解くとすでに屹立した牡が現れた。「若うございますな」「ッ――年寄りくせぇ事、言ってんじゃねぇよ」「うっ――」 政宗の手が小十郎の下肢に伸びて掴む。勝ち誇ったような顔で、やわやわと揉みしだく政宗の足を抱え、足首に唇を寄せ、指を口に含み、間に舌を這わせると短く甘い息が、彼の口から漏れた。「ぁ、こじゅうろ――も、早く、触れ」「触れておりますが」「ばっくれんじゃね、ぁ――わかってんだろ」ひくり、と震えて存在を示す箇所に顔を寄せる。根元から舐め上げ、先端を含むと安堵のような息を、政宗が発した。「ん、ぁ、あ……はっ、ぁん、ふ――ぁ、はぁあ」 丹念に舐る小十郎の目の前に、主の拳が差し出される。それがゆっくりと開き、小さな貝が現れた。顔を上げた小十郎が、困ったような鼻息を漏らす。「最初から、そのつもりで居られたのですか」「うるせぇ――御無沙汰だったろうがよ」「まったく、仕方の無いお方だ」「そんな奴に執心してんのは、何処のどいつだ」 貝を受け取り、その中にあった軟膏を掬う。足を広げた主の奥に、その指を進めた。「ん、ぁ、は――ぁ、あぁ」 身を捩り、声を上げる主に桜が降る。広げながら、牡を捏ねて乳に唇を寄せる。「んはぁ、ぁ――こじゅ、ろぉ……はっ、ぁ、も、ぁ――はっ」「しっかりほぐさねば、傷つけてしまいます」「ぁ――ンな事っ……ぁ、くそっ、一人で涼しい顔、してんじゃ…………はっ、ぁああっ」 鼻にかかった甘い声を飲干すように、唇を重ねる。腰を揺らめかせる主の中心からは欲が溢れ、小十郎の指を濡らし、動きをすべらかにし、誘う香りを放つ。「ぁ、もぉ、は――ぁ、こじゅ、ぁ」「政宗様――」 発した自分の声が、思うよりも熱っぽいことを識りながら、膝の上に主の腰を乗せた。「失礼、いたします」「はっ、ぁ、あぁああああ――」 小十郎が、政宗に呑み込まれていく。蠢く肉壁に誘われるままに、小十郎は全てを埋め込み、甘えてくる主の唇に応えた。「こじゅ、んっ、ぁ、は――足り、ねぇ」「それでは、この桜のように――この小十郎の上で狂い咲いていただいても、かまいませんか」「Silly question. さっさと、狂わせやがれ」「承知」「はっ、あぁ、くぅ、んぁああっ、ひっ、あ――」 政宗の爪が、小十郎の肩に、背に食い込み、肉壁が小十郎を絡めとる。満開の桜のごとく咲き乱れた竜は互いに昇り、欲の花を散らしてはまた咲き誇り、同じ場所を目指して進む。 形は違えど、あの時と同じ誓いを胸に刻む二人の姿を、古木は黙したままに記憶した。 オニギリザムライのアンゾ〜様に、ささげます。 2011/04/18