深く肺に吸い込んだものが全身を満たすのに、どこかが渇いている。 閉じていた瞼をゆっくり持ち上げると、雨上がりの濡れた枝葉が瞳に映った。艶やかな枝の色と葉に光る空の名残に、嗚呼、と呼気が漏れる。 唇に薄く笑みを乗せて、政宗は馬の背に跨った。 コロリコロリと秋の虫が鳴いている。月光を含んだ酒で唇を濡らしていると、音も無く襖が開いた。間をおかず、衣擦れが聞こえる。トン、と軽い音がして襖枠が合わさったのを確認すると、杯を落とし身を翻して入ってきた者の背に体を添わせた。「ま、政宗様」 動揺する声が、背に当てている耳と外気に触れている耳とで違う響きを拾う。「小十郎」 呟き、項に鼻を寄せ深く吸い込む。 はぁ、と耳朶に向かって息を吐くと、小十郎の身が固くなった。「いかが、なさいました」 何かを押し殺そうとしている気配に、目を細める。 首に唇を押し付け、着物の合わせ目に手を差し入れる。「ま、さむね、さま」 喉を鳴らす相手に熱い息を吹きかけ、外耳に舌を差し込んだ。「こじゅうろ」 甘やかに呼ぶと、くるりと世界が回転した。「んっ、ふ――」 深く唇を重ねられながら天井を見つめ、相手の首に腕を回す。「は、ぁ」「この小十郎を、試しておられるのか」「No――ただ、欲しくなった。それだけだ」 応えてくれんだろ、と笑みを瞳にきらめかせると、眼帯が外された。その下にあるものを労わるように、慈しむように唇が触れる。「は――ぁ」 傷跡を辿るぬめりに下肢が疼く。頬を両手で包み込まれ、甘やかすように触れられ、とろとろと魂が水あめのように流れていく。「こ、じゅろ、ぉ」 うわごとのように名前を漏らした唇をついばまれる。体の中心が心臓のように鼓動を始める。ゆっくりと持ち上がり、甘い疼きがそこから体中に這い出し始めた。「まさむねさま」 何時もの堅さなど欠片も残さない呼びかけに、背骨が震えた。着物の合わせ目から両手を差し入れ、素肌を抱きしめると喉仏を吸われる。「は、ぁ、あ――」 背が弓なりにしなる。持ち上がった鎖骨に、胸に、小十郎の唇が滑る。絶え間なく体のあちこちがうずき、全てに唇を寄せてほしいと訴える。油断をすると強請りそうな自分を、薄い皮膚一枚で押さえ込みながら、政宗も小十郎に唇を寄せた。「ぁ、も――ぉ、こじゅ――ろぉ」 体を形成しているものが、炭火に焙られているように徐々に熔けていく。それなのに、体の一点は存在を主張し、はっきりとした輪郭を示していた。「んっ、ぅ、もぉ――は、やく」 困ったように笑った小十郎の手が、政宗の牡に触れた。「は、んぁああ」 待ち焦がれていたような声に、唇が蓋をする。「んっ、うっ、ん、んぅっ、は、ぁん」 角度を変えて何度も重ね合わせながら、足を開いた政宗の奥へ指が誘い込まれる。「はっ、んっ、ぅううっ」 鼻から細くて高い声が漏れる。しがみつく手をずらし、小十郎の牡へと伸ばす。「ぅ――」「Ha――も、こんなに熱い」 熱に浮かされたまま唇だけに笑みを浮かべた政宗を、むさぼる。「はっ、ぁ、あぁっ、こじゅ、ろぉ」 首に、肩に、胸に鬱血が散ばっていく。覆うもののなくなった足を小十郎の腰に絡め、政宗は彼の肩に噛み付いた。「ッ――――」「もぉ、早くッ」「ま、さむね、さま」 苦しげに眉根を寄せる小十郎の息が、熱い。浅く荒い相手の息を舌で絡めとり、体内に引き入れながら腕を、足を絡める。どうしようもない浮遊感から逃れるように、互いの欲をぶつけ、押し返し、絡まりあい、揺さぶり、揺さぶられ、体内にある様々なものを呼気に絡めて発しあう。「はっ、ぁ、ああっ、こじゅ、ろぉ――もっと、ぁ、は、んぁあっ」「ふっ、く、ぅう――ま、さむね、さまっ、ぁ、は」 髪を振り乱し、形を失うほど身を絡ませ、二匹の竜は天に昇り続ける。 最後の咆哮を上げ、双竜は月に到達した。 気だるい甘さに満たされて、政宗は目を覚ます。直ぐ側にあるぬくもりに首を伸ばし、閉じた瞼を面映いまなざしで見つめ、首筋に顔を埋めた。 ふわ、と後ろ髪を包まれ、目を上げる。「なんだ、起きてたのか」「この小十郎――政宗様より先に眠ることも、後に目覚めることも、ございません」 チッ、と口内でさほど残念でもなさそうに舌打つと再び頭を相手へ埋め、深く深く息を吸い込む。 「――いかが、なさいました」 はぁ、と胸に溜った息を吐き出し、呟く。「雨上がりは、土のにおいが強すぎて――いけねぇな」 ふっ、と開いた小十郎の目が柔らかく細められる。首に顔を埋める主の髪に、そっと鼻を寄せた。 互いの香りに包まれて、もう、ひと眠り…………………… 2011/11/10