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こしゃくな唇

 春の海は、冬のそれよりもずっと香りが強くなる。
 肉厚な潮風を受けながら、毛利元就は港近くを供も連れずに歩いていた。
 太平の世。徳川の世。
 元就の命を狙う者は、表面的には存在しない。そぞろ歩きをしていても、日中襲ってくるような愚か者に不覚を取ることなどありえぬと、元就は軽装で港を歩いていた。
 穏やかな瀬戸内の港は、交易に適している。様々な荷が水揚げされる。それらは元就が戦国の世にあって守ろうとした自国を潤す糧となる。
 そして、利に聡いずるがしこいものは、その恩恵を受けようと目を光らせ、薄汚い手を伸ばそうとする。
 そういう者らがはびこらぬように、唐突に元就は姿を現すようにしていた。領主自らが検分に来るとなれば、それなりに役人らの身も引き締まるだろうとの考えがあった。
 毛利元就の手厳しさ、怜悧さを知らぬ者はいない。
 それが、表向きの理由だった。自分に対する言い訳でもあった。
 本来の目的は、別にある。
 ふ、と騒がしい声が聞こえて顔を向ければ、人よりも頭一つ分背が高く、隆々とした体躯をしている白髪の男が子どもたちに囲まれているのが見えた。
 彼に会いに来るのが、元就自身が納得をしていない、港に来る理由だった。
 子どもたちに囲まれている彼は、鬼と呼ばれるにふさわしい体躯をしている。華奢な元就など、片手で縊り殺せそうなほどに、たくましい。そんな彼が、歯を見せて子どもたちに笑いかけている。
 ほんの数歩の距離だというのに、遥か遠い世界にいるように思える景色に、元就は知らず眉根を寄せていた。
「お?」
 船乗りとは思えぬほどの白い肌に、白銀の髪。それを際立たせる紫の眼帯が、子どもたちの笑みの上から離れた。
「毛利」
 光のある右目を細め、男が両手を広げる。
 子どもたちが一斉に元就の姿を見て、ぺこりと頭を下げたかと思うと、慌てて男から離れて行った。
 男はそれを気にした様子も無く、両手を広げたまま近寄ってくる。
「気でも狂うたか、長曾我部よ」
 近づいてくる男――長曾我部元親に、冷ややかな声を投げれば
「やっぱ、来ねぇか」
 元親が腕を下した。それを、ほんのわずかに惜しいと感じた自分を黙殺し、元就は半眼になる。
「我を犬猫のように扱うか」
「違ぇよ。なんかさっき、うらやましがっているように見えたからよ」
 ぐ、と元親に知られぬように、元就が喉を詰まらせる。
「ンな訳、ねぇよな」
 へらりと笑う元親に
「当然だ。下らぬ妄想で我を計るな」
 ふいと背を向けて歩き出せば、元親は笑みをうかべたままついてくる。そのまま手近な、港の視察に出る折に利用する下屋敷に入り、奥の座敷へと進んだ。
「すぐに、お茶の用意をいたします」
「いらぬ。入用ならば、声をかける」
 屋敷の者に目を向けることさえせずに、元就は廊下を歩く。
「悪ぃな。酒なら、俺が持ってるからよ。ゆっくりと邪魔されずに、呑みてぇんだ」
 元親の気遣う声音に、元就の胸が苛立ちに波打つ。
 この男は、誰にでも笑みを向け、誰の事も気遣い、誰であってもその腕(かいな)に、懐に受け止める。
 そういう男だと知っている。そういう性分の、どうしようもないお人よしであることを、知っている。
 自分とは真逆の性質であることを、知っている。
 奥の庭に面した座敷に入り、庭の景色を遮るように障子を閉めた。
「なんでぇ。せっかくの日本晴れだってぇのに……」
 言いかけた元親が、振り向いた元就の表情に言葉を止め、優しい苦笑を浮かべて腰に下げていた徳利を床に置き、真っ直ぐに元就に体を向ける。
「毛利」
 改めて両腕を広げて呼べば、木の葉が舞うほどの軽やかさとたよりなさで、元就がその中に落ちた。
「……」
 体の力を抜き、ただ身を元親の胸に預ける元就を、しっかりと抱きしめる。
 屈託なく元親の腕に縋りつく子どもらが、うらやましかった。分け隔てなく誰にでも柔らかな笑みを浮かべ包み込む元親に、彼の笑みを向けられるすべてに、嫉妬をした。
 そう、嫉妬をしている。
 自覚しても、どうすればいいのかわからない。そんなことを、表に出すわけにはいかない。けれど元親は、元就の表情のわずかな変化に気持ちを見つけ、こうして望みをかなえてくれる。
「毛利」
 耳元で、優しい声が響く。
「久しぶりだ」
 元親の腕に力がこもる。
「毛利」
 促すように呼ばれ、顔を上げれば柔らかく唇をふさがれた。
「そんな顔、すんじゃねぇよ」
 眉根を寄せ、苦しそうに愛おしそうに元親がささやく。
 どんな顔を、自分はしているんだろう。
 元就は、元親の瞳に映る自分を見ようとし、けれど唇を重ねられてできなかった。
「毛利」
 ささやかれる声音は、深く自分を求めていると示している。
「毛利」
 体中で包んでくる元親のぬくもりが、胸を震わせる。
「毛利」
 嗚呼――。
 声に出さずに噛みしめて、元就は元親の首に腕を伸ばした。
「毛利」
 もっと、欲しいと示してほしい。
「毛利」
 誰の事も、その意識から追い出すほどに。
「毛利」
「……長曾我部」
 名を呼び返せば、貪るように口づけられた。
「んっ、ふ――ぁ」
 乱暴に口腔を弄られ、息苦しさに涙がにじむ。それでも元親は激しさを緩めず、もどかしそうに元就の着物を解き始めた。
「んっ、は、ぁ……んっ、ん」
 その手の助けをするように、元就は帯を解き着物を落としながら、元親の唇に応える。
「ぁ、は――んっ、んんっ」
 大きく武骨な掌が、元就の素肌をまさぐり胸の色づきに触れる。
「ぁ、は……」
「毛利」
 その太く男らしい指からは想像も付かないほどの繊細さで、元親は元就の胸の実を弄んだ。
「ぁ、は……んっ、んんっ」
 じわりと滲む劣情が、触れられた箇所から体中に広がっていく。
「は、ぁ――毛利」
 元親の声に艶が乗り、息が熱くなっている。
 ぞくり、と元就の腰が震えた。
 目の前に、元親の厚い胸板がある。首を伸ばし鎖骨に吸い付くと、頭の中で何かが弾けた。そのまま舌を這わせて胸の色づきに舌を絡ませ、強く吸う。
「っ――毛利」
 髪を撫でられ、その心地よさに目を細めながら小さなシコリと舌で遊べば、ぐいと体を持ち上げられた。
「っ――あ」
 脳の芯が、甘く痺れている。
「そう、煽るんじぇねぇよ。酷くしちまいそうだ」
 劣情をにじませた笑みに、元就の胸が高鳴る。
 酷くするとは、どういうことだろうか。元親はいつも、元就を壊さぬように扱う。
「好きに、すればいい」
 酷くされるという事は、気遣う余裕も無く自分を求めるということか。
「長曾我部よ――貴様の、望むままに我を喰らえ」
 狂おしいほどに、この身を求めるということか。
「毛利。何、言ってんだよ。そんなことをすりゃあ、壊しちまうだろう」
 元親の喉が、湧き上がった何かを飲み下す様に動いた。
「壊せばいい」
 両手を元親の頬に添え、唇を寄せる。
「我に、狂え」
 呪文のように呟けば、元親がカッと目を見開き元就を床に寝かせた。
 何かを堪えるように総身に力を籠めた元親は、自分の腰帯を解いて下帯を外し、猛る牡を元就に晒す。
 これほどに、猛っていたのか。
 ひと撫ですれば、弾けてしまいそうではないか。
 ただ、口吸いをしただけだというのに。
 それだけで、これほどにしてしまうほどに求めているというのか。
 我を、求めているというのか――。
 元就の心臓が血を吹き出すほどに熱くなる。手を伸ばし、元親の陽根に触れれば想いの熱さを感じられた。
「これほどに、我を求めているのか」
 うわずった声で告げれば
「仕方がねぇだろう。久しぶりに会ったんだ。即物的だとか、浅ましいとか言うなよ」
 拗ねたように元親が返す。
 どちらが、浅ましいというのか――。
「だから、好きに求めよと言うておるのではないか」
 あくまでも元親が求めているから、という態度を崩さぬ元就に
「後で、文句を垂れるなよ」
 元親が口の端を持ち上げた。
「あ、あぁ――」
 乱暴に足を割り広げられ、その間に元親が顔を寄せる。予想した箇所――牡ではなく、その奥にある花に温かなぬめりを感じ、元就は腰を震わせた。
「遠慮しねぇで、喰らわせてもらうぜ」
「ぁ、うんっ、は……あ、ああ」
 その言葉通り、元親は元就の菊花を暴き濡らし、指を押し込め熟れさせ開いた。
「ぁは、ぁっ、ふ、ん、ぅう」
「は、ぁ……毛利」
 さんざんに舌で、指で乱された菊花が淫らに赤く咲き誇る。
「もう、我慢ならねェ」
 苦しげな野淫の声に、元就はぶるりと大きく身を震わせた。
「いまさら、おあずけなんか聞けねぇぜ」
 その震えを怯えと取ったらしい元親が、それでも気遣いの色を見せて元就の顔を覗き込む。
「は――貴様ごときに、我が臆したとでも思うたか」
 腕を元親の首に絡め、足を開いた元就が妖艶に微笑む。
「好きに乱せと、言うたであろう」
 嫣然と歪んだこしゃくな唇に、元親が唇をかぶせた。
「ああ、そうだったな」
「――っ!」
 ずん、と重く激しい衝撃が元就を貫いた。体中の酸素が口から押し出され、顎を反らして声を出せずに喘ぐ元就の首に、元親が唇を寄せる。
「は、ぁ――毛利」
 苦しげに求める声に、元就の胸が震える。
「は、ぁ……ちょ、うそか、べ」
 息苦しさの合間に名を呼べば、心配げな瞳が見つめてくる。それに大丈夫だというように、元就は彼の髪を撫で、目を細めた。
「貴様、の……容赦をしない、は――ぁ、この程度、か」
「はっ……言うじゃねぇか」
 ぐん、と内部に抱きしめた元親が動き始める。それを求めるように、元就の内壁が蠢き熱杭を愛撫する。
「はっ、ぁ、ああ――」
「んっ、毛利……毛利、は、ぁ」
 もっと、そう――もっと我の名を呼べないい。
「ちょ、ぉそか……っ、あぁ」
「はっ、ぁ……毛利ぃ」
 もっと、我に狂え。
「ふぁ、あっ、は、ぁああっ」
「毛利っ、くっ、ふ」
 我以外の何ものをも意識から追い出すほどに、我に溺れてしまえばいい。
「ふっ、くぁ、あぁ――ちょ、そか……っ、ぁ、は」
「毛利……は、毛利っ」
 うっすらと汗をかき、苦しげに眉根を寄せて快楽を瞳に滲ませる元親に、元就の胸が熱くなる。この温もりを共有したくて、伝えたくて、元就は腕に力をこめて顔を寄せ、唇を求めた。
「は、ぁ、長曾我部」
「んっ、毛利」
 もっと、我に狂えばいい。誰にかかわらず、分け隔てなく笑みを向け腕を広げて受け止めるその腕が、その意識が、全てこの身に向けられ溺れてしまえばいい。
「あっ、あ、あぁ――っ」
「くっ、ぅ、毛利!」
 白く弾ける意識の外で、遠く滲んだ言葉があった。
 アイシテル――。
 その響きの優しさに笑みを浮かべ、元就は磯の香りのする温もりへと、魂を昇華させた。

 とろりとした温もりから離れたくなくて、元就は気怠く眠りの縁にいるふりをする。それに気づいているのかいないのか、元親はとろけそうに幸せそうな顔をして、元就の髪に頬を寄せたり、髪を優しく掻き上げたり、背を撫でたり、起さぬようにやわらかく抱きしめたりを繰り返していた。
「毛利」
 そっと呼ばれ
「ん――」
 眠気を纏うふりをして鼻を鳴らし、ぼんやりと見えるように細めた目を持ち上げる。
「毛利」
 阿呆を前面に晒しているような顔だな。
 そんなことを思いながら、元就の心はふわふわとした綿毛につつまれているようだった。
 元親がそんな顔を向けるのは、自分だけだと知っている。
 瞼に、柔らかく唇が押し当てられた。
「毛利」
「ふ……」
 寝息のようなふりをして、元就は元親の胸に身を寄せた。
 このまま、あと少し――怜悧な智将の毛利元就ではなく、むき身のままの自分でいたい。
「毛利」
 固く精巧な殻の中の、柔らかく傷つきやすい魂を包んでくれる、温もりに包まれて。
「毛利」
 特別な何かのように、自分の名を紡ぐ者の腕の中で。
「毛利」
 泣きたくなるほどの優しさに包まれて、元就の意識は再び眠りに落ちていった。

2013/4/27



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