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黒い太陽(3)
 暗い部屋で、切なげにまつげを揺らした男が、ぬれた目で相手を見つめる。相手はひときわ甘い声を出して男の髪を愛でると着衣を整え、部屋を後にした。しばらくして、重たい錠のかかる音がする。
――ふん。
 人の気配が消えてから、男は心の中で嘲る。――愚鈍な相手と、自分を。
 囚われて、半年ほどたっただろうか。慰み者として扱われ、男を喜ばせる術を覚えた。その間に、媚びてみせ、相手を陥落し、操る術も――――。
 今出て行った者は、もうすでに男の手中にある。か細い声で何事かを言えば、できうる限りを適えようと言うてくる。――ここから出す、という事以外は。
 彼を捉えた者は、彼を使って何事かをするつもりであったようだが、そう簡単に従うような精神力の持ち主では無い。自尊心よりも存命を――治めている地の安寧をこの手で永らえることを、選んだ。
 選んでからの彼は聡い頭脳を持ってして、自分の体を盟約として与えるために、彼を捉えた者が連れてくる男たちを取り込むことを始めた。最初は疑いを持っていた者たちも、回数を重ねるたびに彼におぼれ、彼に傾倒を始めた。驚くほど、簡単に。
――あと少し。
 自分を使って国力と盟約を強めているつもりでいる者を、じわじわと取り囲んでいく。気がついたころにはもう、立場は間逆になっている。自分を捕らえた者が手に入れた盟約と力はすべて、こちらのものとなる。
――そう、すべてはこの、毛利元就の手に。
 日輪が、再び世に現れる時に。

 遠くで何かが轟いている。潮騒のようなもので、元就は目を覚ました。ここに来てから、そのようなものを聞いたことが無い。何か異変があるのかと耳を済ませる。しばらくして、潮騒のようなものは、男たちの雄たけびだと、近づいてくる騒々しさに眉間にしわを寄せて判断する。
 自分が囚われている場所が、何者かと戦っている。
 そのようなものは元就の計算には入っていなかった。戦況はどうなのか、聞こえてくる声だけでは判断できない。
――誰か、来る。
 乱暴に、自分が捕らえられている場所へ続く扉が破られた音がした。どうやら、攻めてきたものが優勢らしい。自分に溺れ始めていた者の誰かが、血気に逸って奪いに来たのか。
――馬鹿が。
 そうだとしたら、相手が誰であるかによって策を練り直さなければならない。乱暴な足音が聞こえる。はかなげな姿に見せかけねばならないと、元就は座りなおした。
 足音の主が、格子の壁の前に立つ。その姿に、元就の目はこぼれるほど見開かれた。
「よう、毛利ぃ。無事か」
 歯を見せて笑う男は、彼に溺れていたどの男でも無かった。予測とは違う展開に、思考が瞬きをする間ほど停止する。
「…………長曾我部――――何故、貴様が」
 元就の言葉に、長曾我部元親はさらに口角を上げた。
「話は後だ、行くぜ」
 言うが早いか施錠されている扉をぶち破り、元就を肩に担ぐ。
「貴様、どういうつもりだ」
「どうもこうも無ぇよ。最近、やっこさんがおとなしいってぇ話をしていた所に、アンタが囚われてるって聞いたんでな」
「誰も、助けを求めてなどおらぬ」
「わぁってるよ。俺が勝手にやりたくてやってんだ。行くぜ」
「ッ!」
 碇槍を振るい、元親が疾走する。その肩の上で、元就はすべての計略が予想外の出来事に潰れた事を知った。

 広く、整った部屋の畳の上で毛利元就は空を見つめていた。遠くに海鳥が見える。潮騒が聞こえる。日の光を浴びるのは久しぶりのことだと、ぼんやりと思う。暗い部屋に閉じ込められていたせいで、足が萎えている。肌も病的に白く、しばらくは療養しながら衰えた筋肉を戻さねば戦うどころでは無い。
 遠慮すんな、と彼を日の当たる部屋に連れてきた男は笑い、元就の身なりを整え休むようにと言った。何故か尖っていた気は削がれ、泥のように眠りに落ち、気がついたのは先ほどのこと。眠りすぎた後の気だるさと頭痛に、元就はしばらく思考をすることを止めて、こうして窓の外を眺めている。
 空が、青い。
 久方ぶりに見る、空だった。
 じわり、と潮騒とともに元就の胸に何かが押し寄せてくる。何かをさらい、引いてはまた、打ち寄せてくる。
 少しずつ、何かが満ちてくる。それが何かがわからない。それが何かを、考える気も無かった。ただ、今は静かに――数ヶ月ぶりの日輪との逢瀬を静かに受け止めていたい。否、そんなことにすら思考が及ばす、ただ呆然と座して、外を眺めていた。
「よう、毛利。目が覚めたか――――ッ」
 この場所に連れてきた男、元親が声をかける。ゆっくりと振り向いた元就の顔に、彼は息を呑んだ――――今にも、泣き出しそうに見えて。
 元就は何も言わず、また外に目を向ける。
 ガシガシと乱暴に頭を掻いた元親が、しばらく彼の様子を眺め声をかけずに去ろうとすると、感情の抜け落ちた声がかかった。
「貴様も我を組み敷きに来たのか」
 それは、感情があふれすぎて無機質になってしまったかのように、元親の耳に届いた。
 ゆっくりと、二人は同じ速度で振り返る。
「――それとも、嘲りに来たのか」
「何、言ってんだ」
 元就の口が、目が、見下すように、嘲るように、泣き出すのをこらえるように歪む。
「さまざまな男が溺れた体ぞ……味わってみるか」
 元就が両手を開く。元親は拳を握る。
「毛利――――」
「さぁ、どうした。遠慮をするな……海賊風情がきれいごとを申したりはせぬだろう?」
「いい加減にしろよ」
 床を踏み抜くほど強く、元親が一歩進む。元就の表情は変わらない。ゆっくりと、広げた手を元親に伸ばす。
 それが、タスケテ、と、聞こえた。
「ッ!」
 気がつくと、元就は腕の中に収められていた。鼻を、磯焼けした肌の香りが満たしてくる。それが、胸に寄せては返す波をとどめ、ひたひたと満たしてくる。元就の手が迷い、指がさまよい、元親の上着を掴んだ。
「――――貴様も、我に溺れれば良い」
「そんなにされてぇんなら、してやるよ」
 囁きを交わし、どちらとも無く唇を寄せ合う。ついばむように、何度も角度を変えて重なるそれが位置をずらし、甘やかすような動きで元親の唇が顔中に、首筋に触れていく。
「――ふっ…………」
 元就の唇から音が漏れる。ゆっくりと、母猫が子猫を癒すように、元親の唇が触れていく。
「は、ぁ、あぁ――――」
 鼻にかかった声が、震えている。元就の中に満ちていたものが、それが何かを理解する前に瞳から滲み、溢れていく。
「んっ、ふ……ぁ、ああ」
 男を喜ばせる術を無理やりに教え込まれ、自らを駒として使うと決めてからの数ヶ月。一度として、このように元就に触れた者はいなかった。これほど、存在を確かめるように、壊れ物を扱うように、慈しむ相手は居なかった。
「ぁ、は――――んっ」
 胸の実に唇が落ちる。舌先で転がされ、吸われ、潮の香りがする髪に指を這わせて顔をうずめる。――――妙に、ほっとするのは何故なのだろう。
「ぁ、あぁ……はっ、ぅん」
 舌が降りる。萎えた腹筋をなぞり、臍をくすぐり、下肢の茂みから生えているものを捉えた。
「ふっ、ぁあ――あ」
 指が茂みを探る。根元は指に、先端は口腔に絡めとられて背筋に甘いものが走る。元親は何も言わない。時折、元就の反応を確かめながらゆっくりと、ほぐすように触れていく。
「ぁ、あぁ――――ひっ、ふぅうん」
 ねた……と元就の先走りでべとつく舌が離れる。くもの糸のように繋がったままの光る筋が切れて、唇が秘所に触れた。丹念に濡らしてくる行為は、今までの経験からすれば、もどかしくてならない。けれど、それを口に出すことは憚られた。
「傷、つけたく無ぇからよ」
「――ッ」
 口に出さずとも伝わっていたらしい。肌を朱に染める相手に目を細め、ゆっくりと濡らした箇所に指を挿れていく。
「ッ、ぁ――あぁ、ぁは……ぅ」
 確かめるように、探るように、指は元就の秘肉に触れ、広げていく。このまま気が遠くなってしまうのではないかと思うほど、丹念に。それが永久に続くかと思い始めたころに、指が引き抜かれ、変わりに熱い塊が入り口に触れた。体全てが、温かいものに包まれる。
「息、吐いてろよ――ぅ」
「はっ、ぁ、ぁあっ――」
 ゆっくりと、残酷なほどの質量を持ったものが埋め込まれる。けれど、不快感は――数ヶ月耐えてきたもののような感覚は、欠片も無かった。変わりに、懐かしさに似た安堵が広がっていく。
「ちょ――そかべ…………」
 顔に手を伸ばすと、指に、手のひらに唇が触れた。元就の指が眼帯に触れ、それが外れる。その下にあるものが、まっすぐに元就を見つめていた。――見えていないはずの、それが。
「はっ、ぁ、ぁあっ、ぁ、ぅう――」
 ゆっくりと、繋がりが深くなり、確かめるように揺さぶられる。その度に上がる声を、元親は口内に収める。肌に汗がにじむ。潮の香りが強くなる。息遣いが荒くなる。声が、高くなる――――。
「ぁ、ぁあ――――」
 儚げな叫びを上げながら、二人は静かな波に浚われていく。

 大きな船を、岩場で見送る元親の唇に笑みが浮かんでいる。あの後、何事も無かったように元就は快癒するまであの部屋に住まい、時折海岸を歩いては日を浴びて過ごした。元親も部下も何も言わず――武器庫と製造所以外は――元就の動向は監視せず、好きにさせていた。あの日のことは、無かったかのように、二人は目を合わせても最低限の言葉しか交わさない。元親が元就の部屋を、そのために訪れることも無かった。
「――――世話になったな」
 迎えが来た折、わずかに視線を逸らす元就に、ほんの少し荷物を持つのを手伝った、という態で「いいってことよ」と元親が笑う。何事かを紡ごうとした唇は何も発さず、元就は背を向けて自国へ向かう船へ向かった。元親も何も言わず、それを見送る。
 次に会うときは、刃を交えているだろう。あの事は、元就の抹消したい記憶の蓋となる泡沫の思い出となるだろうか。
 無理やりに囚われ、閉じられていた天岩戸が開き、日がまた昇る。


2011/01/23



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