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月想
 そんな顔をするから、つい……してみたくなる――
 
 面当てを外し、ふうと息を吐いた猿飛佐助は籠手を外し、ゆっくりと武装を解いていく。鎖帷子も取り去ると、腕を組んで伸ばし、肩を回した。
 ここは、忍小屋では無い。甲斐ですら無い。かといって、他国に供えた連絡用として、人を置いている忍宿でも無かった。
 奥州――伊達軍の副将、片倉小十郎の居室。
 そこで、佐助は身軽になり自分の体を解している。
 すら、と襖が開き、部屋の主が顔を出す。その手には、茶と茶菓があった。
「お、悪いね」
 軽く手を上げた佐助の前にそれを置いた小十郎は、先に自分が茶に手をつける。そうしなければ、佐助は目の前にあるものを口にしなかった。
「ふう……疲れたァ」
 茶を飲干し、ごろりと横になってしまった佐助を咎めるわけでもなく、小十郎はゆっくりと茶を楽しんでいる。
「今回は、仕事自体は難しくなかったんだけどさぁ」
 独り言のようにボヤきはじめた佐助の、うつぶせで頬杖をついた横顔を眺める。
「ほら、俺様ってば男前だし? 相手を陥落するくらい訳無いっていうか何ていうかさ」
 わずかに小十郎の眉がひそめられたのを、目の端で捉えた佐助が膝から下を交互に上げ下げさせながら、何でもないことのように
「骨抜きにしちゃって、無駄な戦をさせないようにするのは、こっちも無駄な労力使わなくていいし助かるから仕方ないんだけどさぁ」
 佐助の声の調子は、変わらない。
「いちいち体を触られるのが、嫌っていうかさぁ」
 気付かれぬように、小十郎の顔を盗み見る。完全に、眉間にシワが寄っているのを見て、ころりと仰向けになってから
「はぁ、もう……変な匂いとか汗とか、体に染み付いちゃったらどうしようって思うくらい触ってこられて、俺様うんざり」
 大の字になった佐助の声は、最後まで変わらなかった。
 佐助が口を閉じると、沈黙が降り注ぐ。茶を飲み終えたらしい小十郎が、湯飲みを置く音がした。
「ね」
 むくりと起き上がった佐助が
「湯屋に行こうか」
 小首をかしげて笑いかけ
「背中、流してやるからさ」
 忍風情が他国の副将に、このような態度を取れるのは、主も知らぬ言えぬ仲となっているからで
「片倉の旦那」
 四つんばいで側に寄った佐助が、顔を覗きこむ。
「そんな、眉間にシワよせてないでさ。久しぶりに会ったんだから、怖い顔しないでよ」
 指を伸ばし、ぐりぐりとシワを揉む。
「そんなことするなとか、バカな事を言ったりしないよね」
 小十郎の首に腕を巻きつけ
「俺様が忍だってこと、わかってるもんね」
 顔を覗き込めば、胸に深く吸い込んだ息を、自分をなだめるように鼻から吐き出した小十郎に
「俺様が触れられても平気なのは、片倉の旦那だけだよ」
 ささやきながら唇に唇を押し付ければ、小十郎の目の奥で光が乱れる。それを覗き込みながら
「ね――しよ?」
 誘えば、抱きかかえられて臥所へ運ばれる。そっと横たえられ、離れた小十郎が長着を脱ぎ下帯姿となるのを、見つめた。みっしりとした彼の肉に、息を吐く。無駄なものをすべてそぎ落とした自分とは違う、熱く厚みのある肌を思い出せば体の奥が震えた。
「猿飛」
 低く、うなるように呼ばれて両手を伸ばす。
「片倉の旦那」
 呼び返せば、覆いかぶさってきた。髪をなで、顔を寄せてくる小十郎に目を細める。
 ああ――
 肌に触れる熱に、吐息が漏れた。
 小十郎の唇が佐助のそれを食み、佐助が応える。小十郎の大きく筋張った指が肌を滑り、邪魔な布を取り払っていく。
 ああ――
 小十郎の瞳に捕らえられたまま、佐助は何度も唇を重ねた。
 苦しげに、何かを堪える小十郎に胸が震える。
 そんな顔をするから、つい……してみたくなる。
 分別のある顔をして、瞳の奥で嫌悪する。そんな小十郎の強さに、佐助は惹かれていた。小十郎の目の奥にある不快な色に、佐助は安堵を覚えた。
 この人は、自分を人として慈しんでくれている。そして、彼の生き方を――忍であるということも受け入れ、尊重しようとしてくれている。
 それが、佐助の胸を喜びに震わせ、体中に温もりを広げていく。
「は、ぁ……」
 体の芯が熱くなる。意識が、蕩けていく。
 いつの間にか深くなっていた唇に応えていると、小十郎の頭が下がった。
(あ――)
 離れた唇が、寂しい。
「んっ、ぁ」
 首に、肩に、胸に唇が押し当てられ、小十郎の印がついていく。
「は、ぁんっ」
 小十郎の髪に指を絡め、乳を吸う顔を見る。
「ぁ、は……」
 目を細め、佐助を高めようとする人は情欲の前に、切なげに愛を刻み込もうと触れてくる。
「ふ、ぁ」
 下肢を撫でられ中心に触れられ、鼻にかかった声が出た。演技ではないそれを発することに、佐助は未だに慣れぬ。慣れぬからこそ、小十郎に身を委ねている自分を……彼に愛されている自分を識る。
「ふ、ぁ、んっ、ん」
 足を広げ、求めていることを伝える。佐助が感じていることに、小十郎の目じりが柔らかくなり
「は、ぁ、ああ」
 淫靡な気配を滲ませる。
「猿飛」
 呼び声が、熱い。
 こうして呼ばれるのは、どれくらいぶりだろう。こうして愛されるのは、いつぶりだったろう。
「ふ、んぁ……」
 足を動かし、小十郎の股間に当てた。
「っ――」
「ふふ。熱い」
「足癖の悪い猿だ」
「ぁはっ、ぁ、んっ、ん」
 苦笑を浮かべた小十郎が、唇を重ねてくる。それに応えつつ、早く繋がろうと促せば
「はしたねぇな」
「ぁ、お互い様……だろっ、ぁふ」
 佐助の芯を溶かすような目で、笑われた。
「も、我慢できないんじゃねぇの……?」
「この俺が、そう簡単に堕ちると思うか?」
「こぉんなに魅力的な俺様相手でも?」
「テメェが俺に、溺れてからだ」
「何それ……ッ、は、ぁあ」
 小十郎の指が、唇が――瞳が、佐助を乱し理性の輪郭を滲ませていく。
「ぁ、あう、んんっ、は、ぁあ、片倉ッ、ぁ、んなぁ」
「違うだろう――」
「はっ、ぁ、あ、こ……じゅうろ」
 濡れた瞳で問うように見れば
「良い子だ」
 佐助の目をあやすように、小十郎の唇が触れた。
「……猿飛」
 小十郎の声が、欲に支配されている。促すように呼ばれ、見つめてくる瞳に映る愛欲に溺れた自分を見つめながら
「小十郎――」
 常にはしない呼び名を溢せば、熱の塊が押し込まれた。
「ぁ、は、ぁあうっ、ぁ、あああ」
 仰け反り、すべてを飲み込めば褒めるような口づけをされた。
「は、ぁ――ふふ」
 子どものような笑い声をたてて、小十郎の首に甘え
「ぜんぶ、あげる」
 耳朶を食めば突き上げられた。
「ぁはっ、ぁ、ああっ、はっ、ぁ、あ、つぅ、い、ぁあっ」
「ふっ、ふ――猿飛ッ」
「んぁっ、こじゅっ、ぁ、あ、ろぉ」
 耳に響く小十郎の熱い息に、脳が痺れる。そのまま淫蕩に心身ともに浸かりながら、佐助は何者でもない自分を求める熱に、声を上げた。

 温かな腕の中から抜け出て、身支度を整えていると
「帰るのか」
「あ、ごめん――起こした?」
 褥から起き出た小十郎が、佐助の前に来るまでに身支度を整え終えて
「それじゃ、邪魔したね」
「――いつでも、来い」
 自らは出向いて来れぬ情人の顔を、いたずらっぽく見上げる。
「素直じゃないよねぇ」
 くすくす笑いながら耳に唇を寄せ
「安心してよ。腕をつかまれたりしただけだから」
 離れる流れで唇を掠めた。
「それじゃ、ね」
 小十郎が何かを言う前に、屋敷の外へと移動する。
 月光に照らされた木々の枝を飛びながら、佐助は唇に笑みを乗せた。
 佐助はもう、色を使う仕事など、する必要の無い忍だった。けれど、そのことを小十郎は知らない。――彼には、佐助がそのような任務につくこともあると思わせている。
  あんな顔をするから、つい……してみたくなる――
 分別くさい顔をして、嫉妬を瞳に滲ませる小十郎を思い出しながら、求められる悦びに震えて広がる温もりを、抱えたくて。
 誰にも渡さぬと、体で伝えてくる物分りのいいフリをした人の奥底にある愛おしさを知りたくて。
「素直じゃないよねぇ」
 自分のことを棚にあげ、佐助は上機嫌で月の下を走り続けた。

2012/09/17



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