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切なく途方に暮れていたい1
 カツン――と落としたスマートフォンを、かがんで拾う猿飛佐助の目の前を、ホットパンツからスラリと伸びた足が通り過ぎた。
(おっ――)
 赤いハイヒールのカカトを鳴らして過ぎ去る、あたたかそうなファー付のコートを見送り、拾ったスマートフォンの画面に目を落とす。
「あ〜あ」
 暗くなっている画面にため息をつきながら、先ほど確認したメール画面を思い出した。
「つまんねぇの」
 もこもことしたカーキ色のジャケットのポケットに、自分の手と共にスマートフォンを突っ込んだ佐助の目には、きらきらとまぶしいネオンと赤と緑――そして白で彩られたショーケースが映っていた。
 ☆。Merry Christmas。☆
 楽しげな文字が、躍っている。
「どうすっかな」
 右足を伸ばしたまま持ち上げ、一歩踏み出す。
「あ〜あ」
 左足も同じように踏み出すと
「佐助くんッ!」
 弾んだ声が、耳に届いた。
 ん、と顔を向ければ、モコモコとしたニットに包まれた同級生の女子が居た。寒さのために赤くなった頬に、ふかふかのイヤーマフ。手袋で丸くなった手を振りながら小走りに近づいてくる。
(冬の女の子も、可愛いよな)
 もこもこして、ふわふわと柔らかそうで――棘なんてかけらも持っていませんと、全身で主張してくるようだ。そう思う佐助の脳裏に、先ほどの赤いハイヒールと足が思い起こされる。
(ああいうのも、悪く無いけど――)
 断然、夏のほうが良いと主張する同級生男子の顔を浮かべながら、佐助は柔和な笑みを浮かべて彼女に体を向ける。
「こんなところで佐助君に会えるなんて、思わなかった」
 ふふっと小首をかしげて笑う姿は愛らしく、保護欲を掻きたてる。同じように小首をかしげた佐助は「俺様も」と返した。
(ま、会おうが会うまいが、どっちでもいいけどさ)
 そんな心中など、おくびにも出さずに微笑む佐助に、彼女は友人らとクリスマスパーティーをする事、その時にプレゼント交換をする事、金額は千円と決まっている事、誰もが喜びそうなものをと探しているが、どれもこれも違う気がして迷っていると言う事を、説明した。
「佐助君は、何がいいと思う?」
 内心では、どうでもいいと思いながらも考えるそぶりを見せて
「誰に当るかわからないのなら、自分が欲しいものを買ってみるっていうのは、どうかなぁ」
 考えながらしゃべっています、という格好をつけて言った。
「そっかぁ」
 ぽむっ、と手袋をした両手を打ち合わせ、ありがとうと彼女が言う。どういたしましてと返すと、佐助君もプレゼント選びなの? と覗き込むように見上げられた。その目が持つ光だけが、柔和な雰囲気の中にあって、鋭く目立つ。
(ああ……)
 どうやら自分に好意を持ってくれているらしい彼女の様子に、佐助は心中でうんざりとした息を漏らした。
「俺様は、その先の食料品売り場に用事があんの」
 指さして、にっこりとしてみせれば「そっかぁ」と安心したような笑みを浮かべて、彼女の顔が離れた。
「それじゃ、ね」
 ひらりと手を振り、気付かれない程度の速足で彼女の前から去っていく。そのまま食料品売り場に入れば、そこもまたきらびやかな装飾がほどこされており、入り口すぐの場所にはワインの特設コーナーが置かれていた。
 ふうん、と見るともなしに眺め、手近なワインに手を伸ばす。大学に入り、こういう催しごと――バレンタインやハロウィンやクリスマスなどの集まり――に誘われれば、付き合い程度に参加はしていた。けれどクリスマス本番は必ず、彼の養父であり武田道場の師範であり、孤児院を経営する武田信玄と、その薫陶をおおいに受けて、信玄の跡を継ぐであろうと言われている真田幸村との三人で過ごすことが、ずっと昔からの――佐助が武田孤児院に引き取られてからの、年中行事のひとつであった。
 通常、高校を卒業すれば独り立ちをするものだが、養父の信玄と、兄弟のように育った幸村との身の回りの世話などをし、家計の切り盛りをいつの間にか任されるようになっていた佐助は、当然のように施設に残り、経理までも行うようになっていた。
 今年も当然のように三人で、クリスマスをすごすものだと思っていた。――先ほど受けたメールの文面を見るまでは、そうなることを疑う事すらしなかった。
【政宗殿と、くりすますを過ごすことになったゆえ、よろしくたのむ】
 それは、幸村からのメールだった。高校に入り、出会った伊達財団の息子だという伊達政宗を、佐助は初対面から気にくわないと思っていた。けれど幸村は佐助とは正反対の目で政宗を見、親しみを浮かべ、互いに腕比べをするほどの仲になり、友という言葉を越えた間柄となった。
 伊達財団は息子の政宗が認めた男の居る道場である武田道場に、彼を通わせることにした。そして孤児院へ多額の寄付をし、孤児らの為ならばと節約というレベルを超えた倹約をしていた信玄らの暮らしと、孤児院の経営を楽なものへと変えた。
 それは、いい――それは歓迎すべきことで、お金はとても大切なもので、ともすれば世の中で一番大切なものは金だと言いだしかねない佐助ではあったが、その分を差し引いても政宗は気にくわない相手であった。そして今回の事で、これ以上ないと思っていた気にくわない度数は、さらに上がることになった。
 深く考えることもせず、きらびやかに買ってくれと主張してくるワインと、その横に置いてあった英語表記のチーズの塊を手にしてパンコーナーに向かい、バケットを手にしてレジに向かう。
 今日は金曜日で、信玄は自治会の集まりに出かけているので帰りはうんと遅くなる。幸村は――気にくわないことだが、政宗と二人で何処かへ出かけるのだと言っていた。今夜は、帰らないのだと。
 だとすれば、佐助は今夜の家事をしなくても良いことになる。孤児院は、前田夫婦が面倒を見てくれている。今夜は当直に、かすがも来てくれることになっていた。佐助が帰らなくとも何も問題は無いだろうし、もし何かがあったとすれば、すぐに連絡が入るようになっている。
 会計を終えて、がさりとビニール袋を鳴らした佐助は、頭に浮かんだ人物のもとへ行くため、浮き立つ足取りの人々の間を足早にすり抜けた。
 時刻は、午後六時十八分。今から行けば、一時間ほどで目的の場所にたどり着く。
 金曜日――しかも、クリスマスを翌々週に控えた十二月の金曜日。まっすぐに、目的の相手が家に帰るとは限らない。この時期は忘年会のシーズンで、クリスマスとは関係の無い宴会も多数行われる。社会人として働いている相手の、忘年会スケジュールを佐助は把握していない。それどころか、交友関係すらも把握してはいなかった。
 十二月の、クリスマスを目前に控えた金曜日。彼を狙う誰かが、先ほどの同級生のような顔をして声をかけ、彼はその誘いに乗って帰ってこないかもしれない。帰って来たとしても、夜遅くになるかもしれない。もしかしたら、その人を連れて帰ってくるかもしれない。
(そんなこと、俺様の知ったことか)
 面白く無い気持ちのままに、心中で呟く。伊達政宗の教育係として、彼の暮らしを監視する役も担っている男――片倉小十郎。彼に、佐助が当たり前として受け止め楽しみにしていたクリスマスの予定を台無しにされた苛立ちと不機嫌を、政宗の代わりにぶつけてやろうと佐助は考えていた。忘年会が入っていようと、残業で遅くなっていようと、帰るまでは玄関先に座り込んでいてやろう。どうせ、今夜は暇なのだから。
 万が一、小十郎を狙う女性が彼を誘い、彼がそれを受けて家に連れ帰り、玄関先で佐助が居ることに気まずさを感じるようなことになろうと、知ったこっちゃない。政宗の代わりに、自分が感じている不満と不快を味わってもらおう。
 それはなんだか、とても素晴らしい思いつきのように感じて、佐助の心はふわりと浮きあがった。
(片倉の旦那を、いつまでも待っていてやる)
 そう思うと、浮遊感が増した。
 佐助の足は軽やかになり、半ば駆けているような速度になり、そうして玄関先にたどり着き、部屋の灯りが付いていないことを確認しつつもインターフォンを鳴らし、やはり返事がないことに肩を竦め、ドアに背を預けて滑り落ちるように床に腰をおろした。
「あ〜あ」
 わかっていたことなのに、落胆が胸に走る。佐助はそのまま体育座りをして、膝の上に額を乗せ、目を閉じて小十郎が帰ってくるのを待った。
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2012/12/01



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