体だけは大人になりかけの、頭の中は子どものままの、意識だけは大人と同じようにと望む不安定な頃合い。 そろそろ元服を迎えようという年齢であるのに、未だ幼名のままの猿飛佐助の主――弁丸は、年よりも幼く見せるふっくらと丸みを帯びた頬を赤くし、丸い目を猫のように吊り上げて、唇をとがらせていた。「ダメったら、ダメ」 忍である佐助が武家の子息に向ける言葉づかいではない。けれど、弁丸当人も周囲にいる屋敷の者たちも、それを咎めることはしなかった。 弁丸の子守兼護衛兼世話役。 それが、弁丸よりも少し年上の佐助の役目だったからだ。 弁丸の並なら体力と身体能力についていける上に、年が近いからという理由で弁丸付にされた佐助は、はじめは渋っていたものの、彼の持つ並ならぬ力が、人を畏怖させるものであること。過敏な彼は、それを感じていること。それでもなお、太陽にまっすぐに顔を向けて笑える胆力と素直さを持ち合わせていることに――彼が遠慮なくぶつかり合える力を持つのは、自分であるということに気付いてからは、率先して彼に両腕を伸ばし彼の世話をするようになった。そうすることで、佐助自身の心根も救われているのだと識るようになった。 そんな二人の関係を周囲は重々に理解をしているので、忍の佐助が弁丸を叱りつけたとしても、ただ温かく見守るだけで、無礼だと佐助に言うことは無かった。 そうして叱られた弁丸は頬を膨らませて拗ねてしまうが、その後の機嫌の取り方も佐助は十分に心得ている。だから、弁丸がこのまま臍を曲げ続けることは無いはずであった。 そう、無いはずであった。 けれど今日は、いつもと少し勝手が違っていた。しばらく弁丸を拗ねさせておき、そろそろ機嫌を取りに行こうかと佐助が団子をこしらえていると、彼に忍としての任務が与えられてしまったのだ。「え、ああ……」 とりあえず団子を作り終えた佐助は、弁丸の部屋へ入っても問題の無い身分の者に――拗ねた理由が武芸に関する事だったので、彼の話し相手になればいいと思った佐助は、侍女では無く武芸者に団子を預けることにした――声をかけ、任務に出ることになった。「まかせておけ」 佐助の申し出を快く引き受けた青年武将は、団子を手にしてすぐさま弁丸の私室へと向かっていく。自分よりも年上だが、そんなに離れているわけでは無い、幾度か戦場にも出ている彼であれば、弁丸の目を輝かせることのできる話も出来るだろうと、その背を見送り佐助は与えられた任務へと向かった。 その人選が、思わぬことを引き起こすとも知らずに――――。 佐助から団子を預かった青年は、気安い感じで弁丸の私室の襖を叩き、入室した。 佐助が来るものとばかり思っていた弁丸は、目を丸くして青年を見つめる。青年は満面の笑みを浮かべ、弁丸の前に団子と茶を乗せた盆を置き、胡坐をかいて年長者らしく「あまり、拗ねるな」 と声をかけた。「佐助は、それほどに怒っておるのか」 佐助では無い者が来ることなど初めてで、自分はそれほどに彼を怒らせたのかと、青年の顔をこわごわと伺う弁丸に「なに。急な任務が入ったから、来られなくなっただけだ」 と、団子は佐助の手製だぞと付け加えた。わずかばかり安堵した弁丸は、団子に手を伸ばしよく知る味であることに頷く。「佐助は、いつも俺を子ども扱いするのだ」 そうして団子を食べながら、ぽつりと弁丸が呟くのに、青年は言葉の先を促すように首をかしげた。「俺は、まだまだ子どもだと言うのだ。――だが、何が子どもで何が大人なのかは、わからぬ」 ははぁん、と青年は得心を顔に上せて胸を逸らし、少々自慢げに言った。「弁丸は、色事のことすらも知らぬからなぁ」「――色事?」 きょとりとする弁丸に、重々しく頷いて腕を組んだ青年は、英雄色を好むと言うだろうと話しはじめた。「大人は、色事をよくするものだ」「よく、わからぬ」 言葉のとおりの顔をする弁丸に、怪しげな笑みを浮かべた青年は、とく教えてやろうと言って立ち上がった。「教本や詳しいものに話を聞くなどしたほうが、良いだろう。覚える気があるなら、教えてやる」 それに、弁丸はすっくと立ち上がり「よろしくお願いいたす」 深々と頭を下げた。 そんなことになっているとは知らぬ佐助は、夜も更けた頃に任務を終えて、弁丸の機嫌はどうなったかと気にしながら汚れを落とし、忍装束から小袖に着替えて、眠っているであろう弁丸の臥所に顔を覗かせた。 そっと様子を伺うと、弁丸が褥の上に胡坐をかいている。眠っていないことに心中で首をかしげつつ、けれど自分の帰りを待っているのかとも思いながら、佐助は闇からにじみ出るように姿を現した。「ただいま、戻りました」「うむ」 背を伸ばし、いささか緊張気味に見える弁丸の姿に、いぶかりながら顔を窺う。不機嫌では無いようだ。「佐助」「――は」 無理とに威厳を持とうとしている声に、常とは違うかしこまった音で返答をすれば、とんでもない言葉が向けられた。「夜伽を命じる」「――――は?」 弁丸の口から出てくるとは、おおよそ見当もつかないような言葉が出てきたことに、佐助はそれを意識で受け止めることが出来なかった。「夜伽をせよと、言うておる」 二度目であっても、それは佐助の知識の中にある同じ単語が示す事柄と繋がらず、首をかしげた。「いいから、横になれ」 敷物を叩く弁丸の唇が尖り、幼さが浮かび上がって(ああ、いつもの弁丸様だ) 佐助は、わずかながら安堵した。「なんで、急にそんなことを言いだすのさ」「急にではない。戻ってきたら、命じようと思っていたのだ」「ふうん?」 信じていないらしい佐助の様子に、弁丸はますます頬を膨らませる。「いいから、せよ!」 またも敷物を叩いた弁丸に、はいはいと従い横になった佐助は、彼の言う夜伽は添い寝程度の事だろうと思っていた。だから――「うえっ? ちょっと――」 弁丸が自分の腰をまたいで座り、襟をつかんでくつろげたことに驚き、手首を掴んで首を持ち上げた。「なんだ」「なんだ、じゃなくって……本気?」「冗談で、こんなことが出来るか」 弁丸の頬が、赤い。どうやら知らぬ間に知識を得てしまったらしい様子に、成長したなぁなどと妙な感慨を受けていると、佐助の手を払った弁丸が腰帯を掴み、解きにかかった。「ちょっと、ちょっと待って」「待たぬ」「待ってってば」「何故だ。横になったのであれば、了承したのだろう」「ああ……もぉ」 不思議そうにする弁丸に、両手で顔を覆った佐助はため息をつき、大の字になる。「若様は、夜伽がどういうことをするのか、わかってんの?」 半分やけになりながら問えば、きりっと眉を上げて弁丸が答える。「互いの身を繋げて、心身ともに深く別れがたい関係となるのだ!」「具体的に、どういうことをするのか、知ってる?」「俺の魔羅を、佐助に埋め込むのだろう?」「何処に、どんなふうに」 そこで、ぽわっと顔に周知を上せた弁丸を(あ、かわいい) なんて思ってしまった佐助は、仕方が無いなと情に流され彼の望みを叶えてやることに決めた。「そ、それは……その、だな」 先ほどの、きりりと眉を上げていた姿はどこへやら。もじもじとしはじめた弁丸の頬に手を伸ばし、ふっくらと暖かなそれを確かめるように撫でながら、問う。「若様は、俺様と別れがたい関係に、なりたいの?」 先ほど弁丸が口にした言葉を言えば、弁丸は表情を引き締めた。「俺は、佐助と生涯ともに有り続けたい」 ふふ、と胸に湧き上がったくすぐったさをそのまま息として吹き出し、相当に彼に依存していることを認識しながら、佐助は弁丸に下りるように促す。「繋がる場所を、ちゃんと濡らして解さなきゃいけないからね」 よくわからないままに、弁丸が頷いて離れれば、佐助は傷用の軟膏を取り出して指で掬った。それを、興味津々で弁丸が見つめてくる。「見られていると、ちょっとやり辛いんだけど――」 照れを含んだ苦笑を浮かべる佐助に、ぽうっと惚けた弁丸は無意識に顔を寄せ、佐助の唇に自分のそれを押し付けた。「――佐助」 切なげに呼ばれ「うん」 佐助からも唇を押し返し、足を開いて軟膏をたっぷりつけた指を、弁丸と繋がる個所へと伸ばして押し込んだ。「んっ――ふ、ぁ」 瞼をおろし、睫毛を震わせ息を吐く佐助に、弁丸の喉が鳴る。「ぁ、は――ふ、んんっ」 じっと佐助の顔を見て、ゆっくりと視線をおろしながら顔も下げた弁丸が、佐助の足の間で顔を止める。「ぁ、何――見ても……面白くなんて」 言いながら、佐助は指を含ませた箇所が切なく甘く疼いたことを自覚する。弁丸が――あの、純真さの塊のような弁丸が、自分の下肢を凝視している。浅ましく変化をしてゆく佐助の欲を、見つめている。「はっ、ぁ、ああ――」 意識した途端、佐助の欲が震えて膨らみ、存在を知らしめるように弁丸の鼻先に頭を持ち上げた。目の前に来たそれに、弁丸はツバを飲み込み舌を伸ばして口に含む。「ぁあっ、うそっ――はっ、そん、な……あっ、あ」 根元を掴み、赤子が乳を求めるように吸ってくる弁丸の、柔らかな髪が腰のあたりで揺れている。「んっ、ふ――ぁ、はむっ……佐助、心地よいのか?」 弁丸とて、自慰くらいは経験がある。佐助の牡が震えながら先走りをこぼすのに、酒に酔ったような顔をして問うてくる彼に頷けば、弁丸は吸い上げる力を強くした。「はっ、ぁ、あ……ふ、ぁう――んっ、ぁ、ちょっ……あっ、ぁ」 それどころか、根元を掴んでいる手を動かし擦りあげ始めた。自らをほぐす指が緩慢になっていることを自覚しながら、佐助は弁丸の与えてくるものを追いかける意識を止められない。「ひっ、ぁ、だめっ――やばいっ、ぁ、あ、ちょっと待って――離してっ、ぁ、あ」 このままでは、弁丸の口内に放ってしまう。制止の言葉を口にして、自分を解していた指を抜いて弁丸の顎を掴み、持ち上げようとすれば、より強く吸い上げられ擦りあげられて「っ――は、ぁ、あああっ」 腰を突き上げ震わせながら、放ってしまった。「ぐっ――げほっ」 いきなりの吐精を口内に受けて、弁丸が咽る。射精後のまどろみからすぐに意識を戻した佐助は、咽る弁丸の背を撫でた。「ああ、ごめん――っ」 謝る言葉が、口から佐助の子種をこぼし咽たことで涙を浮かべた目で見てくる顔に、遮られた。ぞくん、と佐助の奥で何かが疼く。(ああ――) どうしようもないほど、彼が欲しいと叫んでいる。「佐助ぇ」 両腕を伸ばし、首に絡めて顔を寄せてくるさまは子どものそれであるのに、近寄った腰が感じた熱は男のそれで「若様」 ささやいた佐助は、そっと張りつめた弁丸の欲を握りこんだ。「は、ぁ――」 ゆるゆると擦れば、うっとりとした声が弁丸の口から洩れる。「これ、俺様の中に入れちゃおっか」 こくり、と弁丸が頷いた。欲に支配された彼の顔は、たまらなく佐助の独占欲を刺激する。――心身ともに深く別れがたい関係となるのだ。 弁丸の声が、そのまま佐助の望みになった。 ゆっくりと繋がる個所へと弁丸の牡を導き、鼻先に唇を寄せる。「ゆっくり、進んで――?」「うむ」 ぐ、と弁丸が腰を進め、ああ――と佐助が声を上げる。そのまま押し込まれたものは予想以上に熱くて、佐助は焼け爛れそうなほど熱い幸福に満たされた。「はぁ――佐助ぇ」 情けない声で呼んで来る姿に、愛おしさが募る。それはそのまま欲の熱へと変わっていき、佐助は弁丸の前髪を掻き上げて、まっすぐに自分を見つめる瞳に心を震わせた。「ぜんぶ、入った――?」 こくり、と弁丸が頷く。「じゃあ、いいよ――動いて」「苦しくは、ないか」 一丁前に気遣ってくる姿に、いつもの笑みを浮かべた佐助が額をこつんと合わせた。「深く、繋がるんだろ?」「うむ」 体内の弁丸はとても熱くて、眼前にある顔には余裕などないことを示していて「どうしようもないくらい、別れがたくさせてくれよ?」 からかう調子で言いながら、佐助は自分がもうすでに、どうしようもないくらいであることを、自覚していた。 疲れ果てて眠る顔は、まだまだ子どものそれであるのに、と心地よい気だるさに包まれながら、佐助は弁丸の頬を指先で撫でる。「まったく――とんでもないよなぁ」 そう言いながらも、自分の口元が緩んでいることを自覚していた。「死んでも、ずっと深く繋がって……一緒に居させてくれるよな?」 彼はいずれ、戦場へと向かっていく。そうして佐助は、彼を守る戦忍として働くことになる。彼の命を守るため、それこそ文字通り身を賭して戦うことになる。 彼より先に、自分が命を落とすことになるだろう。そうなってもなお、傍に居続けることを許して――傍に居続けよと命じられることを、佐助は願った。 深く強く、どうしようもないくらい、彼が自分に「別れがたい」と思ってくれることを望みながら、まだまだ幼い――けれど確実に大人へと変化していく愛おしい温もりを抱きしめ、同じ夢を見るために、佐助はゆっくり瞼を下した。2012/12/08